閉じた世界で見る夢は・4


 

押し入った欲望に、短い苦痛の悲鳴が上がった。
だが、慣れた快楽に身体が溶け出すのに長い時間は要らない。
残滓を頼りに抜き差しを繰り返す男の肉は、かつて幾度もカミューの喉から歓喜の喘ぎを搾り出してきた。今宵もまた、精神の拒絶とは裏腹の薄暗い悦びが彼を押し潰そうとしている。
彼は必死にそれに流されまいと抵抗を試みているようだった。しなやかな腕が伸びて真鍮のパイプを掴むと、何とか我が身を男の支配下から逃れさせようとずり上がる。
マイクロトフはそれに気づくなり、律動を中断した。素早く体勢を整えると、身体を起こして一気にカミューの身体を引き上げた。背後から膝の上に抱かれる形となった彼は、縋るものを失って頼りなく打ち震えた。
「カミュー……」
耳朶を噛みながら耳元に囁く声。それも常ならば甘い安らぎを生じさせてきたものだった。けれど、今のカミューにはおぞましい悪夢の幻聴にしか捉えることは出来ないらしい。幼げに頭を振りながら、拘束する逞しい腕から身を振り解こうとするが、不意に突き上げられた衝撃に切ない吐息が洩れた。
「は…っ」
それは明らかな情欲に濡れ、理不尽な暴力によって開かれながら歓喜する肉体への憤りに掠れていた。
マイクロトフは腕にした肢体を数度荒々しく揺すり上げると、兆した反応をゆっくりと掌に納めた。熟知した弱味を攻め立てる。肉体の屈服は時間の問題であった。
「やめ、ろ……」
切れ切れに零れ落ちる反抗の声も次第に色を変え始めていたし、抗いも弱まりつつある。それでも身に受ける行為を認められない意識の欠片が彼を踏み止まらせているのだ。
「好きだ、カミュー……」
忍び込む愛の言葉は数多く過ごした至福のときと変わらない。たとえ今、愛情が行き来していないとしても、それがカミューを追い詰め押しやることをマイクロトフは知っていた。
「……愛している」
「っ……」
屈従の涙を溢れさせ、カミューは唇を噛み締めた。どれほど心が否定しようと、馴染んだ肌は正直だ。抱かれた腕の温かさ、触れ合う肌から匂い立つ体臭は容赦なく彼を高みに引き上げ、失墜させた。
長い苦悩の息を吐きながらぐったりと弛緩する身体を、マイクロトフはしっかりと受け止め抱き込み、柔らかな髪を掻き上げてこめかみにくちづけた。
「見ろ、おまえはこんなにおれを求めている」
受け止めた欲情を思い知らすように頬に擦り付けると、カミューは無言のまま顔を背けた。未だ体内に脈々と息衝くマイクロトフに、引き攣れたような喘ぎを零しながら。
「─幾らでも満たしてやる。おれのすべてはおまえのためにある」
甘く囁いて突き上げると、抱えられた膝の上でカミューは仰け反り、身悶えた。
すでに彼は肉体の限界を迎えている。連夜に及ぶ激しい交合は、苦痛の領域にさえ及び掛けているのだろう。弱く咽ぶ声は次第に力を失っていった。先程の到達時の脱力とは僅かに異なる気配を感じ、ふとマイクロトフが覗き込むと、腕の中のカミューは空虚へと逃げ果たしていた。
「カミュー……」
無防備に身を預ける恋人を愛しげに呼びながら、その失神した横顔に導かれ、再度肢体を伏せさせてからマイクロトフは己の欲を解き放った。

 

 

 

 

力の抜け落ちた身体をそっと抱き上げ、浴室に向かった。
洗い場にひとたび恋人の身を横たえると、湯船に湯を張り始める。
マイクロトフは安楽に逃げ込んだカミューを静かに見下ろした。
かつて抱擁の後には至福を含んだ安らいだ寝顔を見せてきた彼が、今は苦しげに眉を寄せていることに微かに苛立つ。兆した感情の波を押し流したのは、ローブの隙間から覗く白い下肢であった。
何処までもしなやかな脚を汚すマイクロトフの欲望。それは所有の証にも見えたし、神聖なるものを侵した罪業の傷跡にも見える。
あれほど自由を高らかにうたっていたカミュー。彼を束縛するものがあるとしたら、ただそれはマイクロトフとの愛という名の呪縛であるはずだったのに。
カミューはそれを振り切った───捨てて遠くへ去ろうとした。
どれほど心を捧げても、所詮『愛』は移ろい易く脆いもの。だとしたら、こうして鎖で繋ぎ止める以外に何が出来ただろう。
マイクロトフはゆっくりと己の衣服を脱ぎ捨て、続いてカミューの裸体を取り出した。暴れる狂女を持ち主としていた、広さだけは充分にある湯船に背後からカミューを抱いたまま身を沈める。湿った空気に過去の怨念が呼び覚まされるような錯覚を起こした。
我が身を壁に打ち付けて死んだという娘。よもやカミューがそんな真似をするとは思えないが、もし、もし彼がそうまでして自分から逃げることを望んだなら? そんなことは許せない。昼の間、目を離していることも不安でたまらない。事実、カミューは紋章を使っての脱出を図ったのだ。

いっそ、腕も繋いでしまおうか。
あるいは魔法を詠唱出来ぬよう、口を塞いでおくべきか。
そこまで考えてマイクロトフは首を振った。
こうして自分の腕にすべてを預けて眠りにつく愛しい人を、どうしてこれ以上縛めることが出来ようか。寝台から一歩も動けず、食事も取れずでは、それこそカミューが何を考えるかわかったものではない。
自分は彼を『愛している』のだから、別の手段を考えよう。

 

そう───何か別の。

 

マイクロトフはそっと胸にもたれるカミューの頬を撫で、先程塗りつけた彼自身の欲を流してやった。半乾きになっていたそれがぬるりと溶け出すのを湯で丁寧に清め、元の汚れなき白き貌を取り戻す。
それから唾液と体液の洗礼を浴びたすべらかな肌に掌を這わせた。湯の中に揺れて浮かぶ白磁の裸体、そこかしこに刻まれた鬱血はたまらなく痛々しくて扇情的だ。
意識なく身を委ねるカミューはあまりに儚く、あの凛とした姿を思い出すことは不可能だった。そんな彼を独占している事実は、不思議とマイクロトフを高揚させた。
なだらかな胸元に慎ましく存在する色づきに触れ、それが次第に硬く凝ってゆく感触を楽しむ。ほのかな湯煙の中でゆっくりと紅色に染まっていく突起は、蕾が綻び、花開く様に似ていた。
たまらずくちづけた首筋には濡れた髪が張り付いている。マイクロトフは飽くことを知らぬ己の欲情の残り火が揺らめくのを感じた。そのまま腹部を這わせた掌でカミューを愛しげに握り込んだが、流石に絶頂を極め尽くした疲労か、反応は返らなかった。
已む無く彼は恋人の下肢を押し開き、体内に残した愛欲を掻き出し始めた。その感触に、カミューは覚醒を余儀なくされたらしい。閉ざされた瞳を縁取る長い睫毛が揺れた。
続いて彼は体内を抉る男の指に気づいたように身体を強張らせた。
「っ!」
声にさえならない。散々嬌声を搾り出した喉は、驚愕の喘ぎさえ蟠らせた。だが、秘められた奥を探り続けることによって再び燃え上がったマイクロトフの灼熱を背後に感じたカミューは、弱々しい抗いを開始した。
「マ……イクロト……フ……!」
掠れた声で拒絶を叫び、湯を飛び散らして逃れようともがく。

実際、信じ難いのだろう。
温かな関係下において、あれほど自分を大切に扱ってくれていた男が、容赦ない暴虐を繰り返すこと───そうさせてしまったのが自分であるという彼の主張を。

湯船の縁を掴み締めて身を引こうとするカミューを強引に引き戻す。足を繋ぐ黒い鎖が寝台から限界まで延ばされ、浴室の扉に擦れて軋んだ。
「離せ……!!」
狂乱に陥ったようにあがいたカミューが激しく腕を振り翳した拍子に、爪先がマイクロトフの頬を翳めた。
「……ッ」
抉られた頬肉から微かな血が滲む。弾かれた湯と交じり合って伝い落ちた自身の血が唇に届き、その仄かな酸味に目の前が赤く染まった。
刹那、マイクロトフはカミューの肩を掴んで振り向かせるなり、大きな手でその頬を張っていた。流石に加減はしたものの、衝撃で体勢を崩したカミューは湯船の縁に支えを求め、驚愕を隠さぬままマイクロトフを見詰めた。
薄赤く染まる頬に触れようともせず、彼は琥珀の瞳を見開いている。痛みを噛み締めれば、いっそう深い悪夢に陥ちるとでも言いたげに。
その眼差しに苛立った。
マイクロトフはカミューの髪を鷲掴み、湯の中に沈めた。
カミューがかぶりを振るたびに、薄茶の髪が残影の如く水中で揺らめいた。延ばされた彼の手は虚空を掴み、何とか自らを解放させようと縋るべき支えを探していた。
マイクロトフはそこで一旦カミューを引き上げた。途端に咽返る彼が僅かに空気を吸うのを確かめた上で、再び水中に押し込む。徐々に弱まる抵抗の感触は、何とも不可思議な愉悦をもたらした。

咲き誇る大輪の花のような青年騎士。何者も彼を手折ることなど出来ないと信じていた。
彼を意のままに扱うことも、屈服させることなど───決して。

だが、どうだろう。
彼はこうして手の内にある。快楽も苦痛も、マイクロトフの与えるものすべてを拒むことが出来ずに捕らわれている。
「あ、……っく……」
幾度目か引き上げたカミューが湯を吐き出しながら力なく震えた。すでにマイクロトフへの、というよりは苦悶から逃れるための本能的な抵抗。
それも確実に弱まっているのを見取ったマイクロトフは、最後と言わんばかりに殊更長くカミューを水に押し付けた。浮かび上がってくる、奪われた呼気の泡が激減した頃、彼はようやく力を抜き、掴んだ髪を解放した。上体を支えて起こしたカミューは激しく咳き込み、後から後から大量の湯を戻した。
そのまま湯船の縁に縋るようにしてぐったりした彼の腰を掴み直す。
「……う、……────」
もう僅かばかりの力も残されていないのだろう、カミューは己を貫く男に振り向こうともしなかった。
ただ、それでも何かに縋らずにはいられなかったのか、弱く周囲を弄るカミューの手が最後に触れたもの。それは自らを縛る冷たく凍った足枷の鎖であった。

 

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何か、犯ってるだけなんですけど……(死)
「風呂」「水責め」を無理矢理入れたのがバレバレですな。
ついでに姉妹の要求に負けて平手も追加……(涙)
愛のある鬼畜……奥江には無理だよ〜……。

指令者様、取り敢えず「致す」ことは致しましたが……
許して……お願い……。

……すでに大挫折の様相を呈してますが、
次は薬か〜〜……ふはははは。(泣笑)

 

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