愛が試されるとき・5 ──淫獣の囚われ人──
ビクトールとフリックがレオナの酒場で向かい合っていた。どちらの表情も暗く、酒のペースだけがやけに速い。
「……どう思う? やっぱりおかしいとは思わねえか?」
「ああ、そうだな…………」
二人が論じているのはこれまでとは異なり、城の主人の行方ではなかった。赤騎士団長である青年のことである。
「今朝の顔色を見たか? ありゃあ、まったく寝てねぇってツラだったぜ」
「バトルでも使い物にならないとゲオルグが言ってたな……」
ゲオルグ・プライムはかつて赤月帝国の六将軍の一人であった男で、『二刀いらずのゲオルグ』と呼ばれる生粋の剣客である。彼は若いながらも超一流の腕を持つカミューとマイクロトフを高く評価していた。その男がフリックにそうぼやいたのだから、これは只事ではない。
ここ数日、カミューの戦果は惨憺たるものだった。一緒にパーティーを組んだものなら誰でも気づくだろう。まるで目の前のモンスターが見えていないのではないかと思うほど、集中力にも闘争心にも欠けている。
何処か調子が悪いのかと尋ねれば、あの端正な顔で静かに否定するのだ。
無論、マイクロトフも気づいている。さり気無く友を庇いながらも、ビクトールらの疑問には答えられない。自分にも訳がわからないのだ、と心底困惑したように零されては、返す言葉がなかった。
「どっちにしても、普通じゃねえ。ホウアンに診てもらった方がいい」
「ああ、それはおれがもう言ったよ」
フリックが溜め息をついた。
「だが、何処も悪くないと言い張る。あいつ────ああ見えても意外と頑固なんだな。テコでも動きやしない」
「……マイクロトフの奴から言っても駄目か」
「もう口が曲がるくらい言ったようだぜ」
それはそうだろう。自分たちがこれほど案じているのだ、あの男なら気も狂わんばかりに違いない。
「────マイクロトフはどうだ? 調子の方は」
「いいみたいだな。あの紋章が何だったのかわからないが、剣に威力が増しているし、身のこなしも素早くなった気がする。あいつは問題ないだろう」
ビクトールは大層な息を吐き出した。「…………いったい、どうしたって言うんだ?」
喉を突く嫌悪感に顔を歪め、カミューは咥えていた雄を吐き出した。途端に鋭い平手打ちが飛んでくる。打たれた頬を押さえもせず、ベッドに腰を下ろした魔獣を見上げる琥珀の目には、あからさまな反抗心が漲っていた。
「…………────」
彼は一度唇を噛んで、再び欲望を含んだ。
マイクロトフにさえ、こんな行為をしたことはほとんどない。無論、皆無というわけではないが、彼がそれを苦手にしているのを知っているので、余程のことがない限りマイクロトフの方からそれを求めることはなかったのだ。
喉の奥で膨らんでいく魔物の欲望。次にはそれが自らを貫くとわかっていて、凶器を磨く手伝いをしているのだ。
カミューは自嘲に美しい眉を寄せた。
「────しっかり舐めろ、愛しい情人の持ち物であろう」
罵るような声が振ってくる。……そうとも、マイクロトフの肉体でなければ、誰がこんな真似をするものか。
カミューは心で吐き捨てる。
次第に容量を増した肉棒に呼吸を奪われ、再度行為を中断した。だが、今度は殴打を与えられることはなく、代わりに優しいとさえ言える声が命じた。
「────脱げ」
口腔に残る青臭さに咽ていたカミューは、その言葉にキッと顔を上げた。恋しい男の顔は笑っていた。
「聞こえなかったか、さっさと脱げ」
束の間、カミューは躊躇った。淫獣オーランドの目的はとことん彼を辱め、いたぶることだ。だが、その左手がサイドテーブルに置いてあった小振りのナイフに伸びるのを見て、目を伏せて立ち上がった。
言うことを聞かねば、マイクロトフの喉首を切り裂く。それが一昨日あたりからの脅迫の台詞なのだ。
カミューが淫獣に蹂躙されるようになってすでに一週間、身も心も疲れ果てた彼には、あれこれ考えるだけの気力が残っていなかった。
オーランドの目が興味深げに見守る中、ゆっくりと衣服を落としていく。窓から差し込む月明りに浮かぶほの白い肌は、高価な象牙の如く汚れなく美しかった。
淫獣もそれを認めぬわけにいかない。幾度凌辱しても、どれほど傷つけてもカミューの清潔な気配は揺るがない。いっこうに服従しようとしない頑固な眼差しも、踏み躙るにはもってこいの獲物である。
容易に屈する者よりも、歯ごたえのある者を力で捩じ伏せる。逃れようのない罠を張り巡らせ、無力に打ちひしがれる者を踏み躙る。それこそ、忌まわしき魔性の悦びだ。そうした意味ではカミューはまさしくオーランドの意に叶った理想的な生贄だった。
愛する男に危害を加えることが出来ず、代わりに自分を差し出す以外にすべがない。昼の間、全く記憶のない恋人の優しい思い遣りを受け続け、もはや事情を話すことも出来ずに項垂れるばかりの青年。
ゆっくりとカミューが破壊されているのは確かだった。魔物の力を受けているが故に夜間眠らなくてもまったく影響のないマイクロトフとは異なり、疲労はすでに限界に近い。
誰にも相談出来ず、たった一人で過酷な状況に立ち向かう勇気を褒めてやってもいいが、それにも限度はある。
遠からずカミューが跪くであろう予感が淫獣にはあった。狂わんばかりの快楽と、泣き叫ぶ苦痛を交互に与えられる夜毎の狂宴。ベッドに倒された後、正常な思考を保つ時間が次第に短くなってきている。
彼の無意識の唇が、マイクロトフの名を呼び続けることが淫獣には面白くなかった。切なげに洩れる男の名を聞くたび、殴りつけ、侮蔑を浴びせた。
しかしそれが度重なるにつれて、オーランドは最も効果的にカミューを傷つける手段を見つけた。残酷な行為の最中にマイクロトフの口調で呼び掛けることである。
いかなる暴行にも必死に耐える青年が、耳元に恋人の声色の睦言を吹き込まれた途端に崩れる。魔物からみればくだらない、好きだの綺麗だのといった台詞である。
『器』とした人間が、ひどく不器用な男であることは同化した瞬間からわかっていた。手軽な口説き文句も、巧みな愛撫も何も持たない。あるのはただ恋人への情熱ばかりである。
このような男の何処がいいのかと、最初は淫獣も嘲笑った。しかし、マイクロトフもどきの甘い囁きに襲われると同時に、張り巡らせた気力の壁が壊れて乱れるカミューを見ていると、どうやらこの『愛』とやらが本物であるのは確かなようだ。
淫獣オーランドの生はほとんど世界の始まりと同じだけの長さである。だが、四百年間封じられていたのを除いても、これほど長く一所に留まり、一人の『器』に取り憑いているのは初めてのことだ。また、一人の人間を慰み続けるのも同様である。
『器』に飽いたら即座に周囲の人間を狩り殺し、次の『器』を探す。それが魔獣たる所以であり、恐れられ封じられた理由である。強靭な肉体を持った『器』の中で己がどれほどの力を解放出来るのか、それすらも覚えていないほどに力は無限に等しかった。
折れた骨を繋げることも、切れた皮膚を戻すことも容易かった。ただ、これまでの生の中でそうした力の使い方をしたことはなかったのである。
昨夜の暴行の痕跡もなく、白皙の面を強張らせて佇む青年をじっくりと目で犯してから、軽く顎でベッドを指す。
カミューは無言で従った。
どれほど抗ったところで犯されることには変わりがない。ならば何とか相手の隙を突いて弱点を探れないか────そう考えているのが見える。そんな往生際の悪さも、淫獣には好ましかった。
すべての希望が潰えたとき、彼は崩壊する。すべて自分のものとなる。『器』の肉体ではなく、淫獣オーランドそのものを受け入れることになる────
それが楽しみであり、待ち遠しくもあった。
ベッドに横たわったカミューを眺め下ろし、獣は低く命じた。
「────脚を開け」
「……何だと?」
「自ら脚を広げて、吾を誘ってみせろ」
「────ふざけるな!」
カミューは語気も荒く吐き捨てた。確かに為すすべがない。マイクロトフの身体を質に取られ、その上城中の人間の命を盾にされてはどうにも出来ない。しかし、だからといって要求のすべてを受容することなど出来なかった。
「誰が貴様などを────」
最後まで言い終わらないうちに、またも激しい殴打を受けた。これまで一晩のうちに幾度殴られたか数えたことはないが、片手で納まる夜はないに違いない。
「……さっさと脚を開け、痛い目に遭いたいか」
殴りたければ好きにしろ、そう言いたげにカミューは顔を背けた。おとなしくしようが反抗しようが、どうせ結果は変わらない。ならば従う理由などないのだ。
するとオーランドは攻撃方法を変えた。
「……どうだ、おまえの情人は子供が好きか?」
「………………?」
忌まわしい笑みが顔中に満ちていた。
「子供の身体というのは脆く柔らかい。この男を受け入れれば、おまえのような訳にはゆくまい……裂けて死ぬかもしれないな────」
カミューは目を見開いた。言いなりにならなければ、魔物は城の子供を強姦すると宣言しているのだ。これは今までの脅しの中で一番衝撃的だった。
「────やめろ、そんなことはさせない!!」
半身を起こして相手の服を掴む。残酷な魔物にはまったく似つかわしくない青い騎士服。その衣服の下で幼い子供が凌辱されるなど、考えることも恐ろしかった。確かに淫獣の言葉通り、マイクロトフの逞しい肉体は哀れな犠牲者の身体を引き裂くだろう。
獲物の狼狽し切った反応に、オーランドはにんまりした。
「────ならば、おまえに出来ることは一つだ」
二重三重にも張られた罠から逃れる道が見つからない。カミューは固く目を閉じ、従うしかなかった。
言われたように自ら脚を開く。即座に足りないと叱責され、血が滲むほど唇を噛んで獣を迎え入れる姿勢を取る。
「…………自らやってみせろ」
「────!」
容赦ない命令が飛んだ。彼は躊躇い、我知らず懇願する目線を漂わせた。しかし、冷酷な瞳は無言で行為を促すばかりだ。
幾度も息を吐き、それから手を伸ばす。屈辱に溢れそうになる涙を堪え、自身を握り込んだ。
だが、いくら刺激を与えようと、こうしたものは多分に精神的なものに左右される。苦行のように行為を続けても、カミューは僅かも反応出来なかった。
「────どうした、何をやっている」
焦れた淫獣が覆い被さってきた。カミューの手を払い除け、大きな左手が代わりに探り始めた。淫靡な刺激を加えられても、疲弊し果てた身体は無言を通す。舌打ちした魔物は、おもむろに彼の髪を掴んで半身を起こさせた。
「────乗れ」
「………………」
どさりと横たわった大柄な身体。命じられていることは明らかだったが、やはりカミューは躊躇した。
「わからぬか」 淫獣は憎々しげに吐き捨てた。 「自ら我を咥えるがいい」
言外の脅しに溢れる冷たい眼差しに、カミューは目を伏せた。のろのろと男の身体に跨ると、幾度も唇を噛みながら灼熱の欲望に手を添えた。
自らのペースで行為を進められる体位ではあるが、同時に激しい羞恥をもたらす。それだけに相当の覚悟を決めねば取れない姿態であることを察し、マイクロトフが強要したことはない。
それでも時折甘く請われれば、頬を染めつつ応じてきた。マイクロトフが、我が想いを確かめることができるのなら───そう己に言い聞かせて羞恥を押し殺してきたのだ。
だが、冷めた眼差しで射抜かれながら、自ら腰を落とす行為には暗い悲しみしかない。カミューは額に汗を滲ませながら、必死に自身を割り開く行為に努めた。
絶え間ない息を洩らし、それでもようやくすべてを体内に納めると、思わず男の広い胸に両手をついて肩を震わせた。
マイクロトフとのひとときであれば、ここで優しく手を握られて、気遣う言葉によって癒される。だが、届いた言葉はあくまでも非情だった。
「……何をしている、さっさと動け」
困憊した身体を何とか動かそうと足掻いたが、鈍い痛みと重い頭痛が身じろぎひとつ許さなかった。絶え絶えの息の合い間に、無意識に呟いていた。
「────出来……ない────」
「……………………」
すると淫獣は忌々しげに細い腰を両手で掴むと、荒々しく幾度も揺すり上げた。途端に激痛が走り、カミューは悲鳴を上げて男の胸に崩れかけた。
魔物は唐突に手を止めた。左手が無造作に彼を弄り出し、伸びた右手が意外な優しさで頬を撫で擦った。
その右手に宿る『騎士の紋章』、マイクロトフをマイクロトフたらしめている誇りの証を思い出した途端、涙を止められなくなった。
間近に対峙する相手からは、恋人のほのかな体臭が匂い立つ。昼の間、カミューを案じて何とか医師の元へ連れて行こうと苦心する、愛しい男の香りだ。
その体温は恋人のものだ。いつも変わらずカミューを温めてくれる、確かで力強い唯一の光────「……マイクロトフ…………」
微かに呟く。淫獣はその瞬間に掌の中のカミューが切なく応じるのを感じた。忌々しさに脳が焼けるようだった。
────この人間は吾に抱かれているのではない。操られている『器』に抱かれているのだ────こうして快楽を与えているのは吾なのに、この愚かな生き物は情人だと思い込むことで応えている…………。
唐突にオーランドは激しい感情に支配された。
それは怒りに近しく、しかしそればかりではなかった。人ならぬ魔物には、そうした意識を何と呼ぶかわからない。ただ憤りのままに手にした青年を握り締めた。
さすがにその痛みは朦朧としていたカミューを覚醒させた。短い悲鳴が上がり、逃れようとする下肢に力がこもった。
淫獣は起き上がってカミューを乱暴に押し倒すと、一旦己を引き抜いた。
弱い抵抗を片手で捩じ伏せると、獲物をうつ伏せに転がし、改めて一気に貫いた。
掌で苦痛を与えながら、体内深くで快楽を呼び出すことなど魔物には造作もない技だった。カミューは双方の刺激にのたうち、身悶え、あられもなく泣き叫んだ。
「マイクロトフ────マイクロトフ!!」
まだ言うか、と淫獣は激情に我を忘れた。
いつしか、その名を聞くたびに獲物の首を圧し折りたいほどの憤怒に駆られるようになっていた。意志のままに片手で背後からカミューの首を掴み、シーツに押し付けるように締め上げた。もがいて覗いた横顔が、見る見る青褪めていくのを堪能しつつ、ふと思い立ち、絞め殺す寸前で力を抜いた。
途端に激しく咽返りながら、カミューは意識を途切らせていった。────己を不快にさせた青年への罰は、もっと効果的に与えるべきだ。
そう判断した淫獣は、暴行を中断して肉体を解放した。
いつものように獲物の衣服を整え、回復の術をかけた上で静かに部屋を出て行く。その精悍で男らしい表情に淫靡な笑みを浮かべながら。
残されたカミューは涙の跡も痛ましく、悪夢の中に投げ出されたまま長い一日を終えるのだった。
オフ会で無理矢理約束させられて、
イキナリ追加されたシーンは何処でしょう(笑)
んー、そろそろオーちゃんの素顔(苦笑)が
見えてきましたかねえ……。
よくよく見直したらえっちばっかじゃん!!(死)
でも次もなんだな〜これが……とほほ。
次はかなり赤、気の毒かも……って
今更か!
ひどいや、エミリアさん!!(爆死)