侍医長はつとめを辞した後、街道の村の自宅へ戻ったが、「もっと遠いところで暮らしたい」と強く望んでいたらしい。
そこで、娘の結婚を機に今の村──新郎はそちらの出身だったので──に、揃って移り住むことになった。しかし、当の侍医長は新転地を見ぬまま、街道の村で往生したといういきさつだった。
死に際、彼は一通の書状を娘に託した。但し、娘宛てではない。皇太子マイクロトフに宛てて記されたものであった。
決して他の者が開いてはならない、進んで届けてもいけない。
けれど、もし皇子が父の死について知りたいと訪ねて来たら、そのときはこれを皇子にお渡しせよ。
侍医長は、そう娘に言い遺したのである。
青騎士隊長は、無造作に自身の髪を掻き回した。
「娘にとっては酷な話です。そんな謎かけみたいな言葉ばかりを遺されて……」
葬儀を済ませ、今の村に移って来て暫くは、慌ただしさに取り紛れて、娘は父の言葉の意味を探ろうとはしなかった。言い付けを守り、遺品と共に書状を大切に仕舞い込んでいた。
そんなある日、突如として交わした遣り取りを思い出したのだ。
父の最期の文は皇太子に宛てたもの。その、「届けるな」という一節が引っ掛かる。王の臨終の様子を皇子に伝えようとしたのなら、断わり書をつけた上で渡せば、然して不都合はなかろうに。
「父の死に様について知りたい」───留学中だった皇子は死に目に遭えなかったのだから、そう思って当然だ。だが、語って聞かせる人間なら城に幾らでも居るだろう。
医師団の長だった父と会って話したく思う、というのはあるかもしれない。けれど、街道の村の家を訪れて、父が死んだと知ってなお、遺族が移り住んだ先まで追ってくると見越して文をしたためたのなら。
この文は、何か深い意味を持つのではないか。
長年つとめ上げた城での話を、離職以来ほとんど口にしなくなった父の、とてつもない秘密が綴られているのではないだろうか。
居ても立ってもいられなくなった娘は、終に禁を犯して文を開いた。そして、一人では抱え切れぬ事態の大きさに戦いて、夫にも打ち明けずにはいられなかった。
長い懊悩の末、二人は侍医長の意向に従おうと決めた。考えるのに疲れ果て、元のところに落ち着いた、というのが実情だったかもしれない。
そこで一呼吸置いた男は、次の刹那、真っ直ぐに背を正した。
「これより先は、殿下にとって少なからず苦しい話になります。宜しいか?」
「……ああ、頼む」
いよいよ本題に入るのだと、マイクロトフのみならず、一同が居住まいを改める。それを待って騎士隊長は口を開いた。
「先ずは結論から申し上げましょう。亡き侍医長は知っていた。先代陛下が殺められたと───ワイズメルから贈られた酒に毒が入っていたところまで、彼は気付いていました」
「なっ……」
声を洩らしたのは誰であったか。ともすれば全員だったかもしれない。
経験豊かな医師団の長が、何ゆえ毒物を見落としたのかを知りたかった。幾度か疑心に陥りもしたが、故意に事実を隠したとは、努めて考えずにいたのだ。
───なのに、これは。
非難と不審が一斉に駆け抜ける中、重い調子が続けた。
「……と言っても、暗殺計画に加担していた訳ではなく、口止めの金を貰ったのでもない。彼なりに国を思い、憂いた結果、沈黙を選んだのです」
マイクロトフは荒い息を繰り返し、何とか平静を保とうと苦心した。副長も同様だ。若い赤騎士に至っては、あんぐりと開いた口が閉じられない。唯一、ゲオルグだけが硬い表情のまま、短く言った。
「どういうことだ?」
騎士はちらりと皇子の膝上、握られた拳に視線を落とす。
「最初に申し上げておきましょう。侍医長は苦しみました。やむなき選択とは言え、職務への誇りに反し、真実を呑み込んだのですから。程なく城を辞したのは、いたたまれぬ胸中の現れです。殿下の間近に仕えていては、いつか黙っていられなくなる───それを恐れて彼を去った。それからの数年、日々悩み、反芻しながら死んでいったのです。恨んではならない」
何かと辛辣な青騎士隊長にして意外な言葉だ。マイクロトフは伏せ気味だった顔を上げた。
「その日……陛下が体調を崩されたと知り、侍医長は他の医師に先んじて診察を開始しました。診たことのない病状ではあったが、探求熱心だった彼は、似た症例を記した研究論文を読んでいたらしい。机上には、棚に戻されぬまま放置された酒瓶と杯がありました。陛下が寝酒を嗜むのを知っていた彼は、直感的にこれを調べ、手持ちの試薬を使って異物を検出したのです」
老医師は仰天した。苦しい息を吐く皇王を気遣いつつも、確かめずにはいられなかった。
患者は語った。
ワインはグリンヒル公主から贈られた品で、今宵、自らの手で栓を抜いたばかりだと。
だとすれば、毒物は当初から入っていたことになる。ずっと有効的に接してきた隣国の国主が、何故───侍医長は狂乱に陥りそうになった。
当たりをつけたものと同一なら、手元に解毒の手段はない。どれだけ現存しているのかも不明な、絶滅種の括りに入る草から取れる毒だからだ。
けれど、別の種なら希望はある。自らの見立てが誤りであるよう祈りながら、あらゆる毒消し薬を投じてみるのが先決だった。
ここで彼は重大な過ちを犯した。
正確には、そうとは知らず、過ちに踏み込んでしまったのだ。
応急の処置を施した後、彼は他の医師らが王の傍に近付かぬよう手を打った。それほど突飛な発想ではない。これだけの重大事、下手に騒ぎが広まらぬよう心掛けたのは、王に仕えるものとして、寧ろ深慮であったかもしれない。
次に、白騎士団長の意を仰ごうとした。王に不測の事態が生じた場合、次に権限を持つのは、王と並んでマチルダの両輪とも称される騎士団の最高位階者だからだ。
ところが、その白騎士団長が見当たらない。そこで次なる実力者を頼ったのは自然の成り行きであった───ましてそれが、皇王の義弟たる人物ともなれば。
「ゴルドー?」
呆然とマイクロトフが目を瞠る。
「ゴルドーのところへ行った、のか……?」
感情の抜け落ちた眼差しが問いへの答え。騎士はゆっくりと皇子から目を逸らした。
「再婚した母親の縁続きで陛下の義弟となり、特別の待遇で騎士団入りした人物。さりながら、王族の末席に加えられた騙りを感じさせるでなく、出過ぎず、つとめぶりは実直で……剣の腕にも並ならぬものを持っていた男。白騎士団副長の地位に昇るまでには、「皇王の義弟」という身上が多少は味方したかもしれない。けれど当時のゴルドーは、誰の目にも次の頂点に相応しいと映る人物でした」
そう、と無意識に青騎士団副長が相槌を打つ。
確かに、あの頃のゴルドーは非の打ち所のない騎士だった。血縁こそないが、義理の兄である皇王との関係は良好で、白騎士団長からも信を受けていた。
「次代の最高位を約束された男。陛下を、そしていずれはマイクロトフ殿下を支えていく筈だった男が、忠義面の裏に牙を隠していたなどとは、侍医長には知る由もなかった。だから駆け込んだのです。グリンヒルの陰謀だ、陛下が毒を盛られた、御命も危うい、どうすれば良いのか……と」
騎士隊長が言葉を切るたび、一同は苦いばかりの沈黙にいたたまれぬ心地になった。
何も知らず、陰謀の主格に救いを求めてしまった老医師。無言の、ただただ重苦しい脱力感ばかりが室内に満ちてゆく。
「そこからのゴルドーの行動も、ある意味、指導者に相応しい迅速でした。狼狽する侍医長を励まし、直ちに騎士団内の毒消しも提供した。その一方で、病室から締め出された他の医師らに、夕食で陛下が口にした食材すべてを調べるよう命じたのです」
そうしておけば、一先ずは酒が原因と気付かれない。対処を考慮するため、暫し時を稼ぐ必要があるというゴルドーの説明を侍医長は信じた。否、疑っている暇もなく治療を開始したのだ。
「侍医長は、毒消しが効かず、刻一刻と様態を悪化させる患者を救おうと献身を尽くし……他の医師たちは、出る筈もない毒を探して、料理という料理を掻き回した。彼らの奮闘は夜通し続き───だが、報われなかった」
「……父上」
自失したマイクロトフの呟きを耳に止めた副長と若い騎士が唇を噛む。青騎士隊長は深い息を吐いて、これまで以上に眉を寄せて言葉を接いだ。
「グランマイヤー宰相以下、政策議員たちも病室の外に控えて回復を祈念していたが、御逝去の間際、最初に入室したのはゴルドーでした。皇太子は遊学中、白騎士団長も見当たらないとあっては、これは順当だったでしょう。一応は「兄弟」とされる間柄ですから」
「…………」
「片や侍医長は岐路に立たされていました。万策尽きて、昏睡に陥った陛下を見守るしかなく……重い責務が圧し掛かろうとしていた」
「……死因の発表、か」
押し殺したゲオルグの合の手に騎士は頷いた。
「健勝だった人物が唐突に倒れたのだから、毒を考えぬ者はいません。料理から毒は出なかった。ならば何に、どうやって、誰が───真実を知る侍医長には説明する義務があった。そんな彼に、ゴルドーは囁いたのです」
王が隣国公主に暗殺された。公表すれば、両国の友好に終止符が打たれる。
敬愛する王を殺されたマチルダ国民は決してワイズメルを許さない。報復の気運は瞬く間に広がり、騎士団はグリンヒルに宣戦布告することになるだろう。
平穏は破れ、両国のみならず、同盟を結ぶデュナン湖周辺諸国も揺れる。下手をすれば、ハイランドに付け入る隙をも与えかねない。
そして何より重要なのは、現在、王の唯一の後継者であるマイクロトフがグリンヒルに居ることだ───
「おれ、が……?」
もはや感情が付いて来ない、カラカラの掠れ声だった。
「……ええ、あなたです、殿下。我が国には、平時、友好国に対して間者を送り込む慣習はありません。しかし……、それまでのグリンヒルがどうであったにせよ、毒殺を企てたからには、首尾の如何を探るため、ワイズメルの手のものが、必ずやロックアックスに入り込んでいる。そこへ陛下の死がグリンヒルの陰謀だと発表されたら?」
「すぐにワイズメルに伝わるな」
青騎士団副長がポツと応じる。
「然様、しかも殿下はニューリーフ学院寮においでだ。先んじて質に取られれば、騎士団には為すすべがなくなる。報復戦争を仕掛けるどころか、無条件で言いなりにならざるを得ない。これは兵力で圧倒的に劣るグリンヒルが、武力を使わず、自国の民にも悟らせぬままマチルダを屈服させんとする、実に巧妙に練られた企みなのだと───ゴルドーは、侍医長にそう説いた」
「…………」
「だが、一つだけ手がある。ここで毒殺を伏せれば、殿下を無事に取り戻せる。父君の訃報を受けて留学を切り上げ、帰国を早めるのは至極まっとうな成り行き……ワイズメルにも押し止める理由が見つからない。幸い、毒が盛られたと知るのは自分たちだけ。二人が口を噤めば、ワイズメルの目論見の裏をかける、と」
「……汚い」
若い赤騎士が唸るように吐き捨てた。これほど男たちの感を端的に現す一言はない。青騎士隊長が微かに頬を歪めた。
「そう、汚い。ゴルドーは侍医長を理用した。報復戦をちらつかせ、医術に携わる人間の痛点を突いた。戦になれば、罪なき民の血が流れる。それがグリンヒルの民であっても命の重みは同じだ。我が国の無念を晴らすにしろ、あまりにも大きな代償となる。まして、隠蔽が殿下を事無く帰国させる唯一の手段と言われては、他に選ぶ道はない。斯くてゴルドーの思惑は果たされました。「毒物の投与は認められず」───侍医長は、そう要人らに告げたのです」
帰国した皇子は、物言わぬ父と対面した。
涙を堪え、決然として棺の前に佇む姿が痛ましく、見守る老医師の胸には、皇子の無事への安堵以上に、真実に蓋をした自責が渦巻いた。
そんな彼に、ゴルドーは重ねて言った。
皇子は若く、即位の資格を得るまで、四年あまりの皇王空位が生じる。この間、何としても皇子を護り抜いて、国を支えていかねばならない。
暗殺を伏せたことはワイズメルに対する圧力として使える。秘密裏に書を送り、こちらの優位を知らしめるのだ。以後、二度と手出し出来ぬように脅し上げた上で、両国間の友好を保ち続ける旨を約束させよう───
侍医長には政治的な駆け引きは専門外だった。
ただ、ゴルドーの言葉通り、マイクロトフは若い。身体つきこそ立派だが、まだ少年と言って良い年頃だ。
正義感が強く、騎士道に憧憬を抱くマチルダの王位継承者。父親が隣国公主に暗殺されたと、どうして言えよう。
知れば苦しむ。報復への傾倒と、民を安んじようとする思いに裂かれ、心は血を流すだろう。
もう、何が正しいのか分からない。どうすれば良いのかも分からない。
このまま皇子の住まう城でつとめ続けていれば、いつか呵責に耐えかね、真実を口にしてしまうかもしれない。それを恐れて侍医長は職務を辞したのだった。
「マチルダとグリンヒルの間にこれまで通りの平穏が保たれたことだけが侍医長の救いだったと思われます。ただ、真実を隠匿したまま逝くには善良に過ぎたのでしょう。もしも殿下が、息子として父の死に疑念を持ったときには、すべてを明かしたいと考えた。侍医長が娘につけた注文は、そうした理由によるものです」
途中から、マイクロトフは俯いたままだった。目の奥が焼け、視界が滲んだ。
何度か侍医長を疑い掛けた。結局は否定し続けたが、確かに疑惑を抱いた瞬間があったのだ。恥じ入ると同時に、苦しみ抜いた老医師への哀憐が沸き上がり、胸が詰まる。
侍医長を恨む気は毛頭ない。それでも一つだけ痛恨に苛まれた。
───おれのために。
若き皇子を護るため、王の死の真相は闇に葬られた。
父の無念は、自らの無事と引き替えに、晴らされぬまま今日に至ったのだ。
一方で、ゴルドーへの怒りは頂点を越えた。
仮定から始まったものが、一つずつゆっくりと現実と化していく。そのたびに味わった憤怒の何れにも増して、此度のそれは深かった。
情を理用して、何も知らぬ者を手のうちで踊らせる。思う方へと誘導する。
ゴルドーは、毒に苦悶する父の横で、あまつさえマイクロトフの名を持ち出して策を完結させたのである。
───何故、そうまでして。
沈痛を見取ったらしい青騎士隊長が、ひっそり言った。
「戦場では、騎士は常に顔を上げているものです。でなければ敵を見据えられない。まして一団の将たるあなたが、俯いてはなりません」
はっとして、マイクロトフは瞬いた。溢れる寸前だった涙を瞳に溶け入らせようと努める。顔を上げたときには、濡れた睫が僅かに色を増した他は、普段通りの表情が戻っていた。
「そうだな、多くの人間に護られてきた命だ、一瞬たりとも無駄には出来ない。で……、その書状は今どこに? 借りられたのか?」
力強い語調に微笑み、だが騎士は諸手を挙げた。
「それがですな、……無いのです」
「無い?」
「最初に娘が読んだとき、あまりにも事が重大で怖くなり、火にくべてしまったらしいのです」
父親が王の暗殺を伏せた。これは恐ろしい衝撃だろう。
繰り返し読んだ挙げ句、たとえ没した今であっても、父が断罪されるのではないかと娘は思い込んだ。
御殿医としての実績や名誉を剥奪され、罪人と謗られる亡父を想像して、殆ど何も考えられない状態のまま書状を暖炉に投げ入れてしまったのである。
「燃やした───」
青騎士団副長が呆然と呻く。ゴルドーの名が記された、それは当事者に拠る告発状にも等しい品だったのに。
無念は堪えようもなく副長を打ったが。
「気を落とされますな、副長。続きがあります。夫が……、細君の方は体調が戻るのに時間が要る上に、産まれたばかりの赤ん坊を抱えてロックアックスまで来るのは難儀なので、夫の方で良ければ、詮議の場で証言すると言っています。侍医長が罪に問われないかを案じていたので、わたしの方も少しだけ手のうちを明かしました。我らが皇太子殿下は、真実を得ようとしているだけで、真の罪人を正しく見極める御方だから安心して良い、と。こちらの口約束は言葉通りにしていただきたい」
マイクロトフが漸く戻った明るい笑みで応じる。
「無論だとも。良くぞ証言の約束まで取り付けて来てくれたな、感謝する」
「それはもう」
騎士隊長も不敵に唇を上げた。
「長々と城を空けた以上は、収穫を持ち帰らねば御一同に顔向け出来ませんからな」
「分かります、それ」
「……君もグリンヒルに行ったのだったな。そう言うからには、何か掴めたのか」
部下と若者の遣り取りに青騎士団副長が割り込んだ。
「毒の出所については、まだだがね。後ほど改めて詳しく話すが、彼とフリード殿が持ち帰った収穫も大きい。死んだ細工職人に皇王印の偽造を依頼したのが第三白騎士隊長と判明し、ゴルドーとワイズメルとの間で交わされた書状も出てきたのだ」
「それはそれは……糾弾における相当の手札になりますな」
「フリード殿とも話したんだけど、おれたち運に味方されてますよ。絶対に勝てます、あともう少しだ」
勢い込んで拳を握る若者を冷ややかな一瞥が舐めた。
「……気負って戦場で転ぶクチだな、君は。詰めが近くなるほど慎重が要される。現に、毒の出所以外にも新たな問題が生じてしまった」
え、とマイクロトフと若者が瞬く。
「お分かりにならないか? ゴルドーは侍医長の心情を利用して、まんまと毒殺を隠し通しました。だが……この策を成立させるには、絶対に欠かせぬ要素がある」
「───白騎士団長」
押し殺した声で応じたのはゲオルグだ。青騎士隊長は丁寧に一礼して続ける。
「然様。彼が居れば、侍医長がゴルドーに意を仰ぐことはなかった」
これも幾度か一同の話題に昇った。
王の信頼も厚く、私心なくつとめを果たしてきた先代白騎士団長。王亡き後、何ゆえマイクロトフを支える責務を放棄して姿を消したのか、ずっと騎士らの疑問となっていた。陰謀の構図の中に、答えはちらつき始めていたが───
不意に、張り番を通さず開いた扉に一同はぎょっとして向き直った。一斉に集まった視線に入室の足を止めたのは赤騎士団副長である。
「失礼、こちらにお集まりと聞いて伺ったのですが……」
立ち入りの許可を省いたことを短く詫び、次いで青騎士隊長に気付いて目を細める。
「戻っていたのかね」
「ええ、先程。無断で長らく離脱して申し訳ありませんでした」
マイクロトフが急いで言い添えた。
「また一つ、ゴルドーを追い込む手が得られたのだ」
ほう、と赤騎士団長は一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐに表情を曇らせて席についた。見届けたゲオルグが低く問う。
「そいつは後でゆっくり聞かせる。で……、どうだった?」
「御見立ては正しいかと。杞憂であって欲しいと願ったのですが」
話が見えず、困惑する一同が注ぐ注視から目を逸らしての、弱い答え。
「ゲオルグ殿?」
マイクロトフの呼び掛けを片手を挙げて制し、深い溜め息をつく。
「さっき、そちらの兄さんが呈示した「問題点」だ。頼んで調べて貰っていた。例の、「野暮用」というやつ……だな」
それから短い逡巡の後、マイクロトフを凝視した。
「非常に酷だが、承知して貰わねばならなくなったようだ」
「は、はい。……ですが、何を?」
ちらと赤騎士団副長と目を合わせ、ゲオルグ・プライムは宣言した。
「早い方が良かろう。今宵、先代皇王の墓を暴く」
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