INTERVAL /22


日も暮れ落ちた静寂のロックアックス城、敷地の最西に慎ましやかに聳える鉄門。
これより先には樹木が生い茂り、昼日中であっても薄暗い。まして夜ともなれば、城から洩れる明かりも届かぬ常闇の世界となる。命の息吹すら感じさせぬ沈黙の森が、更にその先、聖なる地を護っているのだ。
獣道にも似た小道を進んで行くと、突如として森が開ける。相変わらず木々は多いが、森のそれとは多少違った種が混じるためか、枝葉の隙間に空が覗く。
そこに広がるのはあまたの墓標だ。騎士道に殉じて命を落とした戦士たちが、王族の眠る一画を囲むように葬られている。
ハイランドから独立した当初はともかく、ここより他に墓稜を持たぬ皇王家の一族とは異なり、今では大半の騎士が城下に各家の墓を持っている。それでも、この地を安息の場にと望む者は少なくない。仲間と並んで眠りを分かつ、それは、同じ訓戒の許に血汗を流した者だけが理解し得る心情なのかもしれない。
山肌を削り、墓地は幾度も拡張されてきた。初めは最奥に位置していた王族用の敷地が囲まれるようになったのはそのためだ。
暫く平時が続いたため、増地の作業は行われていない。マチルダ騎士団は戦うために組織された一団、避けられぬ闘争には敢然と臨む。けれど、死者の眠りを妨げる槌音を響かせぬよう努めるのもまた、彼らの重大なつとめなのである。
さて、城と森とを分ける鉄門の傍近く、数人の騎士が潜んでいた。松明の火に映し出されぬよう、城壁にぴたりと身を寄せて、時折ちらりと城の窓にも注意を払う。少しして、中庭の方から、これまた人目を避けるように足早に現れた集団を見止めるなり、彼らは素早く合図を送った。
「こちらです、副長」
ヒソとした呼び掛け。応じるように片手を挙げたのは赤騎士団副長だ。彼に続く面々を一望して、騎士たちは幾許か表情を硬くした。
「万事、手筈通りか?」
はい、と一人が小声で応じる。
「白騎士団員には気付かれていまいな?」
「勿論です。張り番でさえ、日没前に撤収してしまいましたし」
「ただでさえ呑気なつとめに、拘束時間すら守れないとは恐れ入る」
淡々と感想を述べたのは青騎士団・第一隊長だ。堪らず騎士らも失笑した。
「頼んだものは?」
赤騎士団副長の重ねての問いに、一人が目線で答える。
「はい、こちらに。ですが副長、これはいったい……」
僭越を承知で尋ねずにはいられなかったらしい。だが、上官は静かに首を振った。
「時が来れば自ずと分かる。今は聞くな」
はあ、と頷きつつ、赤騎士たちは尚も上官以下の一団を見遣る。一人がおずおずと口を開いた。
「あのう……、もしも御手が足りぬようでしたら、何人か募って参りますが」
そこそこ察しをつけているか、と苦笑ったゲオルグ・プライムが丁寧に断わりを入れた。
「気持ちだけ貰っておこう。さあ、道具をくれ。手燭も人数分あるな、火打ち石はおれが持とう」
命じられた通り、騎士たちは用意した品々を配り始めた。受け取ろうと手を伸ばした最後の一人と対峙した騎士が、複雑そうに眉を顰めたが、無言のまま一礼するにとどまった。
再び赤騎士団副長が部下を見遣る。
「おまえたちの次のつとめは、今より決して他の者を……特に白騎士団員を、何があっても近付けぬことだ。良いな」
「はい、副長」
粛と礼を取り、次いで騎士は一点に目を止めた。
「森の道は足元が危のうございます。お気を付けください、……マイクロトフ殿下」
「ありがとう」
夜陰の中でも隠し切れぬ厳しい面持ち。しかし、気遣いに応じる声音は穏やかだった。
ゲオルグを先頭に、面々は次々に門を潜っていった。赤・青騎士団副長、皇太子マイクロトフと青騎士隊長。最後に皇子の従者と無位の赤騎士という、要人揃いの一団には少々奇異な取り合わせの二人が続いて、見送る騎士らの怪訝を煽る。
やがて、一同が消えていった先で火打ち石が微かな音を立て、小粒の火が闇に灯った。
荷袋に用意した蝋燭の数は相当になる。いったい何のため、そこまで多くの明かりを要するのか。薄々は気付きながらも、口に出す者はない。命じられたように、今は接近するものを阻むだけだ。
残された赤騎士たちは、改めて暗闇と同化しながら表情を引き締めていった。

 

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