INTERVAL /21


まんじりともせぬ夜を過ごして迎えた陽光、廊下を挟んだ女たちが起き出す音に誘われて、身支度を整え、部屋を出て、ロウエンと並んで調理場に立った。
眠りに拒まれた身は気怠く、けれどカミューは心のうちに奇妙に冴え冴えとした何かを感じていた。清澄、といっても良い。
長く恨みが鎮座した場所に棲みついた男。その温かな眼差しを思い、初めて恋着の涙を零した夜。ゲオルグと二人、焼跡に散る亡骸を集めたときに果てたと思われたそれが、今なお残っていたことに戸惑いを禁じ得なかった。
哀傷も、刻の流れと無縁ではない。
決して消えない傷であっても、人はいつしか痛みに慣れる。重なる記憶が過去を覆い、生きていくための力を与える───枯れた筈の涙すら蘇らせる。
ならば、亡き人の痛みは何処へ行くのだろう。
レオナが言うように、彼らは復讐など望むまい。あの優しい人たちは、生き延びたカミューを祝福しているに違いない。あるいは自責に縛られた身を、案じてさえいるかもしれない。
けれど、捨て去れないのだ。
生きるため、縋り付くように見出した「理由」を、どんなに理性が囁こうとも手放せない。それを成した瞬間に、自らの存在そのものが壊れていく気がして。
カミューには最後の道が漠然と見え始めていた。情感のうちに棲むすべての人たちを偽らぬ唯一の道筋、永劫なる真率に繋がれる日。
それを思うと心は凪いだ。あらゆる淀みが澄み渡っていくようにも感じられた。
食欲の欠如を気遣う女たちに退席を申し出て、部屋に引き取り、寝台に身を投げて。
やがて幸福な夢想を伴った浅い眠りが訪れた。
そこには誠実な騎士たちと故郷の人々が並んでいて、甘やかにカミューを呼ぶ男がいた。差し伸べられる大きな手があった。
彼は言う。
───生きよう。おれと一緒に、これからの未来を。
相変わらず正攻法な男だな、そう苦笑を返そうとした一瞬に、だが優しい光景は飛散した。階下からの物音に眠りを妨げられたのだ。
ゆるゆると身を起こすと、激しく言い争う声が立て続けに聞こえた。咄嗟に佩刀して廊下へと進み出て、階段の縁で遣り取りを窺った。
状況はすぐに察せられた。若い娼婦と、彼女の客の白騎士。カミューの脳裏に、気恥ずかしげな笑みを浮かべた娘と小さな菓子の包みが過った。
相手は白騎士団員、第二隊長の消失がどう扱われているかが分からぬ今、安易に姿を見せるのは危険だ。だが、直ちに飛び出して行けなかったのは、自らの進退を量りに掛けたためばかりではなかった。
体調的には何とかなるだろう。いざとなれば「烈火」もある。
ただ、ここで争うようなことになれば、匿ってくれたレオナらに迷惑が掛かってしまう。何としてもそれだけは避けねばならない。そのための手段に葛藤していたのである。
思案する間にも、階下の言い合いは刻々と続いた。
男の声音に溢れる侮蔑が、古い傷に火を点ける。舌撃を浴びているのは娘ではなく、遠き日の自身であるような錯覚まで受けるようになった。
暴慢を重ねる口を、今すぐ塞いでやりたい。
あのときは無力だったけれど、今は違う。弱きものたちを非道から遠ざけるための力がある。持てる力を、いま使わずして何になる───そう体内の「烈火」が騒いだ。
そんな刹那、男が洩らした一節がカミューに冷水を浴びせたのだ。
───白騎士団長の格別の庇護を受けている。
階下の白騎士がゴルドーの手駒の一人であるという確信。
それは瞬きの間にカミューに広がり、意識を埋め尽くした。
この男は最後の手段になる。この白騎士こそが、道を開くための鍵となる。
そうして彼は、瀬戸際の勝負に乗り出したのだった。

 

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お菓子を貰った義理を忘れない赤。
……あまりにも状況に合わない後記なので
反転しておこう(笑)

 

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