最後の王・92


そうか、と。
息を継ぐのも忘れて噎せ返りながら、二人の若者が長い報告を終えたとき、マチルダの皇太子は表情もなく、ただ一言を呟いた。

 

フリード・Yと若い赤騎士がロックアックス城に辿り着いたのは夕食時も過ぎた頃だった。
城門で迎えた赤騎士団員は、珍しい取り合わせに映る二人の帰還にたいそう驚いた。しかし、両者が徒ならぬ様相であったことから、事情も聞かぬまま、目立たぬように東棟まで誘導してくれた。
いつものように西棟の居室に集まって明日の行動の確認をしていた一同の前に現れた二人は、疲労の色濃く、けれど満ち足りた顔だった。フリード・Yは大任を果たして無事に戻った安堵からやや放心気味だったが、騎士の方は未だ魔物との闘争の余韻を残しており、戦いに不慣れな連れを護り通した誇らしさをも漲らせていた。
皇子や副長、ゲオルグ・プライムの犒いの言葉も待たず、二人はグリンヒルにて得た諸々を争うように語った。
職人の覚書、更にはテレーズの手元にあるというゴルドー直筆の書状。初めて掴んだ物証に副長らは興奮を隠さなかったが、その一方で、皇太子だけは不可解なまでの沈着を保っていた。そして二人の述懐が途切れると、静かに目を閉じて「そうか」と低く零したのだった。

 

「複雑な立場におられながら、御自ら、進んで真実を語ってくださるとは……噂に違わぬ御人柄でいらっしゃる。テレーズ公女殿には本当に頭が下がりますな」
青騎士団副長が言えば、
「これほど高潔なる指導者を戴くグリンヒル、程なく歪みも正されましょう。併せて我らも罪を暴き、グラスランドに対する贖罪に努めねばなりませぬ」
赤騎士団副長も強く頷く。
「後は残った騎士たちが、陛下暗殺に直結する確証を掴んでさえくれれば……」
「いけますよ、副長」
確固たる口調で若い騎士が宣言する。
「隊長は絶対に成し遂げます。テレーズ公女の話を伝えたときも、これまでにも増して勇み立って、何が何でも証拠を掴むと息巻いてましたから」
ここへ来て、いよいよ自身らの負った責務の重さを痛感し、それでも赤騎士隊長は欠片ほどの不安も見せず、己への鼓舞に徹していた。それは、四方を敵に囲まれながらも、突破を信じて剣を振るう戦場の騎士の姿そのままで、見守るフリード・Yや若者の胸に熱い感動を灯したのだ。
まるで予断を許さぬ状況。けれど、きっと何とかなる───そんな確信を抱いて、二人はグリンヒルを後にしたのだった。
そうだな、と赤騎士団副長は微笑んだ。
「みな、それぞれが力を尽くしているのだ。天が見てくれていると信じよう」
そこで押し黙っていたマイクロトフが漸く口を開いた。
「二人とも、本当に御苦労だった」
「とんでもございません、殿下」
「……疲れただろう。ともあれ、身体を休めてくれ」
それだけ言うと、彼は椅子から立ち上がった。弾かれたように青騎士団副長が続く。怪訝そうに見上げる若者たちに、副長は笑みながら教えた。
「政策議員に招かれているのだ。皇王制廃止後の展望について、マイクロトフ様のお話を伺いたい、と」
「こんな時間から閣議ですか?」
目を丸くしたフリード・Yに副長は首を振る。眼差しが若い赤騎士へと向いた。
「公の席ではなく、ごく内輪で……だ。彼の兄君の提言で、ゴルドーの威を受けぬ議員が集まってくれるのだよ。予めマイクロトフ様の御考えを熟知しておいた方が、いざ公式の閣議となったときに意見を出し易いと、な」
へえ、と若者たちは瞬く。陰謀解明の傍ら、新体制に向けての動きも加速しているのを実感したのである。
マイクロトフは、そんな二人に微かに笑み掛けた。
「……そういう訳なのだ。すまない、おまえたちには慰労の席でも設けたいと思うのだが……」
「御気遣いなど無用です、殿下」
慌ててフリード・Yが背を正す。その横で、赤騎士がゲオルグを一瞥した。
「ゲオルグ殿は同席されないんですか?」
たちまち男は苦笑を浮かべた。
「護衛なのに、……か? 皇子と議員の集まりに、おれが行ったら変だろう。心配しなくても良い。この集会は内密に開かれるものだし、場所は前に皇子が使っていた部屋だ。周囲には青騎士団員が目を光らせているから、危険はなかろう」
「それに、微力ながらわたしも同席させていただくからな」
青騎士団副長はにっこりし、次いで置き時計へと視線を走らせた。
「マイクロトフ様、参りましょう。既に議員を待たせておりますぞ」
マイクロトフは頷き、今いちど若者たちに会釈した。
「慌しくてすまないな。改めて礼を言うぞ」
気忙しく言うなり、副官を伴って彼は退出していった。残された若者たちは頭を垂れつつ皇子を見送ったが、やがて背を正した彼らの表情を見て、ゲオルグが軽く声を掛けた。
「どうした? 妙な顔をして」
「いえ……」
フリード・Yは口篭り、それから無意識のようにポツリと洩らす。
「何だか、殿下の御様子が……」
「もう少し喜んでくれると思っていた、……か?」
図星されてフリード・Yは頬を染めた。
確かに、まだ王手とは言い難い。けれど思いのほか、真相究明が前進したと考えていた彼には、マイクロトフの反応は何やら物足りず、自身には気付かぬ齟齬でもあったかと案じられてしまったのである。
若い従者の面持ちを暫し見詰め、ゲオルグ・プライムは眦を緩めた。
「喜んでいるさ、おそらくおまえさんたちが思う以上にな」
「でも……」
「仮説に過ぎなかったものが次々と実態化し、終にここまで漕ぎ着けた。あと一歩だ。あと一歩で、すべてが繋がり、立証に到達する。だが、その最後の一歩……皇王を殺した毒に関わる証が出なければ、皇子にとって真の解決にはならない」
ゲオルグの言を受けて赤騎士団副長も口を開く。
「テレーズ公女殿の手元にある書状で、ゴルドーの、殿下への害意は証明されるだろう。けれど殿下にとっての最大の焦点は、陛下への害意、そして陛下の御名を騙ってのグラスランド侵攻であろうからな」
若者たちはこくりと頷いた。痛いほど分かっている。そこを落とせば、カミューが戻らないことは。
「なまじ先が見えただけに、期待は膨らむ。何しろ発端は五年も前だ、グリンヒルの赤騎士たちがどんなに力を尽くしても、確証が得られるとは限らない」
淡々としたゲオルグの意見を聞いた若い騎士が、何事か言い掛けて、だが唇を噛む。
「無論、騎士たちを信じている。皇子はそういう男だ。だが舞い上がってばかりもいられない。現実の厳しさを弁えているからだ。板挟みの中で何とか折り合いをつけようとしている、それがあの無表情ぶりだな」
フリード・Yもまた、項垂れた。かつてのマイクロトフを思い出したからだ。不毛な戦いに騎士を巻き込むまいとして、感情を抑えながら即位の日を待っていた皇太子。重荷をひとり胸に納め、孤独に戦っていた頃の───

 

「……それでも、前とは違いますよね?」
小さな独言にゲオルグと副長が瞬く。
「前のように、お一人で苦しんでおられる訳ではありませんよね。わたくしたちが同じ気持ちでいるのだと、殿下は知っておいでですよね?」
「勿論だよ、フリード殿」
目を細め、唇を綻ばせながら赤騎士団副長が応じた。
「だからこそ、不安や焦りを、ああして殺しておられるのだ。わたしとて考えずにはいられない。ここまで来て、果たせなかったら……そう思うだけで、堪え難い心地になる。殿下は御自身に正直な御方だ、葛藤を抑えるのは容易ではあるまい。それを可能にしているのは、一人ではないと心得ておられるからだと、わたしは思う」
慰められたような思いで笑みを浮かべたフリード・Yを横目で見遣り、若い騎士が嘆息した。聞き止めたゲオルグが首を傾げる。
「若いの、おまえさんも何か意見したそうだな。どうした?」
いえ、と小さく首を振るのを更に問い詰めると、彼は上官に素早く視線を投げて、小声で問うた。
「……正直に言っても良いですか?」
「構わぬ。何だ?」
「前にゲオルグ殿は言いましたよね、カミュー殿は捩じ曲げられている、って」
唐突な言葉に男は眉根を寄せ、記憶を手繰るように考え込んだ。思案の手助けとばかりに騎士は言い添える。
「村人を殺した騎士の家族には手出ししないのに、何で殿下は別なのか、って話が出たときに───」
「ああ……言ったな」
ゲオルグは唸りながら腕を組んだ。
「実際に手を下した騎士とは違い、皇王だけは血筋にまで敵意を抱いたという話だったか」
背後に蠢いていた陰謀を知らないから、皇王を憎むのは已む無しとしても、何ら罪なき皇子をも抹殺しようとしているのは、カミューの心が歪められたからだとゲオルグは一同に説いた。聡明な彼が、親子を同一と見做そうとしている、その矛盾は逃れられない呪いも同然なのだと。
「それって、どうしようもないのかなと思って」
若い赤騎士は幼げに言う。
「殿下はああいう真っ直ぐな人で、おれたち騎士も、村を襲った奴らとは違う。それを認めていて尚、捩じ曲がったものは戻らないんでしょうか」
「難しいだろうな」
赤騎士団副長が苦しげに否定する。
「あの日───彼が去った日、殿下もわたしたちも心を尽くして説得したのだ。時間を貰えまいか、とね」
「それは亡き陛下の潔白を立証するための猶予ですよね、おれが言っているのは……」
そこで若者は口を閉ざした。束の間の逡巡を経て、思い切ったように顔を上げる。
「これを言ったら怒られそうだけど……、例えばもし本当に陛下が侵攻を命じたのだとしても、殿下は絶対に同じ道は進まない。たとえ血が繋がっていても、親と子は違う人間なんだと……そういう結論に、いつかはあの人も辿り着くんじゃないかって気がしてならないんです」
先代皇王に関しての仮定には顔をしかめたものの、続いた意見を聞くなり、副長は思案に沈んだ。
若者から賛同を求める眼差しを向けられたゲオルグは、ふうと息をついて背凭れに減り込む。長い沈黙の後、彼は静かに切り出した。
「そう感じる根拠があるか、若いの?」
「根拠、ってほどのものでは……。おれがそう思いたいだけかもしれないけれど」
途切れがちに、とつとつと語る。
「何度かあの人と話す機会があったんです。それに……、何時の間にか目が追っちゃってるというか、良く見ていたつもりです」
───ついでに後を追い掛けたために、白騎士殺害の現場に行き当たったのだったな、とゲオルグは心中で付け加え、苦笑いそうになった。男の胸のうちも知らず、若き騎士は懸命に続ける。
「あの人が殿下を見る目は、殺そうとしている相手を見る目じゃなかったんです、絶対に。上着を褒めたときも、心から嬉しそうだったし」
「上着?」
「殿下がカミュー殿にお与えになったのです」
コソとフリード・Yが解説を入れると、ゲオルグは、ああ、と納得を見せた。
「あの黒くて長い上着か。宿屋で最初に会ったとき、少し会わないうちに、やけに値の張りそうな服を着るようになったものだと思ったが……成程、皇子からの贈呈品だったのか」
「おれが「似合う」って言ったら、「せっかく魔物を退治して手に入れた金をこんなことに使うなんて、経済観念がなってない」とか言いながら、大事そうに上着を撫でてました。そのとき思ったんです。ああ、この人は金で雇われた護衛だからって訳じゃなく、本当に殿下に好意を持っていて、それでつとめを果たしているんだなあ、って」
「…………」
「そんな人が、仇の息子だと信じているとしても、いつまでも殿下を狙い続けられるとは思えません。恨みで心が捩じ曲げられたなら、今度は好意が真っ直ぐに戻してくれないかな、と───」
そこまで言って、彼は小さく苦笑った。
「……すみません。言ってること、滅茶苦茶ですね。でも、あの人は村を襲ったマチルダ騎士を憎んでいたのに、おれたちのことは信頼してくれていたじゃないですか。同じように殿下への好意が勝らないかな、って……どうしても思えてならないんです」
心情的には同感を禁じ得ず、副長が目を伏せている。片やゲオルグは、難しい顔で沈黙を守った。
おそらく仲間全員が内に秘めている希望。深々と根を張った憎悪を、皇子や騎士たちへの情愛が捩じ伏せ、カミューが殺意を捨てる終幕。
誰もが理想と見るだろうそれは、実は諸刃の剣なのだ。
マチルダ皇王家の血を絶つ───カミューにとっての絶対の誓い。亡き村人に対する義心であり、彼自身が生きるための理由でもある。
そこに新たな感情が兆したために袋交路に陥った。けれど心を静めて自らの心と向き合って、もしも情愛が恨みを越えたなら。
そのとき、前途も退路もない行き止まりの中に最後の扉が生まれる。行かせてはならない道への扉が開いてしまうのだ。カミューはすぐに気付くだろう。すべてに誠実であるために、躊躇なく第三の道へと踏み出すに違いない。
「……どうやら肩入れし過ぎたらしい。心情が丸分かりなのも、あまり愉快なものではないな」
低い独言に一同は瞬く。
「ゲオルグ殿?」
「何でもない。若いの、おまえさんの気持ちは分からんでもない。だがな、期待ばかり膨らませていても意味がない。今は、やれることを確実に消化していく、それだけだ」
はい、と騎士は素直に頷き、自団上官に目を向ける。
「これから何が出来ますか?」
「そうだな……」
彼はアルバートから預かり受けた覚書を手に取った。
「ともあれ、職人殺害に絡んだ人物を特定出来たのは何よりだ。煩雑な調査の手間が省けたからな。さて、どうしたものか……」
横から覗き込んだゲオルグが改めて厳しい顔になる。
「五年前には一騎士に過ぎなかった男が、今では第三部隊の指揮官か。随分と出世したものだ」
ゲオルグには予め騎士団の序列や位階のあらましが説かれている。そんな彼の目にも、この抜擢が尋常とは見えない。
何せ、問題の人物の五年前の所属は第九部隊、各団十ある部隊の下から二番目だ。しかも白騎士団は、ゴルドーが団長位に昇って以降、恒常的に置いてさえ碌なはたらきを為しているとは言えない。つまり、目覚しい功など挙げようもないのである。
独言めいた呟きを聞き止めてフリード・Yが乗り出した。
「わたくしも、白騎士団の位階者の経歴に、大まかにですが、目を通してみたことがあります。その……、例の第二隊長はゴルドーの陰謀に与していたとカミュー殿が言い残されたでしょう? 他の位階者はどうなのだろう、と……」
ほう、とゲオルグが目を細める。
「それで、この第三隊長に目をつけていたと?」
若者は慌てて首を振った。
「いいえ、随分と目覚しい昇格ぶりだと驚いただけです。職人の奥様から白騎士の名を伺ったときに、同じ名だ、とは思ったのですが……」
「それはわたしも考えたよ、フリード殿」
赤騎士団副長が静かに割り込んだ。
「わたしだけではない、おそらく全員が思っただろう。ただ、彼が隊長位を得たのは四年前、ゴルドーが白騎士団長に立ったときだ。一年のズレがあったし……何と言っても、「口封じ」を功績に昇格したとは、想像するのもおぞましかったからな」
「……やはりそれが出世の理由か」
嫌悪も隠さず言ったゲオルグに、副長もまた険しい顔で頷く。
「騎士は通常、部隊小隊長の経験を経て、初めて隊長職に任ぜられるものです。過程を飛ばすからには、よほど抜きん出た力量が認められるか、あるいは───」
「ゴルドーにとっての重要な駒だった、という訳だな。どんな男だ?」
「他団員にて、実際にこの目で見た訳ではないのですが、武力的には秀でたものがあるようです。が、人間性となると……」
口篭った副長の代わりにフリード・Yが口を開く。
「隊長殿に伺った話では、ひどく問題のある性情だそうですね」
若い赤騎士が微かに笑んだ。
「……「碌でもない奴」とか「騎士団の面汚し」とか言ってたでしょう。隊長はあの男が大嫌いなんですよ。自分の剣腕を誇示するためだけに、部下を痛め付けたりするから」
「どういう人物かは良く分かった」
やれやれ、と嘆息してゲオルグは腕を組む。
「皇子抜きになるが、方針だけは考慮しておいても良かろう。第三隊長の動きを監視するか?」
「難しいところですな……。下手に動いて、こちらが目をつけていると悟られるような事態に陥れば、ゴルドーに手を打たれかねませんし……」
「トカゲの尻尾切り、か。そいつはまずいな」
顎を一撫でし、ゲオルグは言う。
「それにもう一つ。第三隊長とやらは、過去に口封じという実行犯的な役割を担った訳だ。となれば、暗殺の手駒だった筈のカミューが消えた今、ゴルドーが第三隊長に皇子の命を狙わせないとも限らない。その男の顔、おれも知っておいた方が良さそうだな」
赤騎士団副長はゲオルグへと向き直り、丁寧に一礼した。
「承りました、早急に面通しの機会を設けましょう」
「警戒はすべきだろうが、不用意に張り付いたところで危険を増すだけ、得るものはないか……。それだけ悪評高い男だ、私生活上の不行状ぶりにも、もう何らかの手札を握っているのだろう?」
ゲオルグの問いには、たちまち渋い顔になる副長だ。フリード・Yと配下の騎士、若い二人をちらと見遣りながら小声で応じる。
「……足しげく歓楽街に通っていると聞きます。無論、それだけならば個人の自由、問題にはならないのですが……、区を巡回する部下の話では、つとめで城に拘束されている筈の時間帯にも姿を見掛けるそうで」
ひどいな、とゲオルグは唸った。
「かつてゴルドーに報告したこともありました。が、改善されたとは聞きませぬ。白騎士団内に蔓延する怠慢かと考えておりましたが、特別な目零しだったのかもしれませぬな」
「……よく金が続くなあ」
ポツと赤騎士が呟いた。即座に上官から視線を向けられ、急いで言い募る。
「歓楽街で遊ぶと半端じゃなく金が掛かる、って先輩から聞きましたけど」
「───未成年者が、そういう点に興味を持たずとも良い」
ぴしりと一蹴し、だが副長は嘆息する。
「おまえの言う通りだ。際立った資産家という訳でなし、派手に散財し続ける裏には、表沙汰にはならない金が流れ込んでいるのやもしれぬ」
それを聞いたゲオルグが、不意に表情を引き締めた。
「待て、そいつは第三隊長を捕縛した後でも明らかに出来るだろう?」
含みある口調に赤騎士団副長は瞬く。時間も人員も限られた状態で、これ以上手を広げるべきではないと示唆されたのだと考え、彼は控え目に首肯した。
「では、後ほど殿下にも御意見を伺ってみますが、第三隊長は泳がせるという方向で進めると致しましょうか」
「それが無難だ。皇子の安全を図りつつ、隊長たちの報告を待とう」
一応の決着を受けて、副長は若者たちへと視線を向けた。
「二人とも、本当に御苦労だった。今宵はゆっくりと休み、明日以降に備えるが良い。フリード殿はこれまで通り、殿下の御傍に。おまえは……そうだな、当面わたしの執務の手伝いでも頼むとしよう」
二人が礼を取って出て行った後、覚書を懐へと納めて席を立とうとした副長を、ふとゲオルグが引き止める。
「おまえさんも手いっぱいだろうが……」
そんなふうに前置いてから切り出した。
「実はな、さっき止めたのは、第三隊長の金回りよりも優先して調べて欲しい案件があったからだ」
副長は怪訝そうに眉を寄せ、けれど背を正して了承を示す。
「奇異に思えるだろう───徒労に終わる可能性も高い。それでもやってくれるか」
「無論にございます。何なりと御申し付けください」
揺るぎない信頼の眼差しを返されたゲオルグ・プライムは、内に秘めた思案を元に、粛々と指示を与え始めた。

 

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次は赤側に急展開。


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