最後の王・88


夕刻近くになって、皇太子一行の帰城の報を受けた赤・青両騎士団副長は、新たな本拠となった西棟の客間に急ぎ馳せ参じた。
疲れた顔で椅子に座す若き主君に一礼し、気遣わしげに体調を問うたが、これには笑い顔でゲオルグが答えた。
「帰りの道で数体の魔物と行き合ってな。皇子は治安維持に大張り切りだったんだ」
それは、と副長たちは安堵に笑み崩れる。
「感心したぞ、あれほど大胆で真っ直ぐな剣筋は久々に見た。まったくもって、皇子を名乗らせておくには勿体無い腕だ」
「ゲオルグ殿や騎士たちに後れぬよう、必死でした。ただ無中で……」
稀代の剣豪に手放しで称賛され、マイクロトフは頬を染めながら首を振った。
聖マティスが遺した魔剣ダンスニー。あれほど恐れ忌んだ脅威が、今では夢まぼろしのようだ。
魔性の支配を克服してから、実際に剣を抜いて戦ったのは初めてであった。けれどマイクロトフは、生まれたときから握っていたかのような馴染み深さをダンスニーに感じた。相当な重みを有す大剣なのに、振るっている間は不思議とそれを忘れられる。どれほど魔物を斬っても、切れ味の鈍りを感じない。
体躯が命じる微妙な力加減を、ダンスニーは尽く現実とした。少し前までマイクロトフを屈従させんと剥かれた牙は、彼の前に立ち塞がる敵を屠るためのそれへと、従順なる変貌を遂げていたのである。
陽光に煌めく白刃に、血色の鞘を見る気がした。あの日、カミューが流した血が、今なおダンスニーの怒れる刃を抱き締め、鎮め続けてくれているかのような───
かつて老武術指南師ゲンカクが持てと勧めた鞘、心身を護ってくれる対魔の鞘は、マイクロトフ自身が抱いたカミューへの想いの誠といったものだったのかもしれない。

 

「それより、名高き「二刀要らず」の剣腕をこの目で見られたのは素晴らしい経験だった。凄いのだ、本当に二撃目を振るう必要がないのだぞ」
二人の副長に向けて瞳を輝かせ、陶然と言い募るマイクロトフだ。
「人に仇なす魔物とは言え、苦しみもがく様は見ていて心地良いものではない。一撃で息の根を止める───実に慈悲深い剣だ。おれも、いつかゲオルグ殿のような剣士になりたい」
おいおい、と男は困ったような笑みを浮かべた。
「指南役に留まれとは言ってくれるなよ。一所に落ち着く質ではないんでな」
皮肉にも、彼の「弟子」にも同じ拒絶をされた。ほろ苦い追想がマイクロトフを俯かせる。そんな皇子の様子を見た青騎士団副長が案じる口調で囁いた。
「それにしても、やはりお疲れの御様子ですな」
表情は、一気に消沈へと傾いた。
「駄目だったのだ。侍医長は亡くなっていた」
「殿下、それは……」
赤騎士団副長の懸念の声音には首を振る。
「天寿をまっとうされたようだ。無念だ、何としても話をしたかったのだが」
ゲオルグが先を続けた。
「ミューズとの国境の村に娘が嫁いでいるらしくてな。騎士隊長の兄さんが、何ぞ遺言でもないかと確かめに向かった」
これを聞いた青騎士団副長は、ついと首を捻った。
「御供申し上げた部隊騎士は揃って戻ったように見えましたが……」
「夜中のうちに、一人で行ってしまったのだ。おれには何も言ってくれずに」
マイクロトフがむっつりと返す。副長は驚いて瞬き、確認の眼差しでゲオルグを見詰めた。
「一人で、ですと?」
「まあな」
頷いて、「二刀要らず」は目を細める。
「皇子や部下を残していったのは、つとめの放棄とやらになるのか? 咎めてくれるな、人員を割けば他のつとめの支障になるからだと───」
「ああ、いえ」
青騎士団副長は慌てて首を振った。それから、未だ驚き覚め遣らぬ顔で嘆息する。
「無論、咎めるつもりはございませぬ。ゲオルグ殿が同行してくださっておられるのですし、殿下の御身に危急が及ぶ恐れもなかったでしょうし……。ただ、少々戸惑っただけです」
「と言うと?」
「あの者は、……何と申しましょう、自ら率先して国境まで駆けるような熱い面があるとは、これまで考えていなかったのです。どちらかと言えば、一歩退いたところから淡々と事態を観察するような性分だとばかり……」
ははあ、とゲオルグは納得顔で同意する。
「確かにな。低温のままグラグラ煮え滾っている風に見えないでもなかった」
「然様ですか、……低温で」
言ったゲオルグや青騎士団副長、赤の同位階者も、終いにはマイクロトフまでもが次々に吹き出した。
誰もが青騎士団・第一隊長を同様の目で見ていたらしい。その、冷めた男が勢いづいた最大の理由であろう若き指導者に笑み掛け、赤騎士団副長が言った。
「合点が行きました。お疲れではなく、御不満だったのですな? 殿下も侍医長の娘御に会いたく思われておいででしたか」
マイクロトフは急いで首を振った。
「不満という訳ではない。会いたかったのは事実だが、長く城を空けられないのは弁えている。こっそり行く必要などなかったのだ、同行させろと強いたりしないのに」
一気に言い放った後、自らに当てられた三者の表情を見て、小声で補足する。
「……行きたそうな顔くらいはしたかもしれないが」
「それを見たくなかったのだと思いますぞ、彼は」
穏やかに赤騎士団副長は言った。
「殿下の望みであれば叶えて差し上げたい、けれど事情が許さない。切羽詰まった選択に対しての苦肉の策です、認めてやっては如何でしょう」
「誤解しないでくれ、本当に腹を立てているのではないのだ。碌に休みも取らぬまま行ってしまったのが気になるだけで……」
「でしたら、御心配には及びませぬぞ、マイクロトフ様。その気になれば、走る馬の上でも寝そうな男ですから」
これまた微妙な讃美を口にする青騎士団副長に、憂い混じりの思案は消し飛んだ。堪らず声を上げて笑い出して、マイクロトフは力を抜いた。
カミューが去った日には、先の見えぬ闇に取り残されたように思った。けれど今は、こうして冗談が出るほどに、仲間の間に希望の光がちらつくようになった。
どんなに深い暗澹の海に沈もうと、望みさえ捨てずにいれば、必ず浮かび上がることが出来る。人の意思は、それだけの力を持っている。
改めて確信しながら、彼は座り直して話題を変えた。
「留守中、変わったことはあっただろうか?」
男たちは顔を見合わせ、代表するかたちで赤騎士団副長が応じた。
「恒常的なつとめは何とか順調に回っておりますが、例の白騎士団・第二隊長の消失が騒ぎになりつつありますな。こちらに正式な捜索命令が出るでなし、遠目から様子を窺いますに、ゴルドーも相当に苛立っていると見えます」
ただ、と一段声を低める。
「消えた当日午前、カミュー殿が彼を訪ねて中央棟に赴いたようで。おそらくは、森へ呼び出すためだと思われるのですが」
「誰かに見られたのか」
これには青騎士団副長が、やれやれといった面持ちで答えた。
「見られたも何も、堂々と私室を訪ねているのです。覚えておられますか、あの日の前日、カミュー殿はゴルドーと顔を合わせ、査察中に殿下を襲った刺客の人相書きを作るといった話を致しましたでしょう?」
「……ああ、そんな話をしたな」
「あれで一応、カミュー殿にはゴルドーとの「表」の接点が生じた訳です。ゴルドーの名が出れば、白騎士団員には「意外な訪問者」ではなくなりますからな。いやはや、すべてがカミュー殿の掌上で回っていたかのようで───」
そこで彼は、はっと顔を歪めた。己の発言が皇子の痛点を抉ったのではないかと、申し訳なさそうな上目遣いになる。けれどマイクロトフには、騎士が案じた哀切はなかった。
「帰城時のゴルドーとの対面までは計算にはなかっただろうに、機を利用する回転の速さはカミューらしい。おれには真似出来ないな」
「感心ばかりもしていられませんぞ、殿下」
今度は赤騎士団副長が口を開く。
「白騎士隊長の消失にカミュー殿が絡んでいると、既にゴルドーは察しているやもしれませぬ。そこへ来て、カミュー殿自身も消えたとあっては……」
「カミューを探せと騎士団中に命じたいだろうな、ゴルドーは」
不敵に笑って、マイクロトフは首を振った。
「その命令になら、おれも喜んで従うのだが。ともあれ、「裏」の接点が致命的な弱みだ。ゴルドーには表立ってカミューを探すことは出来ない。第二隊長の行方が知れることもない。おれたちは今まで通りに進むだけだ。そうですよね、ゲオルグ殿?」
「……いきなりおれに振るな」
ゲオルグ・プライムは瞬きながら言い、改めて副長たちに目を向ける。
「他には?」
「はい。皇王印の破損についてなのですが───」
初めて命令書の偽造が浮かんだ際、印章に関する情報を得るため、青騎士団副長が宰相グランマイヤーに細工職人の所在を問うた。
その際、頻繁に発注が行われる品ではないにも拘らず、グランマイヤーは不可解なほどあっさりと職人の家を示した。印章が破損していたため、依頼に備えて所在を確認していたためだと結論付いたが、その後も副長たちは、この件に関して拘りを残していた。
説かれて、ゲオルグも考え込む。
職人の家を訪ねたとき、青騎士隊長も同じように口にしていた。あるいは彼が副長たちに意見したのかもしれない。
グランマイヤーが製作を依頼しようとしていたのは先王存命の時期だ。もし、実際に訪ねていれば、職人が不審──と言っても良いだろう──な死を遂げたと知れた可能性がある。それによって生じる追求の手を阻むが故に、先王暗殺の大事を決行したのではないか、副長たちはそんなふうに推察したのである。
「そこに意味があるか否かは、どうにも覚束なかったのですが……ともあれ情報は多いほど良いかと思いまして、部下にグランマイヤー様を追わせてみました」
ワイズメルの葬儀参列のため出立した一行を半日遅れで追った赤騎士は、程なく宰相に副長からの親書を手渡すことに成功した。そうして、馬車の中でしたためられた返書を持って、昨夜のうちに戻って来たのだった。
「妙なことを気にするものだとグランマイヤーは訝しんだろうな」
マイクロトフが呟くと、赤騎士団副長は苦笑った。
「幸いと申しましょうか、今は葬儀の方に思考が向いておられるようで、深く追求は為されなかったようですが。これにより、発注……の間際まで至った経緯が分かりました。殿下、あの皇王印は五年以上も前から破損していたのです」
「えっ? だが、父上の亡くなる直前に発注しようとしていたのだろう?」
目を丸くした皇子に、副長たちもまた、複雑そうな顔を見せる。代わって、青騎士団副長が説明した。
「つまりですな、破損は印章の握りの部分だったのです。これが見事にポッキリ折れたのだそうで……。ですが、印面の方には問題がなく、残った柄を摘まめば使えないこともない、と……そのまま一年以上、使用し続けておられたらしいのです」
皇子と剣豪はぽかんとした。
「……言っては何だが、豪快な御仁だな」
ゲオルグが言えば、
「そう言えば父上は、たいそう物持ちの良い人だった。擦り減った羽筆を、御自分で削っておられるのを見たことがあるぞ」
マイクロトフが小声で言い添える。
「確かあのときは、見かねた先の白騎士団長が新しい筆を買い贈ってくれたとか」
然様、と青騎士団副長もしみじみと頷いた。
「陛下は常に質実を信条となさり、実行しておられたのです」
───それもあるだろうが、印章に関しては別の見方も出来るのではないかとゲオルグは密かに思った。
息子が即位したとき、新しいものを使えるよう、自らは壊れた品に甘んじていたのではないか、と。もっとも、富めるマチルダの王には似合わぬ、慎ましやかな性情だといった感も拭えなかったが。
「それでですな、その破損については白騎士団長も御存知だったという話で」
え、とマイクロトフは息を詰めた。王の死と同時に行方を絶った忠臣。こうした話の中途に登場すれば、否応なく緊張は高まる。
「印が壊れたのは、彼が直接陛下の執務室に持ち込んだ書類を決裁している最中だったとか。破損を知れば、グランマイヤー様が直ちに発注を手配なさる。故に、見なかったことにせよと陛下に請われ───」
「そのまま一年以上、か」
ゲオルグの大仰な溜め息に赤騎士団副長の追加説明が重なった。
「努めて隠そうとしておられた訳ではないらしいのです。陛下は、グランマイヤー様の前でも平然と壊れた皇王印を使われておいでだったそうですし、いつ気付くかと団長と賭けまでしていらしたとか。事実、一年あまり後にグランマイヤー様が気付かれたときには、御二人にたいそう揶揄われたそうですから」
ふむ、とゲオルグは思案する。
「すると……やはりあれだな、新しい印章の発注が暗殺の引き金となった可能性が強いな」
「はい。敵は五年前、グラスランド侵攻という最初の企ての時点から毒物を用意していた。計画が頓挫し、機を窺っていたところ、偽造が発覚しかねない事態が生じたため決行に出た───ほぼ間違いないと思われます」
気詰まりな沈黙が下りた。
マイクロトフは、亡き父と先の白騎士団長の親密かつ信頼し合った姿を蘇らせて胸を詰まらせずにはいられなかった。
片やゲオルグは、やたら傲然と振舞うために愚鈍そのものに見えたゴルドーの、思いがけぬ周到ぶりに嫌悪を募らせていた。ただ権を振り翳すだけの卑小な男にはない陰湿さである。ゴルドーという男は、余程屈折した憎しみを皇王家に抱いているらしい。
「それから今ひとつ。細工職人殺しの「調査」を担当した白騎士について調べようと試みたのですが……」
重い空気を払拭するように赤騎士団副長が声を張った。はっと気を取り直してマイクロトフは騎士を見据える。
「同名の騎士が多くて、絞れないのではなかったか?」
男は首肯して、いっそう表情を引き締めた。
「それどころか、殿下、事件そのものが消し去られておりましたぞ」
「何? どういうことだ?」
マイクロトフのみならず、ゲオルグも眉を顰めて姿勢を正す。騎士は、組織に不案内なゲオルグにも理解出来るようにと懇切に説き始めた。
「先ず、各騎士団には「互いのつとめに干渉するなかれ」という原則があります。担当区内にて発生した事件については個別に記録を残し、複数の区が関わったり、凶悪性が認められた場合のみ、騎士団間で連絡が取り合われる訳です」
「つまり、一騎士団で調査に当たるような事件は、そうしようと思えば伏せられるのか」
「仰せの通りです。無論、正当な理由なき秘匿は訓戒が禁じておりますが。細工職人の事件は記録されていませんでした。抹消ではない。最初から記さぬ手筈で動いていたのだと考えます」
青騎士団副長が腕組みして唇を噛む。
「たとえ同名の騎士が多くても、所属が明白なら割れたのですが……まあ、そう簡単に尻尾は出しませぬな」
「だが、これで確定したではないか。物取りの犯行などではない、職人殿は騎士によって謀殺されたのだ」
「はい、マイクロトフ様。実際に手を下したか否かは置いても、騎士が関わっていた以上、我々は遺族に誠意ある対応をせねばなりませぬ」
「それにやはり、関わった人物は何としても断罪したい。何とか割り出せないだろうか」
これには赤騎士団副長が顔をしかめながら答えた。
「職人が殺された当時から現在まで、継続して白騎士団に属している同名者の一覧を作ってみたのですが───」
即座にゲオルグが言葉を挟む。
「待て。おまえさんたちを前にして少々言いづらいが……、当時は白騎士で、今は赤か青というのは除外か?」
「はい。現在、赤・青両騎士団内に、ゴルドーの息の掛かった騎士はおりませんので」
確固たる物言いが剣士を戸惑わせる。聡明な副長たちであっても、懐中の敵という忌まわしさには目を背けがちになるのかと一瞬だけ考えたのだ。
赤騎士団副長は静かに続けた。
「……カミュー殿がそう言い残してくれたのです」
「カミューが?」
「はい。両団内には殿下の敵はいないと……城から去る直前に。これはゴルドー周囲から直接入手した事実でしょう。あの短い滞在の間に、彼ひとりの手で調べ尽くせたとは思えませぬゆえ」
ゲオルグはますます困惑を増した。
「おまえさんたちは、それが事実と信じるのか? 適当な出任せとは考えないのか」
「無論、信じるに足る情報です」
「疑う余地などございませぬ」
殆ど同時に副長たちは宣言する。迷いのない穏やかな瞳が真っ直ぐにゲオルグを凝視していた。
「彼は、味方を装うことで我らから情報を吸い上げ、報復達成の力と為しました。然れど、ただ一点に置いてのみ、彼は心底から我らの味方だった。他国を侵さず、無益な血を流さず、弱者を慈しみ、敵にも礼を払う───騎士団の父聖アルダが唱えた信条に生きる、在るべき姿の騎士団を取り戻したいという我らの願いは、カミュー殿の認めるところであった筈なのです」
「この信義さえ貫かれていれば、彼の故郷は失われなかったのです。彼ひとりでは騎士団そのものは瓦解させられない。ならば同じ心を持つ我らに、正しき姿を取り戻すよう託すしかないでしょう。そんな彼が、膿を除こうと努める我らを欺くなど、有り得ましょうか。カミュー殿を信じます。マイクロトフ様と同じく、わたしたちは己の目を信じているのです」
「おまえたち……」
感極まって声を震わせる皇子、無言のまま眩しげに目を細める剣士。何れの胸にも温かく力強い風が拭き抜けたような爽快が在った。やがてゲオルグが低く言う。
「……先を続けてくれ」
軽く一礼した赤騎士が再び口を開いた。
「問題の白騎士ですが、たとえ五年前の時点では末端の平騎士であっても、謀略の一端を担った以上、それなりに取り立てられているのではないかと推測されます。そこで、現在の白騎士団で小隊長級以上のものを抜粋してみたのですが───」
幾分、肩が落ちる。
「……それでも同じ名の騎士が八名おりまして」
「そんなに居るのか……」
「最近の事件なれば追う手立てもありましょうが、五年も前となっては……事件当日の動向を探ろうにも、周囲の証言を得るのは至難です」
「覚えているのは、こちらが探している当人くらいだろうな」
苦々しい口調で言うゲオルグに、マイクロトフは同様の眼差しを送る。けれど眼裏に泣き濡れた職人の妻が過った刹那、失意は払い除けられた。
「非道を行った人物を騎士団内に留め置くなど、断じて罷り成らない。既に騎士団は「投げ遣りな調査」によって職人の家族を失望させた。この上、騎士が関与していたとなればどう思われるかは明らかだ。せめて奥方や息子殿に、そんな騎士ばかりではないのだと知っていただかねば……でなければ、マチルダ騎士団の信条に悖るとおれは思う」
拳を握っての力説。副長たち、そしてゲオルグも呼気を止めてマイクロトフに見入るばかりだ。そのうちにゲオルグがくつくつと笑み出した。
「さてもさても……頼もしくなってきたじゃないか、青騎士団長」
「あ、いや、実際おれはあまり戦力になりませんが……」
言い差して、間髪入れず、きりりと副長たちを見詰める。
「だが、即位式とゴルドー解任の件さえ片付ければ、その後は騎士として、他のものに負けぬはたらきに努めるつもりだ。おれは奥方の涙を見た。同じマチルダ騎士を名乗る人物が彼女を苦しめているのだ、申し訳なくていたたまれない。何としても、このままには出来ないのだ」
「分かっております、マイクロトフ様。わたしたちとて同じ気持ちです」
「ゴルドーの解任詮議においても、白騎士の特定は重要な意味を持ちましょう。罪なきものの命を奪った咎人は、必ずや狩り出します」
副長たちはそれぞれ頭を垂れて応じる。
「……地位ある人間に絞っても八人か。ただでさえ人員が不足している時期ときては、楽ではないな」
ゲオルグが息をつけば、
「たとえ詮議には間に合わずとも、地道に調べ続けます。どのみちゴルドーが去った後の白騎士団には大規模な粛清の手を入れねばなりませぬ。その前哨と考えれば……」
赤騎士団副長が静かに答える。立ちはだかる困難から面差しは硬かったが、決意の程が窺える厳粛な声音であった。
またもや短い静寂が走り、不意に青騎士団副長が威儀を正した。
「……これで今現在、打てる手はすべて打ち果たしました、マイクロトフ様。部下たちから何らかの知らせが入らぬ限り、動きようがないのが現実です」
言われてマイクロトフは必死に状況整理に努めたが、腹心の言葉は認めざるを得ないと気付いた。グリンヒルに送った赤騎士たち、そして侍医長の娘の許へ走った青騎士隊長、彼らが新情報を掴めなければ完全に手詰まりである。
「部下たちは誠心誠意つとめましょう。然りながら必ずしも運に味方される保証はない───」
「……分かっている」
「無論、最後の最後まで諦めるつもりはございませんが、最悪も考慮した上で臨まねば立ち行かぬ難所です。御即位によってマイクロトフ様は白騎士団長の解任権を入手なさいますが、陛下謀殺ならびにグラスランド侵攻の証が立たなかった場合、解任の理由は不敬とするしかないというのが、我ら副長の一致した意見です」
「不敬か……」
マイクロトフは復唱して、次いで顔を上げる。
「赤騎士団に対する不当な任務集中というのも、理由の一つに挙げられないか?」
すると赤騎士団副長は控え目な喜色を浮かべた。
「ああ、それは……団員を代表して感謝を申し上げたい理由ですな」
力を得たような気がして、更にマイクロトフは記憶を掘り起こす。
「貴重な紋章や装備品を白騎士団が独占していたな。それも入れるぞ」
少年のような興奮を漂わせ始めた皇子に目を当て、二人の副長は破顔した。
「その調子で、マイクロトフ様がゴルドーによって穏やかならぬ心地を掻き立てられた事柄を列挙しておいてくださいませ。それ以外は今まで通り、騎士団長としての恒常任務と……皇王制廃止に関する諸々に、近々お迎えする国賓方の接待、そして即位式へと御心を傾けていただけたらと存じます」
皇子としての立場を尊重した上での、たいそう丁重な申し出だったにも拘らず、どうにも無用と言い渡された気になってしまうのが情けない。マイクロトフは追い立てられる思いで半身を乗り出した。
「何か新しい事実が分かったら、そのときには戦術を練り直すのだな? おれも戦いに加えて貰えるのだろうな?」
騎士団副長たちは虚を衝かれたように目を瞠り、最後に満面の笑顔で締めたのだった。
「では、逆にお聞き致しますぞ、マイクロトフ様。将を欠き、如何にして戦いに臨めましょうか?」

 

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戦力的にイマイチなプリンスを、
うまーく気遣う副長ズ。

何気なく世渡り上手な人たちかも……。

 

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