最後の王・54


帰還した騎士は一騎士団員の半数近くに上り、城門のすぐ内にある中庭では手狭に過ぎたため、居城で最大の敷地を持つ中央広場が儀式の場に選ばれた。
彼らの戻りを待ち侘びていた赤・青騎士団副長が揃って一同を迎え、下馬した皇子の眼前に礼を取る。
「お帰りなさいませ、マイクロトフ様。無事の御帰還、何よりにございます」
青騎士団副長が言えば、赤騎士団副長も眦を緩めて配下の騎士たちを眺め遣った。
「留守居を代表して慰労する。時期が時期ゆえ、大袈裟なことは出来ぬが……青騎士団側とも相談して、心ばかりの労いの席を設けておいた。明日からに備え、今宵はゆっくり疲れを癒すが良い」
それを聞いて、騎士らは感動を抑え切れぬといった様子で頭を垂れた。
副長たちは、これが単なる一つの任務の終了とは考えていないのだ。ゴルドーの無情な命によって、休息を取る間もなくあちこちへと飛ばされてきた赤騎士団員。だが、これからは別なる戦いが始まる。二色の騎士団が手を携え、信頼を分かちながら未来を創るという戦いが。
そのために少しでも鋭気を養わせたいという副長らの配慮は、それでなくても高揚した男たちの胸に染み渡り、いっそうの忠節を煽り立てる。中には感極まって目頭を擦る騎士もいるほどだ。マイクロトフは二人に感謝の眼差しを注ぎ、それから表情を引き締めた。
「何とか目的は果たし終えた。そちらはどうだ、変わったことはあったか?」
探るような調子を含んだ声音に、赤騎士団副長は首を振り、目を細めた。
「いいえ、殿下、特には……」
「ええ、奇妙なほど穏やかなものでございましたな」
青騎士団副長が頷きながら続ける。
「我々は通常任務をこなしつつ、式典警護体制の雛型を作りました。後程、写しを御渡し申し上げますゆえ、御意見を聞かせていただければと存じます」
これは皇子にと言うより、寧ろカミューに見て欲しいといった意見である。信頼に染まった瞳が護衛の青年へと注いでいた。
それから改めてマイクロトフへと向き直った彼は、幾許か困惑を覗かせる。
「ところで、マイクロトフ様。騎士装束をお召しになっておられませんが、何ぞ不都合でもおありだったのでしょうか」
あ、とマイクロトフは片手で私服に触れた。気を取り直して父の形見が実用に耐えなくなった経緯を語ろうとしたのだが───
「これはいったいどうしたことだ?」
唐突に割り込んできた太く忌ま忌ましげな声に遮られた。はっと道を開いた騎士の向こう、広場の入り口に、数人の白騎士を従えたゴルドーが立っている。驚きを隠せず、目を瞠って居並ぶ騎士らを一望した後、彼はゆるゆると巨体を揺らして歩を進め始めた。
「何をしている? マイクロトフよ、暫く姿が見えなかったようだが……わしに断りもなく騎士を集めて、何をする気だ」
じろりと睨み付ける瞳の奥に微かな竦みがちらつくのを、カミューの観察眼は見逃さなかった。大勢の騎士の帰還を聞き付けて、慌てて飛んで来たらしい。豊満な白騎士団長の両肩が忙しなく上下しているのが見て取れた。
常に上から見下ろすようでいて、ゴルドーにはマイクロトフへの怖れがある。己とは異なる、他者に無償の親愛を捧げられる甥を羨望混じりに怖れているのだ。一気に距離を詰めてマイクロトフの前に止まったゴルドーは、何とか優位に立とうと試みてか、胸を反らせ、腰に両手を当てて尊大を繕った。
「答えよ、マイクロトフ。叔父としてではなく、騎士団最高位階者として命じる」
両脇に控えた副長たちが口を開こうとするのを手振りで止めて、マイクロトフも真っ向から男を見詰め返した。
愛しき青年の言葉が胸を過る。自らの武器は信念と勢い、騎士たちを護る決意に勝るものはない。弁術で劣ろうと、譲れぬ正義を貫いてみせる。
間近には心を委ねた伴侶が在り、笑み掛けてくれる仲間が在る。彼らが力を与えてくれる。何を怖じる必要があるだろうか。
「……先ずはつとめよりの帰還を御報告申し上げる」
マイクロトフはゆっくりと切り出した。たちどころに男の眉が寄る。
「つとめ、……だと?」
「はい。数日来、査察に出ておりました」
ゴルドーはますます顔を歪めた。
「査察だと? そんな話は聞いておらぬ」
いつかは知れることと覚悟はしていたものの、突然のゴルドーの登場にやや気勢を削がれたふうだった青騎士団副長が、予想以上の皇子の泰然に励まされたように背を正した。
「これは青騎士団内の恒常任務の一環、故に事前の裁可は要さぬと弁えます」
む、とゴルドーが言葉に詰まる。自団以外に多くのつとめを割り振り過ぎて、逆に把握し切れないのが実情なのだ。自らが直接命じたつとめならばいざ知らず、赤・青の二騎士団の管轄がどのようになっていたか、彼には即座に思い出すことが出来なかった。
そこへ畳み込むようにマイクロトフが続けた。
「他の騎士らも同様、つとめから戻ったところです」
「この数が、か? 全員、今日という日に揃って任を終えたと言うのか」
これには一同、失笑を噛み殺した。「揃って帰還」というカミューの目論見は正しかった。予期せぬ事態に、ゴルドーの思考は巧くはたらかないらしい。
「任務遂行報告書は後ほど提出させていただきましょう」
赤騎士団副長が言ったところで、漸く気が付いたようにゴルドーは目を剥いた。
「赤騎士は近隣各地に出ていたものたちだな。青騎士は何なのだ、 恒常任務ならば帰参閲兵など行う必要はなかろう」
二人の副長はちらと目を見合わせる。赤騎士団副長が初手を請け負った。
「我が赤騎士団員が任ぜられたつとめは、ゴルドー様が許された人員数には過ぎる困難、故に青騎士団に人的協力の要請を致しました次第です」
「我ら青騎士団は、恒常任務に障らぬ範囲での助力を受諾、現在に至っております」
皇子の左右に陣取った二人の息の合った宣言に、ゴルドーは刻々と表情を険しくしていたが、言葉が途切れるなり顔を赤らめて激昂した。
「人的な協力だと! 貴様ら、心得を忘れたか! 命じられた任務に軽々しく他騎士団の助力を仰ぐなど……「他団不干渉」の訓戒に背く不埒ぞ!」
「……畏れながら、ゴルドー様。「軽々しく」ではございませぬ」
穏健な青騎士団副長は内心、予想を上回る「敵」の怒りに押されるような心地を覚えていたが、表に出す失態は犯さない。こういうときも来ようかと肌身離さず持っていた紙面を懐から取り出し、殊更にゆっくりと男の眼前に翳した。
「赤騎士団長より青騎士団長宛の、正式なる助力の要請にございます」
「騎士団間において文書にて取り交わされた約定は、不干渉の心得には抵触しないというのが慣習的な判断です」
落ち着いた口調で赤騎士団副長が補足する。
引っ手繰るように要請状を掴んで読み進めたゴルドーは、相手が綿密に策を練っていたのを悟り、激しく戦慄いた。同時に、突如として、自らを見詰める大勢の赤・青騎士の視線を強く意識した。事態に困惑し、狼狽える姿を見せるのを嫌い、彼は辛くも威厳を取り戻した。
「……まあ良い。これだけの手が空いたのは幸い、向かって貰わねばならぬ任地は他にも山ほど───」
「叔父上……いいえ、ゴルドー様」
遮った皇子の声は沸き上がる怒りを滲ませていた。
カミューが予言した通りだ。ゴルドーはまたしても騎士を苦難に陥れようとしている。マチルダの民のため、正当なる任ならば認めもしよう。けれど、それが自らの野望に添わなかったものへの意趣返しであるのが明らかな以上、もはや従う理由などない。
「つとめの振り分けについては、今後、赤・青両騎士団の代表を交えての審議を求めます」
「何だと?」
「青騎士団長として動くうち、おれも幾つか学びました。各騎士団にはそれぞれ得手とする分野がある。つとめに見合った能力と人員数を投入するため、一方的な任命は避けるべきです」
背後に控えていたフリード・Yが驚いたように目を瞠る。皇子の言には迷いがない。論述が苦手とされたマイクロトフとは思えぬ変貌ぶりであった。
事実、ゴルドーが白騎士団長に就任する以前は、各騎士団の最高位階者によって懸案事項を沙汰する閣議があった。何時の間にかゴルドーがそれを廃したかたちで、指令のすべてを仕切っていたのだ。
そこを突かれるとゴルドーも痛い。よもや満座が見守る中で、マイクロトフが真っ向から正論で攻めてこようとは思いも寄らなかった。
異を唱えようにも、彼の両脇を護る副長が気になって果たせない。二人はマイクロトフ以上に騎士団訓戒に通じている。下手をすると、今以上に不利な立場に追い込まれかねないとゴルドーも悟っていたのである。
「マイクロトフ」
憤怒を堪える苦しげな声が絞られる。
「たかだか数日、団長と呼ばれたくらいで舞い上がって貰っては困る。わしはおまえの幾倍も騎士として過ごしてきたのだぞ、それを……どんな了見でわしの遣り方に口を出す? 皇太子は皇太子らしく、王として役に立つ勉学にでも励んでおれば良いのだ」
どのみち、そうはさせないのだから───そんな心の声が聞こえるような一節に、得たりとばかりにマイクロトフは奮い立った。
「無論です。お忘れか? 我がマチルダにおいて王と騎士団長は両輪、どちらかが轍を外そうとしたならば、それを踏みとどまらせるのが今一方のつとめ。おれはマチルダ皇王になるものとして、つとめを果たそうとしているのです」
皇王、と口中で復唱した刹那、ゴルドーの自制が絶ち切れた。怒りで我を忘れた男には、既に「不敬罪」という相手の最大武器に意識を払う余裕がなかった。
「未来の王だと? 王家の剣にも認められぬ器の分際で何をほざく、片腹痛いわ、マイクロトフ!」
「ゴルドー様、それは……!」
流石に黙っていられず、青騎士団副長が歩を踏み出す。だが、マイクロトフは副官を静かに制し、もう片手で佩いた剣の柄を掴んだ。
長大な剣の柄色が、常に皇子が持ち歩いていたものとは異なることに最初に気付いたのは誰だっただろう。
先ずはゴルドーの傍近くに陣取っていた白騎士たちが声にならない声を上げて後退り、次には事情を知らされていなかったミューズからの帰還組の赤騎士たちが息を呑む。
最後に、対峙した男たちの反応を訝しんだ二人の副長が見たものは、誇らしげに掲げられた大剣の輝き。抜き放たれた白刃が、広場に注し込む午後の陽光に燦然と煌めいた。
「ら、ら、乱心したか、マイクロトフ!」
一応は王族に名を連ねる男、皇王家に伝わる魔剣の逸話は飽きるほど聞いてきたゴルドーだ。それまでの尊大は何処へやら、配下の白騎士を盾にしながら後ろへ退がった男の叫びは、哀れにも掠れていた。
マイクロトフは一同の恐慌を穏やかな目で見渡し、次いで指先で慈しむように刃に触れる。男たちは必死に大剣の柄を凝視して、それが違わず王家の至宝ダンスニーであると認めた。我が目を疑うといった面持ちに向けて、マイクロトフは不敵に笑んだ。
「……おれの器を剣が量っていると仰せなら、既に案じていただく必要はありません、叔父上。弱き民を、そして騎士を護るという責務にダンスニーは力を貸してくれる」
ゴルドーばかりか、副長たちも言葉を失っていた。特に、一年前に脅威を目撃した部下によって報告を受けていた赤騎士団副長は、ダンスニーに当てた瞳を動かせずにいる。ひとたび鞘から抜き放たれた大剣が、持ち手を支配して猛威を振るう───その忌まわしき光景を自らの目で見たように感じていた彼には、皇子の手に静かに納まるダンスニーが信じ難かったのである。
ゴルドーは呆然と呻いた。
「何故……いつから───」
聞きつけたフリード・Yが、ここぞとばかりに声を張る。
「殿下は、御母君の生家のある最北の村に向かわれる途中、二十にも近い数の刺客に襲われたのです」
初めて耳にした騎士たちが騒然とざわめく。あのとき、一度は死をも覚悟せねばならなかった恨みを込めて、若者はゴルドーを睨み付けた。
「御護りしようとした騎士の方々が重傷を負われました。ですが……今、殿下はこうしてダンスニーを自在に操られます。誰に雇われたか存じませんが、刺客には不運だったと言えましょう」
ダンスニーを巡る云々以上に、それはゴルドーには捨て置けない事件だった。刺を混じえたフリード・Yの言いように、刺客の集団とは紛れもなく自らが手配させた連中だと思い至ったからだ。
「し、して……その不届き者らは捕縛したのか」
掠れ切った声に若者は無念そうに首を振る。
「いいえ、残念ながら……。二名は死亡、残りは散り散りに逃げました」
安堵の色を見透かされぬように努めて注意を払いながらゴルドーは頷いた。死者まで出した挙げ句に逃げたというからには、今なお近隣をうろついているとは考え難い。
「ふうむ……では、探してはどうだ。皇太子の命を狙った輩を野放しにしておく訳にはいくまい」
忌ま忌ましくも団結した二騎士団員を城から追い払う絶好の口実に思えた。マチルダ内に潜伏しているか否かは意味を為さない。兎にも角にも、今はマイクロトフの周囲から一人でも多くの騎士を失わせたいゴルドーだった。
「丁度良く任務明けの騎士がいるのだ。人の捜索、これは情報に通ずる赤騎士団の得手分野と言えような」
先程のマイクロトフの主張を逆手に取った挑戦的な命令。赤騎士団副長は知らず唇を噛み締め、拝命を宣するか否か、無意識に迷った。その束の間の躊躇にするりと割り込んだ甘い声。
「騎士団部外者のわたしが聞いても、ゴルドー様の御命令は理に適っていると思われます」
それまで「学友」の身上を守って無言を通していたカミューが、にっこりと笑む。
「副長殿、微力ながら御力になれるかと存じます。わたしも刺客を見ました。逃げた者たちすべて、人相書きが記せる程度には顔を覚えております。悪戯に探し回るよりも、手配を講じて民の側から情報を寄せて貰った方が無駄が省けましょう」
「全員の顔を、……ですと?」
これには赤騎士団副長も驚いて瞬いた。更に目を丸くしているのはゴルドーだ。支配下に在る筈の刺客に、逆に刃を突き付けられたような心地であった。青ざめて見詰める男に、カミューは柔らかく唇を綻ばせる。
「……とは言え、マチルダに留まっている可能性は極めて低いと思われますが。彼らは王家の剣の脅威を目の当たりにして逃げたのです。これ以上、任務の遂行に動く意思があるかどうか……」
更に彼は、やや面白がるような口調で続けた。
「もしも首尾良く捕まえることが出来れば、背後にいる首謀者も知れましょう。彼らはダンスニーという剣の恐ろしさを何も知らされていなかった。仲間も死んでいます。情報を出し惜しんだ雇い主への恨みは、一味の口を軽くするでしょうから」
ぐ、と息を殺したのは青騎士団・第一隊長である。あまりにも痛烈なカミューの牽制に吹き出しそうになった身を必死に抑えたのだ。
殆どの騎士は青騎士隊長と同じ思いを抱いていたが、ゴルドーは少し違った取り方をした。これはカミューの遠回しの援護だと考えたのだ。
彼の言う「雇い主」とは配下の白騎士である。下手に捕らえてしまえば、そこから芋づる式に策謀が暴かれていく恐れがある、との忠言に聞こえたのだった。
「マチルダに居る可能性は低い、か。それでは探しても無駄になるか……」
どうしたら良いのだ、とでも言いたげに男の目がカミューを窺う。彼は優美に礼を取って頭を垂れた。
「差し出た物言いを、お許しください。わたしは部外者、これ以上は控えさせていただきます」
ゴルドーは慌てて遮る。
「ま、待て。そのほう、……カミューと言ったな、意見を聞かせよ」
面倒臭そうに顔を上げたところでゴルドーの必死の面持ちと出合ったカミューは、しどけない嘆息を洩らしながら言った。
「一応、全土に手配を出し、情報を待たれては如何かと。人相書きの作成に関しましては、殿下を思われる叔父君の御心に添いますよう、わたしも精一杯につとめさせていただきます」
在る筈もない真心に添う───含みを持たせた一節が、似つきもしない人相書きで捜索を撹乱させるから、という暗示をゴルドーに理解させた。
胸を撫で下ろすような心地で、男は威儀を正した。赤騎士団副長をじろりと見遣り、権高く命じる。
「聞こえたな、そのように計らうように。それから所属を越えた人的助力の件、これについては追って沙汰する」
間髪入れずに青騎士団副長が問い立てた。
「畏れながら、沙汰とは如何なる意味にございましょう」
「形ばかりの騎士団長の意ではあるまい。おまえたち副長二人の差しがねであろう。わしに断りもなく事を進めた責任、軽くはないぞ。位階返上も覚悟して貰わねばならん」
ゆったりとした仕草で剣を鞘に戻しながらマイクロトフが男に視線を止める。
「何を根拠に、彼らの発案であると断言なさるのか。おれも騎士として訓戒を学んでいます。所属は違えど、もとは同じマチルダ騎士。苦境を分かち持つのは騎士団の理念に基づく行為、そう判断しておれが赤騎士団側……団長であるグランマイヤーに持ち掛けたのです」
「な……」
「それでも二人を処分すると仰せになるなら、もはや感情的な裁可としか思えない」
ひっそりと笑んでいた青騎士隊長がぼそりと呟く。
「昇格および降格には私情を挟むべからず───確か、位階者の心得に記載されておりましたか」
初めて発せられた腹心の援護がマイクロトフを破顔させる。これまで散々に私情で騎士を扱ってきたゴルドーには耳の痛くなるような一言だろう。
「心得に反する人事差配を行う位階者には処分が妥当。白騎士団長に対する解任権限を持つのは皇王だけだが、政策議会に査問を要求することなら今のおれにも出来る筈です。副長たちを処分なさる理由を、誰もが納得出来るように説いていただく」
怒りと困惑のあまり、終にゴルドーはよろめいた。
違う。これまでのマイクロトフとはまるで違う。
筋の通った論述もさることながら、付け入る隙がない。これまで常に悔しそうに俯くばかりだった男とは別人のようだ。
魔剣を操れるようになった自信か、多くの騎士に護られている安堵感か。ゴルドーにはマイクロトフの変貌の理由が量り切れず、圧倒的な窮地に佇む己を知った。
「……良い。おまえがそこまで言うなら、水に流す。二人とも、マイクロトフの配慮をありがたく受けるが良かろう」
「はい、ゴルドー様」
「今後とも殿下に心よりの忠節を捧げましょう」
副長たちは深々と頭を下げた。無論、礼を取った相手は目の前の白騎士団長ではなく、雄々しく立ち尽す傍らの皇子であったが。
行くぞ、と不快を隠さぬ調子で部下に命じるなり、ゴルドーは足音も荒く去って行った。
何とも言えぬ緊張の空気が垂れ込めている。最初にそれを打ち破ったのは、青騎士隊長のくぐもった笑いであった。
「お見事……としか言いようがありません、団長」
上位者に憚って笑いこそ堪えたものの、他の一同も同じ気持ちだ。誰もが尊崇の眼差しを皇子に当てている。
一方で、フリード・Yはひどい恐縮を覚えて悄然としていた。我慢し切れず、刺客に襲われたと吐き出してしまったが、残党の捜索を命じられるところまでは予測していなかった。またしても赤騎士に負担を掛けてしまう、そんな自責で落としていた肩を、だが赤騎士団副長が笑いながら叩く。
「大丈夫。カミュー殿の策を聞いたであろう? あれならば我々が奔走せずとも済む。悪いようにはならない」
それから彼は、もう一人の副長と共にマイクロトフへと向き直った。先ずは青騎士団副長が口火を切る。
「よもや刺客に襲われるとは……御無事なのでしょうな?」
言ってから、普段と変わらぬ皇子を前にしての発言の滑稽に気付いて頬を染める。マイクロトフは穏やかに微笑んで頷いた。
「同行してくれた青騎士は無事ではなかったが、フリードの回復魔法で今は元気だ」
それよりも、と漆黒の瞳が細身の青年に注ぐ。
「聞いていて分かったかもしれないが、おれは一度ダンスニーに負けた。それをカミューが止めてくれた───引き戻してくれたのだ」
「カミュー殿が……?」
もう何度この話になったか分からない。流石にカミューも力なく笑う。察したマイクロトフがゆるゆると首を振った。
「……その件については後で改めて話そう。それより、聞きたいのだが」
未練がましく青年を一瞥したものの、壮年の副官はすぐに背を正す。
「お留守中の出来事に関しましては、この後の慰労の宴のときにでも───」
「いや、そうではないのだ。現在、城にはどれくらいの位階者が居る?」
は、と瞬いて男は首を捻った。
「赤と青で、……でございますか? 今日戻ってきたものを含めれば……」
数えている横で、赤騎士団副長が笑みながら応じる。
「我ら副長を含めますと、赤騎士団が七名、青騎士団は全員お揃いですな。合流には間に合いませんでしたが、今ひとり赤騎士隊長が、明日の昼過ぎには帰城するかと」
それを聞いてマイクロトフは表情を引き締めた。
「午後、全員の時間を空けて欲しい。大切な話がある」
副長たちは顔を見合わせた。何の話か、と問いたかったのを努めて堪えて、丁寧に拝命の礼を払う。
「……心得ました。該当各人に申し伝えましょう」
「では、ここでひとまず散会としよう」
「然様ですな。西棟の広間に酒肴の用意を整えてあるので、そちらに向かうように」
青騎士団副長の声に一礼してから、騎士たちはぞろぞろと移動を始めた。
慰労の食事や酒への期待も勿論だが、もっと嬉しいのは仲間と存分に語らう場が与えられたことだ。特に、最後に合流したために刺客の襲撃など初耳だった騎士たちは、皇子と行動を共にしたものを捕えて、しきりに話し掛けていた。
そんな彼らを見送っていた赤騎士団副長が、ふとマイクロトフを見る。
「恐れ入りますが、殿下。宴席の前に、少々カミュー殿をお借りしたいのですが……」
はっと見開かれた琥珀に気付かず、マイクロトフは笑った。当人よりも先に意見を求められたのが可笑しく、くすぐったかったのだ。
「だったらその間に、おれもグランマイヤーに帰還の報告をしてこよう」
「宜しいか、カミュー殿?」
やや身体を硬くしながらカミューは頷く。
では、と皇子に一礼して歩き出す騎士の背を追いながら、彼は一度だけ振り返った。
従者や副官との会話に戻った男の横顔が何故か遠い。これからもたらされるであろう話が、更にその距離を増すに相違ない───
カミューは、闇色の上着の袖口を無意識に握った。さながら、そこを掴み締めた皇子の温かな掌の記憶に縋るかのように。

 

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何かに取り憑かれたっぽい
落ち着き払ったプリンスの巻でした。

 

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