最後の王・5


マイクロトフが従者の隣に席を移すや否や──本当はフリード・Yが移動すべきだったのだが、腰が抜けたように動けなかった──グランマイヤーと並んでカミューが着席した。その物腰は宰相が語ったように貴族と称しても差し支えない程はんなりとしたもので、殆ど体重を感じさせない。無作法に見えぬ程度の寛ぎを見せ、彼は真っ直ぐにマイクロトフに視線を当てた。
「さて」
宰相がコホンと咳払いして切り出す。
「既に顔を合わせていたとは思わなかったが……これより即位の日まで、君のつとめは殿下に仕え、お護りすることだ、カミュー殿」
フリード・Yにも目が向いた。
「隣にいるのは殿下の一の侍従で、乳兄弟でもあるフリード・ヤマモト、つまり君と似たような役目を担ってきた者だ」
「どうぞ宜しく、フリード・Y殿」
にこやかに微笑まれてフリード・Yは引き攣った。
色々と言いたいことはあるのだが、口に出来ない。それほどカミューの変貌は激しかった。蔑みめいた眼差しが、度を越した親愛に化けたようなものだ。あまりの落差に唖然とするしかないのである。
「何しろ殿下は、身の回りに人を侍らすのを好まれぬ御方だから、これまで彼はおよそ一人で苦労を抱え込んできた」
「……成程」
依然、カミューは友好的に笑んでいたが、往来の場で見た従者の世話焼きぶりを反芻しているのは歴然だ。瞳に愉快そうな納得が浮かぶのを、何とも言えぬ微妙な心地でフリード・Yは見届けた。
「だがまあ、これからは負担も半減。わたしとしてはもっと減らしてやりたかったが、これも殿下の御意思だ。許せよ、フリード」
「わたしもフリード殿に倣って、精神誠意つとめましょう」
しゃあしゃあと言って退ける青年にフリード・Yの緊張は切れた。力なく笑って、がっくりと肩を落としている。
若者の反応を気に止める様子もなく、ひとたび心強そうに頷いた後、グランマイヤーは横目でカミューを一瞥した。
「任に先立って仔細を説かねばなるまい。カミュー殿、我がマチルダの成り立ちを知っているかね?」
「史書に載っている程度のことでしたら」
グランマイヤーは少し考えて、改めて背を正した。
「復習っておくべきかもしれんな。我がマチルダは、およそ二百年前、二人の指導者によってハイランド王国からの独立を果たして建国した。デュナン周辺ではミューズ市国に次いで自治を確立した国家だ。指導者の一人、領主だった聖マティスの長子が初代の王として立ち、ロックアックスを王都とさだめた。そして今ひとり、聖アルダの息子が独立戦争の主戦力だった騎士らを\め、マチルダ騎士団を創った」

 

現実に騎士団を組織化したのは二代目だった訳だが、それは父の遺した案に基づくものであったらしい。
二人の英雄は同じほどに民に慕われていたが、アルダは常に一歩退いた位置からマティスを支えていた。これは、彼の生まれが要因だったかもしれない。アルダは代々領主に仕える執事といった役割を担う家の出であったのだ。
いずれにしても、二人は掛値無しの武人であり、同時にアルダは比類なき政治家としての手腕も持ち合わせていた。
独立戦争開始当初から、彼はデュナン唯一の統一国であるミューズに書状を送り、共にハイランドとの国境を持つ一領として同国支配の危険性を訴え、「南にミューズ在り」との睨みを利かせるよう求めた。
現実的に援軍を投入するのが不可能であっても、示威行為があるだけで形勢は変わる。マチルダ──この頃はそう呼ばれていなかったが──とミューズが手を結べば、その領土はハイランド本国と同等にまで及ぶ大きさになるのである。
ミューズとしても、自領のすぐ隣で行われていた圧政には脅威を感じていたし、次は我が身といった懸念もあった。アルダの書状は、正にそこを衝いたものだったのだ。
果たして、呼び掛けに応じたミューズが軍事行動の兆しを見せるなり、戦況は大きく変わった。二勢力の結束を嫌ったハイランドは、ついに穀倉地帯の一つを手放さざるを得なくなったのだった。
アルダは生前から勝利を確信していたようだ。そのためか、後の国作りの基盤となる様々な案を書き記していた。うちの一つが、騎士団の創設である。
独立戦争時は、それこそ女子供に至るまで武器を取って抑圧者と戦った。けれど、指導者マティスは必ずしもそれを歓迎していた訳ではない。女の手は子供らを慈しむためにあり、子供の手は未来を築くためにある───それが彼の持論だった。
アルダは主人ほど古風な男ではなかったが、大枠では同意していたようである。よって彼は、「騎士」として訓練を施されて最前線で戦った成人男子からなる集団を、そのまま国の護りとして残そうと考えた。
今も騎士団の書庫に大切に納められているアルダ直筆の創設草案は、実に完成されたものだ。彼の遺児が、それらを忠実に現実化して、初代マチルダ騎士団長に就任したのだった。

 

グランマイヤーが軽く息をついた。
「我が国はデュナン周辺の国家の中では北方に位置しており、寒冷の地などとも呼ばれているが、現実には土壌が豊かだ。この街より北に在る洛帝山には多種様々な鉱物が溢れている。だからこそハイランドに目を付けられた訳だが……独立を勝ち取った後の復興は、そのような理由から驚くべき速さで進んだ」

 

当時、強国として名を馳せていたハイランドからの独立を果たしたマチルダは、たちまちデュナンで一目置かれる存在となった。
聖アルダが遺した指示に従い、先ずはミューズ市国と正式な同盟を結び、以後のハイランドの南下を阻止する防衛線を張った。後に続くように次々と建国したデュナン湖周辺の国々とも友好関係を確立していった。
一方で、失った属州を取り戻し、更にはデュナン一帯を手中に納めようとするハイランドとの小競り合いは続き、騎士団の規模は拡大の一途を辿った。何処の国にも腕を試したい猛者はいるもので、マチルダは移民を受け入れに吝かではなかったから、各地から騎士を目指す男たちが集まったのだ。
けれど、そうして時が流れても、常に騎士団は王家を重んじた。アルダが主人マティスに最期の瞬間まで忠節を尽くしたように、その子孫もまた、主人の子孫に忠実であろうとした。
王と騎士団長、それはマチルダの両輪なのだ。どちらが欠けても機能しない、絶対の絆に結ばれた信頼の象徴だったのである。

 

「───けれど残念なことに、聖アルダの家系は程なく途絶えた。若くして叙位された騎士団長が戦場で命を落とし、彼には子がなかったのだ」
グランマイヤーは疲れたように首を振った。
「もともと騎士団長のような地位を世襲とするのは無理がある。聖アルダの草案にも、それは指摘されていた。だから騎士団は次の時代へと移行したのだ。完全なる実力主義の時代へと、な」
「騎士団は三つに分かれていると伺いましたが」
初めてカミューが口を挟んだ。巷に出回る書物には、騎士団が現在の形態に至った詳細な経緯までが記されたものは多くない。宰相は重々しく頷いた。
「白・赤・青、序列も同じ順だ。騎士の数が増えるにつれ、一団で動くのが至難となった。故に、組織を三分割し、個々に指揮権を持たせたのだ。しかし……マチルダで「騎士団長」と言えば、正式には白騎士団長を指すと考えて貰っても良かろう」
「すると、赤と青には団長職は存在しないと?」
グランマイヤーは微笑んだ。
「存在するよ、カミュー殿。赤は皇国宰相、青は王位継承権を持った最年長の男子が団長の名を与る。つまり、現在はわたしと殿下が各騎士団を従える立場に在るのだ。もっとも、名ばかりだがね。実際の指揮は両副長が執っている」
そこでふと、表情が綻ぶ。独言の響きが呟いた。
「いや……わたしは形だけに過ぎないが、殿下は違うか」
カミューは密やかな発言を聞き止めていた。が、微かに目を細めただけで、沈黙を守った。
「聖人の血の絆が切れた後、騎士団では、いわゆる模索が続いた。武力に優れていても、人柄がついてくるとは限らない。時には芳しからぬ人物が地位を得るときもあった。敬意を払うべき王家に対して、そうは思わぬ者が権勢を振るうようにもなった」
白く端正な貌が悟ったような笑みを浮かべた。
「───即ち、今がその最悪な時期という訳ですね」
「そうだ」
宰相グランマイヤーは主君である若き皇子を慈愛含みの目で見詰め、そして苦々しげに嘆息した。
「カミュー殿、我々の敵は現・白騎士団長ゴルドーだ。彼と、彼の配下の者から殿下をお護りして欲しい」

 

← BEFORE             NEXT →


(あんまりやさしくない)マチルダのれきし。
グランマイヤー様の講義は次回も続きます。
ちなみに建国200年としたのは、
ゲームのマチルダの歴史(160年↑)だと短いっぽいので、
徳川の世(何故)との間あたりにしてみた次第。
すんげー無駄くさい水増し……(笑)

TOPへ戻る / 寛容の間に戻る