INTERVAL /8


「騎士服の内着と下衣の替え、それと……やはり私服も要りますね」
「そうだな」
「北の村は冷えますよね。羽織るものは厚手の品が良いでしょうか」
「任せる」
開け放たれた箪笥から気のない調子で応じる皇子へと視線を移したフリード・Yは、そうと気付かれぬほどの小さな溜め息をついた。
先ほどから皇子は窓辺に立ち尽くしている。夕陽に照らされる精悍な顔は何処か虚ろで、深い思案に浸っているようであった。
一切の予定から解放された平穏な午後の終わり。忙しなく立ち動いているのが性に合うマイクロトフにとって、久々に訪れた余暇は手持ち無沙汰に過ぎた。
昼の会合後、フリード・Yを相手に鍛錬場で少しだけ剣を振った。従者の若者も、その年頃にしては優れた剣腕を持っているのだが、昨朝カミューと赤騎士隊長の緊迫した戦いを見た後では、剣を交えていても、如何にも「鍛錬」でしかない。そんな仄かな落胆を知られぬよう、早々に場を後にしたのだった。
それから二人は部屋へ戻った。明日からの旅荷を用意するくらいしか、今の彼らにはすることがなかったのだ。
こうしてみて、改めてカミューという青年の存在が大きくなっていたのを痛感するフリード・Yである。持参すべき荷に関しては、予め青騎士隊長に助言を受けているので、支度自体は順調に進んでいる。
ただ、肝心な皇子が心ここにあらずといった様子で、待ち望んだ査察に向かうという高揚が見受けられず、声を掛けても会話が弾まない。フリード・Yが察するところ、皇子は城内を探索しているという青年に意識を残しているのである。
今や皇子にとってカミューは不可欠の存在だ。才知や護衛としての力量といった利害だけではない何かをマイクロトフは彼に見出している。それは心の安定に直結するものであるらしい。朝、発熱した青年を前に見せた狼狽が心持を如実に語っていた。
幾日か前、フリード・Yはラダトにいる想い人に手紙を送った。この文に、カミューは皇子にとって運命的な相手なのではないかと記したが、そのときにはここまでと考えた訳ではなかったのだ。
強大な敵に狙われている皇太子。けれど、忠臣や自身の強運に護られ、今は多くの騎士の献身を捧げられるようになったマイクロトフ。そんな男が、たった一人の青年によって勇を掻き立てられ、そして平静を失いもする───フリード・Yは、こんなマイクロトフを知らなかった。
「……夕食までには戻っていらっしゃいますよ。御自身の支度もあるでしょうし」
ポツと言うと、マイクロトフは窓から目を外して息を吐いた。
「昼にはまだ熱があったのだ。馬の旅など、本当に大丈夫なのだろうか」
「カミュー殿が大丈夫と仰るなら、そう信じた方が良いと思います」
内着の替えを丁寧に畳みながらフリード・Yは微笑む。
「あの方は見掛けに寄らず頑固な性分でいらっしゃるようですし、殿下が気にされたところで、ひとたび決められたことを曲げられる方ではないでしょう」
やや揶揄を込めて言うと、マイクロトフは苦笑した。
「あいつに言わせると、おれは甲斐甲斐しい母親のよう、……だそうだ」
堪らず吹き出し、首を振る。
「言い得て妙ですねえ」
「そう思うか?」
はい、とフリード・Yは背を正した。
「ましてカミュー殿は一人で何でもお出来になる方でしょうから、尚更そう思われるのでは? あまり無闇に干渉し過ぎない方が望ましいのではないでしょうか」
するとマイクロトフは疲れたように肩を落とす。
「……だろうな。おれには未だにカミューとの付き合い方が掴めずにいる」
「それはそうでしょう。カミュー殿はわたくしから拝見しても、なかなかに複雑な方ですし」
何気なく零したところ、皇子の顔に昏い自嘲が浮かんだ。
「分かっているのだ。他者と接するのにはある種の距離が要ると。誰にでも触れられたくない部分はある。おれにも、おまえにも……そして無論、カミューにも」
マイクロトフは最後の残照から身を振り解くようにカーテンを引いた。たちまち室内は薄暗くなり、皇子の表情が見え難くなった。フリード・Yは急いで暖炉の上にある燭台に火を灯そうとしたが、その間にも静かな述懐は続く。
「頭では理解しているつもりなのに、カミューに対してだけはどうしても抑えが利かない。自分でも分からないのだ」
灯したばかりの小さな火が蝋を吸って勢いを増す。それを見詰めながらマイクロトフは続けた。
「カミューにダンスニーの話をした」
「……ええ、気付いておりました」
「問われた訳ではない。自分から話したのだ。あれはおれの中で最も重くつらい記憶だ。自ら打ち明ける日が来るとは思わなかった」
だが、と弱い笑みが唇を掠める。
「知って欲しかった。皇太子の名で飾り立てられたおれではなく、弱さや怯えを抱えた一人の人間であるおれを、カミューには知っておいて欲しかったのだ。慰めや励ましを求めたのではなく、ただ───」
そこで彼は短い黒髪を掻き乱した。苛立ちとも戸惑いとも見える顔であった。そのままひっそりと目を逸らし、マイクロトフは接いだ。
「……駄目だな、巧く説明出来ない。とにかく、おれはカミューにおれの全てを晒した気になった。だからだろうか、彼に同じことを求めてしまう。おれの感情は負担以外の何ものでもないのだろう」
フリード・Yは幾許かの困惑を覚え始めていた。陰りを帯びた横顔と憂いを潜めた眼差しが、僅か一歳違いの皇子を何処か遠くへ連れ去ろうとしている気がする。
若き従者が、今すこし柔軟な思考を持っていたら。
皇子に似た堅物でなかったら、少々複雑な危惧を抱いただろう。間もなく妃を娶る皇子にして、たった一人の人間に対する、自身でも儘ならぬほどの執着。些か感心出来ぬと、揶揄混じりの諌めの一つも口にすべきところだった。
だが、フリード・Yには果たせなかった。目前の主君の沈んだ様子ばかりが気になって、その理由、皇子の語る「感情」にまで思いを馳せる余裕がなかったからである。
「殿下……」
弱い呼び掛けを促しと取ったのか、マイクロトフは再度口を開いた。
「これまで、不安や竦みはダンスニーにしか感じなかった。ゴルドーに狙われていると知っても、怖いとは一度も思わなかった。だが、カミューはおれを不安にさせる。いや……そうではないな。彼が傍に居ると満ち足りた気持ちになるからこそ、彼の心を量れぬことが不安なのだ」
黙していたフリード・Yが、控え目に言葉を挟む。
「わたくしが思いますに、殿下……人の心のすべてを量るなど不可能です」
重々しい口調を受けて、皇子ははっと顔を上げた。そこで初めて従者の存在を確認したかのように目を瞠り、微かに身を乗り出す。
フリード・Yは穏やかに続けた。
「わたくしは物心ついた頃より殿下にお仕えして参りました。殿下のことでしたら誰よりも理解していると、不遜ながら自負しておりました。ですが……最近の殿下は、わたくしの知る殿下とは違った方のように感じます」
「……それは悪い意味か?」
眼鏡の奥の瞳が可笑しそうにくるめいた。
「いいえ、いいえ。そうではありません。これまでわたくしが拝見してきた殿下より、ずっと大きく逞しく、そして豊かでおられます。笑われたり、憤られたり……そうして悩んでおられたり。この短い間に殿下はたいそう変わられました。長く付き従ってきたわたくしでさえ、殿下を初めて会う方のように感じるときがあるのです」
「…………」
「まして殿下とカミュー殿は、まだ両手にも足らぬ日数しか接しておられないではありませんか。心を量れずとも、そうまで悲観なさることでしょうか」
だが、とマイクロトフは絞るように唸った。長々と逡巡してからボソリと呟く。
「……おまえはヨシノ殿と出会ったその日から心が通じ合った」
即座にフリード・Yは紅潮して、大慌てで両掌を振った。
「わ、わたくしのことは良いのです! それこそ、人それぞれですっ!」
「分かった、分かった。興奮するな」
「つまりわたくしが申し上げたいのはですね、殿下は一人の人間として十分に立派でおられるのですから、カミュー殿の言動に振り回されず、泰然と構えられたら宜しい、ということです。あれこれと思い悩まれるのは殿下に相応しくありません」
勢い込んで言って退けた従者を、マイクロトフは暫し凝視していた。しかしやがて、厳つい顔に笑みが浮かび、憂いは溶けるように消えていった。フリード・Yが心から慕わしいと思う強い光が瞳に宿り、彼は深々と頷いた。
「そうだな。おれには似合わんな。恩にきる、フリード」
「それでこそ殿下ですとも」
フリード・Yもにっこりし、着替えや最小限の日用品を詰めた荷袋へと目を向けた。
「こんなもので宜しいでしょうか。ダンスニーは如何なさいます?」
やや躊躇しながら言い添えた後半に、だが皇子は軽く唇を歪めただけだった。
「持っていく。祖先の墓を訪ねるのだからな、正装は義務だろう」
「墓地には……ゴルドーの母君も眠っておいでなのですよね」
「そうだな」
娘を皇太子に嫁がせた後、身罷った祖母。祖父が後添えとして迎えた女性が連れていたのがゴルドーであった。
祖父同様、今は故人となった女性に対して負の感慨など沸かし得ぬマイクロトフだ。その息子に命を狙われているとは言っても、亡き人は祖母なき後の祖父を慰めてくれた人、それ以上でも以下でもない。
「丁重に礼を捧げよう。彼の村に着いたら、献花の手配を頼む」
「はい、殿下」
穿った見方から皇子の反応を窺おうとしていた自身に気付いて、フリード・Yは微かな羞恥を覚えていた。自らが忠節を捧げた男は、そんな卑小な人間ではなかった、それを確かめられて喜ばしくもあった。
荷袋の脇に大剣ダンスニーを添えたマイクロトフは、ふと首を傾げた。
「それにしてもカミューは遅いな。食堂が込み合う時間になってしまった」
「何処ぞで迷われておいでなのでは?」
ロックアックス城は実に広大で、慣れない身が案内なしで探索するには困難を極める。ただ、今のカミューは騎士の親愛を捧げられる人物であろうし、口にはしたもののフリード・Yも、それは有り得ないだろうとすぐに思った。
となると、想像されるのは良からぬ事態だ。
彼の存在を快く思わぬ白騎士などに絡まれている、あるいは城内に幾つかある隠し扉の奥にでも入り込んで出られなくなっている───そこまできて、彼は顔色を変えた。
「殿下、やはり探しに出られた方が宜しいのでは?」
するとマイクロトフは顔をしかめた。
「干渉し過ぎるなと言わなかったか?」
「そ、それはそうなのですけれども……」
そこでぽっかりと扉が開いた。主従が言い合っている理由など知ろう筈もない青年が、呑気そうな明るい声を上げて入室する。
「どうしたんだい? まさかとは思うが、喧嘩かい?」
たちまち向き直る二人の視線に送られて、カミューは自らに当てられた寝台へと進み、どっかと座り込んだ。ふう、と大きな息を吐いて、それから初めて皇子らの凝視に気付き、幼げに首を傾げる。
「……? ただいま。この城はやたらと広いな、足が棒になったよ」
「お、帰りなさい……」
何とか絞り出したのはフリード・Yである。ちらと横の皇子を見遣ると、彼もどう反応したら良いのか途方に暮れた面持ちだった。そんな二人を見て、カミューは漸く背を正した。
「……何かあったのか」
「いや」
短く返して首を振ったマイクロトフの代わりとばかりに、従者は必死に言う。
「お戻りが遅かったので……もう夕食の刻限ですし」
カミューは、ああ、と申し訳なさそうに照れ笑った。
「連絡せずに悪かったかな。食事なら済ませてきたよ」
「えっ?」
「赤騎士に誘われてね。熱を出して消耗したのか、腹も空いていたし……」
カミューが語るには、探索を終えて戻る道すがら、数人の赤騎士に囲まれたのだと言う。うちの一人が赤騎士団・第二隊長と名乗り、是非とも夕食の席を共にしたいと懇願した。
明日向かう村で井戸掘りの任に就いているのは第二部隊の小隊らしい。助力を受けるものの直属上官、また同部隊騎士として、出来得る限りの礼を尽くしたいのだと彼らは口にしたのだった。
「わたしはすぐに村を発ってしまうし、実際に助力するのは青騎士たちだとも言ったのだけれど、退いて貰えなくてね。そのまま食堂に連行されてしまった」
「そ、うか」
フリード・Yは、重苦しく応じたマイクロトフのこめかみに青筋を見たような気がしたが、気の所為だろうと必死に自らに言い聞かせた。
「同じ騎士でも、青と赤ではかなり気質が違うみたいだね。社交的と言うのか……だからこそ諜報に秀でているのだろうけれど。食堂では赤騎士が集まってきてしまって、まるで珍獣にでもなった気分だったよ」
くすくすと笑いながら言ったカミューは、上着の隠しから摘まみ出した品を掌で幾度か弾ませた。
「今度はこれを貰ってしまった」
それは「金のエンブレム」と呼ばれる防具品の一つだ。フリード・Yは吹き出さずにはいられなかった。
「第二段ですか」
「第二段? 何だ、それは?」
怪訝そうに眉を寄せたマイクロトフに、笑いながら従者は告げる。
「はい。昨日、赤騎士団の第一隊長殿が対戦直後に「真紅のマント」をカミュー殿に献上なさったのです。それに続く献上品だ、と……」
カミューが立ち上がって自身の荷袋の一番上に乗せていた品を取り上げる。さっと伸ばされた光沢ある布が、一瞬にして室内を明るくするようだった。
「貰ったは良いけれど、マント類の防具は手にしたことがなくてね。どう付けるのか分からないよ」
独言めいた言葉を聞いたフリード・Yが、即座に歩み寄る。失礼、と声を掛けてマントを受け取り、ふわりとカミューの肩に掛けた。胸元で左右の端が重なるように布を手繰り寄せてにっこりする。
「ここを「金のエンブレム」で止めたら宜しいのでは?」
「……派手だよ」
「そんなことはありません。お似合いですよね、殿下」
朗らかに呼び掛けた若者は、皇子の眼差しを見てどきりとした。
単に、華やいだ姿に感嘆しているだけではない、何とも不可思議な情感が瞳に溢れている。慌てて皇子の視線の先に居るカミューへと目を戻した彼は、その感情の揺らぎを漸く理解した。
大聖堂の最奥に掲げられる一枚の絵図。解放戦争に臨む民衆と、それを率いる指導者を描いた絵の中で、王家の始祖と並んで剣を取る今ひとりの人物───聖人アルダ。
彼は、ちょうど今のカミューのように肩布を下げている。暗い色味から「闇のマント」と推察される防具品だが、色彩さえ忘れれば、纏い方は酷似していた。
防具品の付け方は人それぞれだ。子供の頃から何度も聖人の絵を見てきたフリード・Yが、無意識に似通わせてしまっただけに過ぎない。けれど皇子の目には、始祖の親友が絵図から抜け出たように映ったに違いない。
無論、姿形はまるで異なる。アルダはカミューほど華やかな男ではなかったし、髪や目の色も違う。政治的な才覚には優れていたが、社交性に富んでいたという逸話は聞かず、どちらかというと寡黙な、物静かな人物であったらしい。
比べるべくもない、二百年の時を挟んだ二人。それでもマイクロトフには、どうにもならないほど揺さぶられる何かが感じられているのである。
主君が口にせぬものを指摘して良いものかとフリード・Yが悩むうちに、カミューが二人の沈黙を訝しんだ。
「……何だい?」
「いや……フリードの言う通りだ。とても良く映えている。ただ、派手と言うより、今の上着には少し色味が合わないかもしれんな」
言い差しておいて顔をしかめる。
「上着……そうだ、上着だ。カミュー、おまえ厚手の外套は持っているのか? 祖父母の村はマチルダ最北の地、ここよりも冷えるが」
すると柔らかな笑みが浮かんだ。
「寒ければ重ね着で凌ぐさ。生憎、一番温かな上着は裾が破れているけれど」
フリード・Yが、皇子の寝台上に並べた衣類の中から綺麗に畳まれた一枚を取り上げて、得意気に言った。
「差し出がましいかと思いましたが、脱ぎ捨ててありましたので……昼間グランマイヤー様の奥様にお願いして繕っていただきました」
「それはありがたい。ああ凄い、破れ目が殆ど分からない。宰相夫人は裁縫が巧みでおられるね、良く御礼を言っておいてくれるかい?」
広げた上着をとくとくと検分したカミューは感嘆を込めて微笑み、気を利かせた若者にも親愛たっぷりに会釈した。会話が切れたのを機にフリード・Yが皇子を見遣る。
「殿下、ではわたくしたちも食事に参りましょう。今宵は早めにお休みになりませんと」
「……そうだな」
「わたくしはその足で兵舎へ下がりますが……カミュー殿、体調は如何です? 今一度、回復魔法をお掛けしましょうか?」
「ありがとう、もう何ともない」
顔色や素振りから全快は感じていたが、そう断言されれば改めて安堵する。フリード・Yはもう一度カミューに礼を取り、先に立って扉を抜けた。物言いたげに青年を一瞥したものの無言で後に続いたマイクロトフを振り返り、扉が閉まるのを待って苦笑した。
「殿下……悋気はなりませんよ、悋気は。騎士の皆様がカミュー殿と親睦を深めるのは良いことなのですから」
「何が悋気なものか。あいつはおれ以外の誰にでも愛想が良いのだ。親睦など幾らでも深められる───物で釣ろうとしなくても」
皇子は苦虫を噛み潰したような仏頂面でそっぽを向く。その様子があまりに可笑しく、吹き出さずにはいられない。先程のような思い詰めた皇子には触れ難い躊躇を感じるが、こうして妬心も顕に不貞腐れる彼は、フリード・Yにも理解の及ぶ範疇であったからだ。
「殿下……気付いておられますか?」
「何をだ?」
「カミュー殿の呼び掛けです。最初の頃、カミュー殿は殿下のことをよく「皇子様」と呼んでおいででした。お気に障るかもしれませんが、わたくしには何と言いますか……あまり良くない、馬鹿にした呼び方のように思えたのです」
生まれながらに玉座を約束された、苦労知らずの甘い奴、そういった侮蔑を潜ませた呼び掛けのように。
「ですが今では殆ど名で呼んでおられます。「皇子様」と出ても、前とは比べものにならない温かみを感じます。カミュー殿の中で、殿下への見方が好意的なものに変わってきた証ではないでしょうか」
「好意的に───ならば嬉しいのだが」
足を止めて聞き入っていたマイクロトフの表情が見る見る明るくなるのを、若者は微笑ましい心地で見守っていた。
人の心を量るのは難しい。けれど今、このときの皇子の胸中は瞭然だ。
仕え始めたばかりの頃は、フリード・Yも主君の機微に一喜一憂した。好かれたい、心のうちに招き入れて欲しいと切実に願ったものだ。きっと今のマイクロトフも、似た感覚を覚えているのだろう───やや、度が過ぎているような気もするが。
そんなふうに他者に入れ上げている皇子を見て、フリード・Yもまた小さな妬心をくすぐられる。人の感情とは、まったく一筋縄ではいかないものであるらしい。

 

← BEFORE             NEXT →


主人が主人なら従者も鈍い。

 

TOPへ戻る / 寛容の間に戻る