まるで収拾の気配を見せぬ騒乱を見かねて、一人の議員が立ち上がった。政策議員の中でも最古老、閣議の際、議長役を勤める彼は、満座の民に向かって声を張り上げた。
「静粛に、御列席の各位、どうか静粛に!」
だが、懸命の訴えもまるで功を奏さない。震撼はそれほどまでに大きかった。
白騎士団長ゴルドーは先代皇王妃の血違いの弟だ。その身上から、皇王系譜にも名を連ねているという内訳を、人々も噂で聞き齧っている。そんな人物が皇王を謀殺したとは俄には信じられない。何と言っても、王は病没したと四年あまりも信じてきたのだから、混乱は如何ともし難かった。
議員は途方に暮れた。
通常の閣議では、これほどの騒然に見舞われることはない。法議会であっても、同様だ。自らの声が遠く及ばぬ事態に直面した彼は、殆ど衝動的に足を踏み鳴らしていた。
「御一同、静粛にっ!!」
ほぼ同時に、壇上のマイクロトフが大剣ダンスニーの先を床に打ち付けた。二音の相乗効果か、やっと人々は前方に注目し、座席群の中で独り屹立する人物に気付いた。茹で上がったような赤ら顔、ぜいぜいと息を切らした議員が、ほうほうの体で今いちど請うた。
「……ここは神聖なる祭事場、気持ちは分かるが、無闇に騒いではなりません。何より、審議の妨げになるではありませんか」
人々は慌てて口を閉じた。さっき皇子にも注意を受けたのに、忘れて騒ぎ立てた己が身を恥じるような表情が浮かんでいた。
やれやれ、といった様相で議員は椅子に座り込んだ。期せず制止役を取って替わられた副長たちが、申し訳なさそうに礼を払う。暫くは声を上げられそうもない議長の代わりに、赤騎士の兄議員が静かに問うた。
「殿下……御発言の重大は承知していらっしゃいますな? 先代皇王陛下が、ゴルドー団長によって殺害されたと……そう仰るのでございますね?」
マイクロトフはゆるりと目を開けて頷く。議員は通路を挟んだ先の最前列にも呼び掛けた。
「ゴルドー団長、この告発について御言葉を」
すると、現在最も中央寄りに座る白騎士団副長が勢いよく起立した。
「不当です! 開始前にゴルドー様が懸念しておられた点が露呈しているではありませんか。斯様に一方的な宣告は、聞く者に先入観を植え付けるようなもの……、はじめからゴルドー様を陥れるための企みだったのですな! 抗議します、白騎士団員を代表して、論定の中断・延期を求めます!」
「……企み、と言われるか」
祭壇下、皇子の盾の如く構える副長たちが薄く笑む。先ず、赤騎士団副長が反論した。
「成程、我らはこの数週あまり、非道に手を染めながら知らぬ顔を通す敵の尾を掴もうと、懸命に手を尽くしてきました。秘密裏に動く行為を「企み」と呼ばれるなら、それも良い。けれど我らは、人を陥れるために動いた覚えは、ただの一度もない」
青の副長が、これまた厳しい口調で続いた。
「事の大きさは承知の上。聞く者の先入観に頼らねばならぬ告発など、何ゆえ行えましょうか。こちらの方こそ、一方的な決め付けは不快です。長々と水を注されるようなら、貴公も審議続行に不都合を蒙る身やもしれぬと斟酌させていただきますが?」
何かが潰れるような息遣いで白騎士団副長は絶句する。ちらとゴルドーを窺い見たものの、捗々しい反応が得られず、やがてのろのろと腰を戻した。
マイクロトフ配下の騎士たちにも意外だったが、この男はゴルドーの副官という立場にありながら、企てとは無縁であったらしい。既に賽は投げられたのだ。陰謀に加担した者なら、慎重に状況を量りつつ対処策を練ろうとするだろう。下手に中断を要求すれば、かえって疑惑を深めるだけだ。そこを考慮せず、感情を先走らせるような男を暗殺計画に立ち入らせるほど、ゴルドーも迂闊ではなかったようである。
青騎士団副長の最後の一節が効いたのか、白騎士団位階者らは複雑な面持ちながら黙り込み、他に発言する者は現われなかった。再び議員が声を掛ける。
「ゴルドー団長、皇太子殿下の告発について、御意見をいただきたい」
どっかと椅子に落ち着いた男が、重い息を吐いた後、ゆるゆると顔を上げた。
「ひとつ確認しておきたいのだが……ここより先、皇王家の末席に身を置く者として発言しても構わぬか」
それから議員たちを牽制するかのように付け加える。
「斯様な場で縁戚関係を持ち出すのは好ましからぬという意見もあるだろう。だが、どうやらわしは義理の兄を殺した重罪人と疑われておるようだ。ならば義弟として、故人の子の叔父として話すのが妥当と考える」
副長たちは、ちらと目を合わせた。もっともらしく聞こえるが、これは皇子に対する反撃の初手だ。
相克した言動を繰り返しながら、何くれとなく叔父・甥の関係をちらつかせては皇子を黙らせてきたゴルドーの手口。こんなところで使わせる訳にはゆかぬと勇み立ったが、否を唱えるより早くマイクロトフが頷いた。
「構いません。寧ろおれも、そうして欲しいと思っていました」
これには側近たちも虚を衝かれ、マイクロトフを見上げてしまった。ゴルドーもピクリと片眉を上げ、気を取り直すふうに顎髭を扱いた。
「……では、言葉に甘えさせて貰おう。先代皇王陛下は、妃殿下の義理の弟───本来まったく縁遠い立場にあるわしを、畏れ多くも実の弟の如く遇してくださった。そんな御厚情に報いるべく、わしは日々懸命に陛下に御仕えした」
ゴルドーはふと、己の左目上に走る傷を撫でた。
「マイクロトフ、おまえが生まれる以前には、よく野駆けの供をつとめたものだ。聞いたことはないか? いつであったか、野駆けのさなかに魔物に襲われた。その折、陛下を御護りしようと魔物の刃を受けた……この傷がそうだ。一時は左目が見えなくなるやもしれぬとも言われた。陛下の手配で最高の医術が施されたゆえ、幸い失明は免れたが」
マイクロトフも、父王からその話は聞いていた。
自らの希望で、ごく少数の供廻りしか連れずに馬を走らせた日々。義弟が隻眼になっては申し訳が立たぬと、国中から専門の医師や薬師を招いた。甲斐あって、光を失わずに済みそうだと聞いたときには、祝い酒を過ごしてグランマイヤーに小言を言われた───義弟への情愛たっぷりに、そんなふうに語っていた記憶がある。
「だがな、マイクロトフ。たとえ両の目を失おうとも、わしは満足だった。義姉上の最愛なる伴侶、偉大なるマチルダ皇王が御無事なら、勝る喜びはない。義兄として、そして王として、わしは陛下を心から敬慕していたのだ」
シンと息を潜める堂内の聴衆に、副長たちは臍を噛む思いだった。
巧妙な誘導だ。ゴルドーの述懐が人々の心を揺らしているのが分かる。自らを投げ打って先代に尽くした男という、この印象は大きい。実際、先程の告発は何かの間違いではないかと言いたげな顔も、ちらほらと目につき始めている。
皇子の胸中も案ぜられた。亡父の逸話を出されれば、穏やかでいられまい。どうしたものかと気遣わしげに壇上を窺い見た二人だったが、予想に反して皇子の表情に変化はなかった。
マイクロトフは気付いていたのだ。この述懐は、同情や共感を集めようとするゴルドーの策だと。そして、過去に幾度も辛酸を舐めさせられた、自身に対する心理攻撃なのだ、とも。
ゴルドーは腰を下ろしたままでいる。正規の法議会とは違って、発言者に起立を定めなかったから、それは無作法には当たらない。
だが、己の言い分を訴え掛けるなら、聞き手の視線を自身に注がせる方が効果的だ。表情の一つ一つ、身振りのそれで、より強く心情を伝えようとするのは論戦の初歩なのだ。
にも拘らず、そうしないのは心中の現われだとマイクロトフは考えた。
平然を装っていても、ここまでの展開にゴルドーは動じている。下手に聞き手に顔を晒して、十のうち一でも、言葉の裏に潜んだ偽りに気付く者が居てはまずい───そんな警戒がゴルドーを椅子に縛り付けているのだ、と。
マイクロトフは静かに目を伏せた。
「……ならば叔父上、教えてください。その心が真なら、いつからあなたは変わられたのか」
次いで厳しくゴルドーを睨み据える。
「父上を殺そうと、気持ちを違えたのは何故ですか」
「マイクロトフよ」
ゴルドーは子供でも宥めるような口調で返した。
「多忙に任せて、話す機会が少な過ぎたようだな。おまえがもっと、わしという人間を理解してくれていたら、くだらぬ妄言に惑わされることもなかったろうに」
「妄言……?」
「そうだ。おまえは此奴らに踊らされているのだ」
憎々しげな眼差しが赤・青副長へと向かう。
「わしは陛下の御引き立てもあって、人よりも早く地位を得てきた。それを妬み嫉む輩がどれだけ居たか、おまえには想像もつくまい。この二名は、わしを快く思わぬ騎士の筆頭よ。隙あらばわしを引き擦り落とさんと望んでいた者たちだ。何を吹き込まれたか知らぬが、此奴らを信じてわしを疑うとは……悲しいぞ、マイクロトフ」
これには堂内の赤・青騎士団員が憤慨を隠さなかった。礼節の壁に阻まれ、非難を唱えられず、怒りを噛み締める騎士たち。代わりとばかりに、壇上の皇子が言い放った。
「侮らないでいただきたい。「白騎士団長を陥れる企みに皇太子が担ぎ上げられた」という話になさりたいらしいが、おれは、彼らが如何なる人間であるかを知っている。おれと同じく、配下の騎士団員も、二人の清廉な人柄を心から慕っています。もし本気で彼らに陥れられようとしていると思うなら、叔父上こそ妄想に取り憑かれている」
パチパチと軽やかな拍手が起きた。青騎士団・第一隊長である。堂内中の騎士たちが「これくらいなら許されるだろう」といった顔で一斉に倣った。騎士ばかりではない。一般の列席者の中からも、同調の拍手が沸いた。
先ほど静粛を求めた議員の長も、今や諦めたふうに無視を決め込んでいる。再び声を張り上げる力が出なかった、というのが本当のところだったかもしれないが。
マイクロトフが手を挙げると、拍手はぴたりと止んだ。追撃を狙う皇子を足止めせぬための一同の配慮である。
「確かに叔父上には、恨まれても致し方ない事情がありましたね。貴重な装備や紋章を白騎士団で独占し、つとめの配分を不当に偏らせる。公正を欠いたあなたを、赤や青の騎士団員が快く思わずとも当然です。でも……、だからと言って、彼らは謀を巡らせてあなたを除こうなどとは考えない。騎士の教えに背く行為だからです。彼らは待っていてくれた。おれが王位を得て歪みを正す日を、ひたすら耐えて待っていてくれたのです。だからおれは、騎士たちに応える義務がある」
ぐうの音も出ないといった様相だった。ゴルドーは忌ま忌ましげに吐き捨てる。
「……どうあっても、わしを悪党に仕立てあげたいようだな。三騎士団中、最も高き序列にある白騎士団の装備を固めるのは古来よりの習いだ。つとめの配分にしても、適材適所で割り当てているに過ぎぬ」
ほう、と青騎士隊長が揶揄混じりの声を飛ばした。
「すると……例えばこのロックアックス首府都、代々の皇王が住まう国家の要たる街で、全三十七に区分けされたうちの一区画のみを管轄に持ち、多くの白騎士の面々が、日がな詰め所に籠もりがちなのも、適材適所という訳ですか」
この皮肉には──騎士のつとめについて詳しくない聴衆からも──忍びやかな嘲笑が起きた。堪らずといった顔で白騎士団副長が怒鳴る。
「貴様、無礼にも程があるぞ! 誰が詰め所に籠もっている、だと? マチルダを護るため、我が白騎士団員は日々訓練に励んでいる!」
「我々は恒常任務を果たしつつ、訓練にも励んでおりますが?」
小馬鹿にしたように一蹴した後、間髪入れずに礼を払う青騎士隊長だった。
「つまらぬ横槍を入れてしまいました、お詫びします。先をどうぞ」
副長たちが、苦笑混じりに首を振る。土台、この男がおとなしく話を聞いていられる訳がないのだ、とでも言いたげな面持ちで。
口は悪いが、青騎士隊長の攻撃は的確なのだ。これで騎士団内部の事情に明るくない人間にも、ゴルドーの差配が公平でないと理解されるだろう。マイクロトフの口元にも、無意識の微笑みが浮かんでいた。
「話が逸れましたが……、つまり叔父上、あなたは全騎士の長として誠実につとめているとは言えません。けれど、かつてのあなたは騎士の鑑と称された人物だったとも聞いている。だから教えて欲しいのです。いつから父上に殺意を抱かれたのか、どうしてあなたを信じる者を、あっさりと裏切ることが出来たのか───」
「だから濡れ衣だと言っておる」
ゴルドーはうんざりと嘆息した。
「知らぬことは答えられぬ。マイクロトフ……満座の中で、亡き陛下への忠誠を侮辱されたとあっては、わしも黙ってはおれぬ。暗殺犯と決め付けるからには、それに足る論拠があるのだろうな?」
すかさず赤騎士団副長が頷いた。
「では、順に披露させていただきましょう」
目配せに応じて、最前列の国賓席から立ち上がった人物。緋毛氈に靴音を吸わせながら中央通路まで進んだ彼女を見た途端、白騎士団副長が立ち上がって叫んだ。
「おまえは確か、グリンヒル公女の……! 何ゆえ貴賓席に付いているのだ、公女の侍女の分際で!」
間髪入れずにマイクロトフが一喝した。
「控えよ、無礼者! こちらはグリンヒル公国の新・政務長官、エミリア殿でおられるぞ!」
だが、これに対する白騎士団副長の反応は甚だ鈍く、間近に立つ女を上から下まで眺めた末に、間抜けた声で問い返すのみであった。
「政務……長官?」
テレーズ・ワイズメルの忠実なる腹心は、朗らかな笑みを壇上に向けた。
「正確には「第一」政務長官ですわ、マイクロトフ様」
「……そうだった。失礼した、グリンヒル公国・第一政務長官エミリア殿」
親密な遣り取りから弾かれ、ぽつねんと立ち尽くす白騎士は滑稽そのものだ。振り上げた拳の納め所を失ったような姿を横目で眺め、ティント王グスタフが溜め息をついた。
「おまえさん、もう口を開かない方が良いんじゃないか? 副長の名が泣くぞ、何か言うたびに騎士団の品位を下げている」
「同感ですな」
コボルト将軍リドリーも頷く。
「聞き違いでないなら、「侍女の分際で」と言ったか。己をどれほど優位と考えているのか……不愉快だ」
「このように他者を見下げる姿勢は、先程のグラスランド領民虐殺を裏付けますね。教えに従い、実直につとめる殆どの騎士には迷惑千万でしょう」
トランの女将軍の言葉は、白騎士を仰天させた。
「わ、わたしは無関係です! グラスランドには行ったこともないし、村民殺しにも関与していない!」
「───おまけに碌に話を聞いていないらしい。その一件、ひとりの行方不明者を除いては、下手人は既に存命ではないと結論付いていたが?」
冷然としたサウスウィンドウ通相の一撃。もはや轟沈といった有り様を晒す白騎士を見て、これ以上は、とばかりにマイクロトフが声を掛けた。
「ともかく、エミリア殿に非礼をお詫びするが良い」
「あら……、構いませんのよ、マイクロトフ様。職務の違い一つで礼節を左右される方からの謝罪なんて、真実味がありませんもの」
エミリアは容赦なく言い切り、これが白騎士団副長の最後の力を奪った。後退りながら何とか椅子の端に尻を引っ掛けた彼は、グスタフの忠告を実行するかのように、固く唇を結んだのだった。
さて、とエミリアは眼鏡を擦り上げ、聴衆へと向き直って、女性らしい優雅さで一礼した。
「御紹介に与りましたエミリアと申します。これまで公女テレーズ様の主席侍女として御仕えしてきましたけれど、前公主の喪明けと同時に発足するグリンヒル新政府にて、職務を賜わることになりました。以後、お見知り置きくださいませ」
コロコロと耳触りの良い響きに、感嘆のさざめきが重なった。侍女から一足飛びに政府の要人へ。この大抜擢を、単に公女からの厚遇と取る者は皆無だった。マチルダの民は、皇子の妃となる筈だったテレーズ・ワイズメルの高潔ぶりを何度も耳にしていたからだ。
「テレーズ様は、この場への参席を心から望んでおいででしたけれど、皆様も御承知の事情により、叶いませんでした。そこで、わたしが名代を仰せつかった次第です」
一旦言葉を切ったエミリアは、ゆっくりと聴衆を一望した。
「これからお話しすることは、グリンヒル国民として非常に悲しい事実です。けれど、包み隠さずお伝えするようにと、テレーズ様より命じられて参りました。そうすることが名代をつとめる者の責務とも考えます。御列席のマチルダ皇国の皆様……、グリンヒル前公主アレク・ワイズメルは、貴国のゴルドー白騎士団長と結んで、マチルダ皇王家を断絶させる計画を進めておりました。心よりお詫び申し上げます」
「なっ……」
聴衆の何れよりも顕著に反応したのがゴルドーだった。殆ど無意識に腰を浮かせ、エミリアを舐めつけた。
「何を言い出す! わしばかりか、亡き国主ワイズメルの名まで貶める気か!」
「貶める?」
エミリアは沈痛めいた笑みを昇らせる。
「表向きは友好を装いながら、暗殺を企てていた───悲しいながら、事実を申し上げただけです。先ずはマイクロトフ様に対する害意の証拠からお見せしますわ」
事前の打ち合わせ通り、堂の隅から騎士が進み出て、紙の束をエミリアに渡した。
「ええと……グランマイヤー様や議員の皆様に目を通していただけば良いかしら? 手にしていただけば、お分かりになるでしょうが、炙り出し状の密書です。あまり保存状態が良くないので、どうぞ扱いには気をつけてくださいな」
言いながら一書分を宰相に、残りを隣の議員へと差し出す。議員は別の一書を抜き、更に隣へと束を回した。
自らの席から半身を捩って様子を見遣っていたゴルドーの顔色が瞬時に変わった。怪訝そうに紙を開いて文面を読み始めた面々も、程なく同様に青ざめてゆく。
「こ、これは……!」
「封紙がないのは、他の書簡に紛れ込ませたためだと思われます。差出人はゴルドー団長、受け取ったのはワイズメル公。ざっと読んでいただいても、二人がマイクロトフ様を亡き者にしようと画策していたことがお分かりになりますでしょ?」
与えられた書状に目を通し終えた議員たちは、先を争うように両隣のそれを回し読んでいった。そんな中、ひとり宰相グランマイヤーだけは最初の一通を手放そうとせず、ひたすら睨み付けている。
「わたしを……先に始末しておけば、……だと?」
国賓らと同様、既にマイクロトフからゴルドーの陰謀を説かれていたグランマイヤーだが、列席者が感じるであろう疑問や意見を代弁することが己の役目と考えて、初めて知る顔を装ってきた。
とは言え、聞かされたのは企みの大枠のみだ。実際に物証を目にすれば平静でいるのは難しく、ましてそこに自分の名を見ては、尚更だった。
気の毒そうにエミリアが眉を顰めた。
「聞くところによれば、グランマイヤー様は早くからマイクロトフ様に向けられた害意を察して、手を尽くしておいでだったとか。御無事で良かったと……テレーズ様はもとより、わたしも、その一文を読んだときには心から思いましたわ」
再び彼女は他の議員らを一望した。
「それらはワイズメル公の死後、私室から見付けたものです。お手持ちの何通かに「読んだら燃やして処分するように」との文言が見られますが……皮肉ですわね、用心したつもりの文だったでしょうに、こんなかたちで表に出るなんて……。血の繋がりはないにしろ、親族の間柄にある相手を葬ろうとしているゴルドー団長という人間を、ワイズメル公なりに警戒していたのでしょう。こうして文を残すことで、将来的な安全を───」
「陰謀だ!」
語尾を掻き消す怒声が発せられた。その苛烈には、項垂れたままだった第三白騎士隊長、そして反対側に座る第一隊長も、間に挟まる主君を凝視するほどだった。
「小手先の策まで弄して、そうまでしてわしを罪に落としたいか。書状の偽造など幾らでも出来るわ!」
あら、と小首を傾げてエミリアが逆襲した。
「そうですわね。皇王様の命令書を偽造することが出来るくらいですもの、確かにそうやって罪人を仕立てあげるのは可能でしょう。でも……書状は嘘をつきません。専門家の目には瞭然ですのよ」
言いながら、上着の袷から一枚の紙面を取り出す。
「ニューリーフ学院における染料の研究者、それから筆跡鑑定の第一人者、連名による報告書を持参しました。ごく短期間の吟味ながら、両者とも、見立てに自信を持っています。先ず、炙り出しに使われた染料ですが……、日付の古い書状と新しいものの間には、変色具合に相応の違いが見られるそうです。つまりこれらは、同一時期に作られ、炙り出された品ではないということ。筆跡についても、グリンヒルにて保管されているゴルドー団長直筆の公的書簡と照らし合わせたところ、九割方、同一の書き手であろうとの報告です。他国の専門家に鑑定を再依頼していただいても構いません。時と状況が許すなら、……ですけれど」
それに、とエミリアは最後に朗々と言い放った。
「これらの密書、ワイズメル公が亡くならなければ、こうして第三者の手に渡ることもありませんでしたわよね? 時間を掛けて用意しながら、いつ効力を発揮するかも不確かだなんて……「策」と仰いますけど、人を陥れる攻め手としては説得力に欠けますわ、ゴルドー団長」
正面扉の横では、赤騎士団・第一隊長が震える肩を堪えようと懸命の努力を続けていた。
清々しいまでの独壇場だ。エミリアの論述には副長たちとは異なる魅力がある。おまけに、青騎士隊長にも匹敵する厭味を織り交ぜているのに、声の調子が柔らかなためか、話の一環にしか聞こえない。それでいて妙に意識に残るのだから、たいした話術だ───赤騎士隊長は、そんな感嘆に笑み崩れそうだったのである。
次代グリンヒル公主テレーズ・ワイズメルは、良き側近に恵まれた。エミリアの発言に耳を傾ける列席者たちも、騎士と同じ感想に行き着いているようだった。
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