最後の王・117


おもむろに、議員の一人が顔を上げた。論定開始直後にゴルドーに味方する発言を行ったものの、以降は緘黙を通してきた人物だ。
保身のためと口を噤み続けてきたが、今やそれどころではなかった。どうゴルドーが否定したところで、このワイズメル宛ての書状を紛いものと見る議員は居そうにない。となれば、さっき不用意にゴルドーに加担してしまった者も疑惑の目を向けられる恐れがあると気付いたのである。
日頃の閣議でもゴルドー寄りの姿勢を取ってきた。その見返りとして、様々な「便宜」を受けていたのは事実なのだ。法に則り、直接的な金品の受領こそ避けたものの、叩けば埃が出てくる身なのは否めない。
過去の言動が取り消せぬ以上、出来る事は限られている。方向転換を悟られぬよう、慎重に皇子の側に回った方が無難だ───計算高い政治家らしい判断であった。
議員は言った。
「これらの書状が本物であるとしても、解せない面があります。我が国の皇王位継承の有資格者は、聖マティス直系血族のみ……、王族の一員に叙せられていても、ゴルドー団長はこの条件から外れます。皇太子殿下を亡き者にしたとて、自らが王になれる訳ではない。ゴルドー団長に利があったとは思えぬのですが」
するとエミリアは柔らかく微笑んだ。
「王座が統治者の証だと見るなら、利はないかもしれませんわね」
グランマイヤーが苦渋の表情で同意する。
「いにしえより、皇王と騎士団長は国家の両輪とされてきたのだ。一方が失われれば、自然、いま一方が無二の柱となる。呼称が違うだけで、それは国の主も同然だ」
別の議員が首を捻った。
「それにしても……マイクロトフ殿下とテレーズ公女殿下は正式に婚約の儀まで交わしていたではありませんか。なのに殿下を亡き者にしようとしていた? ワイズメル公は何を望んでいたと?」
すると末席の議員がおずおずと手にした書を掲げた。
「ここにそれらしい記述があります。日付的には、御婚約直後に送られたもののようですが」

 

───首尾良く運んだ。皇王家が断絶した後、最後の王位継承者の婚約者だったテレーズの存在が意味を持ってくるだろう。
混乱に乗じてテレーズをマチルダ皇王に押し上げられれば最良。そこまでは無理でも、マチルダに対してグリンヒルの存在が大きくなるのは確実である───

 

密書の内容を告げる議員は、途中、何度も不快そうに顔をしかめた。マイクロトフとテレーズの婚姻は、両国の友好の象徴となる筈だったのだから、無理もない。
国賓席の面々も同様だ。政略結婚自体は珍しくもないが、こうも薄汚い思惑を下地にしたそれは記憶にない。政治的な駆け引きに慣れた彼らでさえ、嫌悪に血が引く思いだったのである。
再び議員席から声が上がった。
「グランマイヤー様、御輿入れの話は、ワイズメル公たっての希望でありましたね」
「……そうだ」
「つまり、皇王家が絶えた後を見込んでの申し入れだったという訳ですか」
独言めいた呟きにエミリアが応じる。
「発案者がワイズメル公御自身だったか否かについては、残された書状だけでは判断出来かねますけれど」
小さく溜め息をついて、首を振った。
「これは個人的な考えですが、ワイズメル公にとっては二重の策でもあったのではないかしら」
「二重……と言われると?」
「マチルダ皇王家が断絶したとしても、テレーズ様を王位に就けるという展望には無理があります。これまでの皇王制の根本を曲げるんですもの、「混乱に乗じて」とは言っても、議員の皆様には到底受け入れ難い方向ですわよね? そこはワイズメル公も承知していたでしょう。だから文の後半部分、最後の王位継承者の婚約者の父としてマチルダの内政に干渉する力を得る……というあたりが、主な狙いだったと思います」
一旦言葉を切り、エミリアは壇上のマイクロトフを見上げた。
「そしてもう一つ。企みが失敗しても、それはそれで良し。マイクロトフ様の正妃となるなら、テレーズ様は幸福だろうと……父親として、そうも考えたのではないかしら」
グリンヒルとは比較にならぬほど富める国、マチルダ。その頂点に立つべき男は、裏表のない誠実な人柄で知られている。
自ら望んで娶ったのではないにしろ、ひとたび妻と迎えたからには、生涯大切に遇するだろう。もしゴルドーの企てを掻い潜って、無事に王位に就いたなら、娘にとってこれほどの伴侶はない───そんな親心に基いた二重の構え。
もっとも、間近でワイズメルという人物を見てきたエミリアには、それが願望による見立てに過ぎないだろうと分かっていたが。
それでも言わずにはいられなかったのだ。「父親の野望の儀性となった、哀れなる公女」という見方を主人に定着させたくなかったから。
不意にグランマイヤーが、横並びの議員たちが手にした書を見遣りながら問うた。
「エミリア殿、この密書……ここ一年あまりの分ばかりのようだが、もっと以前のものはないのかね?」
「保管されていたのはそれで全部ですわ、グランマイヤー様。お持ちした品の状態から見ても、保存に耐えないと判断したものから随時、廃棄されていったのだと思います」
考えていることは分かる、と言いたげに頷くエミリアだ。
先代皇王が存命だった頃、そして死亡後の遣り取りは、更に目を覆いたくなるような記述で埋め尽くされていたに違いない。
「白騎士団長ゴルドー……飽くまでも認めぬと言い張るつもりかね?」
宰相の詰問を、だがゴルドーは鼻息ひとつで往なす。割って入るようにエミリアが口を開いた。
「続けさせていただきますわ。次にお話しするのは、ワイズメル公逝去の真相です。葬儀に参列してくださった方々もおいでの中、本当に居た堪れない事実ですが……」
束の間の瞑目の後、彼女は決然と顔を上げた。
「グリンヒル公主アレク・ワイズメルは、先に発表したように病で亡くなった訳ではありません。襲撃を受け……いいえ、報復によって殺害されたのです」
俄然、緊迫が増す中、政策議員の長が久々に発言した。
「……お待ちを。「報復」というくだりからして、既に殺害者の目星がついているように聞こえましたが」
「目星どころか、テレーズ様が直接会われました」
「会った? 襲撃犯と、ですか?」
目を丸くした議長に、エミリアは弱く微笑んだ。
「先程も話に出たグラスランド……、彼の地には多くの部族が点在しますが、中にカラヤという有力な部族があります。ワイズメル公は、このカラヤ族の長を騙し討ったがため、報復を受けました。テレーズ様は現場に居合わせ、一部始終を見届けられたのです───」

 

エミリアは語った。
輿入れの直前、観劇に出掛けた父娘と、その道中で起きた一切を。
グリンヒルに招き寄せられたカラヤ族長が、村に戻った後に死んだこと。その死に様から、毒殺を疑ったカラヤの民が、公都内で事情を調べ上げたこと。そして───亡き族長の無念を晴らさんと、行動に出た夜を。
護衛兵の死体に囲まれ、恐怖に震えながらテレーズが目にしたのは、見たくなかった父の姿。毒殺を認め、懸命に命ごいするグリンヒルの国主。
故人の娘と名乗った新たなるカラヤ族長は、そんなワイズメルに、自らの手で制裁を下した───

 

ふむ、とコボルト将軍リドリーが呟く。
「カラヤはグラスランドでも殊に戦いに秀でた部族と聞く。族長が代替わりしたとは……。残された部族民の団結ぶりや、急襲の手際からして、その新族長、なかなか優れた指導者であるらしいですな」
軍人的な見解には、アナベルが些か眉を寄せた。
「だが……目の前で父親を殺されたテレーズ殿を思うと、あまり褒める気にはなれないが」
「そう、そこが疑問だ」
シュウがむっつりと唸りながらエミリアを見据えた。
「カラヤの民は、何故テレーズ公女を見逃した? 一緒のところを襲ったからには、公女も殺害する算段だったろうに」
「御推察通り、新族長はテレーズ様にも殺意を抱いていました。愛する人を奪われると、奪った相手に繋がる存在を残らず消してしまいたいと……そんな気持ちになるのかもしれませんわね」

 

はっとマイクロトフは瞬いた。何気ないエミリアの言葉は、カミューの心情そのものだ。
マチルダ皇王が憎い、だから王の血に連なる者を殺す。
血脈に固執したそれを、ゲオルグ・プライムは「呪い」と呼んだ。カラヤ族長の娘───ルシアという、カミューの知己だった彼女も、同じ呪いに憑かれたままテレーズと対峙したのだ。

 

「では何故、翻意した? 救援のグリンヒル兵が着いたのか」
「いいえ、そうではありません。テレーズ様の……今いちど御自身で事実を確かめたい、その上でワイズメル公の罪を公表し、正式にカラヤの民に謝罪するというテレーズ様の御心が新族長に通じたからだと思います。カラヤの民は、テレーズ様には傷ひとつ負わせず、そのまま去りました」

 

───似ている。マイクロトフは苦い思いで唇を噛んだ。
最後に向かい合ったとき、カミューには殺意が窺えなかった。たった一人残った「敵」を前に、琥珀色の瞳には悲哀ばかりが見え隠れしていた。
そんな彼に、心を尽くして訴えた。真相を確かめるための時間が欲しいと。
テレーズの思いはルシアに届いたが、マイクロトフのそれは拒まれた。
父親の非を認めたテレーズと、無実を信じた自分。
護るべき民を持つ族長ルシアと、すべてを失ったカミュー。
立場が違うのだから、同列で考えるのは無意味だろう。それでもマイクロトフは、受け入れられたテレーズに羨望を覚えずにはいられなかった。

 

ふと、ゴルドー寄りだった議員が言った。
「先程から感じていたのですが……、カラヤ族長暗殺の報復でワイズメル公は命を落とされた訳ですな? 「相子」と言っては語弊があるでしょうが……、父親を殺されたという意味合いでは、新族長と公女殿下は同じ立場の筈。にも拘らず公女殿下は、公表と更なる謝罪を約束されたのですか? 無論、御身の危険を回避するのが第一だったでしょうが、何もそこまで下出に出ずとも───」
エミリアは眼鏡の奥の瞳を光らせた。コホンと咳払って発言を遮るなり、硬い面持ちで淡々と答え始めた。
「テレーズ様も報復の刃を取るべきだったと仰るの? 御父君の仇、カラヤの民を憎めと?」
「え、いや、まさかそんな」
「亡父の罪を公表して名を汚した上に、その命を奪った敵に頭を下げるなんて、娘として薄情だとでも?」
「そんな意味では───」
「お間違えにならないで」
ぴしゃりと言って、エミリアは首を振る。
「テレーズ様は……勿論わたしも、報復としての殺人を是認する訳ではありませんのよ。御父君、そして国主の死を悼み、悲しんでいます。でも、それと同じくらいにワイズメル公の非道を恥じているのです」
彼女は、少し前に赤騎士団副長がしたように、ゆっくりと中央通路を進み出した。
「同じ空の下、地続きにありながら、デュナンに生きる者にとってグラスランドは遠い世界です。険しい山岳が両地を分けるように、人の心も容易には触れ合えない」
聴衆らの注視の中、エミリアは不意に足を止めた。
「わたしは直接お会いする機会がなかったけれど、カラヤ族長が公主宮殿に招かれた日に、テレーズ様は挨拶を交わされたとか。「同じ年頃の娘がいる」と……族長は磊落に笑っておられたそうです。彼の地には、族長のように気さくな方も大勢いらっしゃるでしょうに、知り合う機会がなくて残念だと、そうテレーズ様は言っておいででした」
少しだけ変わった語調が、礼拝堂に鳴り渡る。
「……それがデュナン湖周辺諸国とグラスランドの現実です。巷に流布する情報だけを取って、彼の地の民を「蛮族」と蔑視する向きまである───もっとも、これは向こうも同じでしょうけれど」
だろうな、とグスタフが肩を竦める。
「過去に何度も戦ったティントなんぞ、「野蛮な侵略国家」と言われているだろう」
エミリアは振り返りながら苦笑で返した。
「現ティント国王陛下が戦いを望んでいらっしゃらないなんて、彼らには知るすべがありませんものね」
次いで聴衆に向き直った顔には、抑え難い沈痛が上っていた。
「つまりは、そういうことです。知らないから壁が生まれる、歩み寄ろうとしないから壁が取り払われない。そうした状態の中、カラヤ族長はワイズメル公の招きを受けたのです。未知なるグラスランド民族の文化や生き方を、広くデュナンの地に知らしめたい───礼を尽くした招聘を、族長はどのような思いで聞かれたでしょう? 長年、水と油のように相容れなかった二つの世界の、これが交流の第一歩となれば……そんな御心があったのだろうと、わたしは考えます」

 

礼には礼を返すのが戦士の流儀。疑念を交えれば戦士の信条に悖る。
強大な軍を持たぬ学術国家に何の危険があるだろう。そう族長は考えた。
生粋の戦士ゆえに、刃に恐れはなく、己の身は己で守れると信じて、満足な供も連れずに招きに応じた。丁重な持て成し、親愛あふれる笑みの裏に潜んだ悪意に、戦士だからこそ気付かなかったのだ。
ワイズメルへの信頼の念が、族長の嗅覚を鈍らせた。少しずつ、確実に近付く死の匂いを最後まで覆い隠した───

 

「使われた毒は特殊な品で、我々が知る毒消しや回復魔法では癒せません。日々の食事に加えられた毒は体内に残り続け、限界を越えると同時に暴れ始めます。おそらく限界の時点でグリンヒルを去られた族長が、どんな帰路を辿られたかを思うと……」
言葉を詰まらせ、エミリアは眼鏡を外した。懐を探る仕草を見取った通路側の列席者の一人が、すっと手布を差し出す。あら、と微笑んで厚情を受けた彼女は、素早く涙を拭った。
「ありがとうございます。洗ってお返ししますわね」
「いえいえ、安物ですから、良ければお持ちください」
温厚そうな老人が柔らかく笑む。エミリアは今いちど感謝を述べて手布を握り込んだ。気を取り直すように深呼吸してから、改めて顔を上げる。
「グリンヒルの人間であるわたしでも胸が痛むのですから、カラヤの民の悲嘆は如何ばかりだったか、想像も出来ません。真相を調べ、暗殺されたと分かっても、その先はどうにもならない。グリンヒル公主が犯人だと叫んだところで、何の交流もないグラスランドの一部族の声に耳を傾け、ワイズメル公を非難する国がデュナンに現れるでしょうか?」
反応を待つように一呼吸置いて、エミリアは目を閉じた。
「……だから彼らは、自分たちで刃を取ったのです。報復は是認しませんが、そうせずにいられなかった心は分かる気がします。テレーズ様もきっと同じ……、だから御父君の罪を公表し、謝罪なさろうとしているのです。父親を失った悲しみを憎しみに変えれば、御気持ちは楽になるかもしれません。でも、報復に報復を返していたら、いつまで経っても終わらない。だからこそ、悲しみを抑えてグリンヒル国主として行動しようとしておいでなんです」
沈んだ空気の堂内、痛ましげに涙を滲ませる列席者たち。
見事だ、と独言を洩らしたのはトランのバレリア将軍だ。
解放戦争時、彼女たちの指導者は実父を討った。越えねばならない、宿命的な壁であったかもしれない。それでも、肉親と道を違えた指導者の苦悩を知るバレリアには、決意に辿り着くまでのテレーズが見えるようで、堪らなかったのである。
ひとしきりの沈黙の後、エミリアは決然と胸を張った。
「テレーズ様がグリンヒル公主を継承されてから公表するのが筋でしたが、ここでお話しした理由は一つ、カラヤ族長暗殺がマチルダと無縁でないからです」
「どういうことです?」
赤騎士の兄議員が身体を捻って声を飛ばす。エミリアは、彼の視線に追われるようにして最初の場所に戻り、次いで堂内を一望した。
「ワイズメル公がカラヤ族長を殺したのは、グラスランドに攻め入るためです」
「な、何ですって? しかし、その、グリンヒルは───」
「ええ、軍備は貧弱、自国の治安維持で精一杯なグリンヒルの兵では、よその国を攻めるなんて無理な話です。だから、マチルダ騎士団なんですわ」
───ゴルドーとワイズメルの結託。証言の冒頭に立ち戻った議員一同は呆然とするばかりだ。
「あまたの部族の集合体、それがグラスランドという一帯です。外から攻撃を受けたときには、部族が結束して退けてきたというのが彼の地の歴史。中でもカラヤは抵抗勢力の筆頭、さっきリドリー将軍も仰っていましたが、戦いに秀でた勇猛な戦士で形成された一団です。戦うには恐ろしい相手ですわね。でも、信望厚い民の要、指導者が居なくなったら……どうでしょう?」
「足並みは乱れますな」
腕を組んでリドリーが言う。
「戦は指揮官によるところが大きい。非力な兵でも、指揮官の手腕ひとつで強敵に化ける。逆に、そうした指揮官を失えば、優れた軍も総崩れになるときがある。それが戦の不思議なところだ」
そう、とエミリアは相槌を打った。
「カラヤだけではありません、他の部族にも動揺が走るでしょう。例えば策の一端として「部族間の揉め事で殺された」なんて話でも流したが最後、疑心暗鬼に陥って、一致団結して防戦に当たることも出来なくなるかもしれませんわね」
「そこを衝いて攻め入る計画だったと言うのですか? だが、マチルダは───」
「他国侵略を禁じた法がある、……ですわよね? でも、もしそこでマイクロトフ様の身に異変が起きていたら?」
言葉を濁しているエミリアに気付いて、マイクロトフが壇上から言い替えた。
「おれが殺されていたら、どうだ?」
えっ、と議員たちは竦み上がる。
「おれが殺され、それがグラスランドの犯行だと聞いたら?騎士団に報復攻撃の声が上がったら、議員に抑えられると思うか?」
「それは───」
最後の直系王族。王となるべき唯一が暗殺されたら。
おそらく、抑え切れない。聖マティスが築いた国だ。その最後の子孫の死には、法も及ばぬ怒りの炎が吹き上がるだろう。
マイクロトフは重ねて説いた。
「命を狙われていると感じることは何度もあった。今にしてみれば、特にそれが頻繁になったのは半年ほど前、つまりカラヤ族長が殺された前後からだったように思う。当然だな、おれが死ななければマチルダは出兵の大義を掲げられないのだから。結局、おれより先にワイズメル公が斃れ、またしても思惑は果たされなかった」
赤騎士の兄議員がぴくりと反応する。
「……またしても? では、五年前にグラスランドへの経路を探ったという件も、まさか───」
これには答えず、マイクロトフは制すように軽く片手を挙げた。
「霍乱が成功しても、マチルダ一国で攻め入るにはグラスランドは広大な地だ。完全に手中に納めるには、やはり周辺諸国の協力が要る」
「ああ……、これですね。わたしが持つ密書に、それらしい記述があります。ミューズを除いた諸国の説得にはワイズメル公が当たる、との取り決めを確認しているような内容ですね」
壮年の議員が言い、赤騎士団副長が補足するように説いた。
「山岳を抜ける侵攻経路は、五年前に、一応のところ見出されているのです。これを使うとなれば、騎士団は一刻も早く行動を起こす必要がある」
「先ほど言われた、全軍が山越えするには時間が掛かるから、……ですね?」
「然様。他国から援軍が来るとなれば、全騎士が集結するまで待たずとも討って出られましょうが、それでもある程度の数は必要です。故に、出兵要請に費やす時と労を惜しんで、ワイズメル公に一任したのではないかと思われます」
成程、といった了解が列席者に広がる。マイクロトフが国賓らに目を向けた。
「そこで、各国代表の方々に伺いたい。マチルダ騎士団がグラスランドを攻め取るから援軍を出せと請われたら、どう対処されますか?」
互いを見合った国賓の中、これまた最年長の顔か、グスタフが答えた。
「先ず、驚く。グリンヒル経由の要請なら尚更だ、「法はどうする」と、確認状の一つも送ってみる」
サウスウィンドウ代表のシュウが無表情に続く。
「グスタフ国王と同じく、先ずは懐疑から入る。それに……百歩譲って、「共に攻め取ろう」という提案なら、派兵に対する見入りについて、まるで定めぬうちから兵を出す国はなかろう」
通商を与る大臣らしい言い分だった。一方で、アナベルは考え込んだ。
「ミューズは少々複雑だな。古くから軍事同盟を結んでいる上に、対ハイランド警戒の助力として、マチルダ騎士に常時駐屯して貰っている経緯もある。戦となれば、出ない訳にはいかないだろう」
「ああ……、だから説得対象から外れているのですね」
合点がいった顔をするバレリアに、アナベルは苦笑を返した。
「とは言っても、侵略のための戦ではね……。少なくとも、自分が政治に関わっている間は、「攻める」よりも「攻められない」国を目指したいのが本音だが」
快諾するとした代表は皆無だった。マイクロトフは問いを重ねた。
「では、おれが殺されたと仮定して、報復のための助力を求められた場合はどうですか?」
「仮定は面白くないが……それなら兵を出すだろうな。義理人情に厚いのがティントの国民性だ」
「……同じく。トゥーリバーのコボルト兵も信義を重んじます。友好国の皇太子殿下が非業の死を遂げたと聞いて、何も感じぬ兵はない。たとえ国として派兵が決定せずとも、義勇軍を組織する動きが出てもおかしくない」
他の国の代表も似通った反応を示した。
満足げに瞬いたエミリアが、マイクロトフに頷き掛ける。そしてくるりと向き直って聴衆を眺め遣った。
「お分かりになりましたでしょう? ゴルドー団長とワイズメル公は、デュナン一帯を巻き込み、グラスランドを攻め取る目的で手を結んだのです。更に恐るべきことに、この計画は既に一度、実行に移されようとしていました。先代マチルダ皇王陛下もまた、陰謀の儀性者でおられます」

 

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日記でも呟いてますが、
今頃になって不備に気付いてしまったので、
前回アプ分(とそのちょっと前)に少し手を入れました。
これで何とか押し通せる……かな、多分……。
にしても、まさか出番の少ない
グランマイヤー様に足を掬われるとは(泣笑)

ところで、招待客の反応が
驚いてばっかで変化がないので、
紳士なおじーちゃんなんて出してみました。
ビジュアルは窓職人テンコウ氏あたりで(笑)

 

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