最後の王・115


今いちど発言役を引き取った赤騎士団副長が、片手を腰に当てて、後方の正面扉に向かって、ゆっくりと中央通路を歩き始めた。左右に座る列席者たちは固唾を呑んで、通り過ぎる男を目で追った。
「今より五年前、ロックアックス首府都内にて、一人の細工職人が殺害されました。と言っても、我々もつい先達て、遺族からの聞き取りによって事件の日時・詳細を知ったに過ぎませぬ。この一件は騎士団の記録上、残されておりません」
「記録に……ない?」
首を傾げたのは、政策議員席・最上座に座る宰相グランマイヤーだ。はい、と振り返りざまに会釈して騎士は続けた。
「ロックアックス首府都においては、各騎士団にて担当を区分けしているため、管轄外で起きた事件は──死傷者数が尋常ならざる場合、猟奇的なものを除いては──耳に入りづらいのが実情です。無論、国内外を問わず、騎士が携わった事件は余さず書面による記録が義務付けられております。故に、管轄以外の騎士団員でも、この記録によって事件のあらましを知ることが可能となる訳です。ですが今回は……事件記録が見当たらないというのは、常道を外れた事態です」
「君たちが知らなかったということは、つまりこれも白騎士団絡みの……?」
独言めいた非難の呟きを、騎士は応えず流した。
「記録が残っていない理由は三つほど考えられます。第一に、単純な記載漏れ。あってはならぬ失態なれど、騎士も人である以上、皆無とは言い切れない。もっとも、殺傷事件の調査に騎士が単独で当たることは考えられず、担当者全員がうっかり忘れてそのまま……というのは、有り得ません」
ふむ、と一斉に同意の首肯が起きる。
「第二に、該当部分が何者かの手によって抜き取られた場合。騎士団の任務遂行記録は案件ごとに冊子状に綴じて保管するため、その気になれば抜き取りは可能です。しかし、本件にはその痕跡が認められなかった。各年度ごとにつとめの系列ごとの集計が出されますが、確認したところ、本件を入れない状態で殺傷事件数が合っておりましたので」
地道なる累計作業に臨んだ配下の騎士が数名、堂内のあちこちで頷いていた。
「そして三つ目、我々はこれが本件の真相と考えます。捜査を担当した者が、意図的に記録を残さなかった。あるいは、最初から残すつもりがなかった───職人の死を闇に葬ろうとしたのです」
一呼吸置いた副長に合わせて、座席群から息を吐き出す音が立ち昇った。しかしながら、それはざわめきとも呼べぬ控え目な反応だ。先を望み、一瞬たりとも中断させたくないという胸中の現われのようだった。
通路を進んで堂の中程まで来ていた男は、不意に足を止めた。
「さて、ここで一つ説明しておきましょう。我がマチルダ代々の皇王陛下は、公式文書を記される折に、皇王印章というものを使われます。書状の封に施す蝋印の、紙面用の品と考えていただければ宜しい。文書そのものは代筆の手に委ねられる場合もあるけれど、陛下が目を通され、御心に添った内容である証として、御署名と併せて印を押される訳です。こうした性質を鑑みても、印章は世に唯一の品でなければならず、だからこそ最初に印章を作った職人は、製法を記した文面を一切残さず、代々の後継者のみに技を教え伝えるという徹底を守ってきました」
そこで騎士は、眼前に居並ぶ聴衆をゆっくりと一望した。
「……もう御分かりですな? 殺害された職人は、皇王印製作者の末裔……先代皇王陛下の御代に印章を作ることの出来る、貴重な存在でした。通常、首府都内で発生した殺傷事件の下手人捕縛率は十割に近い。けれど、この犯人は逃げ果せたまま現在に至ります。当然と言えるのやも知れませぬな、まともな捜査など端から行われなかったのですから。数日で捜査は打ち切られ、遺族は無念の中に置き去りにされてしまった。わたしも、マチルダ騎士を名乗る一人として慙悸に耐えませぬ。詮無きとは言え、改めて陳謝を……、どうか御許しいただきたい」
そう言って赤騎士団副長が深々と頭を下げるなり、壇上のマイクロトフと青騎士団副長が同様の礼を取った。弾かれたように堂内中の騎士が上官らに倣う。
前方の列席者らは身体を捩って、後方の一同は腰を浮かせる格好で、拝礼された相手を探そうと苦心した。赤騎士団副長の前に座っているのは、若い男に肩を抱かれた婦人だ。職人の遺族だと察した聴衆から、得も言われぬ溜め息の渦が沸いた。
息子に寄り添われ、手布で目許を拭った職人の妻は、弱くかぶりを振った。
「いいえ、……いいえ、副長様。先日、皇太子様にも同じように言っていただきました。主人はもう帰らないけれど、こうして皆様が気に掛けてくださったのですから、これであの人もきっと……」
沈痛な空気が肌を刺す中、躊躇がちに議員が問う。
「しかし……それにしても、いったい何故……?」
これには、祭壇前に留まったままの青騎士団副長が答えた。
「何ゆえ殺害されたのか。それは彼が、皇王印を作る技術を持っていたからです。何ゆえ実直な捜査が為されなかったか。真相を明るみにしたくない人物がいたからです」
「真相……とは……」
はい、と騎士は強い口調で宣言した。
「先の説明通り、皇王印章は世に唯一でなければならぬ品。二つ目の印章の存在を、何があっても伏せる必要があった───これが職人の殺害理由となりました」
えっ、と身を乗り出したのはグランマイヤーだ。必死に整理しているふうの顔で、彼は青騎士団副長を凝視した。
「皇王印が二つ在る? 今、そう言ったのかね?」
「然様、我々が知る印とは別に、亡き職人が死の直前に作った品が在ったのです」
驚愕顔になったのは宰相ばかりではない。ここまでの話を聞いて、印章の重要性を知った聴衆も、誰もが同じ衝撃に見舞われていた。周囲の反応を窺い合う、久々のざわめきを割ったのは、赤騎士団副長の声だった。
「ある夜、職人宅に一人の騎士が訪れました。そして言った。「不注意から皇王印章を破損してしまった。発覚すれば自分は死罪に処せられる。人知れず擦り替えるため、印を作って欲しい」───。無論、現実には有り得ぬ話です。印章は陛下の執務室にて厳重に保管されており、騎士団長や皇国宰相ですら触れることを禁じられているのですから。一騎士がそれを手にして、まして損壊させるなど、絶対に起こり得ない」
ただ、と副長は無念そうに眉を顰めた。
「事の重さ、死罪から救われたいとの訴えが、職人を惑わせたのでしょう。自らの決断に人ひとりの命が左右されるとなれば、動じるなというのが無理な話だ。結局、職人は引き受けざるを得なかった。内密に事を運べば罪に当たると知りながら、彼は騎士を救うために印章を作ったのです」
聴衆の間に同情的な納得が広がる。議員席でも、それを迂闊と断じる気配は上がらなかった。
「妻女殿に伺った話に拠れば、故人は納品に赴いた帰途で被害に遭ったとのこと。時期的に見ても、このとき持参していた品が皇王印章であり、職人を死に追い遣ったのは製作を依頼した人物であると我らは考えます」
「何と……騎士が殺した、と?」
「若しくは「その意を受けた何者か」という可能性も残りますが」
さらりと付け加えて、赤騎士団長は息を吐いた。
「夜更けの路地で、凶行に斃れた職人の心中は如何ばかりだったか……。自責を負いながら懇願に応えた。内密を守りたい相手に配慮して、おそらく人目につかぬ路を選んで足を運んだ。なのに彼は裏切られた───自分を斬った、あるいは斬るよう指示した人物が、それから僅か数日後に、嘆き悲しむ妻に涼しい顔で捜査終了を告げるなどとは、思いも寄らなかったに違いない」
次第に剣呑を増した声が、最後に厳しく解き放たれた。
「申し開きがあるか? 今この場で、遺族の前で口に出来るか。騎士の誇りを失した、冷酷な恥知らずが!」
皇子と、祭壇前に佇む青騎士団副長の視線の方向。それだけで列席者たちは、糾弾の対象たる人物を理解した。
白騎士団・第三隊長は凍り付いたように動かない。俯き加減で、何処を見ているのか、目つきは虚ろだ。断罪の一閃が耳に入っているのかさえ不確かなほど、男は無反応を貫いた。
赤騎士団副長が、気遣わしげに寡婦に目線を戻す。
「顔の確認を……出来ましょうかな?」
すると婦人は、思い詰めた眼差しで一点を見据えたまま呻いた。
「……必要と仰るのでしたら、致します。でも……、間違いございません。五年も昔になりますけれど、主人の死を知らされた日、捜査は終わりと告げられた日は、昨日のことのように覚えております。先程の遣り取り、声を聞いていて確信しました。顔を見なくても分かります。「一事件に長々と関わっていられるほど騎士は暇ではない」と言った、あの人です」
そのまま泣き伏す婦人の背を、息子がそっと撫でている。痛ましげに顔を歪めた赤騎士団副長が、振り返り、マイクロトフに軽く頭を下げた。
マイクロトフが見下ろす先、相変わらず白騎士隊長は硬直したままだ。その隣で、真一文字に唇を引き結ぶ以外は、やはり表情を失っているゴルドーを見ないように努めつつ、静かな声が言った。
「……第三白騎士隊長、おまえを細工職人殺害に関与した罪で告発する」

 

 

重苦しい静寂をぬって、若い赤騎士の兄が議員を代表するように疑問を発した。
「それにしても、何故そこまで印章製作の経緯を掴み得たのです? 委細が漏れぬよう、細心が払われていたでしょうに」
それは、と赤騎士団副長が懐から取り出したのは一片の紙切れだ。寡婦と息子に一礼してから、彼はそれを掲げて見せた。
「職人の子息アルバート殿が、遺品から見つけて保持してくれていました。故人が記した覚書です。たとえそれが騎士への同情によるものだとしても、正式の依頼なく印章を作る行為は許されぬと彼は承知していた。もし発覚すれば、自らも咎めを受けるであろう、と……。その際、妻子に責めが及ばぬよう願って、いきさつを書き残したのです。家族を守ろうとする職人の思いが、時を経て、子息を通じて我らの手に巡ってきた───推察を、確信に変えてくれました」
では、と宰相グランマイヤーが震える声で聞く。
「何故、第二の皇王印章は作られた……?」
これに副長は、束の間の沈黙を置いた。やがて洩れた答えは苦悩を交えて掠れていた。
「陛下の御意思に添わぬ、ある一枚の命令書を偽造するため……です」

 

 

祭壇上の若い騎士が、おずおずと傍らを窺った。
聡いカミューが、ここから先を予想出来ない訳がない。
黒いフードから僅かに覗く唇は色を失っている。微かに震えているようにも見えた。
若者は眉を寄せた。
本当なら、こんな目立つ場所に立たせたまま聞かせる話ではないのだ。ここから連れ下ろせたら、とも思った。
でも、そうするようにとは命じられていない。理由は分かっている。なまじ注目を受け易い壇の上に立つ者が無闇に動けば、緊迫した局面を壊しかねないのだ、と。
それでも若者は、今また傷を抉じ開けられようとしているカミューのために、胸を痛めずにはいられなかった。
「……大丈夫ですか?」
迷いながらも、そっと呼び掛けてみる。だが、漆黒を纏う彫像じみた青年からの返事はなかった。

 

 

赤騎士団副長は、母と並んで座るアルバートに覚書を差し出した。
「……ありがとう。大事な父君の遺言だ、後々また借りる機があるやも知れぬが……一先ず返しておこう」
アルバートは壊れもののように紙片を受け取る。
「必要なときはいつでも仰ってください。お役に立てるなら、父も満足でしょうから」
今いちど母子に深い礼を払った後、副長は祭壇方向へと通路を戻り始めた。
「次にお話しする案件の正確な日時は不明です。が、職人の死から遠からずといった時期でしょう。二十余名あまりの騎士が、秘密裏にロックアックスを出立しました。向かった先は北西の山岳地帯、一種の斥候です」
「斥候……」
「然様。例えば戦時下、密林地帯を進む場合などには、少数の兵が先発して経路の確認を取ります。障害物や危険箇所を把握して初めて、後方部隊が続く、といった具合です。一行も、これと似た役目を与えられていた。山岳地から更にその先、地続きになっているのは───」
「グラスランドですね!」
通路際に座っていた一般招待客の一人が勢い良く叫んだ。が、すぐに我に返ったふうにキョロキョロと周囲を見回し、恥じ入って頬を染める。赤騎士団副長は足を止め、穏やかな笑みを浮かべて、この人物に頷いてみせた。
「……その通り。我々の多くは、このデュナン地方とグラスランドを結ぶ道と聞けば、ティント王国を横断する交易路を連想する。いにしえに拓かれた一本の交易路のみが通行を可能にしていると考える。ここへ新たな経路が加わればどうなるか……、これまでの常識が覆ります」
「あー……分かるな、それは」
ティント国王グスタフが、ポリポリと頭を掻きながら唸る。どうやら畏まった姿勢に飽きてきたような仕草であった。
「デュナンの国々は……特に我がティントは、昔からグラスランドと折り合いが悪かった。少し前までは領土争いも頻繁に起きたものだ。どんな場合でも、デュナン側の兵は交易路を行き来した。当然、グラスランドが警戒するのもあの路だ。別の経路なんぞ出来たりしたら、そいつは晴天の霹靂───いきなり脇腹に刃を突き付けられるも同然だ」
分かり易く補足してくれたティント国王に、騎士は丁寧に一礼した。
「仰る通りです。一般的な兵法で見るなら、これは優れた奇襲の策とも言えましょう。けれど本件はそう呼べない。何故なら我がマチルダは、建国以来「他国を侵さず」の信条を守り抜いてきた国家だからです。グラスランドへの侵入経路を模索する……それだけでも国法に触れる大罪であるのに、一行は更に許されざる罪を重ねた───」
そこで彼は長く押し黙った。けれど、息をするのも忘れて見守る列席者に応えるべく、懸命に己を奮い立たせた。
「……戦が始まる前提でお聞きいただきたい。斥候が広大な山岳地に経路を見出しても、主戦力の行軍には困難を要します。道ならぬ道を人馬が進むのだから、相当の時間が費やされる。然れど、本格的な戦いに臨むには全兵力を集結させねばならない。つまり……山岳を抜けた兵は、敵地の民に悟られぬよう努めつつ、後続の一団を待つ必要があるのです。故に、五年前、グラスランドに向かった一行は……」
堪らず騎士は言葉を切り、心中で慟哭した。

すまない。本当にすまない、カミュー殿───

様子に気付いた青騎士団副長が、さりげなく交替を請け負った。
「……一行は、山岳地帯の終わりに見つけた村を、後続を待つまでの駐屯場所に充てんと目論みました。行われたのは言語に絶する非道……罪なき村の民が尽く、一夜にして命を落としたのです」
何れの自制もはたらかなかったようだ。満座の聴衆が大きくどよめき、それを抑える声もまた皆無だった。
「他国民を襲ったのですか、マチルダ騎士が!」
「侵略しない、その法を破って?」
「全員が殺されてしまったのですか、女や子供まで?」
「何という惨い……!」
吹き荒れる非難の怒号に向けて手を挙げたのは、次代のマチルダ皇王その人であった。動きを見取った人々から、声が失われてゆく。幾分静けさが戻ったところで、マイクロトフは粛然と背を正した。
「おれも同じだ、憤慨を抑えるには渾身の力を振り絞らねばならない。だからこそ、先を聞いて欲しい。真実を明らかにすることが、亡きグラスランドの民に対する精一杯の陳謝なのだから」
人々は胸を突かれ、騒ぎ立てたことを悔いる顔で礼を返した。静寂を蘇らせた礼拝堂に、気を取り直した赤騎士団副長の発言が響く。
「たかが二十余名の騎士と思われるやもしれませぬが、不意を衝かれた村、まして日頃から戦いの備えのない人々には抗うすべもなかった。先ほど誰かが口にしたように、女子供も残らず……殱滅です。それも、およそ殺戮に酔ったとしか思えぬ、目を背けたくなるような惨状だったそうです」
想像したのか、不快そうに顔をしかめたサウスウィンドウの通相シュウが淡々と尋ねた。
「待たれよ。今の最後の一節……見た者が居るように聞こえたが」
はい、と副長は瞑目する。
「惨劇には間に合わなかったものの、この非道を見過ごせなかった人物が……名高き剣豪ゲオルグ・プライム殿が、殺戮者の多くを裁いてくださいました」


───必要とあれば、おれの名を使えば良い。
昨夜の会合の最後にゲオルグは言った。

おまえさんたちは、本気でカミューを騎士団に迎え入れる気なんだな。だったら、奴が村の生き残りだという部分は伏せておけ。火魔法を暴発させて騎士を殺した、それは責めるに価しない不測の事故、正当防衛と評されるだろう。ただ、死んだ者の家族は平静でいられまい。下手に恨みを掘り起こさないためにも、カミューはあの場に居なかったことにした方が良い。
だからおれの名を使え。
おれは過ぎ行くだけの人間だ。遺族の恨みを負ったところで、痛くも痒くもない。だが、あいつは違う。未来を生きるため、過去から解き放たれるためにも───時には真実を覆う必要もある、ってことだ。


「何と……あの「二刀要らず」が?」
「偶然にも居合わせたというのですか」
赤騎士団副長は、ゲオルグへの感謝を噛み締めながら頷いた。
「村から上がる火の手に気付かれたとか。騎士らは即座にゲオルグ殿に刃を向け……返り討ち、です。そのときの遣り取りから、ゲオルグ殿は、断片的ながら事情を汲み取られたという次第です」
そう言えば、とグランマイヤーが瞬いた。
「その剣豪、殿下の客人待遇で、城に滞在していると聞いたような……」
「マチルダに立ち寄られたのを機に、次代皇王となられるマイクロトフ殿下に、非道を言上しておこうと思い立たれたのです。御存知のように、ゲオルグ・プライム殿は、両手を越える敵をも捩じ伏せる卓越した剣腕をお持ちゆえ、マチルダに逃げ戻った騎士は四名のみでした。他の者の死亡退団理由は、日をずらす、死因を捏造するなど、様々に取り繕われております。ゲオルグ殿の御記憶と併せて更に調べましたところ、逃亡した四名のうち、三名が既に死亡。これは病などの理由によるものです。そして……、残る一名が、現在行方を眩ませている第二白騎士隊長と判明しております」
ここまで来ると人々も、どう反応すれば良いのか悩めるふうであった。
醜い。あまりにも醜すぎる。村を襲った者たちは、マチルダ騎士の名を地に堕としたも同然だ。
暗澹が垂れ込め、人々は顔を上げて、祭壇の奥に掲げられた絵図を見遣る。マティスとアルダ───誇り高き国、慈悲深き国になるようにと願った筈の英雄たちは、この現実をどれほど憂いているだろう。
再び青騎士団副長が発言に回った。
「あまたの騎士の中から何ゆえ彼らが斥候役に選ばれたのか、今となっては知るすべもありませぬ。が……、ある程度の推察は可能かと。おそらく、日頃よりグラスランドを蔑視する傾向が強く、侵攻の足掛かりとなるつとめとなれば、必要以上に勇み立つ───そんな者ばかりが集められたのでしょう。でなければ説明がつきませぬ。命令に従った結果とは言え、縦しんばそれが敵国の民であろうと、武器を持たぬ女や幼子までをも一切の躊躇なく撫で斬りに処すなど……」
「……確かに」
宰相グランマイヤーが重く頷いた。
「騎士団の教えにも、「戦時下における敵国・非戦闘民の扱いについては慎重を要す」との明文があった筈だ。その騎士たちが誰であったかも判明しているのかね?」
「はい、グランマイヤー様。しかし……この場で名を明かすことは控えたいと存じます。行為は厳罰に値するものなれど、偽りの命令書に踊らされた点には酌量の余地がないとも言い切れませぬ。まして当人が死亡済とあっては、ここで名を挙げても非難の目に晒されるのは遺族ばかり……、これは我らの本意に添いませぬ」
分かった、というように目を閉じて、宰相は口を噤んだ。
「……ひとつ、分かりません」
一人の議員が呟く。
「偽造された命令書によって、騎士たちはグラスランドへの侵入経路を探り、発覚を遅らせるために出合い頭の村を襲った……のですか?」
「発覚を遅らせようとした、というよりは……水ですな。人馬が駐屯するには食料と水の確保が最重要課題です。食料の方は、携帯食や現地調達で賄う手もあれど、比べて水は難しい。この問題を解決するには……我々もときたま、集落の協力を仰ぐ場合があります」
ここで壁際の青騎士団・第一隊長が口を挟んだ。
「その場合、助力の申し入れには礼が尽くされますし、後に見合うだけの対価も払われます。力づくで井戸を奪取しようとした輩の並びでは考えていただかぬよう、心からお願いする」
青騎士団副長は、補足せずにはいられなかった部下の胸中を量って反射の苦笑を浮かべた。まったくだ、としみじみ頷きながら後を引き取る。
「グラスランドに向かった一行の最大の目的は、駐屯のための水場の確保です。これは襲撃時に当人らが口にしていた言葉だそうですので、疑いの余地はないかと。けれど肝心な目的は果たされなかった。ゲオルグ殿の剣の前に企みは屈し、侵攻計画は棚上げとなりました」
「でも」
議員は恐々と食い下がった。
「グラスランド侵攻計画が進んでいたと言われるが……、命令書は偽物だったのでしょう? もし成功していたとしても、いざ主戦力を投入するにあたって、偽りが発覚するではありませんか」
今ひとりも同意する。
「この際、侵攻を禁じた国法は置いて考えます。二十や三十の騎士ならばともかく、大量の人員が動くとなれば、皇王陛下が気付かれぬ訳がない。陛下の御目を逃れて、他国と戦火を交えるなんて───」  
不意に議員は言葉を途切らせた。意図せず放った一節に潜んだ、胸の冷えるような可能性に気付いたのである。
それは何かが崩壊する場に立ち合っているかのような、不快で恐ろしい感覚だった。直視したくないとの本能もはたらいた。
だが、言わずにはいられぬ言葉でもあった。議員はゆっくりと、息を詰めつつ口を開いていった。
「……皇王陛下がおられる以上、グラスランド侵攻は実現しない絵空事の筈だった……」
赤・青、両騎士団副長が、揃って壇上の皇子を見上げる。促しと悟ったマイクロトフが、亡き人の面影を描きながら目を閉じた。
「そうだ。だからこそ我が父、先代マチルダ皇王は身罷られた。これが最後の大罪だ。暗殺ならびに国家反逆の罪により……、白騎士団長ゴルドー、ここにあなたを告発する」

 

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書いた後で読み返したら、
ものすごく台無しっぽかったので、伏せての後記。
この先お読みいただくのに支障が出るかもしれないので、
度胸のある方だけ、どうぞ。

代わりばんこに発言する副長ズ。
何だかアイドル(←)デュエット・ペアみたい。

「ごめんね、歌詞が出てこなくて……フォローありがと」
「ううん、お互い様。わたしたち、二人で一人だもの」

デビュー曲は「団長・マイ・ラブ」

うおおおおお、寒い! 寒すぎるぞ、カミュー!!!

 

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