マイクロトフは、少なからぬ戸惑いに見舞われていた。
自らが詮議開始を宣言する、後の進行については側近の騎士たちに一任する。それが今朝方、フリード・Yによって耳打ちされた取り決めだ。当事者たるマイクロトフは、ここぞという場でのみの発言に徹した方が、より言葉に重みが増すだろう───そんな判断が為されたのだと聞かされた。
無論、否はなかった。これまで裁判に立ち合った経験は皆無だし、積み上がったゴルドーへの怒りに、ともすれば沈着を失いかねない己を充分に知っていたからだ。
先鋒として立ち上がった赤騎士団副長が、何処から糾弾を始めるつもりでいるのか予測がつかず、だがマイクロトフには余裕があった。仲間たちと情報を共有しているという、絶大なる安心感が。
けれど今、赤騎士団副長が述べた事件は初耳だ。必要を認めたからこそ持ち出したのだろうが、何ゆえ騎士たちは一言も告げてくれなかったのか。
報がもたらされたのは昨晩だという。式前夜の王位継承者の心身を気遣ったにせよ、この場に立つまでに話す機会はなかったものだろうか。
式次第の変更、そして新たな犯罪情報の入手。朝から冗談混じりに口にしていた「蚊帳の外」という言葉が、妙に現実味を帯びた瞬間であった。
ただ、決戦に臨んだマイクロトフの感覚は常にもまして鋭敏だった。
自らの知らぬところで騎士たちが動こうと、それは彼らが最良と判断した結果であるのは間違いない。祭壇の上と下に分かれていようが、目指す先は一つなのだ。
彼らへの信頼に支えられて、今このときを迎えた。だから動じてはならない。何よりゴルドーに、この当惑を悟られてはならない。
マイクロトフは深い息を吐いて心を鎮め、落ち着いた声音で呼び掛けた。
「先を続けてくれ」
ちらと壇上を見遣った赤騎士団副長が丁寧に一礼する。
「幸い死者は出ませんでしたが、民を庇護すべき騎士による暴力……、同区の警邏を担当する我が赤騎士団にとっても、まことに遺憾な事件です」
「理由は? 騎士が街中で剣を振るうからには、それなりの理由があったのではないのですか」
議員の一人が問い掛けたが、これに副長は嘆息で答えた。
「国家の英雄を奉った礼堂にて述べるには憚られる、私的この上なき理由……とだけ、申し上げておきましょう。場は歓楽街、それでお察しいただきたい」
ははあ、と人々は納得顔を見せた。酔って暴れた、金や女絡みのいざこざ。個々に想像する内容に差はあるにしろ、おおっぴらにして快いものではないと理解した、そんな表情だった。
「副長殿、それでその騎士というのは───」
議員席から別の声が上がったが、疑問を掻き消すように第三白騎士隊長が席を立った。ぎょっとした顔で見上げる隣のゴルドーから目を逸らしつつ、彼は深々と頭を下げた。
「……お騒がせして申し訳ない、わたしの不徳です」
途端に堂内がざわめく。非難の囁きを押し退けんとばかりに、白騎士隊長はきつく唇を噛んだ。
事件が語られた瞬間から、懸命に対処の策を巡らせてきた。こうして衆知にされてしまっては逃れられない。ならばいっそ、自ら名乗り出てしまった方が傷が浅い。
知っているのかいないのか、ともあれ赤騎士団副長は「娼婦の身請け絡み」とまでは明かすつもりがないらしい。だとしたら切り抜けるすべはある筈だと計算したのだった。
「仰る通り、恥ずべき短慮から民人相手に剣を抜き、怪我を負わせてしまいました。報告を怠ったのは……ひとえに羞恥からです、申し開きもありません。ただ……、誠心にて謝罪致しましたし、既に宥恕されたと考えておりました」
宥恕か、と復唱して赤騎士団副長は薄く笑った。
「成程、被害者たちも謝罪を受け入れた風を装うしかあるまい。恫喝まがいで押されては、な」
ぎくりと強張る男を、日頃は温厚で知られる赤騎士団副長の瞳が冷ややかに睨めつける。
「忘れては困る、わたしは区長に聞き取りを行ったのだよ。知っているかね? あの区で彼女の耳に入らぬ話はない。確かに君は、店主らに詫びを述べ、後に見舞いと称して金品を送ったらしい。障害事件の隠蔽……騎士団としては望ましくない行為なれど、被害者が不問に処すと断じたなら、目を瞑ることも吝かではない。ただ、「公にするなら報復を覚悟せよ」とも取れる一筆が添えられていたとあっては、話は変わってくる」
白騎士隊長は打たれたように怯んだ。
あの事件では、カミューの助言を受けて謝罪に徹した。口止めにも念を押した。けれど、娼館の主人ら如きを懐柔せねばならない事態がどうにも腹立たしく、そんな心情が添え書きに移り込んだのは否めない。
───よもやそれが区長に筒抜けだったとは。
騎士は殴り書いた文面を思い出そうと懸命になり、冷や汗を滲ませながら唸った。
「そ……、そのように感じさせたなら、それは、己への慙愧に耐えず、混乱の中で記した文だったからでしょう。とんでもない誤解だ、改めて詫びに出向きます」
そこでゴルドーがうんざりと首を振った。
この大事な時期に、マイクロトフ一派に攻撃の材料を与えた白騎士隊長は許し難い。が、こうなっては場を収めるのが先決だ。騎士隊長当人はともかく、今、彼の手に在る飛び道具を失う訳にはいかなかった。
ゴルドーはのっそりと席を立ち、国賓と議員、そして渋々と後方の一般招待客をも一望した。
「部下の不始末、白騎士団長として陳謝せねばならぬ。厳重なる処罰を与えると共に、今後はいっそう騎士団の律を徹底させる旨、このゴルドー、列席者御一同に誓おう」
言いながらゴルドーは、議員席の一画に目を止めた。日頃から何かと便宜を図って手懐けておいた人物が視線に気付いて、ゴルドーの着席と同時に口を開く。
「その被害者宛ての文とやらには、少々の誤解とでも申しましょうか、感情的な行き違いといったものがあっただけのようですし……、隊長殿が本心から悔いておられると信じたい」
今ひとりの議員も追従した。
「それに、こう申し上げては何ですが……本件は、騎士が一個人として起こした事件ですな? このような場で告発せねばならない重大事とは思えませんが」
ぴく、とマイクロトフの眉が上がった。発言者を壇上から睨み据えて、低く問う。
「重大事ではない、だと?」
議員は、皇子の表情に竦んだ様子を見せたが、自らに注ぐゴルドーの威圧を意識してか、何事か言い募ろうとした。それを遮り、マイクロトフが言を重ねる。
「騎士が、個人的な感情から自国民に剣を振るったのだぞ。国政に携わる議員が、そんな暴挙を重大でないと断じるのか」
「い、いえ、殿下、わたくしは決して───」
「そうは言っておりませぬ。ただ、罪を裁くにも、時と場というものが───」
険しい顔の皇子、そしておろおろと弁明に走る二人を、赤騎士団副長がやんわりと遮った。
「お待ちを。御二方の仰ることは分かります。本件は由々しき騎士の訓戒違反なれど、国家行事を割いて持ち出すに相当する案件とは、わたしも考えておりませぬ」
思いがけぬ援護に一瞬だけ安堵を見せた議員たちだが、続く一言に紅潮した。
「けれど、思い出していただけましょうか。最も新しい事柄から挙げさせていただく、最初にそう申し上げた筈です」
議員席に座す赤騎士の兄が含み笑いながら二人の仲間を見遣った。
「副長殿の言われる通り。審議開始が宣言された以上、我々には証言を聞く義務があります。収束を急ぐような発言は控えるべきでは?」
議員たちは黙り込んだ。詮議を終わらせたいゴルドーの胸中は解したものの、下手を打てば自身らが危うい立場に追い込まれると察したのだ。
保身は瞬く間に義理を凌駕した。これ以上の横槍は入れぬという意思表示か、彼らは壇上の皇子に拝礼し、身を隠すが如く、深く項垂れた。これを見届けた赤騎士団副長が、立ち尽くしたままの第三白騎士隊長に視線を注いだ。
「私情から自国民に害意を向けた、成程、これは騎士団内で裁くべき罪かもしれぬ。けれどその害意が次期皇王陛下に向かうものなら、式を中断するに充分な理由と言えまいか」
瞬間、堂内は理解に苦しむといった顔で満ちた。聴衆に向き直り、赤騎士団副長は決然と言い放った。
「然様、本題はここからです。同騎士隊長は、皇太子殿下マイクロトフ様の暗殺計画に関与していた。第一級、絞首に相当する重罪です」
「なっ……」
驚愕のどよめきの中、白騎士隊長は激昂して一歩踏み出した。
「何を証拠に! ふざけるな、世迷い言も大概に───」
すかさず、壁際に陣取る青騎士団・第一隊長が声を飛ばす。
「上位階者たる赤騎士団副長に対して、その物言い……御人柄が窺えますな。不敬罪まで加算されても宜しいのか?」
ぐっと言葉に詰まった隙を衝いて、青騎士団副長が立ち上がった。交替を受けて、赤騎士団副長が祭壇側へと数歩退く。彼が居た場所まで進んだ青の副長は、あっさりとした自己紹介に次いで語り始めた。
「衆知の通り、我が国の第一王位継承者は、御即位までは青騎士団の団長職に就かれます。マイクロトフ様が青騎士団長となられた日より、わたしは副官として御仕えして参りました。その間、マイクロトフ様が御命の危機に見舞われたこと数知れず、然れど懸命の調査も及ばず、暗殺が謀られているとの証が掴めなかったのです、……ごく最近までは」
自制も効かず、といった勢いで誰かが急いた。
「つまり、証拠を掴んだと言われるのか?」
副長は声の方向へと返す。
「本月初旬、マイクロトフ様は騎士を率いて国内村々の視察に赴かれました。そこで、暴漢に襲われる事件が……。御護りしようとした騎士は負傷したものの、マイクロトフ様と、マイクロトフ様の無二の友人が暴漢を退け、事無きを得た次第です」
堂内の動揺をよそに、壇上のマイクロトフは微笑まずにはいられなかった。無二の友、ここで副長がカミューをそう称してくれたのが嬉しくてならなかったのだ。
「一旦は逃げ去った暴漢ですが、うち三名は、依然として国内に潜伏していました。まあ……、ここからは当人を交えた方が良いでしょう。証人をこちらへ」
扉口に立つフリード・Yは、青騎士団副長が事件を持ち出したと同時に、控えの間内部に待機する青騎士に刺客の引渡しを依頼していた。開いた扉から、縄で繋がれた男たちが続々と現われ、フリード・Yが指し示すまま、通路端に並ぶ。壇上隅から一同を見遣ったカミューが、生半でない驚きの込もった独言を洩らした。
「……見つけたのか」
若い騎士はフードの中でにっこりする。
「あなたの記憶力と、うちの隊長が描いた人相書きの勝利ですね」
それから少し考えて、吹き出しそうになりながら付け加えた。
「青騎士団の第一隊長……あの人の執念深さも、忘れちゃいけない要因かな」
カミューは弱く微笑んだ。
「君たちのはたらきぶりには恐れ入るよ。でも……わたしには関係ない。わたしを止める理由にはならない」
すると若者が、負けじとばかりに肩を竦めた。
「……意外とせっかちな一面もあるんですね。大事な話はこれからですよ、我慢してください」
言われなくても、と唇を噛むカミューだ。
前方のマイクロトフは、まるで後ろに警戒を払っていない。だが、ここで打って出れば遣り取りが中断する。どうあっても憚られる空気がカミューを縛り続けた。
一方で、カミュー以上の焦燥に見舞われていたのは白騎士隊長である。反射的に男たちから顔を背けたが、次に訪れる糾弾は明らかで、知らず足が戦慄いた。
さて、と青騎士団副長が声音を変えた。
「この通り、襲撃者を捕縛しました。物取りや私怨による犯行ではない。彼らは金で雇われた刺客、そして彼らを雇った人物が───」
「白騎士団・第三隊長、……おまえだな」
ポツリとマイクロトフが後を引き取る。強い視線に射竦められて、騎士は無意識に首を振った。初めは弱く、徐々に大きく、最後には怒号とも聞こえる否定を交えて。
「知らぬ……知りませぬ! 濡れ衣です、斯様な者たちは見たこともない!」
「そりゃないだろう、騎士さんよ」
縛られた男の一人が顔を歪めて口を挟む。
「まあ……あんたが騎士、それも御偉い隊長さんだったとは、おれたちも知ったばかりだけどよ。こっちはちゃあんと覚えてるぜ。ふた月前、東七区の酒場だ。美味い金儲けはないかと話してたおれたちに、あんた、声を掛けてきたよな。ちょいとヤバいが、たんまり金になる仕事がある、ってよ。条件だって忘れてないぜ。仲間を集めたところで前金、事を済ませたら残り全額。その後はマチルダから出て、二度と足を踏み入れない。もし何処かで会っても、お互い知らない顔を通す───ああ、そうだよ。おれたちゃ、こいつと契約した。マチルダ皇子を殺す話に乗ったさ」
「黙れ!」
堂内のどよめきは増す一方だ。白騎士は蒼白になって怒鳴った。
「わたしを陥れようとする企みだ! 契約だと? 証文でもあるというのか? どうか殿下、このような者たちの言葉に惑わされないでください!」
終いには哀願にも似たものとなった叫びを、マイクロトフは静かに一蹴した。
「……生憎だが、彼らの言葉が嘘だとは思えない。皇太子暗殺の話に乗ったと認める、これは死罪を覚悟したも同然の証言だ。そうまでして彼らがおまえを陥れる理由があるなら、いっそ聞きたいものだ」
「恨みつらみならありますがね、皇子。言っちまっても良いですか」
マイクロトフ直々に死罪免除を確約された刺客たちは、今や完全に、心情的にも皇子の側に転んでいる。気安い調子が青騎士団副長の渋面を誘ったが、当のマイクロトフは苦笑気味に頷くのみだった。
「まるで無関係な話でないなら、構わない」
「ありがてえ、だったら言わせて貰いますぜ。こういう仕事をするにも、仁義ってものがあるんだよ、隊長さん。皇子を殺して誰に何の得があろうと、そいつはおれたちの知ったこっちゃない。けどな、標的の情報も満足に寄越さねえ、ってのはいただけないぜ」
「相手は一国の皇子様。おれたちが雇われた頃は、殆ど城に御篭りの毎日よ。それでいつ、どうやって殺せって? 御陰でこちとら、連日、城の近くで張ってなきゃならなかったんだ。命じた以上は、城から引っ張り出すくらいの便宜を図ってくれても良さそうなものじゃねえか」
怒涛の発言に招待客らは呆け、沈黙した。とんでもない話になっているのに、壇上の皇子は憤慨するどころか、笑って聞いている。このため、刺客らの言い分にどう反応すれば良いか分からなかったのだ。
そのマイクロトフは、思い出の波に浚われていた。礼拝堂にて「張っていた」刺客に囲まれた日、そこへ登場した美しき異邦人との邂逅に。
従者フリード・Yを怯えさせた、青年の冷たい微笑。大勢で獲物を狙う刺客たちは、故郷を襲った騎士を髣髴とさせたのかもしれない。あのとき従者はカミューを「死の神」と称したが、それもあながち遠からずではなかったのだ。
とは言え、マイクロトフの思いなどそこのけに、刺客たちの弾劾は収まらず、であった。
「何より、アレを隠していたのが気に食わねえ。どういう風の吹き回しだか、皇子が頻繁に出歩くようになって、挙げ句、街から出たまでは良いが……、皇子があんな化け物だと知ってりゃ、こんな話は請けなかったんだよ!」
───魔剣ダンスニーのもたらした殺戮。青騎士団副長が即座に割って入る。
「マイクロトフ様の剣腕を「化け物」呼ばわりとは、言葉が過ぎるぞ」
制止の気配を感じ取ったのか、男は首を竦めた。
「……おまけに火魔法使いの護衛まで居やがるしよ。隊長さんよ、あんたが投げっ放しだったばかりに、このザマだ。おまけに、無関係だと? 言い逃れまでしやがるとはなあ。あんたみたいな姑息な奴の話に乗っちまって、今じゃ心底後悔してるぜ」
「いい加減にしろ! 濡れ衣だ、わたしではない! 殿下の暗殺など、依頼する訳がない!」
礼拝堂の高天井に悲鳴じみた訴えが虚しく響き渡る。
白騎士隊長の言い分を信じる者は、もはや皆無だ。静まり返った座席群から送られる視線に戦き、騎士隊長は力なく椅子に崩れ落ちた。
青騎士団副長が、刺客たちを下がらせるようフリード・Yに目線で命じる。扉が閉じるのを待って、再び聴衆へと顔を向けた。
「……さて。他にもマイクロトフ様が数々の危機に見舞われたとお話ししたが、これらを差配していた人物も浮かんでおります。すべてを挙げていては長くなるので、一つだけ。未遂となった暗殺に、そうとは知らず、結果的に関わってしまった青騎士がおります。けれど彼は、企みに気付いた後も詳細を語ろうとしなかった。家族を質に取られていたためです。緘黙を強いたのは白騎士団・第二隊長……、追求が及ぶ気配を察知したのか、先日来より姿を消しており、行方を追っているところです」
はっとカミューは顔を上げた。
殺害済の白騎士を「行方不明」で通す。自らを守ろうとする者たちの決意を、改めて胸元に突き付けられたような心地だった。
「……間違いないのですか、副長殿」
一人の議員が声を震わせる。問うても詮なきと知りつつ、問わずにはいられない、そんな調子だ。騎士は丁寧に首肯した。
「当人が失踪中とあっては、この場で深く踏み込むことも叶いませぬが。と言いましても、第三隊長の案件と照らし合わせるに、第二白騎士隊長がマイクロトフ様の暗殺計画に関与していたと我々は確信しております」
「白騎士団、それも位階者から二人も背反者が……」
「これは如何なる事態ですか、ゴルドー団長!」
キリキリと胃の腑を痛めながら無言を守っていたゴルドーだが、矛先が向くや否や、鈍重な動きで座り直した。
視察時にマイクロトフ襲撃が行われたのは知っている。帰城した当人を前に、密かに歯噛みしたものだ。刺客は逃げ去った、とも聞いた。まさかこんな短期間に捕まるとは思いも寄らなかった。正に、とんでもない隠し玉だ。
こうなっては、第三隊長は捨てるしかない。ただ、「捨て方」と「機」を誤ってはならない。第二隊長の方は───本人が居ないのだから、どうとでもなる。陰謀の深奥に鎮座する男の、それが瞬時の判断であった。
「……荒唐無稽で、話にならぬ」
ゴルドーはゆっくりと語り出した。
「わしを、あるいは白騎士団を快く思わぬ者の言いがかりだ。騎士が皇子暗殺を謀って何になる? 無頼の者どもの話など、鵜呑みにする方がどうかしている。第二隊長に至っては、本人不在を良いことに、有りもせぬ罪を着せようとしているとしか思えない。極めて遺憾だ。ただ……、こうして告発を招いた根底には、何らかの原因があるのだろう。真摯に受け止め、対処せねばなるまい。第二・第三隊長については、わしが直々に調べを───」
「それには及びませぬ」
青騎士団副長が一閃した。
これがゴルドーという男なのだ。自らに刃を届かせぬよう、手駒を盾とする男。ゴルドーが騎士隊長たちを切り捨てて保身を図るのは予測の範疇だったが、いざその段となると、やはり怒りが沸き上がる。青騎士団副長は珍しく、顔を引き攣らせていた。
「流石は全マチルダ騎士の長、部下を信じる御心には敬服致します。然れど、先がございますゆえ、そちらも聞いていただけましょうか?」
マイクロトフは堪らず失笑を噛み殺した。人の好い副長にしては痛烈な皮肉だ。ふと視線を巡らせれば、壁際の第一隊長が呆気に取られている。意外なところで御株を奪われたな───マイクロトフは胸中で囁き掛けた。
さて、と気を取り直したふうに副長は語調を改めた。
「いずれにせよ、マイクロトフ様の御命が狙われていた、その前提で話を進めさせていただきましょう。目的は、言わずと知れた権力の簒奪です。しかし、我々の認識は一点において誤っていました。これは単に、年若い王位継承者を侮るがゆえの暴挙ではなかった。想像も及ばぬ、長きに渡る卑劣な企て……事は、更に五年ほど前にまで遡らねばなりませぬ」
ここで再度カミューは息を詰めた。反応を見取った若者が、そっと頷いてみせる。
「……本気で話を聞く気になって貰えましたよね?」
五年前───愛しき人々との決別の夜。
時を越えて、燃え盛る火の渦に改めて対峙させられたような、そんな幻惑がカミューを襲った。
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