INTERVAL /26


梯子を昇り詰めた先には小さな空洞があった。その一画に教えられた扉を見付け、慎重にずらしてみる。腕に掛かる重みは大きく、挙げ句、少し開いたところでぴたりと止まって動かなくなった。
苦心して隙間から身を潜らせ、燭台から外して懐に忍ばせていた蝋燭を「烈火」の力で点火したカミューは、状況を見止めて苦笑した。然程広くない室内には驚くほどの品数が納められており、中の幾つかが扉の滑り道を塞ぐ格好になっていたのだ。
司祭たちが居住する上の階は静まり返っている。聖人の遺品を掻き分けるようにして部屋を横切り、廊下へと続く扉に耳を押し当ててみたが、やはり物音はしない。日の出前に起き出す彼らは、今は穏やかな眠りを貪っているようだった。
部屋には小さな窓があった。見回り騎士が明かりに気付けば終わりだ。カミューは素早く室内の様子を記憶して、急いで火を消した。
窓から死角となる一画、あたりの物品を片付けて腰を下ろす。抱え込んだ膝に額を乗せて、長い息を吐いた。
司祭に擦り替わって式典に臨む───荒唐無稽な案だと、聞いたときには呆れたが、よくよく考えれば悪くない。
もう、まともに顔を見る機会はないと思っていたのだ。けれど、同じ壇上に立つなら、窺い見ることも出来るだろう。
五年前の夜に破れた心を、優しく温めてくれた男の晴れ姿なのだから、最後の記憶に留めるくらいは許されても良い筈だ。
忠誠の儀式が始まったら事を起こせと言われたが、そこまで待つつもりはなかった。長引くほどに、未練が頭をもたげかねない。彼と隣り合う未来への執着が兆す前に、すべてを終わらせねばならない。
マイクロトフを護る騎士たちは、訓練に訓練を重ねた戦士だ。この式典、ゴルドーの魔手を近寄らせぬため──そして多分、カミューの復讐の刃にも──極限の警戒をはたらかせる。
彼らは、主君に迫る敵を決して見逃さない。それが何者であるかを量る前に、ごく反射的に剣を抜き、矢を放って、マイクロトフを窮地から救おうとするだろう。あるいは皇子の味方に回ったゲオルグ・プライムが、一刀の許にそれを果たす。
大袈裟なくらいに剣をひけらかした方が良いかもしれない。万が一、騎士たちに出遅れられては困るのだ。新皇王を狙った暗殺者として、確実に殺して貰わねば意味がない。
マイクロトフの目前で命を落とす───それがカミューの選んだ最後の道だった。
マチルダ王の遺児への殺意を捨て、けれど亡き人たちを裏切らずに済む唯一の選択。
マイクロトフの胸に、今なお少しでも想いが残るなら、目の当たりにした死は深い疵となるだろう。父王が書いた一枚の紙切れによって生まれた恨みの根深さを、痛感せずにはいられない筈だ。
他国侵攻を禁じた掟を、彼は生涯遵守する。いずれ生まれる子や孫にも、きっと諭してくれるだろう。
故郷の村は護れなかった。けれど、第二・第三の悲劇は、──少なくとも当分の間は──それで防げる。村人たちの死を、無駄死にのままで終わらせずに済む。
マチルダ王の血を絶やすと誓った。でも、彼は何があろうと父親と同じ非は犯さない。高潔なる信条を貫き通す。
だから生きて欲しい。
自身のように、大切なものを失った悲嘆から闇を抱く人間を決して作らぬ、そんな慈悲深き王になって欲しい───それが唯一の願いだった。

 

 

「酷い仕打ちをする、と……皇子様は怒りそうだな」
小声で呟くと、知らず笑いが浮かんだ。
「でも、わたしに復讐を諦めさせたのだから、これくらいは我慢して貰わないとね」
次いで、待てよ、とばかりに小首を傾げる。
「これもある意味、復讐になるのかな……」
彼がカミューの真意を悟るか否かは、若い娼婦に託した文に懸かっている。あの中には、ちょっとした仕掛けが施してあるのだ。
気付かなければ、カミューは恨みのままに剣を抜いた報復者で終わる。だが、もしも気付けば、過去から未来へと、向ける視線を変えたことが分かる筈だ。
真意たる後者を知れば、受ける痛みは倍増するだろう。それだけ侵略抑制は強まりそうだが、人の好い新皇王には少々酷だったかもしれない。
今更のように思い至って、堪らず苦笑うカミューだった。

 

夜明けまで間がないが、少し眠っておいた方が良さそうだ。廊下の足音、厨房を使うさざめきで目覚める自信はある。今いちど計画を復習った後、粛として目を閉じた。
決行は、ダンスニーを受け取る前が良い。
マイクロトフも立派な武人だ。襲撃の気配には敏感に反応する。彼に斬らせる訳にはいかない。そうして欲しい気もするが、こればかりは流石に躊躇われる。下手をしたら、「二度と剣は握らない」などと頑固な誓いを立てられそうだから。
───でも、出来れば最期は彼の腕の中で迎えたい。
そんな刹那に恵まれたら、言葉に出来なかった想いを余さず瞳に映そう。

 

会えて良かった。
一緒に生きてみたかった。
いつまでも見守ろう、おまえを、そしておまえが統べるこの国を。

 

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という訳で、
赤の最終手段は「目前自殺(もどき)」でした
……自分で書いておいてアレですが、
本ッ当に(青に対して)鬼のような策ですな(笑)

次回より、各人・戦闘開始。
やっとここまで来た……。

 

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