「これから論文を書く若者のために」
出版後の進行状況
若手研究者のお経
進行状況ホーム
4/30(土)の進歩
酒井研パーティー
我が家で、若生さんの歓迎会 & 酒井研新年度パーティーを行った。オブザーバーとして、上田さん・永野君・はるちゃん・えりも参加してくれた。
午前中は朝市に買い出しに行った。金華山で本鮪大トロを購入。「学生さんなら赤身でもよいのでは?」という店の方の意見に強く同意しかけたが、自分も食
べることを思い起こし大トロをした。その他に、ブリ・アジ・サンマ・サヨリも購入した。
まずは 2
時過ぎから、魚のおろし方の講習会を行った。本人らの将来のため、参加者名は伏せておきたい。まずはアジをおろさせたのであるが、なかなかであった。個人
差も激しかった。誰のとは言い難いが、おろした身の部分よりも、残ったあら(中骨・皮など)の方が体積が多いのではないかと思われるものもあった。そんなえりであったが、二本目はそれなりにおろしていた。続いてサンマの大名おろしに
挑んでもらった。しかし面倒になったのか、骨から身をひっぺがせばよいという姿勢であった。ここで会は中止。高級魚のサヨリをコイツらの手から守ってあげ
たかったのだ。
3
時過ぎに残りの人々がやって来て、バーベキューの支度を始めた。一時雨が降るなどしたが、始める頃には陽が射してくるようになっていた。肉類に加え、「こ
れ、刺身にならないんじゃない?」というおろされ方のアジなども焼いた。美味しかったよ。
夕刻、私だけ台所に戻り、サヨリをぱっぱとおろした。そして、大トロ・ブリ・アジ・サヨリを盛った。バーベキュー終了後、豪華な刺身を頂きながら室内で
二次会となった。アジの中骨の骨煎餅も揚げた。塩の格好良い振り方を説明し、「じゃ、振って」とやらせたところ、人の話を全然聞いていないのであった。おめーがおろした身だくさんの中骨(骨饅
頭)を揚げたんだからちゃんと話を聞いてろ!
夜中の何時頃までやっていたのだろう? 記憶喪失でわからん。ともかくも楽しかった。また来ておくれ。
4/29(金)の進歩
宮城の宝物
ベガルタ仙台が浦和レッズに 1-0
で勝った。我らがクラブがホームに戻ってきてくれて、勝利という贈り物をくれた。全宮城県民が勇気づけられた。まさにベガルタは宮城の宝物だ。
試合は午後から。午前中は、部屋の掃除と芝刈りをして過ごした。庭の西洋芝はまだら度が増してきている。濃い緑になっている部分と、まだ緑が薄い
部分とが混ざり合っているのだ。濃い緑の部分は芝高もそれなりになった。といわけで、今季初の芝刈りをした。それにしても毎年思うことだけれど、どうして
まだらになるのだろう? 肥料を吸い込んだ部分が緑になることは間違いない。肥料の蒔き方に問題があるのか?
2
時間半前に、ユアテックスタジアム仙台へと向かった。ところが駐車場がすでに満杯。営業していない駐車場もあることが影響しているのだろうが、満車になる
のが早すぎる。やむなく値段の高い駐車場に駐めた。
ビジター席には 3000
人の浦和サポが詰めかけていた。支援物資をたくさん持ってきて下さったという。ありがとうございます。浦和サポを身近で見るのは久しぶりである(これまで
の浦和戦は宮城スタジアムで行われていたので、陸上トラックに挟まれて遠目であった)。日本一のサポ軍団だけにすごい迫力だった。
試合が始まった。序盤こそ互角だったものの、だんだんと浦和に支配されるようになってしまった。しかし仙台もしっかり守り、危ない場面は作らせなかっ
た。そして前半 40 分、浦和陣の真ん中ぐらいの位置でこぼれ球がふわりと浮き、1 バウンドしてタッチラインを割るかに見えた。しかし MF
梁は諦めずにボールを追った。復興魂!
浦和選手は誰一人追わず。逆回転のかかっていたボールが梁の元に図ったように戻り、コーナー付近でどフリーとなった。復興への奇跡!
丁寧なセンタリングに MF 太田が頭で合わせて仙台が先制した。押されていた中での先制点。日本は必ず復興できる!
後半になると、浦和の圧力がますます強くなった。仙台ゴール前で、何が何だかわからない状況が数度。しかしボールは、仙台守備陣に跳ね返された。終了間際
には、DF 朴が負傷退場してしまった。交替枠を使い切っていたので 10 人で闘うしかない。全員守備で守りきり、1-0 で勝利した。
内容的には苦しかった。しかしすばらしい試合だった。涙を流しているサポもいた。ベガルタの選手達が必死に闘っている。その姿こそが、宮城県民に力を与
えてくれる。
浦和レッズには、練習場も提供して頂いた。仙台で練習できる状況ではなかったので、とても有り難かった。義理を重んずる我がクラブは、お借りした練習場
で浦和に勝つための練習はしなかった。川崎フロンターレに勝つための練習を
したのである。浦和に勝つための練習は、川崎戦を終えて仙台に戻ってから行っ
た。その成果が実った。そして何と二位に上がってしまった。「首位 柏 二位 仙台」である。J2 ではないので間違えないように。
浦和に初めて勝った。これはつまり、負けた時の浦和サポを初めて見たということである。日本一厳しいサポがどんなブーイングを浴びせるのか。ところが浦
和サポ席からは、音一つ聞こえてこなかった。むろん、激励の拍手もない。挨拶する選手達を、ただ黙って見下ろしていた。ブーイングさえしれくれないのか。
怖っ。
4/28(木)の進歩
明日は浦和戦
いよいよホーム開幕戦である。ベガルタ仙台は明日、ユアテックスタジアム仙台に浦和レッズを迎え撃つ(14
時試合開始)。皆が待ちに待った時だ。もちろんチケットは完売。明日は、満員のサポが熱き闘いを後押しするであろう。
我がクラブはこれまで浦和に勝ったことがない(10 戦して 3 分 7
敗)。明日も、豪華絢爛な浦和攻撃陣に押し込まれる時間帯が長くなるであろう。しかし、粘り強く守り続ければ勝機は来る。ホーム開幕戦の明日こそ初勝利を
上げよう。これこそが、被災者への最大のプレゼントとなるのだ。
地下鉄は、明日の始発から全線での運行を再開する。ホーム開幕戦に間に合うように、復旧を頑張ってくれたものと見ゆる。地下鉄に乗ってユアテックスタジ
アム仙台に駆けつけよう。
あんが、昨夜も粗相をしてしまった。寝室の床の上にしゃららと。いったいどうしちゃったんだろう?
単なる水の飲み過ぎ? それとも震災のストレス?
ともかくもこれからは、夜寝る前に庭に出して、トイレをさせるようにしよう。
バラモンの論文セミナー。お疲れ様。
モデル解析をやり直している。しかし、ものすごく複雑な計算になってしまった。場合分けがやたらに増えたし、解析的に解くことも難しそうだ。げん
なり。
4/27(水)の進歩
横着の階段を登る
あんが困った技を体得してしまった。始まりは先週の土曜日の夜だ。私がネットを見ている間あんは、椅子の上に乗り、背もたれと私の間で寝ていた。夜も更け
たので、寝ようと私は立ち上がった。と、お尻のあたりが濡れていた。椅子の座面にも液体が染み込んでいた。あんがおしっこをしてしまったようだ。次は今暁
のことである。掛け布団の中で寝ていたあんが、突然ベッドの外に降り立った。吠えながら降りるときは何かを警戒してである。しかしだまって降りた。掛け布
団の上を触ってみるも異常はなかった。それでも匂うので、掛け布団をめくってみた。敷き布団の上にしていた。あんは、寝そべっておしっこをすることを覚えてしまったのである。自分の身体にかからな
いようにするのが犬の本能。だから、今までこんなことは一度もなかった。ふん捕まえて寝そべらせることが、粗相防止の一つであったというのに。
しかし見方を変えれば、粗相というよりお漏らしではないか? 大丈夫かあん、惚けるには早過ぎるよ。
昨日の解析結果について考えた。その結果、これまでの解析に一般性を加えるというより、おおもとから否定するものであることがわかった。自分で否
定してどうするのか。でも、しばし考えたところ、新たな面白い道を見いだすことができた。しかし解析は一からやり直しだ。
4/26(火)の進歩
日経に書評
『100ページの文章術 〜 わかりやすい文章の書き方のすべてがここに 〜』の書評が、日
本経済新聞の 4/25
の夕刊「PAYDAY[給料日]には本を買おう!」に掲載されたらしい。嬉しいな。もっとも、仙台には夕刊がない(*)ので私は見ることが出来ないが。残
念。
*震災の影響というわけではない。地元紙の河北新報を除き、もともと夕刊がない。夕刊はないが牛タンはあるのが仙台という街である。
若生さんの研究相談。難題が次々と出てくる。しかしこれは、問題が見えてきているということでもある。一つずつ解決していこう。
昨日の思いつきに乗って、新しい解析を加えてしまった。はたして一般性が増したのか? 明日じっくりと考えることにしよう。
4/25(月)の進歩
悲報
先週末に、元キャンディーズの田中
好子さんが亡くなった。悲報に一瞬、「え?」と思った。テレビ等でしょっちゅうお姿を見ていた気がしていたのだが、錯覚だったようだ。かなり長いあいだ闘
病していたらしい。
キャンディーズは、テレビが生活の中心だった時代の良きアイドルだった。明るく伸び伸びとしていた。その一人を失ってしまうとは。一瞬にして、彼女たち
の曲が悲哀を帯びて聞こえるようになってしまった。
論文のイントロを書こうと、関連文献を読み直した。と、気になる記述を見つけた。そこから妄想が広がり、面白いことを思いついた(気がしてい
る)。これを加えるとモデルの厚みが増すかもしれない。明日解析してみよう。
4/24(日)の進歩
春
久しぶりに泉ヶ岳に行った。キクザキイチゲが満開だった。そう、春は来ているんだ。
ミズバショウの群生地にも行った。こちらも満開だった。一面に咲き乱れるミズバショウ。うっとりする美しさだった。ミズバショウを
マークするため、旗がたくさん立てられている一角もあった。仙台市の依頼を受け、某研究室が個体数調査をしているところである。写真を撮りに来た方々が、
「あれは
何だろうね」「調べているんだね」と話していた。「何を」は無しに「調べている」で納得するのかとちょっぴり吃驚した。「どうしてやるのか」なんて、出る
幕がありませんな。
帰路、というより、寄り道をして定義に行った。三角あぶらあげの店が新しくなっていた。三角あぶらあげは相当儲かっているに違いない。なにしろ美味しい
ものね。
浦和レッズ 3-0
名古屋グランパス。次節は浦和戦なんだけど。マルシオ=リシャルデス・エジミウソン・田中・柏木らをどうやって止めるんでしょ?
4/23(土)の進歩
これはベガルタ仙台にとっては大きな一勝だが、復興にとっては偉大な飛躍である
サッカーテレビプレミアムで、監督としては大成しなかったお二人が、川崎フロンターレの勝利を揃って予想していた。仙台の、いや、東北の力を舐めてはいけ
ないよ。
試合が始まった。敵地なので NHK BS で応援だ。立ち上がり 20
分くらいは、互角以上の闘いをしていた。しかしだんだんと、川崎に支配されるようになってきた。前半 37
分、左サイドを鮮やかに突破されて失点してしまった。後半になっても、点を取れる気がしないまま試合が進んでいった。後半 17 分、FW
中島が投入された。これで流れが変わったようだ。仙台もボールを持てるようになってきた。そして後半 28 分、FW 赤嶺のパスに走り込んだ MF
太田が、気力のシュートを放った。しかし当たり所が悪く、弱いシュートになってしまった。しかし当たり所が良く、川崎 DF
に当たってコースが変わりゴールに吸い込まれた。幸運ではある。しかし、あのシュートには、全宮城県民の、いや、全東北人の祈りが込められていたと思う。
ゴールを決めた太田は、足を攣って動けなくなっていた。座り込んだまま何度もガッツポーズ。寝っ転がって足をのばして貰っている最中にもガッツポーズを続
けていた。引き分けかと思われた後半 42 分、川崎陣の右サイド深くで FK を得た。蹴るのはもちろん MF 梁。狙い澄ましたボールを DF
鎌田の頭が捉えた。ポストの内側に当たってゴールイン。2-1 で劇的な逆転勝利をあげた。
感動という言葉しか思い浮かばない。多くのサポが泣いていた。私も目頭が熱くなった。宮城の人々が、東北の人々が大きな勇気を貰った。我がクラブが被災
地に、大きな大きな大きな物をもたらしてくれた。
午前中に、どうしても行ってみたかった場所に行った。仙台空港近辺の駐車場だ。出張のため車を駐めた所である。津波に流されたこと
はわかっていたが、自分の目で確認しておきたかった。空港が一部再開するほどに復興も進んだので、見に行っても各種作業の迷惑にはならないだろう。そう思
い、出かけることにした。
国道 4
号を走り、空港への道を左折した。仙台東部道路を越えると、津波の爪痕がわかるようになった。道路脇の敷地に瓦礫が積もっている。数 100
台もの車がまとめて「積まれた」場所も何カ所かあった。意外だったのは、街路樹が普通に立っていることだった。よく、津波に耐えたものだ。駐車場があった
一帯に入った。車を駐めたリューショーパーキングは、どこにあったのかさえわからなくなっていた。看板も建物もない。この一帯にいた方々はご無事であろう
か。あのとき、駐車場から空港までワゴン車で私を送ってくれた方のことが気になって仕方がない。見に来る必要があったのかと自責しつつ、この場を離れた。
4/22(金)の進歩
いよいよ再開
待ちに待った日がやって来る。いよいよ明日、J
リーグが再開される。選手達のひたむきな闘いが、日本中に元気を与えることだろう。皆が、スタジアムで、あるいはテレビの前で試合を応援する。明日から、
日本の空気が活気づいてくると思う。チカラをひとつに --- team as one ---!
ベガルタ仙台は、敵地で川崎フロンターレと闘う。よりによって、いきなりの強敵である。しかし世論が味方している仙台戦士達は、被災者の気持ちを背
負って 100 万倍の力で闘ってくれるはずだ。かたや川崎の中村憲剛は、1 ゴール・1 アシストにつき 10 万円を被災地に寄付すると発表した(日
刊スポーツより)。素晴らしい。中村に深く感謝したい。どっちのゴールにと
は明記されていないので、オウンゴールでも中村の善意が届けられることになる。中村を徹底的に囲い込み、オウンゴールを誘発させよう。むろ
ん、自分たちで点を取るに超したことはない。こんな感じで、どんな形でもいいので必ずや勝利して、被災地に喜びをもたらして欲しい。
バラモンの論文セミナーのレジュメ読み。あと一週間、頑張りなさい。
論文の方針は変更しないであろう。簡にして要を得ていることにした。
4/21(木)の進歩
そこまで頑張らなくても
google で、Oecologia(生態学の科学誌)を検索した。Oecologia
のウェブページを示す検
索結果の横に、「このページを訳す」とあった。ついクリックしてみた。
「マライアのS. Carboneさんは 、 クリストファーjをそれでも 、 アンソニーrのアンブローズ 、 ドーソン大腸菌見るとÅの Park
Williams , et al. パークさん ら。」
これは一体何かとしばし考え、論文の著者名の翻訳であることに気づい
た。人の名前まで訳そうと頑張っちゃうのか! ちなみに「原文」は以下である。
Mariah S. Carbone, Christopher J. Still, Anthony R. Ambrose, Todd E.
Dawson and A. Park Williams, et al.
"Still" を「それでも」もすごい。"E." を「大腸菌」と訳すと
は感動である(E. coli; 大腸菌の学名)。Todd E.
Dawson さん、自分の名前が「ドーソン大腸菌見る」と知ったら驚くだろうな。
メジャーリーグサッカーのトロント FC の試合を見に行くように。とりあえずそれで目をつぶっておく。
デラックスの論文セミナー。モリナガやみっちーの論文を引用してくれている論文であった。お疲れ様。
論文の、モデル解析の章を書き上げた。そこで立ち止まり、この論文の価値を考え直してみた。正直なところ、今ひとつもの足らない。何かを一つ加え
たい気がする。
4/20(水)の進歩
生化若手の会で講演
生化若手の会(正式名称;生化学若い研究者の会)主催の「生化学夏の学校」において、論文の書き方の講演をすることになった。今年の 9.2-4
に八王子セミナーハウスにて開催とのことである。お招きありがとうございます。期待に添えるように頑張ろう。
「若い研究者の会」という呼び名は初めて聞く気がする。多くの場合、「若手の会」のように思う。『これ
から論文を書く若者のために』『これから学会発表する若者のために:ポスターと口頭のプレゼン技
術』『これからレポート・卒論を書く若者のために』の著者としては、学会関係に「若者の会」が無いのがちょっと寂しい。私が知らないだけかもし
れないけれど。
昨日から使い始めたマジックマウス、表面を撫でるだけでスクロール出来ることは確かに便利だ。しかし、意図せず表面に触れてしまうことがあり、そ
のたびに画面が勝手に動いてしまう。これはかなり重大な弊害である。おかげで、腫れ物を触るような扱いになってきた。
Microsoft Office for Mac を、2008 から 2011
にアップデートした。その結果、憤然とすべき事実が判明した。これまでの Excel
では、表計算の命令文において日付を入力するとき、"2009.12.31" などとすればよかった。ところが、2008 のファイルを 2011
で開いたら、この命令文がエラーになっている。???。DATE(2009,12,31)でないと駄目なんだと(怒)。命令文を使えなくするなんて信じら
れない。変更するのにどれだけの手間がかかると思っているのか。「研究とは関係ない家
計簿の計算だからいいでしょ」などという弁明は通用しない。
Mathematica
でも命令文が変更になることがある。しかしその場合は、旧バージョンで作った命令文を自動的に置き換えてくれる。それでこそプロの気配りというものだ。
モデルの再解析を終えた。結果はまったく変わらなかった。ま、それはわかっていたことだが。論理の筋が明確になったことが収穫である。
4/19(火)の進歩
マジックマウス
今まで使っていたマウスがおかしくなったのを機に、Mac のマジックマウスなるものを飼ってしまった。ちなみ
に、「飼って」は「買って」の誤変換であるが、「マウス」なのだから合っているようにも思う。話を戻す。このマウス、ボタンやロールがない。マウス前面部
を押すとクリックできる。表面を指で撫でるとスクロールされる。すべすべで気持ちよいので、ついつい撫でてしまう。そうすると画面が突然動いて吃驚であ
る。むろん、ワイヤレスである。スクロール時の操作音がしないので、静かなのもよい。ちょっと重いことだけが難点か。
黒川・若生さんと研究相談。頑張ってね。
論文を書いていて、解析がおかしいことに気づいた。Mathematica
で再計算をしないといけない。しかも、ややこしい再計算になりそうだ。頭の体力が保つかどうか心配。とほほ。
4/18(月)の進歩
サンドウィッチ
震災を機にサンドウィッチに目覚めつつある。因果関係はこうだ。震災の数日後、研究室の様子を見に行った。食料がろくに手に入らなかった頃である。セミ
ナー室に冷蔵庫があり、たくさんの食材が入っていた。停電しているので傷むばかりだ。このままでは、食材としての人生を全うすることなく朽ち果ててしま
う。それは不憫と、いくらかを貰って帰ることにした。その中に食パンがあった。普段はめったにパンを食べないのであるが、ありがたく頂戴しよう。しかし我
が家にはマーガリンさえない。バターに辛子を溶かして塗り、強引にサンドウィッチにすることにした。そして、野菜や、風呂の残り湯で茹でた卵とを挟んで頂
いた。それがなんとも美味しかった。その後も、食パンが売っているのを見つけたら買って帰り(まだまだ品薄の頃)、サンドウィッチを作るようになった。そ
して昨日、ついにマーガリンを購入してしまったのである。もう 10
年来、我が家の冷蔵庫に存在したことがなかったと断言できる品だ。バターと違って塗りやすくてよいわ。
ひたすら論文書き。場合分けが多くて疲れる。しかし冷静に考えると、無意味に場合分けを増やしているようにも思える。もっと簡単に説明できるので
はないか。しかし、疲れた頭では「簡単な説明」を考えることが出来ない。頭が働かない。知力が湧いてこない。
4/17(日)の進歩
芝が発芽した
西洋芝が、二日ほど前に発芽した。今月 6 日に播種したものだ。米粒よりも小さな種子から、5 mm
ほどの長さの、マッチ針の先のような芽が出る。あまりの細短さで、じっと目を凝らさないとわからない。手のひらを広げ、地面すれすれを撫でるようにする
と、その感触を捉えることができる。小さな芽が、確かに出ている。あまりのか細さに、ちゃんと育つのかと思う。しかしやがて、ふさふさの芝の絨毯になって
いくのだ。……… 復興への道もきっと同じだろう。
東京電力が、福島第一原子力発電所の事故終息に向けての工程表を発表した。冷温停止まで 6-9 ヶ月という見通しだそうだ。6-9
ヶ月か。その間にどれくらいの放射線が放出されてしまうのか。それに、工程表どおりにいくのかどうかも問題だ。大きな余震が起こったらどうなってしまうの
だろう。正直、原発はこりごりである。
4/16(土)の進歩
分とく山の野崎さん
日本料理の超人気店「分とく山」の野崎さんといえば、これまた引っ張りだこのお方である。私も、この方の本を何冊か持っている。中でも重宝しているのが、
『日本料理材料別献立便利帳』だ。
分とく山で供されている料理の作り方を 715
品も掲載しているのだ。もちろん、とても美味しい。他の料理本のものよりも格段に美味しいと思う。それに加え便利である。食材が 50
音順に並んでいて、その食材を使った料理を検索できる仕組みになっているのだ。だから、手持ちの食材を見て、何を作るのかを決めることができる。食材から
引ける料理本って案外少ないのだよ。難点は、料理の写真がないこと。作り方の説明文があるだけで、手順の写真も完成品の写真もない。だから、中上級者向き
といえる。 715 品もの調理法を載せているのだから、写真がないのも致し方ないか。
というわけで、分とく山に行ってみたいと思うこの頃であった。
ちょっくら街に出た。すっかり活気づいていた。知らない人が歩いたら、大震災があったとは気づかないであろう。実際、無かったのならどんなに幸せ
か。しかしそれは無理。「無かったこと」にするために、頑張ろうニッポン!
4/15(金)の進歩
月半ば
15
日になってしまった。早くも、失われた四月の半分が失われたということだ。余震に怯え、福島原発に鬱々とし、息をひそめたような時だけが流れていく。
今月末から、黄金週間なるものが始まるらしい。はたしてどんな日々となるのか。このままでは、日本人の多くが黄金週間に気づかずに過ごしそうだ。しかし
それではいけない。自粛は無意味。しっかり消費して経済を活性化させないといけない。
研究室のガスが復旧した。ま、いちおう嬉しい。
論文を書き進めている。モデルの説明がややこしくて大変だ。場合分けがいろいろあるのだ。根気よく、一つ一つ説明していかないといけない。
4/14(木)の進歩
ほんとかよ
不気味な予測がなされている。「震源域東側でM8級、早ければ1か月内
」だと(読
売新聞より)。「昭和三陸地震を起こしたメカニズムと共通している」そうで、「今、昭和三陸規模の地震が起きると、仙台市で10メートルの津波が
押し寄せる計算になる」とのことだ。もう止めてくれ。とりあえず、携帯電話で緊急地震速報を受け取れるようにした。
あんは元気になった。脚力も戻り、階段を勢いよく駆け上がっている。散歩中にすれ違った犬に、通り過ぎてからガンを付けることも忘れない。全快というか全開である。心配して
損したという感じだ。
論文の執筆。モデルの説明の章を一通り書き上げた。次はモデル解析の章を書くかな。
4/13(水)の進歩
bk1 の月間売り上げ 2 位に
『100
ページの文章術 〜 わかりやすい文章の書き方のすべてがここに 〜』が、bk1 で、ビジネス書の三月売り上げの月
間 2
位に輝いた。総合でも 12
位に入っている。お買い上げ、誠にありがとうございます。
断水していたとき、風呂の水を雑水として使っていた。雪が積もったら、風呂桶に入れて継ぎ足していた。おかげで雑水に困ることはなかった。しか
し、水とガスが復旧後、思わぬ弊害が判明した。風呂釜に藻類が棲みついていたの
である。ガス復旧の日、風呂桶を綺麗に洗い、嬉々として風呂を入れた。しばしして風呂桶の蓋を開けてみると、湯が濁り気味であった。それどころ
か、ゴミのような茶色い物体が漂っていた。風呂釜の洗浄剤を使ってみたけれど、完全なる駆除には至っていない。雪そのものが原因なのか、雪と一緒に少々混
入した土が原因なのか。教訓。風呂桶に雪は入れない方がよい。
論文の執筆を進めた。モデルの説明をさっさと仕上げてしまおう。
例の文献は、手書きの申し込みで取り寄せ可能であった。S さん、情報ありがとうございました。
今宵は、牧と一緒に陸女寿司に行く。昨日から営業再開とのことで、さっそく駆けつけることにしたのだ。久しぶりに陸女を堪能しよう。
4/12(火)の進歩
770 億円
生命科学研究科の教員会議があった。現状と復興計画を説明する会議である。その中で、東北大学が受けた物的被害の報告があった。建物の被害額(改修費用)
が 450 億円、物品の被害が 320 億円だそうだ。あわせて 770 億円か。立ち直れるのかね。いや、立ち直らないといけない。
会議中に、緊急地震速報が流れた。そして予告どおり揺れがやってきた。福島・茨城で震度 6 弱だそうだ。これで、7 日・11 日・12
日と大きな余震が起きている。この世に神や仏がいるのなら、もう止めるように交渉したいものだ。
セミナー室美化の仕上げをした。無用そうなものをばしばしと捨ててやった。炊飯器の位置も移動してすっきりとさせた。そして念願の、お菓子・お茶
置き場が出来た。これまでお菓子・お茶は、机(セミナーに使うためのもの)の一角に投げ散らかされたように置かれていた。セミナー時は、お菓子・お茶の間
にプリント類を置いて話を聞くという信じられない状況だった。しかしこれで、このような惨状は終わるはずである。これからは、入り口左の棚の下から二段目(電子レンジ・ポットの下)にお菓子・お茶類を置く
ようにね。厳に守って頂戴。
なんだかんだで、新しい論文を書き出してしまった。昨日の日記に書いた論文を読んでから書き出したいところだったけれど、東北大図書館の復旧をい
つまでも待っているわけにもいかない。モデルの説明とかならば書けるので、とりあえず前に進もう。
4/11(月)の進歩
一ヶ月
震災から一ヶ月経った。あのとき私は千歳空港にいた。仙台便を待っていたのである。ところが大地震が起き、仙台空港は津波に呑まれてしまった。地震が数時
間遅く起きたなら、空港(近辺)で地震に遭っていたかもしれない。その場合、生きていたかどうかわからない ………。
何もかも変えてしまった震災。でも、少しずつでも復興させていかないといけない。宮城県は、10 年かけての復興計画を練っているとか。10
年か。一歩ずつ、一歩ずつ。
電子レンジを頂戴したのを機に、セミナー室の棚周りをすっきりさせることにした。まずは、マツハシ・若生さんと話し合って方向性を決めた。つい
で、勝手に決めて良いのかと心配するマツハシが、世論の動向を密かに探った。世論は何も考えていないという調査結果だったので、勝手にすることにした。そ
してさっそく、ダイシンに棚を買いに行った。セミナー室は、ぐんと綺麗になった。
東北大図書館の、「他学からの単行本借用」機能が停止している。下記の本を借りたいのだけれどどうしようもない。
Karl J. Niklas ed. (1981). Paleobotany, Paleoecology, and
Evolution.
お持ちの方いませんか?
4/10(日)の進歩
春なのだよ
朝から庭仕事をした。だってもう春だ、春にしないと。まずは、玄関周りの鉢植えを復旧した。植えていた花が枯れていたり、椰子で出来た鉢は、鉢そのものが
壊れたりしていたのだ。ついで芝刈りを少々。この時期の西洋芝は、冬枯れのままの部分と緑が濃くなっている部分とが混在している。後者がそれなりに伸びて
いたので、電動芝刈り機で刈ってやった。全面が緑となる日が待ち遠しい。
買い物の話をいくつか。
池のメダカを買い足してやろうと、ペットエコ仙台に行った。ところが売っていなかった。これからぼちぼちと入荷してくるのだという。震災でメダカもいな
くなるのか。そういえばブルックスブラザーズでも、春物の入荷が遅れていると言っていたっけ。
近所のスーパーからビールが消えた。ビール売り場は棚だけになっていた。瓶ビールも缶ビールも一本もなかった。ビール工場が打撃を受けた影響が出て来た
のだろう。この夏の供給が心配されているとか。私にとっては、電力不足よりもビール不足の方が辛いな。
久しぶりに靴でも買おうかと、泉のアウトレットに行った。ところが閉館していた。地震の被害甚大の模様である。そういえば、仙台駅前のビーンズも閉館し
たままだった。大規模店もけっこう被害を受けているようだ。
なんで石原慎太郎を選ぶんだ? 理解できない。
4/9(土)の進歩
マルキーニョスが退団
宮城に衝撃が走った。マルキーニョスがベガルタ仙台を突然退団してしまった。地震に耐えられないので、ブラジルに戻りたいのだという。家族や婚約者の意向
もあるらしい。うーーん。「育ち」の違いか。地震と共に生きてきた我々日本人。かたやブラジル人は違う。それに彼にとっては、日本は外国だ。何としても居
続けなくてはいけない理由はない ………。
戦力的には大打撃である。FW
の要の選手と期待されていたのだから。ベガルタ仙台が勝ち続けることが、宮城の人々の一番の喜びというのに。新しい外国人 FW
を取るのだろうか。しかしこの情勢では難しそうだ。日本人 FW にますます発憤して貰うことにしよう。
震災で、セミナー室の電子レンジが壊れてしまった。替わりを探していたところ、N
さんが提供してくれるとのことであった。東京に就職し家電を買い換えたので、不要になったという。ありがたやと、本日受け取りに行った。今までの物よりも
ずっと立派なレンジを頂戴してしまった。どうもありがとう。東京で頑張ってね。
N
さんを始め、仙台を離れて就職した人々は引っ越しが出来なくて困っているのだという。三月下旬に引っ越し予定だったものの、震災の影響で不可となってし
まった。しかし四月から仕事が始まった。やむなく、手荷物だけで新居に行き、ほとんど何も無い状態の生活を始めているらしい。N
さんの場合、ようやく明日引っ越しが出来るのだとか。震災の影響がこんなところにまで出ているのかと、今さらながら気づいた。
久しぶりに一番町に出た。ブルックスブラザースを覗いた後、天松で天丼を頂いた。営業しているのか不安であったが、ちゃんとやっていた。ガスも復
旧していた。数ヶ月ぶりの天丼が美味しかった。帰路、草花を買い込んだ。庭を春色にして、気持ちだけでも上向きにさせよう。
4/8(金)の進歩
またしても
昨夜は 11
時くらいに床についた。寝付けずにしばらく過ごしていると、「ピシッ」と足のあたりで音がしたような気がした。あんが跳ね起き、床に降り立ってワンワンと
吠えだした。いつまでも吠えているので、「どうしたのか」と思ったところに揺れが来た。いつもの余震かと思いきや、だんだんと激しくなってきた。慌てて、
枕元の照明を付けた。やがて、ベッドを掴んで揺すっているような横揺れになった。そして照明が引くようにすっと消えた。電話のランプも消え、寝室が闇に包
まれてしまった。ようやくにして揺れが収まった。「まあいいや」とそのまま寝ようとしたけれど、世間の状況が気になって眠れない。ラジオを探し出し、
ニュースを聞いてみた。宮城県で震度 6
強だと。そこまでの揺れだったのか。とりあえず、原発には異常がないらしい。「頼むからもう、この苦痛から開放して」と思いつつ、ようやくにして寝入っ
た。
今朝になっても電気は回復していなかった。ガスと水道は大丈夫だった。これでは仕事にならないだろうと思いつつ、研究室に来てみた。ところが、こちらは
電気が来ていた。私の居室も被害無し。学生部屋には被害が少々あった。マツハシの大切な瓶(2008.4.7
の進歩参照)が割れたようで、その瓶をまだ持っていたのかと感心したのであった。
せっかく来たので文献検索を少々。しかし、関連文献がなかなか見つからない。困るな。
4/7(木)の進歩
新しい車
新しい車が来た。
白のヴィッツ
「車を一台下さい」と電話一本で頼んだ品である。ネッツトヨタが中古車在庫を検索してくれて、「じゃ、それ」と決めたのであった。実物を見ることもなかっ
た。非常事態だから仕方ないか。
車体番号がすごい。「仙台500ぬ80-80」だ。500 に 80-80 とは。作為を感じますな。
さっそくちょこっと運転をした。実に一ヶ月ぶりの運転なので、すごく緊張した。ぶつけるんじゃないかとハラハラであった。
酒井研の談話会があった。失われた三月なので、先月の成果はない。しかし研究室は復興した。これから輝かしい成果を出していこうではないか。
4/6(水)の進歩
これ論・これレポ重版
『これから論文を書く若者のために:大改訂増補版』の 9 回目の重版と、『これからレポート・卒論を書く若者のために』の 4 回目の重版が決まった。それぞれ 2000
部刷り、前者は累計 2,6437 部(初版と併せると 4,3437 部)、後者は累計 1,7666 部の出来となる。これ論はとうとう
4,3437 部か。お買い上げ誠にありがとうございます。
今日は開き直って休みとした。庭仕事に没頭するのだ。まずは西洋芝の種子を蒔いた。部分的に補修する必要があったのだ。1 kg
単位でしか種子を購入できないので、200 g もあれば十分と思いつつ 1 kg
購入した。そして気づくと全部蒔いていた。いったいどこに蒔いちゃったんだろうという感じである。次に、池の砂さらいをした。池は築山のほとりにある。築
山に水をやると、砂が池に流れ込むのが見て取れた。だから、池底に砂が貯まっているだろう。そう思ってさらってみたら、確かに相当貯まっていた。取れるだ
け取ってすっきりさせた。作業中、メダカが一匹泳いでいることを確認した。去年、池の水を空にしてしまったことがあり、全滅させたかもと心配していたの
だ。雌雄が残っていれば、またあっと言う間に増えてくれるかもしれない。
今夕、愛知より送られた小麦粉を使う。ノドグロの唐揚げをするのだ。支援物資を役立てることが出来て良かった。
4/5(火)の進歩
復興の街
ツイッターの世界を覗いてみた。私もつぶやこうと思ったわけではない。とはいっても、『100
ページの文章術 〜 わかりやすい文章の書き方のすべてがここに 〜』は良い本だというウィルスでも蒔いたろうかと思ったことは否定しない。結
局、アカウントを取るのも面倒なので実行しなかったけど。しかし良いことを知った。共立出版のスタートレック蟻さんによると、拙著が、「リブロ汐留シオサイト店は
30冊完売」「仙台市青葉区一番町にある金港堂さんの本店から『100ページの文章術』(東北大学の先生が著者の本)が
全部売れましたのでまた入れてくださいとお電話をいただきました」だそうである。これは景気が良い! お買い上げ、誠にありがとう
ございます。
金港堂さんといえば、震災の数日後に店の前を通った。むろんまだ閉店中で、店内には入れなかった。窓越しに店内を覗き、床に散乱している書籍に心を痛
めつつ、「あの中に 100 ページの文章術がないかな」と目を凝ら
したのであった。それが完売とは。金港堂さんも、そして一番町の商店街も復興している。と、急に真面目に感じ入ってみた。
あんの元気がない。朝食後、二階への階段を登ったとき、いつものような軽快さがないので「おや?」と思った。パソコンでネットを見ていると、パソ
コン台と
私の間に座ってじっと見上げいていた。「おいで」と言っても動かない。いつもなら椅子の上に飛び乗るのだけれど。抱きかかえて椅子の上に乗せると、私の背
中と椅子の背もたれの間に入って寝だした。ここが定位置なのだ。背中に感じるあんの体温は、いつもより熱い感じがした。風邪か?
ただの風邪ならよいのだけれど
………。居間に降りて、ボール遊びを誘ってみた。ボールを見せて、「取ってこい!」と投げる。しかしあんは動かない。ボールを拾い、あんの方に投げて
みた。と、なんと、後ずさりした。もう一度あんの方に投げてみた。ま
た後ずさりした。ボールを怖がっている?
こんな姿を見るのは初めてである。具合が悪いのならボールを無視するだけでよいはずだ。怖がるとは、気持ちの問題もあるのか?
それはともかく、すごく心配である。あんも 5
歳になった。じゅりが逝ってしまった年齢である。あのときのじゅりも、脚力が低下して階段を登れなくなってしまった。病院に連れて行くべきか。しかし、こ
ういう時に限って車がない。
自堕落な一日を過ごしてしまった。持ち帰った文献を読むも、早々に終えてしまった。というより、あまり関係の無い文献であることが判明してしまっ
た。ま、いいか。
4/4(月)の進歩
研究室の大片づけ
今日から、建物への立ち入りが正式に許可された。昨日までは、許可無くして立ち入りが出来ない状態だったのである。というわけで、研究室の大片づけを行っ
た。学生もたくさん集まった。新年度から山形大学医学部の学生である黒川まで来てくれた。あまりの自然さに、「明明後日の談話会では、学会でのポスター発
表でどういう質問を受けたのかも話すように」と言いそうになってしまった。片づけ作業は 10 時前に始まった。私は主に、セミナー室の片づけを見ていたした。食器がたくさん砕け散っているし、酒が
床一面にこぼれているし、棚は倒れているしで悲惨であった(ここまでは天災)。おまけに、日頃のだらしなさのため、訳の分からない品々が発掘される(これ
は人災)。迷ったら捨てるという感じで、ばしばしと始末しつつ片づけていった。セミナー室の台所周りの整理もした。主夫魂が出てきて、私の好みでやりたく
なった。どう改良するのかを考えるのが楽しいのだ。でもまあ、実際に使うのは学生なので、基本的には皆に任せたい。これを機に、綺麗に使えよ。汚すなよ。
ごみにしか見えない物を貯め込むなよ。食材・お菓子・調理器具等を放置するなよ。
愛知県にて購入の小麦粉が、マツハシより私に託された(4/1 の進歩参照)。仙台では手に入らないという声
を伝えたところ、遠く愛知から届けられたのである。被災地にはさまざまな支援物質が届けられている。その中には、小麦粉を使った食品もあるだろう。しか
し、小麦粉そのものが届けられたのはここだけではあるまいか。希有な
事例ほど感動的と捉えるならば、ニュースで取り上げられてもおかしくない。この小麦
粉を使ったのは一ヶ月後なんてことになったら張り倒されるであろう。
今日も牧が送迎してくれた。おまけに、地酒屋の青木に寄ってくれた。田酒と上喜元を買うことが出来た。どうもありがとう。
4/3(日)の進歩
今月 29 日にホーム開幕戦
J リーグは今月 23 日に再開する。ベガルタ仙台は、敵地で川崎フロンターレと闘う。ホーム開幕戦となるのは 29
日の浦和レッズ戦だ。当初予定されていた宮城スタジアムではなく、ユアテックスタジアム仙台での開催である。宮スタは震災関係の施設として使われているの
で使用不可。ユアスタも震災の被害を受けたものの、使用可能と判断されたという。ただし、地下鉄が台原までしか通っていない。ユアスタの最寄り駅である泉
中央の四つ手前である。台原から元気に歩いて行くか(4 km で 1
時間弱とか)、ツアーバスで行くかなどが検討されているという。元気に歩くのもいいな。29
日を仙台復興の始まりの日とし、晴天の下を皆で歌いながら歩いて行こう。私は車で行
くけどね。
風呂敷文化を紹介する番組を見た。素晴らしい。まさに文化だ。ニッポンってすごいとつくづく思った。風呂敷での包み方を勉強しよっと。
日本酒の在庫が切れた。冷蔵庫の棚一段に、一升瓶を五本常備していたのだが。震災以来地酒屋に行くことも出来ず、ひたすら消費するのみであった。
そしてとうとう空になった。やまなく(と書くのは失礼だが)、近所のスーパーで一ノ蔵を買ってきた。これとて有り難い地酒なのだけれど、仙台では普通酒の
扱いなのだ。一種類の銘柄のみを飲んだのはいつ以来か(普段は、複数種の銘柄を飲み比べている)。
4/2(土)の進歩
まる讃生活復活
馴染みの店の一つである、讃岐うどんの人気店「まる賛」に行った。電話をかけてみたところ、営業再開してるということであったのだ。車が無いので、バスで
中山まで出て、そこから歩くという熱意である。開いている店で消費をすることが、復興につながるのだ。ご主人らと話すことが出来た。地盤が強いのか、皿一
枚とて割れなかったという。逆に、私のことをいたく心配されてしまった。ありがたや。また、「海老天生醤油うどん冷や特盛り」を頂く日々を復活させること
にしよう。
中山は活況を取り戻していた。マクドナルドのドライブスルーには車が並び、店内にも人が溢れていた。イオンは、1 階に加え 2
階でも営業を始めていた。でも、変則的な営業であることに変わりはない。1
階の笹釜屋(菓子屋?)のショーケースに、テレビゲーム機やソフトが陳列されたりしている。食品売り場の隣に、下着類の売り場が出来たりもしていた。
ガソリンスタンドの行列も減った。二軒では、ほとんど並ぶことなく満タンに出来ているようだ。一軒だけ数 100 m
の行列が出来ていた。なんでだろうね。
来週の木曜日に車が届くことになった。待ち遠しい。車が無い生活は、不便というより味気ない。行動範囲が規制されるので、行きたいところにも行け
やしないのだ。家に籠もるような生活にはすっかり飽きた。
庭仕事をした。芝生の根切りと穴開けをしたのだ。こうして地下部を活性化させる。そうすると生育が良くなるのだ。早く、緑の芝生を復活させたい。
4/1(金)の進歩
大学生協の理工書の売り上げ一位に
『100ページの文章術 〜 わかりやすい文章の書き方のすべてがここに 〜』
が、大
学生協の理工書の売り上げ一位に輝いた。先週は三位だったのだけれどついにである。お買い上げ誠にありがとうございます。
実家に戻っていたマツハシも無事に仙台に戻ったようである。帰仙前に、「何か差し入れは?」と親切にも尋ねてくれた。そこで、「小麦粉」と答えて
おいた。近所のスーパーにもイオンにもないのだ。なぜかわからないが、仙台で手に入りにくくなっている。そして折り悪く、我が家の在庫がなくなっていた。
しかし実際のところ、小麦粉を頼んだのはウケ狙いが半分であった。あ
るに越したことはないが、火急に必要なわけではない。ノドグロの唐揚げが出来ないくらいである(3/14
の進歩参照)。でもマツハシは、実家近くのスーパーにわざわざ行って、棚いっぱいに並んだ小麦粉の写真を送ってくれたりした。私としても引くに引
けなくなり、切望することにした。事実、近所では今も手に入らないのだ。来週の月曜日に、小麦粉受け渡しの儀が行われる。ありがとう。今から感謝を伝えて
おきたい。小麦粉ではなく、人の心の温
かさを運んでくれたのだ。しかし実家の方々は変に思わなかったのかね。「なぜか小麦粉が必要らしい」って。
若生さんの卒研の方針について今日も考えた。来週にでも本人と相談したい。