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『助産師たちの夜が明ける』(Sages-femmes)['23] | |||||
監督 レア・フェネール
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過酷な就業環境でオーバーワークとストレスに晒されている助産師たちの姿が生々しく描き出されていて吃驚した。それには、何と言っても幾人もの妊婦による、自然分娩、帝王切開、死産など様々なケースでの出産場面が映し出され、病院現場に他ならぬ場所で撮影されていると感じられたことが大きく作用している。よもや妊婦たちやその家族が皆揃って役者だとは思えないから、どういう形でその協力を得たのだろうとすっかり驚いてしまった。役者が助産師たちを演じていたのではなく、実際の助産師たちに脚本設定した役割を演じてもらっていたような気さえした。 そのなかで、責任ある立場から、過酷な労働環境に不満と憤慨を捲し立てる後輩や同僚をたしなめていた熟練助産師のベネ(ミリエム・アケディウ)が、自分たちが人間的扱いを受けられないのはまだしも、次々に訪れた出産に手を取られ、死産となったカップルを五時間も放置するといった、産婦たちに非人間的扱いを強いることになる就労状況に耐えられなくなり、辞めていった顛末が印象深い。手数料や投資という名のマネーゲームで稼ぐ富裕者に対し、エッセンシャルワーカーの報酬や就労環境が劣悪なのは、我が国に限った話ではなく、古今東西の人間社会における最大の問題点だと改めて思う。 その格差を縮める方向に社会のベクトルが向いていたと思われる時期を同時代において過ごした実感があるだけに、今の世の中のベクトルの向きが何とも気に入らない。グローバリズムの名のもとにアメリカが強欲資本主義を剝き出しにして世界を席巻し始めた1990年代以降、社会の方向性が変わったように感じている。そして、それに圧倒的な加速を施したのがICT革命のような気がしている。不要不急の営みにこそ価値があると思っている観点からすれば、効率化というのは即ち浅ましい強欲の強大化でしかない気がしてならない。 | |||||
by ヤマ '25. 3.19. 美術館ホール | |||||
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