『そして僕は途方に暮れる』
監督・脚本 三浦大輔

 映画の製作現場で働く後輩の加藤(野村周平)を配して矢鱈と強調されていた“映画”への拘りからすれば、ラストでそして僕は途方に暮れたはずのフリーター菅原裕一(藤ヶ谷太輔)がニヤリと笑みを見せた先に映っていたノマドランドがその後の裕一の生きる途なのだろうと思わずにいられなかった。

 ぱっと見で画面に押し出されていたのは素晴らしき哉、人生!のほうだが、併映作がヒッチコックの『逃走迷路』になっていたことが可笑しかった。嫌なことや大事なことから逃げ回り、迷走していた裕一の姿に相応しいのは、まさに『逃走迷路』のほうだと思った。映画館の看板場面は再登場していたから、作り手としても念を入れたのだろう。

 この世には、裕一の親友・今井伸二(中尾明慶)の言っていた愛すべきダメ人間ほんとのクズもいなくて、誰しも似たり寄ったりとしたものだという作品でもあったような気がする。裕一の甘ったれた逃げっぷりには、観ているだけもイラつかされたから、訳あり恋愛に身をやつしているらしき実姉の香(香里奈)が爆発させていた、他の誰もが見せない率直な叱責に快哉をあげるのだが、叱られて治るものではないところが厄介なのだろう。

 長年ほったらかしにして向き合うことから逃げてきた妻(原田美枝子)の元に姿を現したことを息子の裕一に少々自慢げにしていた父親(豊川悦司)に、この親にしてこの息子ありという気がしつつも、久方ぶりに親子四人で年越し蕎麦を啜っていた団欒場面を観ながら、裕一の安易な浮気がもたらしたバタフライ効果の物語かと勝手に合点していたら、裕一にしっかりとしっぺ返しが来ているところが面白かった。そう易々と『素晴らしき哉、人生!』とはいかないわけだ。

 チラシの裏面の写真を横切る文字でスマホの電源を切ったら、全部終わり―。とあるとおり、着信拒否をして断絶した裕一に抗弁の余地はない。恋人の里美(前田敦子)を責められないことを知るだけの分別がありそうな裕一なればこそ、残るはノマドの民ということに納得感があった。

 それにしても、独り暮らしの老いてきた母親が、持病となったリューマチに苦しみつつ新興宗教に入れ込んで怪しげな薬を服用しているのも放置して、自分のことにかまけているしかない裕一のとことん情けない有様に嘆息しつつ、彼女には夫が戻って来たことでの変化が訪れていることを願わずにいられなかった。
by ヤマ

'23. 1.28. TOHOシネマズ3



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