『恋の罪』(Guilty Of Romance)
監督 園 子温


 名家出身のシングルの大学助教授 美津子(冨樫真)、平凡な夫子持ちの職業婦人たる女刑事 和子(水野美紀)、人気作家菊池(津田寛治)の子無し有閑セレブ妻 いずみ(神楽坂恵)という女性三態によって描かれた“女の心の闇と乾き”とされたものを観ながら、その家族設定と微乳、中乳、巨乳という女体における網羅性から、さもこの心の闇と乾きをもって“女なる性の普遍的核心”として提示しているかのような形式を与えているところに、作り手のセックス観や女性観の余りにもの貧弱さを感じ、いささか失笑を覚えた。

 そして、金額の問題ではなく金銭を介在させること自体に意味があり、それによって初めてセックスに対する立ち位置が明確になるのだという美津子の教えに従うことで覚醒を得たように感じているいずみの姿が描かれていたわけだが、むろんセックスがそんなにも単純で浅薄なものであろうはずがなく、いずみは痛烈なしっぺ返しを食らう。ただそれが、「私のとこまで堕ちて来い!」と挑発した美津子の悪意の背後に、些かと言うも憚られる安っぽさで旧知の菊池を介して彼の妻を陥れる陰謀があったという形で暴き立てられてしまうと、せっかく富樫の熱演によって際立っていた美津子の悪魔性が、ひどくみすぼらしくなってしまうような気がした。美津子の悪意以上の作り手の悪意が働いたのでなければ、とんでもない見当違いのように思う。

 おまけに、結局のところ、事件の顛末はそれか?というような“女の不気味な怖さ”を落とし所にして、いったい“城”なるものの何を作り手は描きたかったのか、さっぱり見当が付かなかった。僕がカフカの『城』を未読だからなのかもしれないが、美津子の過去に父親を巡って実母を含めた両親との間で起した相克や葛藤があったことが示されるに及び、またしても此処に還って来るのかと些か落胆した。

 一年余り前に観た県立美術館秋の定期上映会“園子温監督特集で上映された『紀子の食卓』で見せたエッジの鋭さをピークに、集大成を『愛のむきだし』で果たしたのちに、『ちゃんと伝える』で父子問題に仕舞いをつけたように感じ、その後の作品に寄せた僕の期待は、冷たい熱帯魚はまだしも、 ヒミズ『恋の罪』と観るに及んで、どんどん萎んできている。

 詩人を志したこともあるとの園監督が“カラダを伴わない言葉の虚ろさ”を訴えながら、それこそ三女優の目一杯の体当たり演技をもってしても虚ろにしか照射できないでいる己が女性観を自嘲していたとも思えないが、画面のインパクトと内実の空疎さのギャップに唖然とした。

 それにしても、刑事の和子は、あのあと三日間ほど家出をしてから自宅に戻るとでも言うのだろうか。それとも、見知らぬ街に辿り着いたのではなく、現場のある円山町に来たのだから、ケータイで愛人から命じられるままに犯行現場の廃屋で耽ったオナニーを今度は自ら繰り返し、スッキリさっぱり帰宅するとでも言うのだろうか。いずれにしても、カフカの『城』や田村隆一の『帰途』の引用と同様に、なんだか勿体ぶった些か下品なエンディングだったように思う。よもや「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」から「売春なんかおぼえるんじゃなかった」というようなフレーズを観る側に誘うことで、『冷たい熱帯魚』のエンディングで見せていたような逃げを打っているのではなかろうが、妙に随所に誤魔化しめいた仕掛けが施されていたような気がする。

 そう言えば、オープニング・タイトルとして映し出されたのは「Guilty Of Romance」だったが、Guiltyは名詞ではないし、Romanceなど何処にもなかったし、何が恋の罪だったのだろう。オープニングから、正に濡れ場たる浴室での絡みシーンを今までの体を張ったアクション演技とは異なる意味での体を張った奮闘ぶりで演じ、フルヌードで挑んでいた水野美紀にしても、健気なくらい一所懸命な感じが伝わってきていた冨樫真にしても、夫から指摘されるほどの柔らかさを湛えるようになった笑みを心身の解放を得た錯覚によって見せるようになるいずみの表情を、たわわな乳房以上に強い印象として残していた神楽坂恵にしても、鬼気迫る不気味さを体現していた大方斐紗子にしても、女優陣の熱演が作品の出来とは繋がっていなかったような気がして、実に勿体なかった。



推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/archives/920
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20111113
推薦テクスト:「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1797073199&owner_id=4991935
by ヤマ

'12. 3.12. あたご劇場



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