『ヒミズ』
監督 園子温


 二十人あまりの観客の全てが男性客で、しかも高齢者ゼロ、おまけに連れ立って観に来ている客が一組もなくて単独客ばかりという、昨今の映画館の光景からすれば極めて珍しいというか、もしかするとTOHOシネマズ高知では初めてかもしれないとさえ言える場内の様子に唖然とした。同列に並べるのは些か顰蹙ものかもしれないが、ある意味、映画の冒頭から映し出された津波被災地並みに“非日常”だった。

 作品的には、去年観た冷たい熱帯魚でも造形されていた“非日常を日常として生きている人物”を継承する作品世界が構築されるなかで、画面にもしっかりと登場していた宮台真司的モチーフ満載の意味性で固められた些か頭でっかちな仕立て具合が気に障る出来映えだったような気がする。本作では、非日常を日常として生きている人物が“底の抜けた脱社会的存在”から、被災や子棄てによって“放り出された存在”へと転換されていたように思うが、そうしたうえで、非常に演劇的な演出を加えて造形色を前面に出すことによって、リアリズムを脱した表象についての惹き込みを目論んでいたような気がする。だが、園子温監督作品で馴染みの顔ぶればかりで固められた世界が、そのことゆえに、どこか模造感を醸し出していて、少々見苦しい感じを受けた。

 本来であれば、想像を超えた大規模被災により放り出された人々が、本来なら居場所とはならないはずの場所を居場所にして、非日常という本来なら持続しないはずの時間のほうが続く“終ワリナキ非日常”を、寄る辺ないなかで生き延びる道を模索しつつ足掻いているかのような生を余儀なくされている姿というのは、これでも「ギリギリ普通」なんだと叫ぶ祐一に端的に示されていたように、痛切と言うほかないはずなのだが、いかんせん痛切と言うには、作家的造形感が邪魔になって仕方がなかった。また、被った放り出しを子棄てにも重ねている部分が功を奏していたようには、僕には思えない。もっとも、本来性の失われた時代の表象としての“本来性の消失”を作品において果たしているのだと見れば、話は別なのかもしれないが、よもやそうではあるまい。

 ヴェネチア国際映画祭のマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)のW受賞に輝いた染谷将太と二階堂ふみは、確かに目を惹いたけれども、他のキャスティングは、僕にとってはマイナス効果だった。とりわけ祐一の母親(渡辺真起子)や景子の母親(黒沢あすか)、河川敷でのテント暮らしの田村(吹越満)の同居女性(神楽坂恵)らのイメージ造形が、仮に景子の聖性を際立たせる対照のためだったとしても、些か安っぽく映ってきて仕方がなかった。

 だが、僕の斜め前の席でぽつんと観ていた20代と思しき青年は、貸しボート屋で住田祐一(染谷将太)の帰りを迎えた茶沢景子(二階堂ふみ)が、彼をとことん受容し、説諭していた言葉に涙し、嗚咽を漏らしていた。まさしく宮台の言う、コミュニケーション可能なものの総体たる<社会>とも、社会を含めたありとあらゆるものの総体たる<世界>とも繋がれない苦しい生を、“終ワリナキ日常”として生きている青年なのかもしれないと思い、そのことに最も心打たれた。思えばこのあたりは『自殺サークル』紀子の食卓でも捉えられていた主題でもあり、“宮台真司的モチーフ”などとするのは不適切で、時代性に根ざしたアクチュアルな実存的テーマだと言うべきなのだろう。そういう意味では、想像を超えた大規模被災の部分も含め、確かに“今という時代”を捉えた作品であることは間違いない。

 それにしても、画面に出てきた宮台真司の若々しさには驚いた。僕と1歳しか違わないはずだから、五十歳を過ぎているはずなのに…。



推薦テクスト:「映画通信」より
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by ヤマ

'11. 1.17. TOHOシネマズ5



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