ひまわりが高く高く咲き誇っている。

この丘は一面を黄色い大輪の花に覆い尽くされた、広大なひまわり畑である。近くまで行けば彼の身長の倍ほどの高さに花弁は開いている。
どの花も立派で力強い茎を、誰よりも高く太陽を目指しまっすぐ天へと伸ばしている。

天気が良かったので普段より足を伸ばして遠出し、たまたまたどり着いた。ここを遠方から見た景色は壮観だった。
眩しい黄色が野山を埋め尽くすのを見て、黄金色の海原なんて思った。気になったら即、光る大地を目指していたのだ。

どこを見てもひまわり、波打つ丘陵に沿って上下する真昼の黄金。
だが背が高すぎるそれを眺めるにはここはちょっと近すぎた。間近で見上げる角度ではひまわりもソッポを向き、陰になって辺りを満足に見渡せない。
もっと眺めのいい場所へ行こう、少し離れた場所に一回り高い丘を見つけ地面を蹴った。

駆ける道端に、風が草花の間を縫う音に紛れて歌声がした。今一度足を止め、耳を澄ます。



イリフォロッソラペブフヌシャリオン



歌がこの大自然の中響き渡る。透き通る声が大地に溶け込み空に羽ばたくような、自然との一体感がする声だ。

以前にこの歌声は聞いた。耳に残るように仕立て上げられた、不思議な言葉が並べられている詩。
それは発音される言葉の方が音楽の映像に合わせ変化している印象がするのだ。そんな歌を歌う人間をソニックは一人しか知らない。
抱いたイメージは記憶と一致し、カフェで耳にした曲の歌い手だと確信する。
歌声が響く方へ足を進める。ここの背の高い聴衆のせいで姿は確認できないが、一歩進むほどにサウンドが煌めきを増して行く。

リバーズがここに居る。

ひまわりたちの間を縫いかき分けようやく視界が開けた先に、歌い手は居た。
ほんの少し聴衆から身を引いた位置、開かれた小さな舞台上に居た。
彼女自身音を楽しんでいる。歌唱している顔に嬉しさが表れていたから、でもそんな事は既に歌を聴いた時点でわかっていたことだ。
実に嬉々としたしたサウンドだ。

歌が止む。一曲終えたのだ。心を躍らせてくれた歌に賛辞を贈ろうとして、そこで言葉に詰まった。
言語でないそれを称えるのにはどんな言葉だろうと不適当で、方法に詰まってしまったのだ。結局、ありきたりな拍手を送った。
だがリズムを持つそれが一番、音楽的に彼女の歌を評価する手段であった。

拍手を聞きソニックの存在に気が付いた彼女は目を丸くしたあとで、

「ふふ、ありがとう。」

はにかんだ笑顔を見せてくれた。ひまわりとよく似た明るい表情。
今抜けて来た畑のうちとびっきり輝く一輪が彼女なんだな、と思った。喜びを歌で咲かせた彼女からそんな事を思った。

「すごいな、まるでこの空いっぱいに広がるような歌だな。」

天まで届くんじゃないか。大袈裟に言ったつもりなのに、それほど大袈裟ではなかったなと感じた。単なる声量だけではない響き方。
生で感じる音は腹腔をびりびり震わせ、聴き手であるこちらの体をも共鳴器として利用しているようだった。

「そうね、天まで届いたでしょうね。」

頬笑みを浮かべ、その澄んだ声で返答する。穏やかなしゃべり方はこの丘に吹く風に似ていた。
ほんのいたずら心にひまわりたちはくすぐったそうに揺れる。

「天まで届いて、天国の神様が私の歌をお聞きになって、そしてお気に召したらしいの。」
「はは、そりゃあスゴイぜ。」

神様から太鼓判を貰ったんならそりゃ大したものだ。これほどの歌唱力はそれに値する。
ちょっとした喩え話、ほんの冗談だというのに、あの声だけで本当のことのように思えてしまう。天にも昇る声、ふさわしい喩えだ。

そばにおいで。風の呼び声に従い、他の聴衆と差別化された特等席へと案内された。彼女と並んで一緒に腰をおろした。

「でもなんでちゃんと歌わないんだ?」
「ちゃんと、ですか?」

小首を傾げる。しまった、造語詩の事を言ったつもりだったがこれでは歌がダメみたいに聞こえる。

「そ、そうじゃなくって、歌詞、歌詞!造語なんだよな?」

慌てて付け加える。詩にちゃんとした意味を付けて歌わないのだろうか。詩を付ければみんなもっと聞いてくれるんじゃないか。
それに言葉なら色々な事が表現でき、伝えることができるのでは。
たった一言だけでも人を元気づけられることを知っている彼は、あえて意味を持たない言葉で歌う真意を知りたかった。

言葉足らずだったことを両手を合わせて平謝りした。
気にしなくていいよ、無言で向けられた笑みにそう込められているようだった。自然と力が抜け手をおろしていた。

音が止む。彼女は眼を閉じた。
彼女の顔つきは祈りにも似てそれだけで神聖だった。
休符は直前の音を耳に留まらせる。直後の音に新鮮味と少々の驚きをもたらす。もしそれが優しいそよ風であってもだ。
三小節半の休符の後、彼女の口から次の譜が流れる。

「人が操る楽器の中で最も優秀なものは、声なの。」

ソニックは何も言わない。声を楽器と捉えたことが無かったので半ば感心し、でも意味することまでは掴めないので次の言葉を待った。

「言葉に頼らなくても、声の使い方一つで本当は、何でも表現できるの。」

アー、彼女は立ち上がり発声してみせた。アー。二つ目の音の印象はより楽しそうだった。
音程にも音量も変化はない、ただニュアンスに差を付けただけで大きくイメージに変化が付く。
目が合った。どう、ああ、言葉もなく伝わったことが伝わった。ほんの一音にも表情が作れるのだ。

「これが音が持つ力。世界中どこでもだれにでも、言葉を越えて気持ちを伝えることができる。それが音楽。」

素敵でしょ?傾ぐ彼女をただ見ていた。それ以上は何も聞かない。彼女が言わんとすることは既に体験したから。
彼女は音楽が大好きで、そしてこの自然が大好きであることが歌で伝わったから、言う事はもう無い。ヴィジョンはすでに分かち合っている。
歌い手と聞き手の顔は同じ輝きを持っていた。無言でただ頷く。


優しく目の端を細めた後、彼女はまた歌い出した。
無機質に一定したリズムを叩く、CDで聞く声とは比べ物にならない。遙かに伸びやかだ。


生きたリズム、それは時間的進行に縛られない起伏あるテンポ。例えるなら心臓の鼓動。
感情と共に脈動し敏感に速度を変える、しかしどの速さでも心地よい。それは紛れもない生命のリズム。
彼女は限界を目指し音に、声に生命を込める。彼女の歌唱の真骨頂はそこにある。
極限まで押し殺した声は堪え難く悲しく、極限まで震えた声は跳ね上がるほど歓喜に満ち溢れている。

ビブラートに合わせて心が震えた。ハーモニーを感じるほどに目頭があつくなる。

一曲終わるごとに今度は指笛で称賛した。歌を終えると彼女は恥ずかしそうな、申し訳なさそうな笑みで応えた。




彼女の歌はまだまだ続く。ソニックは心地よいリズムに暫し身を委ねた。




ラパアレッサドブレラサニキカンツォニア













































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音を全身で感じるのが音楽。