またしてもエミーに捕まり買い物に付き合わされている。

このままでは前回に続いて記録を更新してしまうんじゃないか、彼女のゴキゲンな鼻歌は止まらない。
軽快にリズムを刻み歩を進め、三つ四つと同時に重ねられる買い物の数々。
ノリに乗る彼女は真夏の太陽にも負けない元気の良さで店という店を巡る。

前回の事で体に耐久力が付いたのだろうか、疲労はさほど感じず楽だった。
とはいえ長々と不毛としか思えないこのショッピングに付き合うのは不服でならない。
さぁ、次のお店へ行きましょ、先を行く彼女を見失わないように後を追い店外へ出た。

正面が見づらいので顔を斜めに向けて道を歩いていると、「キストゥリット」の看板が目に入った。このカフェの雰囲気は好きだった。
リバーズの事を知ったのもここだった。彼女とは先日偶然に出会い、ライブで歌唱を耳にしてからはすっかりお気に入りだ。
またあの歌が流れていたらなぁ、少しでも期待のあるこの場所に入りたくなった。

しかし正直にエミーに言うのも癪な気がするのだ。彼女からCDを借りたが、リバーズに会ったことは話していない。
それではまるでCDに影響されたみたいに取られるから、できたらさりげなく、そんな印象を与えず自然に入りたい。

「エミー、ちょっと休もうぜ。」

買った商品が顔を覆い声が響かないので、きつい体制ながら腹から声を出し伝える。休憩を提唱し目前にあるカフェへと誘導にかかる。

「早いわね、もう疲れたの?」

お前が買った荷物全部持てばそりゃな、と口にしたかったが止めた。どちらかといえば休憩が主な目的とは違うから。
キストゥリットは目の前だし、またここを選んでくれるだろう。余計な雑音は出さずミュートにしておく。
一方エミーは思案した顔で辺りを見渡し、そして、

「それじゃあ、ここの喫茶店でいい?」

キストゥリットとは別の店を示した。
確実にあの店は視界に入っていただろう、けどもしかしたらまた新しい店に入りたいと思ったんじゃないか。今になってそんな可能性が頭に浮かんできた。
この転調は最初から予測すべきだった事だ。

「あ、いや、ここはちょーっと違うかなぁー?」

うやむやに答えながらじりじり、足は確実にキストゥリットに向かっていた。
しどろもどろに渋る様子をいぶかしんでいたエミーだが、この怪しい動作を見るなりその意図が読めてしまったのだろう。

「ここが気に入ったのね。わかったわ、入りましょ。」

彼女は口にしなかったがニンマリ顔だ。完全にCDの影響だと思われている。
しかしこうなったらもうなり振り構わず店内を目指しさっさと歩きだすのだった。

快適な空気、落ち着いた空気が彼らを迎えた。しかし以前とは違う雰囲気に包まれている。

あの音楽は流れていなかった。知らない英語の歌が掛かっている。
カフェの音楽などそんなものだ、二度三度通うだけで同じBGMを聞けることは滅多にないだろう。
思えば前回も小一時間居座ったにも関わらず最初の一曲だけだったのだ。
あまりの印象の強さにそれ以外のBGMの記憶がぼやけ、あたかもあの歌だけが掛かっていたように勘違いをしていたのだ。
そのためソニックの足取りは、座席に着くまでのわずかな間重かった。
今掛かっている歌は恋愛の事を歌っている。小気味よい穏やかな曲調。しかし未練がましい内容だった。
言葉がわかるだけに歌われている別れ模様の映像が頭の中にちらつく。

それが少し楽しくなかった。

二人並んで席に着く。特段話すこともなかったからしばらく黙る。そのうちに注文したアイスコーヒーが届けられた。
曲の終盤、男はまだ女を想っている。嫌気がした。ソニックが思っていた音楽ではなかったから。
何もわからなかったらまさにカフェに持ってこいのBGMだろうに。
この煩わしい歌声を彼の耳から追いやったのはエミーの一言だった。

「そういえばここで前に話したエリーさん、亡くなったわ。」

ソニックの記憶における次の瞬間では、店内にいた者全員が見開いた目で自分の事を見ていた。室内は静まりかえり彼はその様子に驚いた。
隣にいるエミーも大きな目をしてこちらを見つめている。
どうやらみんなは突然の大きな音に驚愕した模様。テーブルを叩き、椅子を吹き飛ばし、声を上げて立つ自らに対して。
自分がやったはずなのに認識がないから今の状況、テーブルに両手を乗せイスをひっくり返し立ち上がった状態、を見てそう考えた。
動揺して無意識に体中が反応したらしい。思考がようやく追い付く。


落ち着いて、ソニック。エミーにしてもここまで動揺する彼を見たことがない。なだめながらも顔は引きつったままだ。
彼はようやく自分が立ちあがっている事を自覚し席に腰をおろした。
しかし若干放心している。自分で溢したアイスコーヒーが明らかに視界に入っているのに何もしようとしない。結局エミーがそれを拭いた。


リバーズが亡くなった。


「暫く音沙汰なくて気になっていたんだけど、ずっと闘病していたんだって。」

出会ったばかりなのにもう会えなくなるなんて唐突すぎる。あの時は伸び伸び歌って、それこそ病気なんて全く思えないほど楽しく元気な歌声だったのに。


エミーは残念という思いを顔に表した。
お気に入りの歌手がいなくなってしまったのだから当然遣り切れないものがある。
しかし先日知ったばかりのソニックがこれほど大きな反応を見せるとは予想だにせず、悲しいとか私も驚いたなどと口にするタイミングをすっかり失っていた。

ソニックはまだ、宙を見たままだ。誰もいない向いの座席を見ている。


なおさら信じられない。出会った時は確実に闘病中だ。むしろ死期が迫っていたことだろう。
そのプレッシャーと生命力の限界に向き合いながら歌っていたなんて微塵も感じなかった。
歌は、言葉なんかよりも心内を繊細に表現でき、その分だけ敏感に精神を映し出すから、自分がその影に気づけなかったなんて思わなかった。


――神様が私の歌をお聞きになって、そしてお気に召したらしいの――


彼女はこの時点で自らの運命を知っていたのか。いやずっと前に覚悟していたはずだ。
どのくらいの期間か知らない、しかし病気と長く付き合ううちにそれは感覚でわかるものだ。
でもあの時聞いた生命力溢れる歌声がこんなにもあっけなくいってしまえるものなのか。

逆だ。
地上に居られる時間が残り僅かと知っていたからあそこで歌っていたんだ。
彼女は愛する自然に囲まれ、同様に愛した音楽で喜びを歌い、噛み締めていたんだ。
その間だけ病の事を忘れられた、その間だけ活力がみなぎった。彼女の歌には一片たりとも曇りはなかったと振り返る。

彼女が見せた最後の笑顔。それはひまわりの花に似過ぎていて、彼女は良くも悪くも自然そのものだった。
彼女に会えたのは何をどう足掻いてもこの一夏だけ。毎年ひまわりは咲く、しかし同じ花は来年に咲くことはないのだ。

歌声が天国まで届いて、そして神様に気に入られた。
そのせいで地上に居られなくなるなんて、そんなバカな話があるか。

天国でも、あの綺麗な歌声で向こうの人たちを楽しませているでしょうね。エミーの言葉に生返事した。
彼女はまだソニックがショックを受けているとしてこれを咎めなかった。口を開けば不平しか出てこない、しかしそれはエミーに聞かせるものではない。

既に天国に歌は届いていただろ。地上からでも十分なハズだろ。

言葉と共に残りのアイスコーヒーを飲み干した。
今サンクチュアリにある声はもう、彼女の生きた音楽はもう聞けない。
彼女の声は地上から天まで届いたと言うのに、天からは何も聞こえて来やしない。不公平だ。CDに封じ込められた歌では彼女は不自由すぎる。




ソニックはこの世に神が存在するとして、ソイツの身勝手さ加減にひどく閉口した。
汗をかいたグラスからは、ひとしずくの水がテーブルへ垂れたのだった。














































   譜面   
LIVEの閉幕。
終焉前に認めたのは幸か、終焉後に解したのは不幸か。

命あってこその演奏会だよなぁ・・・