| 勝 山 城 址(かつやまじょうし) 山頂は、標高571m、周囲3.5qの独立した山で、「お城山」とも呼ばれている。 『甲斐国志』には、浅野長政の家老浅野氏重によって文禄3年(1594)に築城されたと記されており、また、江戸時代には茶壺道中で運ばれた将軍家献上用のお茶壺を夏季の間保管した茶蔵が設けられていた。 勝山城は、東から南側方面は桂川の深い渓谷によって堅固となっているが、西側は手薄なため山頂を取り囲むように空堀が巡らされている。 山頂の主郭を中心に、二の郭、三の郭が同心円的に配置されている。主郭西側には、櫓の基壇と思われる遺構が認められる。 主郭下の斜面には南側(打ち込みはぎ)と北側(野面積み)の石垣が認められ、両者には時期差が想定される。北側尾根には、幅の狭い雛壇状の郭が連なり、北側の郭との間には竪堀が設けられている。 勝山城は、戦国期に小山田氏によって手が加えられ、その後、加藤氏や浅野氏などの豊臣系の大名の手により本格的に築城された城である。 |
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| 勝山城跡航空写真 | 勝山城跡の桜 | ||||
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| 山頂下(主郭)の石積 | 山頂(主郭の隅櫓跡) | ||||
| 【詳しく知りたい人】 都留市史資料編 古代・中世・近世1 1992都留市史編纂委員会 |
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