備長炭かコークスを使って居たこともあり火力が強く、
また、油の製造が進んだ今と違いごま油一本で揚げていた為、
番茶の様な色をしていた。
大正12年(関東大震災頃)まで、
浅草流と銀座流の揚げ方がはっきり分かれていたという。
浅草の揚げ方は、鍋の向こう側か脇の方を高くして、
天ぷらを向こう側から手前の方に引き込む様にして油に入れる。
色は白く、きれいに花を咲かせていた。
今でも残って居るのが、そば屋さんの天ぷらだ。
銀座の天ぷらはキツネ色をしている。
鍋の手前側を高くして、天ぷらを向こう側に流し込んで入れる揚げ方だった。
「お、銀座流だな」「ん?浅草流だな」 というのが一目でわかったという。
うちのおやじは何流でしょう??
知りたい方は、カウンターに座り
「ははぁん。おやじ。おやじは○○流だべ。」と言ってみてください。
おやじがカウンターの向こう側で「にぃぃぃぃぃっ」と不敵な笑みを浮かべたなら、
それが答えです。(笑)
おわり