天婦羅 3
明治初期の天婦羅屋さんは 内店と言うのがなく みんな大道で屋台店を構えていました。
夕方から店を開き 屋台のまわりに「よしず」をはりまわし 好きなねたを注文して
すこしづつ揚げさせ 熱いところを召し上がってもらうからおいしかったと思います。
天婦羅の屋台
向かって右に天だね(魚)が並べてある。隣に衣を入れる鉢、次に揚鍋、鍋の前に大皿に金網を
乗せてあり、その脇に大丼に天つゆがあり木製のお玉が浮いている。その脇に大根おろしが、
丼に山に入れてあったそうです。
両脇に天つゆ入れの小皿が十枚ぐらいおいてあり、竹筒の中に竹箸が入れてあり、お客さんが
屋台の前に立ち、小皿と竹箸を取り、天婦羅を竹箸で突き刺し、天つゆの中に入れて食べていた
様です。
天婦羅 4
西と東で 天婦羅も違っている。 関西の天婦羅は 油の温度が低めで 色が白っぽくあげ
関東ではごま油で 温度が高くきつね色で魚介類だった。 それが関東大震災を境に
関西の料理屋さんが東京に多く進出して つゆはださず食塩で召し上がってもらうようになりました。
震災前は 野菜の天婦羅は ほとんど東京では見られなかったのが関西風に野菜も出すようになり
魚介類と野菜を 今風に変わって来たようです。
露木 米太郎著「 天婦羅物語より」