定年退職から古稀まで
 
 
いつのまにか2013年3月の定年退職から6年もの歳月が経ってしまった。在職中は2年に一度、研究・教育・学内行政などに関する経過報告を提出する義務があった(『東京大学法学部年報』に掲載)。そうした義務がなくなってからかなりの年月が過ぎ、いわゆる「古稀」という歳に到達したのを契機に、この6年間の歩みを振り返ってみることにした(2019年3月)。
【2020年3月の追記】この小文を書いてから1年の間に大小の変化があったが、主な点として次の3つを記しておく。
@最重要の課題として取り組んできた「国家の解体――ペレストロイカとソ連の最期」は、不十分ながらもとにかく脱稿に漕ぎ着けた。もっとも、あまりにも厚すぎる著作であるため(400字換算で約6500枚)、具体的な刊行のめどはまだ立っていない。何とかしてこれを実現に持ち込むことが、当面の最大の課題である。
Aそれとは別に、ある出版社からの申し出を受けて、ここ10年ほどの間に書いた文章のうち、長期的な視座の中でソ連史を振り返ることを課題としたものをまとめて一冊の書物にすることにした。こちらの方が主著よりも先に刊行される見込みである。
B2020年に入ってからコロナ・ウィルス問題が騒がしくなり、高齢者は特にハイリスクであるとの警告がある中で、2月半ば以降、あまり外出しない生活を送ることになった。まだ1ヶ月程度であるので、外出しなくても仕事に大きな支障はないが、これから先はどうなるのか、気がもめる。
【2022年5月の追記】
@『国家の解体――ペレストロイカとソ連の最期』は東京大学出版会より2021年2月に刊行された。また、それに先だって、『歴史の中のロシア革命とソ連』(有志舎、2020年)も刊行された。
A2022年2月にロシアのウクライナに対する侵略戦争が始まり、現状分析から遠ざかっていた私も大慌てで最近の情勢について情報を集めたり、思いをめぐらしたりしながら、いくつかの試論的発言を行なうようになった。この作業は現在進行中である。
 
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【研究の歩み】
1 最も中心的な仕事
長い年月をかけて取り組んでいる「国家の解体――ペレストロイカとソ連の最後」の完成に向けた作業を一貫して続けてきた。「ソ連各地ごとに関するなるべく詳細な各論を踏まえた総論」という過度に野心的な試みであり、どこまでいっても万全ということはありえない課題だが、自分の年齢と体力を考えるといつまでも作業を続けていくということもできないので、不十分ではあってもとにかくこれが自分なりの研究成果だというものをまとめて次世代の人たちのための捨て石を提供したいと考えている。この主題に関わる研究のため、2015年8月と2018年8月にそれぞれ数週間ずつモスクワを訪問して、補足的な資料調査を行なった。あと一息で原稿作成完了の見込みだが、何分にも400字換算で6000枚を超える分量なので、脱稿後も実際の刊行に漕ぎ着けるにはいくつかの関門を超えねばならない。
なお、「ペレストロイカと民族紛争――ナゴルノ=カラバフ紛争の事例」松戸清裕ほか編『ロシア革命とソ連の世紀・5(越境する革命と民族)』(岩波書店、2017年)はこの作業の副産物であり、一断面を示すもの。
 
2 それ以外のいくつかの仕事
@民族・エスニシティ・言語関係。『ナショナリズムの受け止め方――言語・エスニシティ・ネイション』(三元社、2015年)、『社会思想史事典』(丸善、2019年)の「ナショナリズム」の項など。その他、旧著『民族とネイション――ナショナリズムという難問』岩波書店、2004年)の韓国語版が2015年に出た。
A歴史と記憶の政治。橋本伸也『記憶の政治』への書評(『歴史学研究』2017年9月号)、「歴史・記憶紛争の歴史化のために――東アジアとヨーロッパ」橋本伸也編『紛争化させられる過去――アジアとヨーロッパにおける歴史の政治化』(岩波書店、2018年3月) など。その他、「ワイダとカティン――覚書」、飯田芳弘『忘却する戦後ヨーロッパ』書評などといったノートをホームページ上に公表した。
Bロシア・ソ連史全般。「《ユーラシア世界》研究と政治学」『国家学会雑誌』第126巻第7=8号(2013年8月)〔その部分的な改訂版はここ〕、「E・H・カーのロシア革命論」(東京大学社会科学研究所『社会科学研究』第67巻第1号、2016年2月)、共編著『東大塾 社会人のための現代ロシア講義』東京大学出版会、2016年5月)など。
Cロシア革命100周年関連。たまたま2017年がロシア革命100周年に当たったことから、いくつかの文章を書いたり、発言したりした。「ロシア革命百周年を前にして――ソ連国家の終焉過程」『学士會会報』第921号(2016年11月)、「一九一七年と一九九一年」(『現代思想』2017年10月号)、「ロシア革命はどう記念されてきたか――アニヴァーサリー・イヤーの歴史」(『ユーラシア研究』第57号、2018年2月)、「ポスト社会主義の時代にロシア革命とソ連を考える」」『Nyx(ニュクス)』第5号、2018年9月)など。これらはいわゆる注文原稿だが、執筆作業を通して、長期的な視野で歴史を見ることの重要性を改めて感じた。可能であれば、将来、これらの作品を統合して、長期的パースペクティヴの中でのロシア史および社会主義史といったテーマで何か書いてみたいと考えている。
C冷戦史、とりわけその最終局面。私は従来、内政中心で研究を進めてきたが、ペレストロイカとソ連国家の最後という中心テーマに取り組むに当たって冷戦終焉過程の問題を視野から外すことはできないので、徐々にその問題にもある程度取り組むようになった。これまでのところ、暫定的な覚書をいくつか書くにとどまっているが、その中で比較的まとまったものとして、「冷戦史再考――1試論」がある。
D社会科学の一般論。具体的な作品の形をとってはいないが、一貫して頭の中にあり続けている。
E1968-69年前後の社会運動に関する歴史的考察。ちょうど50周年に当たることでもあり、同時代史の観点からいくつかの小論を書いた(その一覧表はここをクリック)。
 
3 共同研究
現役時代の私は個人研究中心で仕事を進めていて、共同研究を組織したり参加したりすることはあまりなかった(例外は、2007-09年度に科研費の交付を受けた「非欧米世界からの比較政治」)。これに対し、退職後はいろんな人から声をかけてもらい、視野を広げるチャンスを拡大するように努めている。それらの共同研究の代表者(50音順、敬称略)および主要テーマは以下の通り。
飯田文雄:多文化主義の比較研究。
大沼保昭:世界史全体の比較文明論的把握。
小川有美:政治理論と実証の対話。
亀山郁夫:文学研究と歴史学の交錯。
沼野恭子:文学研究と歴史学の交錯。とりわけ、ロシア・ウクライナ・ベラルーシ・ユダヤの文化世界。
橋本伸也:歴史と記憶の政治。
これらの共同研究の多くは科研費の交付を受けており、私も分担研究者・連携研究者・協力研究者となることで資金面での恩恵を受け、専門書購入や学会出席のための旅費などにあてることができた。
 
4 学会・研究会など
私は若い頃は学会というものにあまり馴染むことができず、積極的に参加することもほとんどなかった。しかし、歳をとるにつれて、自分だけでできることの限界を感じるようになり、他の人たちとの交流を大事にするようになった。また定年後は、比較的時間的余裕ができた一方、自分から積極的に機会を捉えないと若い人たちと交流する機会をつかめないことから、現役時代よりもはるかに熱心に各種学会・研究会に参加するようになった。
政治学関係:政治学会、比較政治学会、政治思想学会、国際関係研究会
ロシア・ソ連史関係:ロシア史研究会、ロシア東欧学会、ソビエト史研究会
歴史学一般:西洋史学会、現代史研究会
その他:「社会体制と法」研究会、冷戦研究会、多言語社会研究会
これらの学会・研究会への私の関わりは濃淡さまざまだが、相対的に関わりの薄い会からも、種々の知的刺激を受けている。