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『火の鳥』['56]
監督 井上梅次

 高校時分の映画部長から仲代達矢追悼特集で、YouTubeで視聴できると聞いて期間限定無料配信の【公式】日活フィルム・アーカイブ作品を観てみた。原作となった伊藤整の小説は、書棚にある『典子の生きかた』<角川文庫>しか読んだことがないが、火の鳥にも擬えられていた新劇女優の生島エミ(月丘夢路)の生き方にあった、ある種の爽快感に感心した。戦後十年、'50年代でのこの造形は大したものだと思った。

 本作の二年後に生まれた僕が月丘夢路を最初に記憶したのは、半世紀前に観た『華麗なる一族』での阪神銀行頭取の万俵大介(佐分利信)の妻役だ。大介の愛人である高須相子(京マチ子)との三人での妻妾同衾の寝室を持つ万俵家に唖然としつつ、抑圧と忍従を滲ませた妻の寧子の風情が実に印象深かった。当時、五十路にあって三歳違いの京マチ子とは和装と洋装で対照させたなかに漂っていた二人の女性のある種の生臭さが記憶のなかにある。

 三十路半ばの本作では、寧子とは対照的な気丈で奔放な女性を演じて鮮やかだった。後にテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で江戸川乱歩の美女シリーズを確立させる井上作品に相応しく、美女エミのシャワーシーンと入浴シーンが出て来て笑った。

 赤も黄色もない只のアプレ学生だとの二十一歳の学生ニューフェイスである長沼敬一を演じていた仲代達矢が二十四歳のときの作品で、そこが追悼番組の理由なのだろうが、追悼特集に本作を抽出したセンスの良さを感じた。月丘夢路から往復びんたを喰らわされる場面、妖しげな火の鳥ダンスを踊る場面が好い。モノクロ作品なので、青い目の赤毛ハーフ女優だというところが不鮮明なのが惜しいが、“聖なる魔女”を演じる女優を惑わせながらも、最終的に彼女を真の自立に向かわせる青年役が似合っていた。

 また、'50年代当時の映画界と演劇界の位置関係が炙り出されていて興味深く、面白かった。『ワーニャ伯父さん』が『伯父ワーニャ』として公演されていたのが目を惹いた。聞き慣れない電車の車掌より縁の薄い人という言い回しは、原作にあるものなのだろうか。
by ヤマ

'25.12.27. YouTube配信動画



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