火星と木星の間のチチウス・ボーデの法則のn=4に相当する小惑星群は、新生惑星によって次々と捕獲され、ほぼ全体の四分の三が新天体に吸収されるに至った。新天体はついに地球と火星の中間ほどの大きさの惑星に成長した。小惑星が衝突した直後は、その周りは真っ赤に燃えさかるどろどろの溶岩になるが、意外と早く冷えていく。まだ大気がないから保温作用がなく、熱はすぐ宇宙空間に散逸していくのである。あちこちで火山活動が起き始めたので、その噴射した気体がやがて新惑星を取り巻き、大気になるだろう。
その他の残りの小惑星は木星の軌道上にあるトロヤ群や、逆に火星にごく近接した小惑星だけになってきた。これらの小惑星も引力のアンバランスによって、徐々にばらばらと動きはじめ、あるものは木星に捕獲され、あるものは火星にと、大衝突を繰り返している。
「これがジュノーという小惑星が新生惑星に衝突した瞬間です」
藤川慎介が岡山天体物理観測所の188センチ反射望遠鏡で撮影したビデオをスクリーンに映しながら説明し始めた。
藤川をはじめ、武田俊雄、東出克彦ら太陽系異変対策委員会のメンバー全員が、首相官邸に呼ばれ、地球異変の状況説明と今後の対策を話し合うことになっているのだ。出席者は神原首相、榑林副首相、木内幹事長、防衛庁長官、科学技術庁長官、国務大臣、三木本審議官、早乙女次官ら総勢二十名ほどになっている。
「次のシーンは小惑星最大のケレスが大衝突した瞬間です」
「おー」という騒めきが会議室に流れた。つぎつぎと小惑星が捕獲され、新生惑星が大きく成長していく過程をビデオプロジェクターで映しながら、藤川教授は得意気に声を一段と張り上げて説明していった。ヘルメスやアドニス、パラスといった、名前の付いた著名な小惑星は、それがどの位の大きさであったかも説明しながら、火星と木星の間に新しい惑星が誕生したことを、まるで自分が発見したような口振りで語っている。
「次のビデオはアメリカ・ウイリアムスベイのY天文台の貴重なビデオです。よくご覧くだい。・・これはパラスが衝突する前の映像です。この星と・・」
と、藤川教授はレーザーポインターで新生惑星の傍にある比較的明るい星を指しながら続けた。
「この星と新生惑星の距離を見てください。衝突後変化したのが、はっきり判ります」
新生惑星が突然、ぱっと明るく輝き、衝突の瞬間を捕えていたが、ビデオを巻き戻してもう一度、その瞬間を静止画にして見せた。なるほど見て判るほどの位置変化がある。
「こういう変化は重力波となって、光速で伝わってくるため、約十五分後に地球に影響を及ぼします」
「光速で伝わるのですか?」
と、早乙女次官が口を開いた。
「そうです。アインシュタインの相対性理論によって、いかなる物体も波動も、相対速度は光速以上になることはなく、重力も波となって光速で伝わります。英国のS・H博士も、これをもとに理論を組み立てていることは、世界中に知られている事実です。人類史上最大の理論です」
「実際に確かめられているのですか?」
なおも、しつこく早乙女次官が質問を続けた。よほど興味があるようだ。
「はい、私どもの重力波検出装置で確かめています。非常に微小な変化ですが、確かな変動として捕えています」
「凄い装置だな」、「藤川教授の発明かな」、「ノーベル賞ものだな」、「引力も光速でねエ」と、口々にあちこちで囁きが出たが、新見悟一がそれを制するように大きな声で、
「じつは、こちらの武田先生の新しい理論では、重力は光速で伝わるものではなく、物体に備わった属性であるため、瞬時に影響を及ぼし合っているのです。ただ、引力は距離の二乗に反比例して弱くなりますので、何光年も離れている星の間では引力は殆どゼロに等しいことになりますが、及ぼし合っていることには相違ありません。この宇宙全体が動的であることが、その証拠なのです」
と、反駁を加えた。
「いや、その理論は認めるわけにはいかない。相対性理論を否定するような理論は理論ではない。第一、私の重力波検出装置によって、小惑星の衝突が検出されているではないですか」
と、藤川教授が強い調子で反論した。
「その重力波の検出の件ですが、次々と小惑星が衝突して、徐々に地球に異変を起こしているので、<確かにパラスが衝突した時の引力変化が十五分後にあった>、という証拠はないのです。その十五分後というのは、ケレスの衝突だったのかも知れないのです。・・・望遠鏡で見ている新生惑星は十五分前のものですから、十五分前にどういう引力変化があったかを対比させてデータを整理して下さい。そうすれば武田先生の考えが正しいことが立証されるかも知れませんよ。・・・といっても、こう連続的に次々に小惑星が衝突していると、どれがどれだか判らないでしょう。検出装置の誤差も大きいようですし」
と、今度は東出克彦が新見を応援するように言った。藤川は、検出装置の誤差が大きく本当は自信がなかったので、痛いところを突かれ、白けたような素振りをした。
「相対論的量子論は、いま数学上のゼロと、物理定数の光速 c という二つのファクターによって、がんじがらめになり、にっちもさっちも行かない所まできています。これを開放しない限り物理学は進歩しないでしょう」
と、地質学の石井信雄が、ペンを持った手をゆっくりノートの上に置きながら言った。
武田博士は、じっとそれらの会話を聞いていたが、思い余ったように、
「いま、私の理論を再燃させるのも何ですから、今日の本題に入りましょう。・・・状況報告としては、藤川先生、いまのビデオとほかには・・・」
と、藤川教授に向かって、会議の進行を促すように優しく言った。
「ああ、そうですね。・・・このように光速で十五分も彼方の出来事ではありますが、引力の変動は地球にも異変を起こしています。具体的には自転軸の変化です。オーストラリアのS天文台の発表では、0・15度傾きが大きくなったということです。従来は23・5度でしたから、23・65度になったことになります」
「たったの、それくらいで、こんなに地球上の気象が変わるものかね」
と、榑林副首相が口をぷっと膨らせて聞いた。
「当然考えられます。日本の春夏秋冬もずれてきますよ。海流も変わってきます。
・・・まだ確認はしてませんが、一年が365日でなくなることも予想されます。・・・」
と、ここまで話した時、電話が鳴り、秘書らしき男性が何やら応対していたが、やがて戻ってきて首相に耳打ちをした。耳打ちといっても、周りに聞こえるほどの声であった。各国で、航行中の船舶が相次いで遭難している、テレビを付けるように、との指示がどこからか来たのであった。すぐ神原首相はビデオをテレビに切り替えるよう藤川に言った。
<自分の話はまだ終わってないのに>、というような不服そうな顔をして、操作をしている係にテレビにするよう指示した。
・・・テレビには、ちょうど青函フェリーの三千六百トンという大きな船が横倒しに転覆する様子が生々しく映しだされているところだった。それを取材しているヘリコプターも、物凄い揺れで、危険極まりない状態である。「引き返せ!あぶない!すぐだ。すぐ引き返せ!」と、怒鳴っているのが、さらに生々しく伝わってくる。映像は天空を切るため、転覆する船どころではなくなった。
どこから飛び立ったヘリなのか、また無事に戻れるのか、武田博士はプロジェクターに映し出されている映像を見て、先日の死ぬ思いで上海から帰還できた飛行機のことを思い出していた。映像はさらに各国からのVTRが続いた。世界中を強風が吹き荒れている感じである。これらのVTRはCSから送られてきた映像であるが、現在では殆どのCSが軌道修正がきかなくなっているため、海外を知る貴重なビデオ映像であった。出席者全員がウーンと唸って言葉さえなくなった。
「藤川先生、よーく判りました。状況としては、新惑星の誕生によって太陽系の引力にアンバランスをきたし、地球にも多大の影響を及ぼしているということですね。ところで、雨は降らず風だけだというのはどうしてなのですか?」
と、神原首相が質問をし、藤川教授がそれに答えようとした時だった。突然、どーんと下から突き上げるような上下に揺れる大きな地震が発生し、すぐ収まった。通常は続いて横揺れになるものなのだが、それがない。会議室内が騒然とし、「今のは何だ。地震か」と、地震であることすら判らなかった者もいた。
「大丈夫です。落ち着いて下さい。・・・この程度の地震は予想されていたことです」
と、藤川はビデオプロジェクターを片付けるよう、係に手で指示をしながら言った。
「地軸の変化は、当然地球内部のマグマの移動流も変えます。したがって地震の発生もあり得ることです・・・」
「しかも、その地震は断層によるものではなく、火山性のものが多くなるでしょう」
と、石井信雄が口を挿んだ。またもや小さな揺れがあった。
藤川は自分が言おうとした事を先に言われたので、むっとした表情で、石井の方をちらっと睨み付けるような目付きで見て、話を続けた。
「総理のご質問ですが、雨というのは太陽熱によって、海や陸地から水が蒸発し、それが上昇気流によって運ばれ、冷やされて水滴となって落ちてくるものです。ところが現在の状況は地球規模の気流の変化が激しく、水の蒸発が活発でないからです。そのうち雨も降るようになるかも知れませんが、そうなるとまさに暴風雨となりますので、被害は想像を絶するものになるでしょう。・・・それでは、今後の対策に移りますが、よろしいでしょうか」
「一つ質問を。・・・現在のこういう状態はいつまで続くのですか」
と、皆が一番知りたがっている事を、防衛庁長官が代表するような形で質問した。
「じつは、いま太陽系異変対策委員会で世界中からのデータを集め、分析中です。間もなく収まるだろうというのが、一応の見解ですが、<その間もなく>という時期については、現時点でははっきりした事が申し上げられないのが実情です」
「ますます風は強くなる一方の様子だがね、本当に収まるものかね」
と、後ろの方に座っている国務大臣が、藤川まで遠いので、大きな声で言った。
「武田君、少しこの辺を説明してくれないかね」
と、藤川教授は武田博士に答弁するよう求めた。
「新惑星の軌道次第です。安定な軌道になって太陽系の一員になれば、問題はなくなります。今はロケットの打ち上げは不可能な状態ですから、各国とも沈黙を守っていますが、この気流変動が収まると、次々と観測ロケットを打ち上げて、新惑星の観測に入るでしょう。わが国もそういう準備も必要かと思います」
「新惑星の名前を付けなければ」
「そうだね。太陽系に初めて侵入してきたのを発見したのは、武田博士だったから、タケダ星か」
「それはないだろう。ニュートン星かケプラー星か、そんなところかな」
など、勝手な事をざわざわと喋り出したが、武田博士は続けた。
「しかし、この新惑星は既にご承知のように、公転軌道が地球や火星など通常の向きとは逆になっているので、チチウス・ボーデの法則の軌道上とはいえ、本当に安定になるかどうかは全く判りません。太陽系の引力計算というのは星が二つだけの場合は簡単ですが、三つ、四つとなるにしたがって、非常に難しくなり、現在のスーパーコンピューターによっても正確な計算は出来ないのです。・・・」
「公転軌道が逆であるのは、この新惑星だけですか?ほかにはありませんか」
三木本審議官が尋ねた。
「衛星の逆行はいくつもありますが、惑星は水星から冥王星まですべて同方向です。したがって新惑星だけが、太陽系への侵入方向の関係と、その後の土星や木星によるスイングバイによって、逆行するようになっているのです。・・・太陽系の出来たての頃の地球は一年が現在の365日とはもっと長く、六百日もそれ以上もあったと言われています。だんだんと地球は太陽に近付いて、現在365日になっているわけです。このように一見安定であるかのように見える太陽系も、じつは大局的に見ると決して永久に安定しているものではなく、徐々に徐々に軌道は変動しているものです。我々が観測できるもので、最も有名なものが水星の近日点の移動です。これは他の多くの惑星の引力の影響と、太陽系自体が螺旋運動しながら移動しているためです。太陽系といえども、広大な宇宙空間の中で、こうした運動をしているので決して安定とは言えないのです。・・・」
「ちょっと待って。その水星の近日点移動はアインシュタイン効果と呼ばれるもので、時間と空間がゆがんでいる相対論的効果によるものですよ。今の武田君の話は、武田君の、相対性理論を否定している一つの説です。相対論を否定する理論は理論ではない!・・・」
と、藤川教授は少し怒るように、手振りを交ぜて言った。
「まあ、まあ、ここで理論の論争はやめましょう。さっきの重力は光速で伝わるものか、それとも物体に備わっている属性か、という論争にまた逆戻りですよ」
と、早乙女次官が二人を制するように、両手を上下に振りながら言った。
「で、武田先生は、新惑星の軌道の安定性に関してはどうお考えなのですか?」
早乙女次官が続けた。
「はい、私もはっきりとした事は言えません。自信がございません。今後のデータ整理を待っていただきたいと思います」
武田博士は、本当は自分の思っている事を言いたかったが、どうも、この場はそういう雰囲気になっていなかったので、思いとどまったのである。帰国後、懸命になって茅場と白浜が計算していた結果を知っていた。向こう一ヵ月で決着は着くだろうということである。一ヵ月以上何事も起きなければ、多分あと一万年、二万年は平気であろう、しかし軌道がズレ始めると、急激に太陽方向に落ち込むことは必至である、という計算結果が出ていたのである。これはすべてニュートン力学と武田博士の複素位相理論による計算であり、相対性理論による光速cを用いた4次元座標変換では、何事も起きない結果になっていた。
「それでは対策の話に移ります。・・」
藤川教授が会議の流れを変えるように、皆を見渡しながら言った。
「ポイントは二点あると思います。一つは現在の状況と今後の見通しをどう国民に報せるかと、もう一つは今の状況を切り抜けるための安全対策です。委員会としましては、前者の方を記者会見で発表いたしますから、後者の安全対策につきましては、政府広報として広く国民に呼び掛けるようお願いしたいと、こう思っていますが、いかがでしょうか」
「ああ、それでいい。すでに本日の会合の結果を発表したいと、記者が待っている。終わりしだい、その二点を君と私で、別室の会見室で話すことにしよう。・・・」
と、木内幹事長が、もう段取りはしてあるという風に、総理その他の政府関係者の同意を目で求めながら言った。
「それでは、まず現在の状況ですが、新惑星は小惑星の全体の四分の三をすでに捕獲して火星より少し大きな惑星に成長したことと、それに伴う引力変化によって地球の地軸が若干変動したこと、またそれによって地球表面の気流が激しく移動していることと、地球内部のマグマの活動が活発化していることを、発表します。・・・」
と、藤川はメモを見ながら、確認するかのように順を追って言った。さらに続けて、
「今後の見通しでは、これ以上激しい風にはならない、という事を強調します。ただ、風の向きが一定ではなく、きわめて不安定であることは注意をうながす意味からも言っておいた方がいいでしょう。・・それから地震の件ですが、昨日の委員会の会合では石井君その他の委員から、あまり大きな地震にはならないだろうという意見が多かったので、その線でいきたいと思います。・・・」
「こういう状態がどのくらい続くのかという質問が出たら、どう答えるのかね」
と、さっき質問をした防衛庁長官が言った。
「ああ、・・・明日収まるか、一週間後になるか判らないが、むやみに心配はしないように、と答えることにいたします。
・・・幹事長からの今後の対策ですが、船舶、航空は出来るだけ運航しないよう呼び掛けるとともに、鉄道、陸送も徐行運転するよう、お願いします。・・・」
「わかった。そのように発表しよう。もちろん各関係機関に通達も出す。ところで学校はどうする?」
と、木内幹事長が眉をひそめて藤川に向かって言った。
「いま申し上げようと思っていたところです。向こう一週間休校にした方が良い、というのが委員会の見解です。小、中、高校ともです。大学は各自治に任せますが、基本的には休校にするよう呼び掛けたい。それから民間の会社ですが、これも各判断に任せることにしますが、鉄道運輸の関係から休みにした方が良い、というのが私どもの結論です」
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