大手町の大手町会館十二階の会議室に、十四時に集合ということであったが、武田博士は十分前には入室していた。いつもの癖である。ハアハア言いながら時間ぎりぎりに来るのは嫌いな性分である。ゆったりした気分で時間を待つのが好きな性格である。
 広い会議室は丸くテーブルが置かれ、それぞれ大きな名札が置いてある。誰であるかがすぐ判るようになっている。すでに来て座っている人もいる。H大学の地球物理学の教授で新見悟一、O大学の地質学の権威である石井信雄の二人である。武田博士は軽く会釈をした。別に親しいわけではないが、話をしたことは何度かある。他の名札を見ると、科学技術庁宇宙航空研究所の所長である飯島直巳や、オーロラの研究で有名なY大学の瀬川道夫の名前もある。藤川慎介が武田の一人おいた隣である。K大学藤川教授は理論物理学の大御所的存在である。マスコミにも幅をきかす大物である。しかし、ずらっと委員の名前を見渡すと、武田博士が理論物理学の出身とはいえ、現在では宇宙天体力学、それも最近の惑星の研究では最もよく知られた学者である。今回の冥王星の異常軌道の第一発見者でもあり、昨日の電話の<委員長に>というのもうなずける。
 ただ年令はほとんどが六十才前後で、武田博士はちょうど五十で、ひょっとしてこのメンバーの中では一番若いかも知れない。
 五分前くらいになったところで、藤川教授が入ってきた。隣の席はまだ空いていたので自然、武田と藤川は三メートルほど離れているとはいっても、素通し近距離である。武田の方から挨拶をした。
「しばらくでした。お元気の様子、何よりです。もう何年もお会いしてないようですね」
「2年まえの箱根で会った」
 と、ぶっきらぼうに藤川は応えた。
「ああ、そうでしたね。国際学会のあとで。・・今日は新幹線で来られたのですか。朝早かったでしょう」
「もっと上等な乗り物に飛行機というものがあるのを知っているのかね。人にものを尋ねる時は、一番上等なものから質問するのが礼儀ではないのかな」
 と、武田の方を見向きもしないで、煙草を燻らしながら言った。
「ああ失礼しました。飛行機の方が新幹線より上等な乗り物なんですか。先生のことですから新幹線のグリーン車で来られたのかと思いました」
 と、武田はカチンときた気持ちをグッと押さえて、ちょっと皮肉って応答した。藤川教授は実際、大阪空港に出るよりは新幹線の方がずっと便利であることは、住所が寝屋川であることから武田には分かっていた。
<まあ、人は好き好きだから、飛行機で来ようと、新幹線で来ようと、そんなことはどうでもよい、ひとつの挨拶として、そう尋ねたのが、もうこうして二人の心の内をぶちまけてしまって、おもしろくない>と、武田は心の中で呟いた。
 
 煙草もけむい。武田は煙草は吸わないから、とくに厭な感じだ。この部屋は禁煙ではないのか、部屋を見渡してみた。禁煙とはどこにも書いてない。しかし灰皿は一つもない。見ると、藤川は携帯用の小さな蓋付き灰皿を持っている。そうまでして吸いたいなら、仕方がない。諦めるしかない。煙草には<愛煙>という言葉と、<嫌煙>という言葉があるが、愛煙という響きは世間通りは良いが、どうも嫌煙というと、人を嫌うようなニュアンスがあるようだ。それに自然に強弱の差が付く。つまり、煙草を吸う人は、まわりに嫌煙人がいようといまいと、そんなことは全くお構いなしに吸う。吸いたいから吸うわけだ。煙草の煙が厭な人がいても、その人はまず、吸わないでくれとは言えない。また言わないだろう。吸う人と吸わない人では、吸う人の方が強い。吸わない人が我慢するか、どこか他の場所に逃げるしかない。最近は飛行機でも長距離列車でも、禁煙席というのが設けられているので吸わない人にとっては助かる。そんなことを考えながら、武田博士は、こんな男に挨拶するんではなかった、と黙りこんだ。
 隣の席に座ったのはT大学の太陽のコロナ観測で有為な業績を上げた東出克彦である。そういえば東出君は四十五才くらいだ、だから一番若いのは彼だろう。茅場修や白浜宏美など惑星研究室の者は、多かれ少なかれ東出教授にはお世話になっているのでよく知っている。
 
 その節は、などと挨拶をしていると、午後二時も回り、科学技術庁の役人が三人入ってきた。それにもう一人、たしか文部省の早乙女次官ではなかったか、見覚えのある役人も一緒に入ってきた。この役人達は、われわれ名札のある席ではない、別なところに席が設けられている。
 
 全員が揃ったようだ。司会らしい役人が前に進み出て言った。
「皆さん、こんにちは。本日はお忙しいところ、遠路お集まりくださいまして、誠に有難うございます。本来ならば、国務大臣が挨拶するべきところですが、所用のためどうしても出席できません。代わりまして、総理府の三木本科学審議官がご挨拶申し上げます」
「こんにちは。いま司会の方から申し上げましたように、内藤国務大臣は所用のため大阪に出張いたしておりますので、本日は皆様にお目にかかれないことをお詫びいたします。代わりまして私がご挨拶申し上げます。三木本でございます」
 と、非常に丁寧にきりだした。最近流行のチタンフレームの眼鏡がよく似合う、いかにも役人といった風貌で、物腰は一見やさしそうだが、どこか目の奥に癖のありそうな人物である。
「お集まりいただいたのは、ほかでもありません。いま世界中で話題になっている冥王星の軌道が変化したことに関する科学技術庁としての対応の一つでございます。大学機関はそれぞれの情報網があり、対応しているようですが、総理府としましても、国民の動揺が即マスコミを通じて大きく曲折することを懸念しまして、正しい情報に基づいて対処する情報処理連絡会ともいえる臨時機関を設けたいのでございます。名称は太陽系異変対策委員会というものですが、わが国としましてはこの委員会一本に集約して善後策を検討する機関となります。国内および各国からの情報は、すべてこの太陽系異変対策委員会に集めて、ご検討していただくことになるわけでございます。大臣から、識者の皆様に、ぜひご協力をお願いしたいと、くれぐれも宜しくとのことでございます。電話でご承諾いただきましたように、皆様七名が太陽系異変対策委員会のメンバーということになります」
 みんな電話で?、簡単に決めてしまったものだな、自分はとりあえず今日此処へきてくれ、というから来たのに、もう委員になっているのか、と武田博士は苦笑しながら、みんなを見渡した。気が合うも合わないも、まるで関係なし、誰がこのメンバーを集めたのだろうと思ったが、まあいい、情報の収拾をスムーズにすることと、マスコミへの窓口を一本化したいのだろう、と武田は委員になること自体は、そう厭には思わなかった。それに藤川以外は、特にメンバーとして問題になるような、つまり学会でやり合ったような者はいなかった。三木本科学審議官は続けた。
「ただ、この数日間、世界中の天文台が大騒ぎしたわりには、その後、太陽系に大きな変化が起きているようでもないので、単なる偶発性で、一過性の事件として終わる可能性もあるので、皆様には、それほど何度もお集まりしていただいて審議を重ねるようなことにならないかも知れないのです。そういうことでもありますので、あまり深くお考えにならないで、皆様のそれぞれのご研究の障害にはならないよう努めてくださればよろしいかと思っております。どうか一つ宜しくお願いいたします」
「早速ですが、本日の予定は、これからお配りしますプログラムのように進行させていただきます」
 と、司会が、もう一人の役人、多分アシスタントとして来ているだけだろうと思われる若い者に、プリントを配るように指示しながら言った。
 役人のやることは何事も強引だ。こうと決めたことは絶対的である。配られたプリントを見ると、委員長の選出から、委員長の権限の範囲、いままでの経緯のまとめ、今後の対策、情報の収拾場所の決定などのほか、最後に中国政府および中国科学院からの要請で、中国へ天体観測の応援に行くグループの決定というのがあった。これか、このために文部省じきじきに早乙女次官が来ているんだ、と武田博士をはじめ、次官を知っている者は納得した。
「それでは、はじめに委員長を決めてください」
 と、司会が進行しようとした。
「ちょっと待ってください。このメンバーは誰が決めたんですか。参考までに教えてくれませんか」
 と、地質学の石井信雄が、教えてくれるかな、それともポンと否定されるかな、と恐る恐る尋ねた。三木本科学審議官が、ちらっと藤川の方を見た。武田は見過ごさなかった。やはり藤川か、じゃなぜ私を選んだんだ、私などクソ食らえと日頃は思っているだろうにと少し不審に思った。司会が、
「それは・・」
 と、言いかけた時、すっくと三木本科学審議官が立ち上がって言った。
「それは、主として私です。私の責任に於いて、各方面でご活躍されている皆様を選ばせていただいたのです」
「わかりました。光栄です」
 と、石井は、話の腰を折ったことを詫びるように、全員に軽く頭を下げながら言った。
「それでは、委員長の選出ですが、どなたか推薦してくださればよろしいのですが」
 と、司会が全員を見渡しながら言った。
 しばらくは全員無言でプリントを眺めていた。7名の委員は、それぞれ何らかの関係があり、全く知らないという事はなかったが、プリントには一応、各委員の肩書きや、専門分野、業績などを細かくまとめてあった。
「はい」と、東出が、右手を顔の辺りまで上げて言った。
「どうぞ、東出先生」
「武田先生が適任と思います」
 と、すぐ左隣に居る武田博士の方に、軽く手を差し伸べて言った。
「賛成ですね。今回の冥王星の異変を第一に発見したのは、武田先生ですからね」
 と、地球物理学の新見悟一が、大きな声で皆に諭すように言った。
「異存はありません。この委員の中で、いわゆる天文学者といえる人は、武田先生と瀬川先生、それに東出先生ですが、瀬川先生は南極や北極にいらっしゃることが多く、連絡に不便といいますか、ご自身の動きに制約があるのではないかと、お察しします。そして東出先生は、・・」
 と、地質学の石井信雄が説明をしようとしたが、東出の方を向くと、自分から言いたそうな素振りを見せたので話を譲った。
「ええ、私も乗鞍岳コロナ観測所に居ることが多く、皆様に迷惑をかけることも多々あるでしょう。そうなっては・・・・」
 と、石井の方から、三木本審議官の方を向きながら言った。
「そうですか、・・しかし、・・武田先生には中国に・・」
 と、三木本審議官が途切れ途切れに奥歯に物が挟まったような言い方で言った。武田はハッとした。私を中国に派遣しようというのまで、もう決めていたのかと横目で藤川の方を見た。藤川は知らんぷりのそっぽである。
「私は藤川先生が委員長には適任と思いますが」と、科学技術庁宇宙航空研究所の所長である飯島直巳が言った。
武田には、もうすべてが読めた。
「そうですね。藤川先生はマスコミにも顔がお広いですし。適任と思います。私などみなさんの足手纏いになるだけですよ」
 と、武田は三木本審議官に向かって、いたって平静に言った。
「どうでしょうか。武田先生と藤川先生が候補に上がったのですが」
 司会が口をはさんだが、言い終わるやいなや、それを無視するかのように、藤川が、
「私にと言うんであれば、喜んでお引き受けしてもよろしいですが」
 と、もう委員長は私しか居ないと言わんばかりに、皆を見渡して言った。
 さっき武田博士を推した委員達は、いま自分たちが言ったことはどうなったのだろう、考えてくれたのか、と呆気に取られてしまった。誰が考えても武田博士が、いま天文学者としては一番信望を集めていることくらいは分かっているはずである。
 司会者でさえ、武田博士になるだろうと思っていたくらいである。藤川を委員長にしたいなら、初めから、そういうように提案するのだった、と。まさしく打ち合せ不十分だ、委員みんなに不愉快な思いをさせてしまった、と司会者も息を呑んでしまった。
 武田博士は、そのメンバーに心の中で感謝した。私を信頼して推薦してくれたに違いない、七人中、五人までが私を推してくれたのだ、ありがたいと。
「それじゃ皆さん、藤川先生に決定してよろしいですね」
 と、司会者ではなく、三木本審議官が言った。
 もう誰も発言しようとはしなかった。これは根回しだ、初めから藤川にしようとしていたんだということが誰にも分かったからだ。
「では、藤川先生に委員長として、まとめ役になっていただきます。・・それでは、次回から太陽系異変対策委員会としての会議の進め方は、藤川先生にお任せするとして、本日はとりあえず、わたしが、このあとも司会進行を努めさせていただきますが、よろしいでしょうか」
 司会が藤川の方を向いて丁寧に言った。
「ああ、いいですよ。よろしく」
 と、満足そうに藤川が答えた。
「それでは、この数日間の得られた情報を出来るだけ詳しく、ここでご報告してくださいませんか。記録の方は、こちらでやります」
 それぞれ委員は、自分の持っている情報網で得た今までの経緯と、研究グループの所見を述べていった。武田博士も冥王星の軌道傾斜角が、発見した時と変わっていないことを述べ、公転周期は若干短くなっていることを言うに留めた。
 ただ、東出が、冥王星の軌道が変化したのは、徐々にではなく、非常に急激に、地球時間で一昼夜という速さであったであろうことを言ったのは、武田博士にとっては大いに貴重な情報であった。というのは武田グループが異変の第一発見者だといっても、いつ異変が起きたかを確定することはできなかったからである。東出の報告では、他の観測グループから得た情報であったが、その前々日までは、冥王星は従来軌道を公転していたということである。もし続けて観測していれば、第一発見者になっていただろうというわけだ。まさか、そんな大異変が起こるとは想像もしなかったので、点にしか見えない冥王星などには、興味を示さなかったのである。
 武田博士は、昨日、惑星研究室でのセミナーの際、第十番惑星の話も出て、それが自分の多変数位相渦理論を実証してくれるかも知れないと、秘かに思っていたが、この場では一言もその事には触れなかった。第十番惑星、あるいは第十一番惑星になり損ねて、太陽系の惑星軌道に乗らなかった高密度の天体、これが数万天文単位の所に幾つかあれば、きわめて正確に水星や金星までも、その近日点の移動が説明できるのだ。この天体が何万年に一回くらいの割合で太陽系に猛スピードで突進してくる。今回の事件も、この謎の天体のせいではないか。早く見付けて、そのスピードや質量、軌道を明らかにしたいと、はやる気持ちを押さえるのだった。
 最後に藤川教授が、「みなさんのご報告は、私の持っている情報とほぼ同じです。しかし、新聞などマスコミには、一応たいしたことはない、巨大な彗星でも衝突したのだろう、ということにしておきますが、いいですね。あまり不安をかきたてるような発表はしたくないのでね」
 と、締め括った。武田をはじめ何人かの委員は、<判ってないな>と思ったが、別に反論する気にもなれなかった。
武田は、この数日の間、新聞社などマスコミからずいぶん取材、取材で電話をはじめ、追い回されたが、もうこれで解放されるわ、と気が楽になったのも事実であった。
 そのほか、対策の決定権は委員長にあること、マスコミへの発表は委員長が行うこと、情報の一括収拾は、科学技術庁内に設けた太陽系異変対策委員会にすることなどが確認された。
 最後に司会が、「長時間申し訳ありません。最後に早乙女文部次官からお話がございますので、よろしくお願い致します」
 と、早乙女祐一郎を皆に紹介した。
「早乙女でございます。貴重なお時間、そしてお疲れのところ、申し訳ありません。最後に政府からのお願いがございますので、ご検討くだされば幸いです。それは、先日中国政府から、わが国に今回の惑星の異変に伴い、中国も観測の強化をしたいので、日本から優秀な観測グループを派遣して欲しい、との要請があったのです。わが国には、専門の天体観測機関がいくつかありますが、皆さん方からの推薦ということで、その機関あるいはグループですね、そこへお願いすれば話がスムーズに運ぶと思い、本日ここでご検討をお願いすることになったのです。期間は約半年ですが、異変の進行によっては、それ以上留まっていただくことにもなります。いかがでしょうか」
「私は、武田君を推すが、どんなもんだろうか」と、いきなり藤川がきりだした。
 武田は、<そらきた、私を国外へ追放したいんだろう>と見え透いた藤川の心の内を読んだが、どこで観測しても同じだ、どこへでもやってくれ、と半ば開き直した。
「武田先生は、第一発見者というだけでなく、わが国では天体力学ではなくてはならない中心の方ですから、国外に出られるのは、ちょっと・・・・」
 と、東出克彦がきりっとした目付きと、やや立腹した態度で藤川の方を向いて言った。
「同感ですね。武田先生の惑星研究室のコンピューターソフトは世界有数の、というより世界最高の計算能力を持っていると私などは思っています。それを、みすみす中国に。いやぁ武田先生を中国に派遣するのは反対ですね」
 と、ちょっと興奮気味に大きな声で新見悟一が言った。
「最高だからこそ、安心して派遣できるんですよ。せっかくの中国政府の要請に、役立たずの学者を送ったのでは、日本の名折れになるでしょう」
 と、さも理にかなっていることを言っているとばかり、反撃するような口調で藤川が新見に向かって言った。すかさず新見も、「先生!、それは言い過ぎではございませんか。役立たずの学者なんて。それぞれに第一線の研究をしているグループはいくつもありますし、業績を上げています。・・・私はM大の飯盛グループを推薦しますが。ご存じのように、小惑星の一つが軌道から外れて地球に接近するのをいち早く観測そして理論予想を発表され、見事に当たった熱心な研究グループです。本日のお招きも、じつは私などではなく、あの飯盛博士にするべきだったのではないかと思いますよ」
 と、なかば突っ掛かるように言い返した。委員の中にも頷く者は何人かいた。さっきの委員長決定の件にしろ、この中国への派遣問題にしろ、どうも藤川教授は武田博士を陥れようとしているとしか思われない、と皆も感じてきた。
「飯盛君は、私もよく知っている。しかし、中国政府が喜んでくれるのは、武田君以外にはいないと確信しているのだがね」
 と、自分の意見に賛成してくれる者はいないか、と見渡すように全員を眺めながら藤川は言った。目が早乙女次官と合うと、
「早乙女次官はどうお考えになりますか」と、応援を頼むように言った。
「いや、私は判りません。みなさんで決めてください」
 さすがは文部次官らしい落ち着いた口調でかわした。
 ちょっと間があいて、だれも発言しようとしなかったが、それまで口数の少なかった飯島直巳が、
「それではこうしたらどうでしょう」
 と、切りだした。
「武田グループを中国に派遣することにしてその代わりに、この太陽系異変対策委員会にM大の飯盛グループを加えるというのは」
 武田博士をはじめ、何人かの識者は呆気に取られた。何と非常識なことを平気で言うものだと。今決まったばかりの委員会のメンバーを外国に放り出して、別なメンバーを入れようとする。
 三木本審議官までが、それに輪を懸けるように、
「それも一つの方法ですね。そうしたらいかがでしょうか」
 と、藤川の方を向いて言った。
「いや、委員会のメンバーをいまさら変えることは出来ないです。飯盛君は飯盛君で活躍してもらうことにして、武田君はあくまで対策委員会のメンバーです。たとえ中国に行ってもらうことになってもメンバーとして変わりはありません」
 と、藤川は、さすがに委員長らしい責任ある返答をしたが、それにしても武田博士を中国に派遣することには固執しているのがよく判った。
 武田は、もうこれ以上あれこれ委員会を混乱させたり、あまり腹のうちをさらけ出してメンバー同志の今後の運営に支障をきたすようになってはいけないと判断して、中国に行くことを決めた。
「ご推薦とあれば、私が中国にまいります。情報のやり取りはどこにいても同じです。ご期待に沿うよう頑張ってきます。早乙女さん、中国のどちらですか」
「南京大学と聞いているのですが」
「ああ、南京大学なら、古い友人もいます。・・・・みなさん、私がまいりますので、もうこれ以上議論はなさらないで下さい。向こうでの観測でも、最新情報は常にこちらに届けるようにします」
 と、武田は固い決意を持って委員全員に言った。隣に座っている東出には小さな声で、ありがとうと言った。東出は、しかし先生、と慰めとも反駁とも言える声を出した。他のメンバーも口々に武田に向かって何やら言ったようだった。博士は軽く頭を下げた。