三井鑛山(株)白山坑跡 探検: 北の細道 砂川炭鉱 白山坑跡

三井砂川鉱業所 白山坑で境界に立つ




北海道奈井江町

 北海道道央部に位置する上砂川町と奈井江町の境界線は、
屈曲した奈江川によって町境とされてきた。

砂川市は明治23年、奈江村として設置、明治30年に歌志内村が分村、
36年に砂川村となり昭和33年1月市制をひく。

奈井江町は昭和19年(1944)4月に砂川町から分村、地名はアイヌ語の『ナエイ』(谷川)に由来する。
上砂川町は昭和24年(1949)1月に砂川/歌志内の二町の各一部が合併、町政を施行した。
そのどれらも炭鉱の発展が相関している。

空知振興局

昭和22年の三井砂川鉱業所 白山坑開坑にあたって鉱区が奈井江町、
上砂川町の両行政区域にまたがって開発されることとなった。
炭住や住業施設は川の両岸に展開、右岸と左岸で行政上の取り扱いが異なるのは、
通学や物資補給、治安の面でも弊害があり、
将来の奥奈井江鉱の開発をも視野に入れると
付近を一つの行政区域とする必要性が懸念されていた。

そこで当時の三井砂川労働組合白山坑484名が上砂川町、奈井江町に対し、
上砂川町の一部を奈井江町に編入するように陳情した。
しかし上砂川町は時期尚早という判断、奈井江町側は編入運動に賛成と意見が分裂した。

その後、上砂川町側も役場出張所を付近に設置することや審議、境界踏査などを検討したが、
そこには税収も絡み複雑な問題と化した。
三井鉱山としては奈井江管轄が望ましいとの意見となり、
住民による奈井江編入促進会も発足、その後、上砂川町議による境界変更が可決、
1年有余の境界変更問題に決着がつき、昭和27年1月1日より河川ではなく
約2km北に町境界が移行することと相成った。

町境

今回は昭和26年と早い時期に閉山を迎えた三井鑛山(株)白山坑に残る炭鉱跡の探索だ。
『町境』の問題も踏まえた上で炭鉱街に残る遺構を巡る。


甲種炭鉱・専用鉄道・白山坑駅・・・



慰霊碑
慰霊碑





トップページへ