セネガル便り 第1便  次へ  2003.02.25更新
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セネガル在住10年になる妹のことが雑誌LUCi2003年2月号(153ページ)に掲載されましたので転載してみました。
書いたのはMizuho Haraさんです。話半分として読んでください。

毎日少しずつ書き加えていくつもりが突然の背筋痛(テニスのやりすぎ?)にてしばらくお休みしてしまいました。楽しみにしているよとの応援メッセージをくださった方々に励まされ今日は書くぞ〜(2003年2月25日)

○月×日 事実は小説より”喜”なり! 波乱万丈ドキュメンタリー

「うわ〜、テレビもベッドも、応接セットまであるー!」懐かしいアパートの扉を開けたとたん、以前との違いに驚き、私は叫び声をあげた。
 ここは西アフリカ、セネガルの首都ダカール。世界一周旅行を始めた6年前、アフリカ旅行中に出会い、お世話になったマキコさん宅に、私は再びやってきたのだ。が、当時は冷蔵庫すらなかった彼女の暮らしぶりは大進化。「あの頃は無職の貧乏人だったけど、今じゃ社長ですからね〜」と笑う彼女の日焼けした顔をウルウル見つめつつ、昔聞いた身の上話を幻のように思い出す。

「私は日本じゃ医者の娘で、店やマンションも経営してる大金持ちだったの。ある日そのマンションに政府の仕事で来たセネガル人一家が住み始め、親しくなったのよ。その頃私は結婚してて、子供ができず悩んでた、小さい頃から、父の病院で出産があると楽しみで眠れないほど子供好きだった私にとって、子供を持つことは最大の夢だったのにね。そんな時セネガル人の奥さんに、『アフリカ男はパワフルだから、セネガルに来れば子供なんてすぐできる』って言われたの。笑い飛ばしつつも、以来その言葉が忘れられなくなった。それで悩み抜いた挙句、結局離婚までして、数年前この国に来たのよ」。が、話はここで終わりではなかった。

「その時アフリカで事業を起こそうと、政府の役人だと紹介されたセネガル人に数千万円を預け、準備を頼んでいたの。でも結局来て間もなくだまされていたとわかり、私は突然無一文になってしまった。裁判を起こし奇跡的に勝訴したけど、全額返済には到底ならず、毎月小額が戻ってくるだけ。今はなんとかそれでやりくりしてるけど、最初は借金の返済もあり、米も買えなかった。勘当同然で日本を飛び出したから、今さら家族にも頼れない。40年間大富豪だったのに、一気に大貧民よ(笑)。でもね、これも自分で選んだ道。来てよかったと笑えるまでは絶対に帰らない。だました本人に『金持ちのままじゃできない経験をさせてやったんだ』と言われあぜんとしたけど、今は本当にそうかもしれないとも思うわ。人の心根や物のありがたみが、しみじみわかるようになったもの」。
 そう語ってくれた日から早6年。なんと彼女は、当時私を介して知り合った日本人商社マンから仕事を請け負うこととなり、今や自分の会社まで設立。ダカール一流暢な現地語の操り手としてマスコミ取材の手配から通訳までこなし、大統領インタビューまで成し遂げたと言うではないの!

 当時、貧乏のうえに子宮筋腫まで患い、気丈ながらも心細げだったマキコさん。そんな彼女に何もしてあげられぬまま旅を進めていく自分が後ろめたく、「きっとまた会いに来る」と胸に誓った密かな仁義。それは私が不在の間に、めぐりめぐって果たされてたのだ。
「なんと8人の呪術師たちにね、将来億万長者になるって言われたのよ」と、マキコさんは女子高生みたいな顔で笑った。彼女の波乱万丈物語の、続きを聞く日が待ち遠しいな。

○月×日 熱帯奥地に踏み込んで 自然の摂理、大発見?!

縁あって、奥地でカキ養殖をする海外青年協力隊員を訪問。たくましく生い茂るマングローブの林を前に、ナナオ隊員の説明を聞く。
「カキは海水でも生きられる植物、マングローブの根に繁殖するんです。が、根元はカキだけでなくエビやカニや小魚の隠れ家でもあり、海産物の宝庫。林は村を守る天然の防波堤となり、水に沈むほど重く頑丈な幹や枝は、建材や燃料に最適。花からはおいしい蜂蜜が採れ、ミネラル豊かな葉は家畜の良質な餌となる。と同時に海に散る葉はカニのハサミなどにより細かく砕かれ、プランクトンの栄養素として食物連鎖も支えてるんですよ」。そして彼は、さらにこう付け加えたのだ。
「でもこの木はね、最初から海水で生きてたワケじゃないんです。一般地でほかの植物との生存競争に勝てず、へき地へと追いやられて行った結果、海の塩水でも生きられる性質になったと言われているんですよ」。
 なんとマァ、いじらしくもたくましきマングローブ!弱者の座に屈せず懸命に順応し、その結果、他者にはない力を身につけたとは!
”苦境”というのは心意気次第で、輝く新境地へのステップにもなりえるのね!! 私はそうシビレつつ、ふとマキコさんを思い出していた。(2003年2月26日記 完)