担当司祭から:2024年5月(バックナンバーはこちら)

川上栄治神父の写真
川上栄治神父

 2009年10月~2010年3月 協力司祭
 2010年4月~2013年3月、2014年4月~ 道後教会担当司祭

 1975年8月16日生。大阪出身。ドミニコ会司祭。
 2006年9月に司祭叙階。2006年~2009年、ローマで勉強。2009年8月に帰国後、松山へ。
 松山教会に在住。

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現在の心境

(「道後教会だより」2024年5月号より)

 わたしは3月と4月、2回続けて教会だよりの原稿の執筆を休止しました。これは一昨年の1月と2月以来です。しかし、あの時は体調不良に加えて、「こじか」の執筆を始めたばかりで、色々慣れないことが重なり、わたし自身としては仕方ないという思いがありました。今回はそれと事情が違い、わたし自身予想していませんでした。
 わたしは昨年1月をもって松山教会の担当司祭を退きました。それは二つの教会を兼任することに加え、学校の授業と幼稚園のチャプレンを続けることが難しくなり、わたしが修道会に仕事を減らしてもらうように願った結果でした。その時わたしは「これから道後教会の司牧に力を注ぐことができるし、いろいろなことがやりやすくなる」と思いました。実際、わたしは昨年の道後教会の信徒総会で「これからは道後教会の司牧に専念できるので、よろしくお願いします」とあいさつしました。道後教会 聖堂
 ところが松山教会の担当司祭を退いて1年ちょっと経った今、状況はわたしの思惑通りではないというのが正直なところです。道後教会の平日ミサを休むことが度々あり、学校の授業への負担や幼稚園に行くことの負担も以前より強く感じるようになりました。そういう思いがなぜ湧き上がるのか、最初の頃わたしは戸惑いました。「もう少し体調管理をちゃんとしたら、効率よく働けるのではないか」とか「仕事が捗らないのは自分の生活リズムが悪いからかもしれない」と思った時期もありました。
 ところが、実家の母からある日、「あなたも歳を重ねて、できることができなくなるのも当然でしょう」と言われて、はたと気がつきました。確かにその通りです。わたしは教会の信者さんや修道会の神父様たちから「若い」と今も言われていますが、そんなわたしも48歳になりました。道後教会の担当司祭になった時はまだ34歳でした。それから14年が経って、心身の変化があって当然です。
 自分で言うのもおこがましいですが、わたしは目の前にある出来事に常に全力で取り組んでいます。ただ、それが終わった後の肉体的・精神的な疲労が大きくなったので、仕事の効率が以前より悪くなったことを感じています。
 そこで、ローマで勉強していた時にある神父様に言われたことを思い出しました。「『歳をとって祈れなくなった』と言う修道者がいるが、それは若さで突っ走ってきただけで、それができなくなった時に、本当の信仰が試される。」内容は若干違うかも知れませんが、おおよそこんな内容だったと思います。まさに、わたしが今その状況にあるのかもしれません。「仕事に対する疲労を感じるようになった」というのは、若さで突っ走ってきた自分がこれからの司祭職を歩むために、必然的にやってきた分岐点だと言えます。
 ここで「自分の力が弱ってしまった」と失望するなら、司祭職に幻滅を感じてしまい、召命の道も危うくなるかもしれません。でも、子どもの頃から憧れて司祭になったわたしは、今自分に起きている心身の変化を受け入れて、召命の道を歩み続けたいと思います。
 今までも十分に教会のために働くことができていなかったのですが、これからも十分に働けるかどうかは分からないと正直に認めます。ただ、ミサをして、信徒の皆さんを力づける説教をし、秘跡を授けるというキリストの代理者としての司祭の務めをしっかり果たしたいという思いは変わることなく抱いています。どうか、皆さんわたしのためにお祈りください。よろしくお願いします。