上野は北の玄関

 

セバスチャン 西川 哲彌

上野教会の特徴のひとつは、日曜日のごミサにお客さんが多いことです。
どの教会にもめずらしい方がお見えになることはある。
しかし、毎週々々、日本人のみならず外国からお客さんがいらっしゃるのはめずらしい。
スカイツリーとか浅草の観音様から一番近い教会という理由もあるのだろうが。
上野駅に近いというのも原因らしい。
ホテルや旅館も沢山ある。
上野は今なお北の玄関なんだと思う。
上野駅広小路口を出て左に曲がるとガード下に「ああ上野駅」の歌碑がある。
1960年代、日本の高度成長を支えた人達、「金の卵」と云われた若い人達が集団で上京し、上野駅についた。
その時の気持ちをそのまま歌ったのが「ああ上野駅」(昭和39年関口義明作詞、荒井英一作曲、井沢八郎唄)だった。
それから40年近くたって「金の卵」がそれぞれ会社や商店の経営者になり、当時のことを忘れないようにと建てたのが前述の歌碑だそうです。
私は1961年に18歳で上京して学生生活に入ったので、「金の卵」の万分の一も苦労してないのですが「ああ上野駅」という歌には言葉にならない共感を憶えてならないのです。
そして40年前50年前にそこに立って見たり感じたりしていた上野駅を思い出すのです。
北の玄関そのものでした。
一部を除いて列車は東京駅が始発駅となり北の玄関としての機能は上野駅から取り去られて寂しい通過駅になってしまいました。
しかし、毎週々々、新しいお客様が紹介されるたびに上野教会という家庭が、地方からきた人を暖かく迎えるような雰囲気になるのが不思議です。
かつて北の玄関といわれていた時代の上野が教会に生きていることを感じます。
たまたま来た方を家族の一員として迎え、もてなす。
これこそ教会の本来もっているすばらしいところではないでしょうか。

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