EL38 UL+カソードNFB シングル・パワーアンプ 最大出力8.2W (2024年4月、当サイトで先行発表)

 

最大出力 (クリップ前) 8.2W (整流管GZ37使用時)
周波数特性 (-1dB) 16Hz〜24kHz
ひずみ率 (1kHz, 1W時) 0.28%
ダンピングファクタ (1kHz時) 3.0
残留ノイズ (補正なし) 0.1mV (最大出力とのSN比98dB)
入力感度 (最大出力時) 0.38V(12AX7), 0.66V(12AT7), 1.0V(E80CC), 1.5V(12AU7, 12BH7)

回路図 電気的特性
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 本機は2024年4月に当サイトで発表しました。さらに同年6月に発行が期待された「ラジオ技術」誌989号に詳しい製作記事を掲載する予定でした。しかし2024年12月現在で発行される気配がなく、雑誌の発行継続は断念されたように思われます。
 2024年7月、低域特性に対して抜本的改良を施しました(後述)。さらに12月に電圧増幅管の対応品種を拡大させました(写真参照)。初段管には元の設計で採用した12AT7のほかに、12AX7、12AU7、12BH7が使用できます。さらに欧州管のE80CCも使用可能です。
 このようなことが容易な理由は、初段と出力段の間にフィードバック回路が存在しないことにあります。その副次効果として、初段管の管種によるサウンドの違いがはっきりと聴き取れます。その印象は最後部分に記述しました。
 2025年4月、低域の特性をさらに改善するために初段B電源電解コンデンサの容量を初期設計の容量に戻し(増やし)たほか、CR結合のフィルムコンデンサの容量も増やしました。

 本機は英国Mullard製出力管の音を鑑賞するために製作しました。「Mullard」は英国人創業者の名前ですが「マラード」と発音します。
 出力管には英国で1960年代に開発、使用されていたEL38を採用し、同じく英国Mullard製の旧型整流管GZ37を使用できる設計にしました。
 実は私は1995年にもEL38を使う小さなシングルアンプを「ラジオ技術」誌に発表しています。本機はその経験を踏まえて発展させた刷新版です。
 EL38と同じく英国Mullard社で製造された出力管には有名なEL34があります。オーディオアンプに使用されたほか、大規模なライブ公演で使う大出力ギターアンプにも多用されてきました。
 しかし英国での真空管製造は1980年代に終了しています。大量の在庫もどんどん消費され続けたため、現在ではまともに動作する英国製EL34を入手することは困難になってしまいました。
 その点EL38は同じMullard製ですが、EL34とは用途が異なるためギターアンプには使われません。そのため現在でも入手が容易です。真性の英国Mullardサウンドを手軽に聴くことができます。
 英国Mullard社が製造した初期のオーディオ用5極管にEL37という製品があります。EL38はその兄弟管で、テレビ受像機に使われていたブラウン管の水平偏向回路に用いられました。なお同社はブラウン管自体も製造していました。
 EL38がオーディオ用EL37と特性面で一番異なるのは、入力感度が格段に大きいことでしょう。
 この特性をオーディオアンプの観点で見ると、カソードNFB(KNFB)が大きく掛かるというメリットが生じます。このときEL38は動作時の内部抵抗が大幅に減り、特性がオーディオ用3極出力管に近づきます。しかも本機はUL接続を併用するため、EL38がさらに3極管に近い動作を行いながら、多極管としての高出力を維持しています。
 以上の理由で、本機は多極管アンプに必須のオーバーオールNFBが必要ありません。そのままで無帰還300Bシングルアンプなみの特性と出力が備わります。

 本機はB電源の直流化に整流管を使い、コンデンサ・インプット方式を採用しています。この方式では旧時代の整流管に対応するために回路上特別な注意を要します。
 それは入力コンデンサの容量が小さく制限されることです。本機で使いたいGZ37はわずか4μFに制限されています。米国製の直熱型整流管5R4GYも同様です。これを守らないと整流管が急速に消耗して故障の原因となります。
 4μFというのはB電源の平滑には相当小さな容量です。小さすぎるためにリップル低減の能力不足以外にも難しい問題が出てきます。具体的には、10Hz以下の低周波の不規則な電圧変動がB電源に現れることです。
 そこでシミュレーション実験で探した特別な構成のπ(パイ)型フィルタでこの問題を解決しました。すなわちB電源平滑の入力コンデンサ(1段め)と次段コンデンサの間のデカップリングにチョークコイルではなく、固定抵抗器を用いたことです。こうするとB電源に低周波の不規則な電圧変動が起きません。チョークコイルによる平滑の徹底はこの後の段で行なっています。
 出力管EL38は5極管であるため、3極管にはない微小な振動/発振現象を防ぐための対策が必要です。高域にぴりぴりした刺激が感じられるときの対策です。
 まずコントロールグリッドには、昔から知られているようにソケット端子の直近に数kΩ〜10kΩの抵抗を直列に入れます。どの抵抗値が適切かは計算で出せないので試聴で確認しながら探ります。
 次にUL接続特有の対策として、スクリーングリッドに直列抵抗を入れます。これも高域がピリピリするときの対策です。必要かどうか、必要なら最適な抵抗値を試聴で確認しながら探ります。

 アルミ電解コンデンサはアンプ内部で多用される部品ですが、音質に大きく影響する部品です。ここで生じる高域のザラつきやモヤつきを改善するために、フィルムコンデンサやセラミックコンデンサを並列に追加しました。
 その容量はさまざまなジャンルの音楽を試聴して決めています。どの音源でも納得いく音質/音調になるまで、部品の最適定数を探します。
 初期設計からの大きな変更として、低域の時定数を変更するために出力管カソードバイパス用コンデンサの容量を倍増しました。これに合わせて、CR結合のコンデンサ容量を調整しました。
 この効果として低域端におけるカソードNFB量が6dBほど増加し、低域における出力インピーダンスが改善しました(特性グラフを参照)。音質面では低音楽器の解像力がさらに上がったように感じます。
 後日さらに低域の応答性能を改善するための改良を施しました。聴感上の帯域が低域方向へ広くなり、低音楽器の音像がより明確に聴き取れるようになりました。
 初段管の管種拡大にともなって、ヒーター電流を0.3Aから0.6Aまで対応できるように、ヒーター電圧調整用の抵抗の値を修正しました。上記のどの管種を使用しても適正な範囲のヒーター電圧で使用できます。
 また、サウンドを管種拡大に適応させるために、出力管グリッドに対する音質調整も行なっています。詳細は回路図を参照してください。

 本機を直熱型整流管(5U4Gや5R4GYなど)で運用する場合は、以下の手順で電源投入します。B電源が一時的に過大な電圧に達するのを防ぐためです。
 @電源スイッチを入れる前に整流管スイッチが切られていることを確認する。A電源スイッチを入れて18秒ほど待ってから整流管スイッチを入れる。B電源スイッチを切るときは整流管スイッチも切っておく。
 傍熱型整流管の場合は整流管スイッチを入れっぱなしで電源スイッチを入り切りしてかまいません。
 本機のサウンドはキレがよく鮮明なことが特徴です。低音は波形が見えるかのごとく明瞭で力感があります。低音の支えがよく利いているため、ジャズ、ポピュラー音楽、クラシック音楽のいずれも音像がリアルに感じられます。
 本機は使用する整流管の銘柄で音調が変わります。英国製GZ37は音色を重視したサウンドに、GZ32ではスケール感のあるサウンドになります。米国製の直熱型整流管では音のきめがより細かくなりますが、それぞれの銘柄で音調が異なります。
 初段管の管種や銘柄でも音調が変わります。設計時に想定していた12AT7系のサウンドは音色がはっきりしていることが特徴です。12AU7系に替えるとしなやかさと広帯域感が出てきます。12AX7系はどちらかというと高域寄りに聴こえてかっちりとしたサウンドです。12BH7はぐっと重みのある低音が特徴のサウンドを味わえます。欧州管のE80CCは12BH7と似たサウンドですが、高域のきめ細やかささと伸びが加わります。本機との相性はたいへん良いと思いました。
 試聴テストがたまたま12月だったのでベートーヴェンの第九交響曲を大音量で聴き込みました。フォルティシモの轟音でもけして破綻することなく、どこまでも細部を描ききる迫力再生にはひたすら圧倒されました。自分でこしらえたものですが、思わず「すごい」とつぶやいてしまいました。
 なお初段の真空管カバーは外部ノイズ混入の問題がなければ外してかまいません。そのほうが伸び伸びと鳴ります。


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