(写真は浦島太郎の墓)
未だ暑さが過酷なため、旧東海道沿いのウォーキングもなかなか
進みませんが、川崎宿から続けます。
川崎→鶴見→新子安→東神奈川
多摩川の二子橋を渡ると直ぐに旧東海道の碑があります。
その碑に従い、道を右折するともう川崎宿です。
お江戸日本橋 七つ立ち〜、初上り〜♪
六郷あたりで 川崎の万年屋〜、鶴と亀との 米まんじゆう〜♪
の歌で有名な川崎宿の入口にあった万年屋跡を探します。
(土山宿伝馬館展示品「米まんじゆう」)
当時、本来は本陣で食事すべき大名も、本陣での食事を止めて万年屋に
食事に立ち寄る程の大旅籠だったそうです。
旅籠の跡を見たいと思い期待したのですが、残念ながら、道沿いに
下の写真の説明板があるだけでした!
川崎から鶴見へと向かい、鶴見川に架かる鶴見橋を渡ります。
旧東海道沿いに、寺尾稲荷道の道標複製や身禄道などの説明板が続きます。
更に進むと、生麦街道(旧東海道)に入ります。
江戸時代の名残はありませんが、道幅が広く、しかも自動車がほとんど
走っていないので、快適なウォーキングです。
やがて左手に生麦のキリンビール工場があり、その前に、有名な生麦事件の
碑があります。
更に歩くと、京急子安駅の近くに浦島丘という地名があり、以前から
浦島太郎と関係があるという話を聞いていました。
しかし、今回のウォーキングで、な・・何と!
京急子安駅の北の坂の上にある蓮法寺の境内に、冒頭の写真の
浦島太郎の墓?を発見!
案内板によると、竜宮城から帰った浦島太郎は、その間に300年が
経っていたことに絶望し、玉手箱は開けないで、両親の生まれ故郷の
この神奈川の海岸から、再び竜宮城へ戻った、とあります。
驚き!
川崎宿から神奈川宿まで約10キロです。
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