(写真は、両側が崖の険しい尾根道)
股関節炎が回復しないままでの笹子峠越えになってしまったので、5街道踏破で初めてタクシーを利用しました。
新横浜 5:02 →(JR横浜線)→ 5:48 八王子 5:51 →(JR中央本線) → 6:00 高尾 6:03 → (JR中央本線) → 6:39 大月 6:54 →(JR中央本線)
→ 7:12 甲斐大和 7:35 → タクシー → 8:10 矢立の杉
前回の無念のリタイアとなった「矢立の杉」の看板の前でタクシーを下ります。
看板の脇の細い道を下りていくと、直ぐに前回の最終地点となった杉良太郎の矢立の杉の歌の黒い石碑がある場所に出ました。
杉良太郎が寄進したという地蔵菩薩の脇の手を洗う手水(ちょうず)舎(上の写真の右上)の手前がY字路になっています。
Y字路を左に進むのが旧甲州街道で、写真の様に甲州街道の道標があります。
旧甲州街道は、いきなり急な下り坂となり、丸太組の木橋で小さな沢を渡ります。
木橋を渡ると、今度はいきなり急な上り坂です・・・
矢立の杉までは、歩き易い谷筋の道でしたが、矢立の杉の先の途中から険しい尾根道になりました・・・
谷筋の道と異なり、足を滑らせたら谷底まで転がり落ちそうです・・・
左右の谷底に転落しない様に慎重に、木立の中を歩いて行きます。
多分、この辺りが、笹子峠最大の難所だったのだろうと思われます。
険しい尾根道を延々と歩いたところで、上の写真の様な、斜面の急な砂道になり、掴まるものも無く、足元が滑るので歩けません・・・
仕方なく、腰を落として、滑り台の様にして急な坂道を滑って行くと、県道に合流しました。
この合流地点に、「矢立の杉 笹子峠トンネル」の甲州街道道標がありました。
ほとんど車が通らない県道の上には蛇が・・・
県道を暫く歩いて行くと、正面に洋風レンガ造りの「笹子隧道」(旧笹子トンネル)の入口が見えて来ました。
(旧笹子トンネル:登録有形文化財)
案内板によると、この「笹子隧道」は、昭和13年に完成し、現在の国道20号の「新笹子トンネル」が昭和33年に完成するまで甲州街道の交通を支えてきた、
とあります。
今朝、JR甲斐大和駅からタクシーで矢立の杉まで乗って来た際には、この隧道を抜けてこちら側に出て来ました。
この隧道は、1車線なのにも拘わらず入口に信号が無いので、隧道の中でのすれ違いが出来ません・・・
今朝、タクシーでこの隧道を抜けて来たときは、天井も左右の幅もギリギリの感じのうえに、隧道の中は、灯りも無く真っ暗だったので、
何となく心霊スポットに入って行く様な雰囲気で怖かったです。
旧甲州街道は、この隧道入口の手前の右側の山道を上って行きます。
上り口には、写真の「熊に注意」の看板が!
慌てて、クマ除けの鈴を取り出してリュックに着けます。
少し休憩してから、鈴を鳴らしながら上って行きます。
斜面の山道を暫く歩くと、あっけなく笹子峠の標高1,096メートルの頂上に着きました!
笹子峠の頂上には、写真の「笹子峠道標」がありますが、山の頂上ではなくて、切り通しの狭い山道にあり、見晴らしもありません・・・
この峠は、江戸時代、都留(つる)郡と八代(やつしろ)郡との境界でした。
現在は、大月市と甲州市の境界です。
笹子峠の道標の脇で一休みしてから、「大和村日影・かいやまと駅」の道標に従って、笹子峠を下って行きます。