
(写真は、「木曽の桟(かけはし)」)
朝8時に、旅館「むらちや」を出て、木曽福島宿の街道沿いにJR木曽福島駅に向かいます。



駅前は、いかにも観光地という雰囲気で、食堂や土産物店が並んでいます。

駅前の広場を通り過ぎると、坂の下に御岳神社の鳥居と神殿が見えます。

道は、この鳥居の前で左右に分かれ、右は下り坂、左は上りになっており、案内書では、この上り坂を、神社の塀沿いに歩く事になっています。
しかし、左の上りの道沿いの案内板の旧中山道の矢印が途中で途切れていて、よく分からず迷ってしまいました・・・

仕方なく、神社まで引き返して、右側の坂を下りていきます。

坂を下りると 旧国道に合流、そこに塩渕のバス停がありました。
バス停の少し先に、左側に入る小道があり、旧中山道の矢印がありました。
この先で、先ほど、分からなくなった旧中山道に合流出来そうです。
ホッ・・・

小道を少し歩くと、塩渕一里塚跡の碑と二十三夜塔がありました。



小道は、この先で少し右にカーブして旧国道に合流します。

暫くは旧国道を歩いて行くと、左にカーブしながら国道19号の下をくぐり、その先で下をくぐって国道19号に合流します。
少し歩き、元橋信号の先で、国道19号から分かれて、左の小道に入いり、中央西線のガードをくぐり、神戸(ごうど)の集落に入って行きます。

旧中山道が、神戸の集落を通り過ぎ、林の中のへと入っていくと、林の入り口の右側の階段を上がった所に「御嶽山遥拝所」があり、御嶽山の方角を向いた鳥居が立っています。


御嶽山は見えませんが、御嶽山の方角に礼拝します。
私が礼拝したのは、噴火当日の9:10だったので、未だ噴火前ということになります。
このたびの噴火で亡くなられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。
薄暗い林の道を暫く歩くと、また国道19号に合流します。



右下に木曽川の渓流を眺めながらのウォーキングです。
国道19号の先の左側に、旧中山道への入口の表示があるはずなのですが・・・


国道19号をだいぶ歩いたのですが、旧中山道入口の表示が見当たりません・・・

どうやら見落として、だいぶ通り過ぎたみたいです・・・
参ったなあ・・・

見落としてから、だいぶ過ぎている感じなので、今更、引き返すのもなあ・・・

国道19号を歩き続けて行くと、いつのまにか、道路の名称が、国道19号から国道19号バイパスに代わっていました。
持ち歩いている案内書には、バイパスの表示自体がないので、方向的に合っているのか否か判断もつかず、ずるずると国道19号バイパスを歩き続けてしまいました・・・
その国道19号バイパスの先に、トンネルが見えてきましたが、どうもトンネルには歩道がなさそうです。


参ったなあ・・・

すると、道路の左下へ下りる道に、「木曽の桟(かけはし)」の道路標示がありました。

そうだ!

旧中山道は「木曽の桟」を通っているから、この道を下りて行って「木曽の桟」で旧中山道に合流すればいいんだ!!
木曽川の流れる音がするその小道をどんどん下りてゆくと、赤い鉄橋があり「木曽の桟」の表示がありました!



やった!



赤い鉄橋の対岸に、1648年に尾張藩が造ったという「木曽の桟(かけはし)跡」が見えます!

木曽の桟は、かっては、危ういものの代名詞として歌枕にも詠まれ、中山道一の難所と言われた場所だそうです。
木曽川の絶壁に、数百メートルに渡って架けられた藤のつるで編んだ棧橋でしたが、現在は、下の写真の様に、国道19号線の下に、木橋の下部の石垣積みの部分のみが残っています。

赤い鉄橋の手前に、「芭蕉句碑」が建っていました。

”桟(かけはし)や 命をからむ 蔦かつら”
芭蕉句碑の横には、馬頭観世音の石仏があります。

赤い鉄橋を渡ると、狙い通り、ようやく旧中山道に合流出来ました!!

やったね!正解!

しかし、ようやく合流した旧中山道を、更に進もうとすると・・・
張り紙が!・・・

何と!

”この先の旧中山道の歩道は通行止めなので、上松方面への歩行は、対岸の「木曽川右岸道路」を歩いて下さい。”

え、えっ・・・

やっとの思いで合流したのに、通行止めとは!・・・

トホホ・・・

下りてきた坂道を、トボトボと「木曽川右岸道路」らしき道を探しつつ戻って行きます・・・

下りてきた坂道の付近をウロウロしてみますが、どうしても、「木曽川右岸道路」という、それらしき道が見当たりません。
そもそも、それぞれの道路に、道路の名称の表示や、上松方面等の表示すらありません。
たまたま地元の人がいたので聞いてみますが、申し訳なさそうに、”そんな道路名聞いたことがないですよ。”
国土交通省は、ホントにお役所仕事だな〜

地元の人にも分からない様なお役所の道路名しか表示しないなんて・・・
仕方なく、木曽川と並行する川に一番近い道を、上松方面へ向って歩いて行きます。

振り向くと、先ほど渡った木曽の桟に架けられた鉄橋が見え、素敵な風景です。


立派なアスファルト道路ではありますが、何故か、車も走っていないし、人も歩いていません・・・

この道の行く先はどこなのでしょうか?
延々と歩いていると、突然、足の筋肉の筋に痛みが・・・

こんな人家もない、誰もいない所で、参ったなあ・・・

そうだ!
こんな時のために常備薬の「フェイタスZ」が!痛む足の筋肉の筋にフェイタスZを貼って、道路の脇で一休みします。

間もなく、筋肉の痛みが治まりました・・・

やれやれ、再び、歩き始めます。
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【第2類医薬品】フェイタスZジクサス大判 7枚入 |
クリエーター情報なし | |
久光製薬 |
川沿いに、延々と1時間弱くらい歩いたでしょうか。


ようやく、道は左に曲がり、上松宿の入口である十王橋が見えて来ました。

やった!
この道で正解だったんだ!

十王橋を渡り、町中に入ってからも、更に何度か道に迷いながら、上松(あげまつ)宿の入り口の標柱を見つけました!

木曽福島宿を出てから、あちこち道に迷いながら歩いて来ましたが、ようやく上松の宿場の入口に到着したみたいです。
宿場の入口の標柱の傍には、「十王堂の石仏群」があり、上松宿の案内看板がありました。

上松宿は、江戸時代から、桧の集散地として発展した町です。

昭和25年の大火で町並みのほとんどを焼失してしまいましたが、火災をまぬがれた上町(かんまち)は、出梁造りの家が並び往時の面影が残っています。



古い家が並ぶ宿場町を、上町から中町へと歩いてゆきます。


街道沿いには、「夫婦道祖神と水速女命(みずはやめのみこと)」と刻まれた珍しい石塔があります。


宿場町は、枡形になっていますが、右に折れる下り坂の枡形があり、
その曲がり角に、一里塚跡の石碑がありました。


下り坂を下りたところで、宿場町を抜けて、国道に合流し直進します。

