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『赤い砂漠』(Il Deserto Rosso)['64]
『血ぬられた情事』(The File On Thelma Jordon)['50]
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ
監督 ロバート・シオドマク

 欧米それぞれの女優を前面に出したうえでの映画としての野心的な造りに特長のある作品を続けて観る機会を得た。

 先に観た『赤い砂漠』は、確か合評会の課題作として欲望「'66」を観た際に、僕がアントニオーニ作品は『情事』['60]と『愛のめぐりあい』['95]しか観ていないと言ったことに対して、主宰者が貸してくれたものだったように思うが、『欲望』の日誌に僕の好きな緑色が実に美しく画面に現れる作品ながらも、映画としてはまるで響いてこなかったと記したのと同じような印象の残る作品だった。

 工場地帯をぼやけたカラー映像で映し出し、ラインのない絵画の如く印象派的な描出で始まった本作において、最初に現れる子供連れのジュリアーナ(モニカ・ヴィッティ)が着ていたコートは緑色で、部屋に掛かるカーテンや壁の色にも緑が頻出する。単に緑色が多用されるだけでなく、色遣いがなかなか素敵で気に入ったのだが、いかんせんジュリアーナの抱える不全感すなわち赤い砂漠たる渇きのほうが、僕にはさっぱり響いてこなかった。

 夫ウーゴ(カルロ・キオネッティ)の旧友だったコラド(リチャード・ハリス)との不倫はいつから始まったものだったか不明だったが、ウーゴの紹介に初対面を装う感じやジュリアーナが街で店を始めたいと下見に来ていた場所をコラドが訪れていた感じからは、随分と狎れたものが窺えるような気がした。幼い息子バレリオと玩具で遊んでいたウーゴが言及していた回転儀のようなものが彼ら夫婦における息子の存在だったのかもしれないが、心許ないこと甚だしい感じだ。

 『欲望』におけるヴァネッサ・レッドグレーヴよりは、モニカ・ヴィッティの謎めいた女としての妖しさをよく映し出していたように思うけれども、終盤の異様にだらだらとしたまどろっこしいラブシーンの曖昧さが印象深くも、僕にはちっとも効果的に映って来ない作品だった。遥か四十二年前にフェリーニの甘い生活との二本立てで観たっきりの『情事』でのモニカはどうだったのだろうと思ったりした。本作よりは面白く観た覚えがあるのだが、それは観たのが若い時分だったからかもしれない。

 すると「同時代の公害問題などもキャッチしているとは思いました」とのコメントを寄せてくれた方がいたが、僕は逆に、公害や環境問題に寄せる関心など一縷も覗かせず、純粋に奇抜な色の煙にのみ心奪われている感じに映るモネ的な美意識を受取って印象派を想起したのであった。政治の季節とも呼ばれる '60年代にあって、表層的な政治性をむしろ排することによって政治的であろうとするような作家的個性を彼の数少ない既見作から僕は感じている。


 貸してもらったディスクにモニカ・ヴィッティのイタリア映画とカップリング録画されていたのは、バーバラ・スタンウィックのアメリカ映画『血ぬられた情事』だった。時代は更に十四年遡る今から七十五年前の作品だ。思いのほか面白かった。

 己が地位に慢心している検事補のクリーブ・マーシャル(ウェンデル・コーリイ)の酔狂というか、酒のうえでなら許容されて当然と思っている節のセクハラ、パワハラぶりにいささか呆れ返りながら観つつ、加えて、力ある義父の存在にいじけて、会うのが嫌で家族行事をすっぽかしている腰抜けクリーブに何故に原題にもなっているセルマ(バーバラ・スタンウィック)がメロメロになっていくのか、時代錯誤の極みのようなラブストーリーぶりにげんなりしていたら、思わぬ展開が待っていた。あれは過去の私。今の私じゃないというセルマの台詞にほくそ笑みつつ、彼女の弁護に就いたウィリス(スタンリー・リッジス)の私の仕事に真相は必要ない。世界は無実の子羊で満ちている。これが弁護士だ。との台詞に痺れた。今どきの作品なら何の変哲もない台詞だが、'50年代のハリウッド映画のイメージからはかなり外れている気がする。誰もが単純な勧善懲悪的な正しさの基に生きてはいないという現実感を真正面から採り上げた、ある種、実に野心的なメロドラマだったように思う。

 そのうえで、最後にセルマが行った選択にしても、クリーブの採った行動にしても、正統派メロドラマに相応しいオーソドックスなモラルに則ったものになっていて感心した。割り切れない思いを余韻として観客に残したりしない、ハリウッド作品の王道を行っていたように思う。人における誠実と矜持とは何かを問うている作品でもあったような気がしている。

 複雑に揺れつつ己が基軸を失うまいとするセルマの毅然をバーバラ・スタンウィックが魅力的に演じていて感心した。本来、その人生の来し方に憐憫を誘われるような女性ではないはずのセルマをそのように造形し得たのは、バーバラのキャラクターならではのような気がした。クリーブの同僚検事マイルズ・スコット(ポール・ケリー)が本作のアンカーとして利いている設えにも感心した。
by ヤマ

'25. 5. 5,6. スターチャンネル2録画



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