上菱鉱山跡 探検: 北の細道 上菱鉱山跡

上菱鉱山跡で山の静寂に残るエンジンの気配をみる




栃木県某所

 鉱山動力としての内燃機関(エンジン)は電気の供給が困難な深い山中での利用が多く、
自家用予備発電所や坑外のポンプやウインチ、坑内送風機やコンプレッサーなどの用途に設置される。
つまり重要設備の“自立機関”としてディーゼルが重宝された。

金属鉱山は硬岩を採掘するため、削岩機(ロックドリル)=圧縮空気が必要となる。
また軽油は輸送しやすく、保管も容易なため山間地でも運用しやすかったことが、
鉱山でのディーゼル機関の普及に繋がったとされる。

桐生駅の北東約6km 標高550m付近。
群馬県と栃木県の県境にそびえる仙人岳(662.9m)のノースフェイスに鉱山は存在した。

大正初期の発見で当初は二酸化マンガン鉱を小規模に採掘していたが、
1940年頃、太平洋鉱業によって採掘された後、1948年から本格的な操業に入った。
昭和31年に梅田鉱業(株)となり昭和38年頃閉山している。

最盛期には400t/月近くの出荷があり、開山以来の生産量は15,000tに及ぶ。
鉱床は第一坑鉱床とガニ坑鉱床があり、第一坑鉱床は昭和24〜25年頃に稼行された鉱床で、
ほぼ断層が無く、後半は残鉱整理が行われた。

付近には黒川/菱/茂倉沢/朝日沢/満沢/山菱/菱田など多数の鉱山があった。
今回探索の上菱鉱山もマンガン鉱が主体となり、
規模は大きくないものの、その山中には遺構が色濃く残る。
かつての木そり道をたどって、遺構を探索してみよう。


コンプレッサー・受気槽・自吸ポンプ・・・



坑道
坑道





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