輸入消費税を実質的に負担した事業者の仕入税額控除

文献種別      判決/東京地方裁判所
判決年月日     平成20年2月20日
事件番号      平成18年(行ウ)第687号
事件名       消費税更正処分取消等請求事件
裁判結果      棄却
参照法令      消費税法2条1項2号、11号、4条2項、5条2項、30条1項、7項、8項、9項、47条、50条、関税法6条の2、67条

掲載誌       判例集未登載 
                      (LEX/DB文献番号)

《事実の概要》

1 課税の経緯
 本件は、原告を委託者、中国の法人A公司を受託者とするM製品の加工委託取引を行なうにつき、原告は輸入手続きをK社に委託し、K社においてM製品の保税地域からの引取りに係る消費税および地方消費税を納付していたところ、原告が、消費税の確定申告に際して、K社の納付した消費税は原告が負担したことを理由に仕入税額として控除したのに対し、かかる控除は認められないとして消費税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、それらの取消を求めた事案である。

2 取引の概要
(1)  原告は、A公司との間で@原告がM製品の加工に必要な原材料のほとんどを調達してA公司に無償で支給し、AA公司が原告の注文に応じてM製品を加工し、B原告がA公司からM製品のすべての引き渡しを受け、C原告がA公司に加工賃を支払う旨の加工委託取引を行っていた。
(2)  原告は、A公司からM製品の引渡しを受けるにあたって、輸入手続きをK社に委託し、K社は、原告に代わって、製品の輸送、輸入に当たり必要な仕入書(インボイス)の荷受人、輸入申告および同許可の名宛人、輸入に際し課された関税、ならびに保税地域からの引取りに際し課された消費税(以下、「輸入消費税」という。)および地方消費税(以下、輸入消費税とあわせて「輸入消費税等」という。)の申告、納付の名義人となっていた。
(3)  原告は、K社に対し、上記役務の提供の対価として、M製品の輸入金額の12パーセント相当額の手続費用を支払うとともに、あわせて当該輸入消費税等の額を支払っている。
(4)  消費税法30条9項3号所定の事項が記載された輸入許可通知書および当該輸入消費税等の納付書の原本はK社が保存しており、原告はこれらを税務署調査担当者に対し提示した。 

3 争点
(1)  原告は、消費税法30条1項により「保税地域からの引取りに係る課税貨物につき課された消費税額」の控除を受けられる事業者であるといえるか。
(「課税貨物」とは、保税地域から引き取られる外国貨物のうち消費税を課されるものをいう(消費税法2条1項11号)。)
(2)  原告は、消費税法30条1項の適用要件である消費税法30条8項、9項所定の記載がある「帳簿及び請求書等」を保存していたか。

4 原告の主張
(1)  消費税法30条1項は、「課税貨物につき」「課された」「消費税額」を控除する旨
規定し、誰に課された消費税であるかは問題とせず、その課税貨物について課された消費税額を控除するとしている。したがって、課税貨物の実質的な輸入者が仕入税額控除を受け得ることを前提としており、控除を受けるためには、消費税の申告名義人であることを要しないと解すべきである。消費税法基本通達11−1−6は、公権的解釈として輸入申告名義人でない実質的輸入者に対し、仕入税額控除を認めている。原告は、本件加工取引についての実質的な輸入者であり、仕入税額控除を受けるべき「事業者」に該当する。
(2)  原告はK社名義の輸入許可通知書等の原本を、原告の履行補助者であるK社を通じて保存していた。 

5 被告の主張
(1)  消費税法30条1項により控除される消費税額は、当該事業者が「課された」
消費税額であり、本件においては、輸入消費税の申告納税を行ったK社が公法上確定した納税義務者であり、原告は仕入税額控除を受けることができる事業者には該当しない。
(2)  輸入許可通知書については、K社が保存していたというにすぎず、原告がこれを保存していたということはできない。

《判決の要旨》
 本判決では、争点として@消費税法30条1項の事業者該当性とA「帳簿及び請求書等」の保存の有無の二つを挙げているが、Aの「帳簿及び請求書等」の保存については判断することなく、次のとおり事業者該当性がないとして訴えを棄却している。

1 消費税法30条1項の仕入税額控除の制度は、本来、消費税を納付する課税事業者が、仕入れの際に自ら負担した税額を控除することを予定した制度であると解される。「そして、保税地域からの貨物の引き取りに係る輸入消費税の場合は、原則として課税事業者が輸入時に自ら納付するものとされているところ(消費税法5条1項、47条1項、50条1項)、消費税法30条1項が、行為の主体としては冒頭に「事業者」のみを掲げ、他に主体となるべき者の記載をしていないことは、保税地域からの引き取りに係る仕入税額控除の制度が、まさに上記のとおり、原則として、課税事業者が自ら輸入段階で納付した税額を控除する仕組みであることを念頭に置いたものと解すべきである。」そうすると、「特段の事情がない限り、輸入消費税の申告名義人でない原告が課税事業者として納付すべき消費税において控除されることはないと解すべきである。」

2 「たしかに、消費税法基本通達11−1−6は、輸入申告者が単なる名義人であって実質的な輸入者が別にいるときに、実質的な輸入者に仕入税額控除の適用を認める場合があることを示している。」しかしながら、「この通達が存在することによって、およそ消費税法30条1項について、一般的に実質的輸入者が仕入税額控除を受けると解釈すべきことにならないことはゆうまでもない。そして、本件取引が、消費税法基本通達11−1−6が例外的に定める要件に該当するとは認められない。」 

3 K社は「輸入申告及び輸入許可の名宛人、関税及び本件輸入消費税等の名義人となって、これらの申告、納付をしたことに加え、A公司への加工賃の決済に使用された輸入手形の名宛人となり、原告とA公司との間に立って交渉に当たり、原告から本件輸入消費税等相当額を受領した後も輸入許可通知書および輸入消費税等の納付書の原本を原告に引き渡すことなく自ら保管していたのであるから、客観的にはK社がM製品を輸入して処分権をいったん取得した上、原告が輸入手形を決済し手数料および輸入消費税等相当額を支払うことと引換えにM製品の処分権を移転したと見るのが自然であって、真実の輸入者がK社ではなく原告であるとはいえない」とする。

《判例の解説》
 本判決は、課税貨物に対する消費税の仕入税額控除について、その解釈を示す初めての裁判例である。
 本件原告は、課税貨物に対する消費税の仕入税額控除が認められない場合、課税貨物に課された消費税とこれの販売した際に課される消費税を二重に負担することとなり、累積課税が生じることとなる。
 法的には、実体的に原告が消費税法30条1項の事業者に該当するか否かの問題と、形式的に仕入税額控除適用の手続き要件を充たしているか否かの問題である。

一 実体的要件

 1 事業者が「引き取る課税貨物」
 消費税法30条1項は、「事業者(第9条第1項本文の規定により消費税を納める義  務が免除される事業者を除く。)が、国内において行う課税仕入れ又は保税地域から引取る課税貨物については、」課税標準額に対する消費税額から、課税貨物につき課された又は課されるべき消費税額を控除すると定める。
 つまり仕入税額控除が認められるのは、仕入税額控除をする事業者が保税地域から課税貨物を引き取る場合である。

 2 「引き取ろうとする者」
 消費税法47条は、「課税貨物を保税地域から引き取ろうとする者」は、課税標準額、 消費税額その他の事項を記載した申告書を税関長に提出しなければならないと定め、50条は、この申告書を提出した者は、引取るときまでに消費税額の合計額を国に納付しなければならないと定める。また、関税法67条は、輸入しようとする者は輸入について税関長に申告し、その許可を得る必要があると定め、輸入申告書の提出を義務付けている。輸入申告書は納税申告書を兼ねるのが通常である。
 消費税法47条の「引き取ろうとする者」が30条の「引き取る」事業者と同一とすると、課税貨物に課された消費税を仕入税額控除することができる者は、申告書を提出した者であり、輸入を許可された者といえるであろう。
 しかし、判決は、それを原則としつつも特別の事情があれば、輸入名義人以外の者に仕入税額控除を認める場合があることを承認している。仕入税額控除制度が負担した税額の控除を目的とする点から、消費税法30条の事業者を47条の「引き取ろうとする者」より広く解することは、可能な解釈と考える。

 3 実質的輸入者
 国税庁の消費税法基本通達(平成7年12月25日課消2−25(例規))11−1−6は、実質的な輸入者と輸入申告名義人が異なる場合の取り扱いを定めている。関税の軽減もしくは免除を受けるときに、特定の者が輸入申告しなければならないこととされている場合において、商社等の実質的な輸入者が当該課税貨物を保税地域から引き取ったものとして、消費税法30条から36条の規定を適用すると定めている。その場合の要件を、@当該貨物を輸入申告後において有償で輸入申告者に譲渡すること、A実質的な輸入者が消費税額および地方消費税額を負担する、B実質的な輸入者が輸入許可書および輸入消費税等の領収書の原本を保存することと定めている。この通達の趣旨について、消費税法基本通達逐条解説1)は、実質的な輸入者が輸入消費入消費税等を負担したとしても、その仕入税額控除ができなくなるという問題が生じ
 ると指摘する。
  本件の原告は、消費税法基本通達11−1−6の要件を満たすものではないが、輸入名義人と実質的輸入者が異なる場合に、累積課税が生じる点で同じである。
  本判決は、この通達が違法でないことを承認するとともに、この通達以外の場合にも実質的輸入者に仕入税額控除を認める可能性があることを示唆している。

二 形式的要件

 1 「帳簿及び請求書等」の保存
  消費税法30条1項の規定については、同条7項に「第1項の規定は、事業者が当
該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等」を保存しない場合には、「当該保存がない課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については適用しない。」と定めている。すなわち、「帳簿及び請求書等」の保存が、仕入税額控除適用の要件である。これは現実に仕入や課税貨物の引取りがあり、それに係る消費税額を負担したことが証明されたとしても、「帳簿及び請求書等」の保存がなければ仕入税額控除が許されないとするものであり、納税者に厳しい形式的要件を課すものである。

2 輸入許可通知書の保存
 消費税法30条8項は帳簿の記載事項を、9項は請求書等の内容を定めている。9項には、課税貨物を保税地域から引取る事業者が受ける当該課税貨物の輸入の許可(関税法67条(輸出又は輸入の許可)に規定する輸入の許可をいう。)があったことを証する書類が定められている。すなわち、本件の場合は、輸入許可通知書の保存が必要とされている。

3 形式要件の先行審理
 本判決は、K社が「原告から本件輸入消費税等相当額を受領した後も輸入許可通知書および輸入消費税等の納付書の原本を原告に引き渡すことなく自ら保管していた」ことを一つの理由として、原告が実質的輸入者といえないと認定した。そのことは、消費税法の解釈として正当と考える。
 しかし、仮に原告が実質的輸入者の実態を備えていたとしても、輸入許可通知書を保存していなければ、仕入税額控除を認めることはできないので、消費税法30条7項の要件について、先に審理することが適切と考える。

三 結論

1 保税地域から引取る課税貨物について課された消費税の仕入税額控除についても、消費税法30条7項に規定する「帳簿及び請求書等」の保存が要件とされている。そして、請求書等として輸入許可通知書の保存が必要であるが、原告はこの要件を満たしていないので、仕入税額控除を適用することはできない。K社を通じて保存していたとの原告の主張は、「帳簿及び請求書等」の保存を厳格に定めている点から無理と考える。したがって、課税処分およびそれを適法とした本判決は正当である。
  本件については、上訴されていないが妥当と考える。

2 仕入税額控除については、従来から「帳簿及び請求書等」の保存が問題とされてきた。税務調査時に帳簿及び請求書等を提示しなかった場合は保存しない場合に該当し、仕入税額控除を適用しない課税処分は適法とするのが最高裁の判例2)である。なぜ「帳簿及び請求書等」の保存という手続的要件が厳格に定められているかについては、仕入税額控除が税額控除として構成されていることにある3)。課税貨物に係る消費税の仕入税額控除については、個別の消費税を控除するためインボイス方式により近いので、「帳簿及び請求書等」の保存の要件を厳格に解して適用すべきであると考える。
 また、輸入許可通知書を保存する者が、課税貨物を引き取った者として税額控除が可能であると扱えれば、実務的には便宜と考える。

3 本件において原告は課税貨物に課された消費税とこれの販売に係る消費税とを二重に価格に転嫁することとなり、累積課税が生じることとなる。しかし、これは、税額控除の要件を満たさなかった場合に常に生じるものであり、やむを得ないものと考える。   課税貨物に課された消費税の仕入税額控除についての解釈が確立されることにより、税法に応じた合理的取引が行われることになるものと考える。この点で、本判決は意義深いといえよう。


1) 松崎也寸志編『消費税法個本通達逐条解説』(大蔵財務協会、2004年)540頁
2) 最一小判平16・12・16民集58巻9号2458頁
3) 図子善信『租税法律関係論―税法の構造―』(成文堂、2004年)251頁



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