日本税法学会九州地区研究会
平成25年9月7日
臨時特例企業税条例違法判決について
(最高裁平成25年3月21日第一小法廷判決)
図 子 善 信
はじめに
本件は、神奈川県が創設した法定外普通税を定める条例が違法・無効か否かを争った事案である。一審は原告勝訴、控訴審では被告勝訴、最高裁(平成25年3月21日第一小法廷判決 以下「本判決」という。)で原告勝訴となった。控訴審において、両当事者から複数の税法学者の意見書が提出され、税法学者の意見も分かれていた。
本判決により、神奈川県は、全納税者1700社に対し10年間遡って、還付加算金を含めて635億円を還付したとみられる。
1 経緯
平成10年12月 神奈川県は「神奈川県地方税制等研究会」を設置し、独自の税源充実策等の調査研究を始めた。(委員は中里実、神野直彦等)
平成13年1月 当研究会は、法人事業税を公平性および安定性の観点から補完する制度として、繰越控除欠損金を遮断する臨時特例企業税を提言する報告を行った。
平成13年2月 神奈川県臨時特例企業税条例(以下、「本件条例」という。)案が県議会に提出され、同年3月21日議決、同年6月22日総務大臣から同意を得た。地方税法261条3項の「国の経済施策に照らして適当でないこと」には該当しない。
平成13年8月 臨時特例企業税(以下「企業税」という。)が現行法定外税制度において初めての法定外普通税としてスタートした。
平成16年2月 事業税の外形標準課税制度が導入されたことにより、税率を1%引き下げるとともに、平成21年3月31日に条例を廃止する条例案が成立した。
平成17年10月25日 いすゞ自動車(株)が訴訟提起
2 条例(平成13年7月2日)の内容
課税事業年度 法人の事業税の所得計算で繰越控除欠損金額を損金の額に算入した事業年度(資本金5億円未満の事業年度を除く。)(3条1項)
納税義務者等 県内に事業所又は事務所を設けて行う法人の事業活動に対し、その法人に課す(5条)。
課税標準 法人の事業税の課税標準である所得の金額の計算上、繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(繰越控除欠損金額を超える場合は、繰越控除欠損金額相当額)とする。(7条)
税率 100分の3(8条)
3 参考法令
憲法94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
地方自治法14条1項 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条2項の事務に関し、条例を制定することができる。
地方税法(平成13年)
2条 地方団体は、この法律の定めるところによって、地方税を賦課徴収することができる。
3条 地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定めをするには、当該地方団体の条例によらなければならない。
4条2項 道府県は、普通税として、次に掲げるものを課するものとする。ただし、徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるものその他特別の事情があるものについては、この限りでない。
(2号 事業税)
3項 道府県は、前項各号に掲げるものを除くほか、別に税目を起こして、普通税を課することができる。
72条の2 事業税は、法人の行う事業・・・対し、法人にあっては所得及び清算所得又は収入金額・・・を課税標準として事務所又は事業所所在の道府県において、その法人及び個人に課する。
72条の12 法人の行う事業に対する課税標準は、・・・各事業年度の所得及び清算所得による。
72条の14 72条の12の各事業年度の所得は、各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとし、この法律又は政令で特別の定めをする場合を除くほか、当該事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する。
3 訴訟の概要
(1)課税の経緯
平成15年4月1日から平成16年3月31日までの事業年度につき
平成16年6月28日に税額12億8645万5600円を申告、同月30日納付、同年11月8日更正の請求
平成16年4月1日から平成17年3月31日までの事業年度につき
平成17年6月15日に税額6億5675万7500円を申告、同日納付、同月16日更正の請求
更正の請求については、理由がない旨の通知があり、通知についての審査請求は棄却された。
その後、訴訟係属中に平成15年開始年度につき2,477万円、平成16年開始事業年度につき665万円の増額更正および過少申告加算税の賦課決定があった。
(2)争点
本件条例が違法・無効か否か。
ア 原告の主張
原告は、主位的に、違法・無効な本件条例に基づく課税は無効であるとして、納付した税額の誤納金としての還付並びに還付加算金の支払いを求めている。予備的に処分の取り消しと、過納金としての還付並びに還付加算金の支払いを求めている。
原告主張の違法・無効事由
@ 法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定を潜脱して課税するものであること。
A 法人事業税につき制限税率を定めた規定を潜脱して課税するものであること。
B 改正前地方税法72条の19の規定によらずに法人事業税の課税標準の特例をもうけるものであること。
C 担税力を有しない繰越控除欠損金に課税するものであること。
D 以下省略
イ 被告の主張
本件条例は、地方団体の課税自主権に基づき、地方税法259条以下に規定する法定外税の新設に係る要件及び手続を満たして制定されたものであり、それ以外の法定税に係る規定は法定外税の準則となるものではないので、適法・有効である。
(3)下級審結果
ア 一審判決 横浜地裁平成20年3月19日判決 (原告勝訴)
@ 法定外普通税の創設により法定普通税に係る地方税法の規定の趣旨に反する課税をすることは許されない。
A 本件条例の内容やその制定の経緯に照らせば、企業税は、実質的には、法人事業税における欠損金の繰越控除のうち一定割合についてその控除を遮断し、その遮断した部分に相当する額を課税標準として法人事業税に相当する性質の課税をするものである。
B 欠損金の繰越控除は全国一律に適用されるべきものであるが、企業税の課税により地方税法の規定の目的、効果は阻害される。
C したがって、本件条例は違法・無効である。
イ 控訴審判決 東京高裁平成22年2月25日判決 (原告敗訴)
@ 条例が法律に違反するか否かは、両者の間に矛盾抵触があるかどうかにより決すべきである。
A 地方税法は、法人事業税について、欠損金の繰越控除が全国一律に必ず実施されなければならないほどの強い要請であるとまではしていない。
B 特例企業税は別の税目であり、その実質において法人事業税の課税標準等を変更するものではなく、法人事業税と併存し得る実質を有しており、地方税法と矛盾抵触しない。
4 本判決(原告勝訴)の要旨
(1)理由
@ 「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決しなければならない。」(徳島市公安条例判決(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁)
A 地方税法の定める法定普通税についての規定は、「任意規定ではなく強硬規定であると解されるから、普通地方公共団体は、地方税に関する条例の制定や改正にあたっては、同法の定める準則に拘束され、これに従わなければならないというべきである。」さらに、「法定外普通税に関する条例において、同法の定める法定普通税についての強硬規定に反する内容の定めを設けることによって当該規定の内容を実質的に変更することも、これと同様に、同法の規定の趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のものとして許されないと解される。」
B 法人税法の欠損金の繰越控除と同様に、法人事業税の欠損金の繰越控除を認めるのも、「各事業年度間の所得の金額と欠損金額の平準化を図り、事業年度ごとの所得の金額の変動の大小にかかわらず法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨、目的から、地方税法の規定によって欠損金の繰越控除の必要的な適用が定められているものといえる」(最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決参照)、「仮に条例にこれを排除する内容の規定が設けられたとすれば、当該条例の規定は、同法の強行規定と矛盾抵触するものとしてこれに違反し、違法、無効であるというべきである。」
C 特例企業税の創設の経緯等にも鑑みると、本件条例は、最終報告書に記載されているように、所得の金額の計算において、欠損金の繰越控除のうち約30%につきその適用を遮断することを意図して制定されたものというほかはない。
(2)結論
以上によれば、特例企業税条例を定める本件条例は、地方税法の定める欠損金の繰越控除の適用を一部遮断することをその趣旨、目的とするもので、特例企業税条例の課税によって各事業年度の所得の金額の計算につき欠損金の繰越控除を実質的に一部排除する効果を生ずる内容のものであり、各事業年度の所得の金額と欠損金額の平準化を図り法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のものであって、法人事業税に関する同法の強行規定と矛盾抵触するものとしてこれに違反し、無効であるというべきである。
金築誠志裁判官補足意見
法定税と法定外税が課税標準を共通にする場合などは、法定外税が経済的効果において法定税に影響することは避けがたいので、それが矛盾抵触することにはならない。しかし、法定外税を創設するには大きな困難が伴うのが実情なので、課税自主権の拡充には国政レベルでそうした方向への立法の推進に努めるほかない。
5 私見
判旨反対
理由
@ 法人税の「所得計算の例によって」との規定は、多少の読み替えを許す規定であること。
A 事業税は所得課税ではないので、繰越欠損金を控除することが本質的に必要ではないこと。
B そうすると、地方税72条の14(現行72条の23)が、繰越控除欠損金相当の所得に課税する法定外税を禁止しているとは解せないこと。
C 本判決は事業税を所得課税と誤解し、繰越欠損金の控除が課税の公平から必須と解した点に誤りがあると考える。
なお、10年間遡って全納税者に還付加算金を付して還付する措置にも賛成できない。
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