消費税増税について(24・7・16)
(久留米大学大学院客員教授 図子善信)

 消費税増税法案が、衆議院を通過し参議院での審議が始まろうとしている。現状では、参議院でも賛成多数で法案成立の可能性が高いとされている。それは、非常に結構なことではあるが、民主党内にも反対の人々が存在し、国民の多くも不満に感じているのが現実と考える。そこで、多くの人々が感じる疑問点について、考えることを述べたい。

マニュフェスト違反
 先ず民主党内の反対勢力が主張するマニュフェスト違反についてである。私は、民主党の掲げるマニュフェストついては、選挙当時から実現不可能と考えよく見ていない。選挙に勝つために掲げたマニュフェストが、実現できないのは当初から分かっていたことである。民主党議員でマニュフェストが本当に実現できると考えていた人がいるとすれば、そのような人は国会議員になるべき人ではないと思う。聞くところによると、消費税増税をしないとはマニュフェストには書いていなかったとのことである。ということは、このマニュフェストの起草者は、消費税増税もあり得ると考えていたのであろう。炯眼である。そのマニュフェストが民主党内で決定されたのであれば、消費税増税の可能性を残したマニュフェストと解釈すべきである。そのようなことが理解できないとすれば、政治家とはいえないだろう。小泉総理は、自分の在任中は消費税を増税しないと宣言した。民主党のマニュフェストが、そのような内容を含んでいなかったとすれば、小泉総理より責任ある態度であったといえよう。
 また、マニュフェストは民主党の方針であり、公的なものではない。違反したかどうかは党内の問題であり、公的な問題ではない。選挙時に約束したことが守られないとしても、それは違法な事でも何でもない。そのような約束違反をした政党は、次回の選挙でマイナスを背負い込むだけである。国民も、そのような約束を守れない政党を選んだ責任があり、自分を恥じるべきである。さらに言うと、民主党のマニュフェストが消費税増税を書いていなかったので、消費税を増税しないと考えて、民主党に投票したものがどれだけいるであろうか。民主党のマニュフェストを信用しなかった選挙民にとっては、マニュフェスト違反かどうかは全く問題とならない。そのように考えると、マニュフェスト違反でだまされたといえる人はどれだけいるであろうか。
 すなわち、マニュフェスト違反とは、全く民主党内の問題であり、国民との関係では誇大宣伝であったというだけである。現在、消費税増税を否とする人は政治家ではあまりいないと考える。そうすると、違反を主張するものは、民主党内の権力争いをしかけているものと理解すべきである。
 したがって、政府が民主党の宣伝スローガンであるマニュフェストに拘束されることはあり得ない。野田首相は、行政府の責任者として現在のわが国に必要な措置として消費税の増税を行うこととしている。民主党は、与党として現在消費税増税が必要か否かを検討すべきであり、民主党内でその方針を決定したことは評価できる。

増税の政府理由の欺罔
 消費税を増税する理由については、社会保障との一体改革と称している。社会保障を充実するための財源として、増税が必要とするものである。このことは、消費税増税法案が衆議院を通過する以前から、野田総理が総理官邸のホームページにおいて、説明し理解を求めている。たしかに、消費税増税法案は、消費税の使途として年金、医療、介護と少子化対策に使用する旨定めている。これは、従来、予算総則で年金、老人医療、介護に使用する旨定めていたことを法律で定めるとともに、少子化を追加したものである。これは、消費税は何に使われるかわからないとの国民の素朴な疑問に答えるものであろう。そのように国民の素朴な疑問に答えるために、税と社会保障の一体改革を唱えていると思われる。これは、財務省もそのように考えているのかもしれない。しかし、そうであれば、消費税だけ先行して税率を挙げることは一体改革とはいえないであろう。本当に一体改革というのであれば、増税により増加した歳入をどのように社会保障に充てるのか結び付く必要がある。しかし、そのようなことは行われていない。
 消費税の使途を、年金、医療、介護、少子化対策に使うとの言い方は、いかにも消費税をそれに充てる目的税のように思わせるのであるが、全く異なる。現在の社会保障関係費は26,3兆円である。消費税を5%増税しても、2,2%は地方消費税であり、国の消費税の増税分は2,8%にすぎない。1%で2,5兆円の税収として、7兆円の増収であるがこの24%は地方に配分されるので実質歳入増加は5,3兆円である。現在の消費税の歳入10兆円の国歳入分は7,6兆円であるので、合計で12,9兆円である。社会保障関係費には大きく及ばない。
 すなわち、現在も社会保障関係費26,3兆円の内7,6兆円は消費税で賄っていることとなるが、その不足分はその他の税又は公債金の歳入によっている。社会保障費は全て消費税で賄い、他の税や公債金は使用しないというのであれば、消費税の使途は社会保障関係費に充てているといえるであろう。そのようにするためには、現在の社会保障関係費を現行の制度で賄うとすれば、国の消費税の税率は13,8%となり、その4分の1の地方消費税を併せると、税率は17,3%となる。したがって、税率が10%になったとしても現在の社会保障関係費への寄与率が上昇するにすぎない。他の税や公債金を充てることとなるのは現在と同じである。
 このような状態で、消費税を社会保障関係費に充てるということにどのような意味があるであろうか。消費税で収入した歳入も、所得税等の他の税で収入した歳入も、公債金による歳入も国庫に入り、国庫から出てゆくのである。消費税を社会保障関係費に充てるとすれば、他の歳入は防衛費等に使用することができるのであり、防衛費等に余裕を作るために増税したともいえるのである。
 すなわち、消費税の使途が分からないというのは国民の素朴な疑問ではあるが、国庫が一つで一般会計で歳出される限り、素朴な疑問は合理的な疑問ではないのである。政府は、消費税をいかにも目的税であるかのように国民に誤解させるのではなく、消費税増税の真の目的を説明すべきである。
増税の真の理由 現在増税を必要とする真の理由は、財政の再建である。これは、穏やかな表現であるが、もっと率直にいえば不正を止めるべきであるということである。現在の財政状況は、財政政策の枠を超えて犯罪というべきであろう。税収が42兆円であるのに、歳出は90兆円の予算を組んでいるのである。その差額の大半は国債という借金である。この借金は誰が返済するのか。国債は60年で償還するのが通常である。これを返済するのは将来の世代である。この将来の世代の承認は誰もとっていない。将来、子供が返済するからといって、勝手に親が子供の借金で金を使っているのと同様である。確かに、不景気の時に公債を発行して景気浮揚を図り、景気が良くなり在修があがるときにこれを返済するのは、財政政策として妥当なものであろう。しかし、税収の倍以上の予算を組み、その付けを将来世代に負担させることは、窃盗と同様であり、犯罪と考える。これは経済の問題ではなく、正義の問題に転化しているのである。
 犯罪をやめるのは直ちに行うべきである。政府の犯罪は、国の秩序を崩壊させる恐れがある。この増税は、この犯罪をやめるための第一歩である。これにより経済が不景気になるのであれば、それは甘受すべきである。犯罪により経済を維持することは不正であり、止めるべきである。正しいことをして経済が停滞するのであれば、それが本来の日本の経済力である。
 政府は、今回の増税が、そのような不正の財政を正すための一歩であることを説明すべきである。

逆進性対策
 消費税を8%、10%に増税するについては、低所得者に対する負担の緩和策が必要になると考えられている。現在の法案では、8%に増税する際に簡単な金銭の給付を、10%になる際に給付付税額控除制度または複数税率制度の導入が検討されることとされている。当初の政府案では、複数税率制度は検討対象となっていなかったが、三党合意でこれが検討対象とされた。すなわち、政府は複数税率に消極的であるといえよう。
 では、給付付き税額控除制度とは、一定金額を所得税額から控除するものである。所得税額がない人については、その一定金額を給付するものである。これは、個人単位課税を前提とする所得税を前提にすると、全国民の所得を把握する必要があることになる。現在は所得税の納税者は、申告分で730万人、給与所得者で源泉徴収されるものが4,379万人である。このうち4,379万人の給与所得者については、国は各人の所得を把握していない。なぜなら、会社の従業員の給与所得に対する所得税は、会社が一括して全体として納付するからである。市町村は、これに対して住民税を課す必要から各人の所得を把握している。国が把握できるのは、申告分の730万人分に限られる。はたして、それ以外の国民の所得を把握する体制が出来るか否か疑問である。納税者番号制度が、どのように整備されるかとも関係するだろう。いずれにしても、給付付き税額控除を導入するとすれば、その主役は市町村となるであろう。
 給付付き税額控除については、国際的にも一部小規模に導入されているようであるが、日本における実効性については疑問であると考える。
 その場合、採用の可能性が高いのが、複数税率である。食料品等については、軽減税率またはゼロ税率を適用し、高級な奢侈品については20%等の高税率を適用する。一般のものについては、10%の通常税率を適用するものである。これについては、食料品についても、高級レストランでの食事と家庭で調理する食材を同じにするか否か等の区分の問題がある。実務かもこの煩雑な区分を嫌い単一税率を指示する傾向にある。しかし、この複数税率については、EUにおいて50年以上の実績がある。EUにおいても、その区分の複雑さから失敗であるとの評価もあるが、各国がこれにより消費税制度を運用してきており、現に運用しているのである。学者的にみて、それを批判することはた易いが、税制は実効性が重要でありEUでの実績は軽視すべきではない。
 EUにおいては、何にどの税率が適用されるかについて、詳細な分類表が作成されている。例えば関税率表のようなものであり、何分類の何号取引にどの税率を適用するかが定められている。当初は、ある取引をどの号に該当するかについて、ある程度の混乱があったかもしれないが、消費税が定着するにつれ、整理が進んだものと思われる。
 わが国においても、かつての物品税は多様な税率であり、それが課税か否かの課否判定は重要な問題であった。現在の消費税でも、簡易課税の事業分類について区分が問題となる場合がある。税については、どのような税についても課税か否かの判断を必要とする場面があるのであり、そのような問題を恐れる必要はないと考える。
 ただし、複数税率を導入する場合は、インボイス方式を導入すべきであると考える。インボイス方式については、取引の全容を把握されるとしてかつては反対する意見があったが、インボイス方式で取引が全て把握されるということは現状では考えられない。その点での反対は考慮すべきではないと考える。
 以上のとおり、逆進性に対する現状での制度設計は、複数税率が妥当と考える。多くの国民も、それを合理的と考えていると思われる。そうであると、EUにおける分類表の研究を急ぐべきと考える。


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