平成20年10月 ぎょうせい 「税理」51巻13号
事例が示唆する「社会通念」の考え方と具体的な基準
久留米大学教授 図子善信
1 問題提起
課税の可否に関して、「社会通念」または「社会通念上」という概念が使われることがある。課税の可否すなわち納税義務の成立の有無は、法の定める課税要件の充足の有無によるべきである。そこに、「社会通念」という一般的で抽象的な概念が介在してくるとすれば、租税法律主義の内容である課税要件法定、課税要件明確の原則は大きく損なわれるのではないか。
「社会通念」の用語は、他の分野ではしばしば法令上の用語として使われているが、国税に関する法令では、物納不適財産を定める相続税法施行令18条の使用例を除き、使用されてはいないようである。したがって「社会通念」は、税法の解釈・適用の場面で用いられる概念といえよう。
筆者は、租税法律主義が徹底している現在においても、税務行政庁の権力が納税者にとって強く感じられる理由は、3つあると考えている。1は調査対象の選定・期間・方法等についての行政庁の事務管理上の裁量、2は税法の解釈は一次的に税務行政庁が行うという意味での解釈における裁量、3は同様の意味で事実認定における裁量である。ここで使用する裁量の意味は、自分の見解で判断し処置するという日常用語としての裁量である。
「社会通念」は、その裁量と関係が深いものであり、税務行政庁の権力に大きく係わるものではないかと考える。そのため、「社会通念」の概念が、どのような場面で使われ、課税に当たりどのような役割を果たしているかを明らかにすることは、有意義と考える。
以下、近時の判例で「社会通念」が判断基準として用いられている事例を検討する。次に税務行政庁である国税庁の通達で使用されている例につき、どのような事例で社会通念の概念が使用されているかを概観する。
そのような事例を踏まえて、「社会通念」の概念の機能について考察する。
2「社会通念」を判断基準とした近時の判例
(1)貸倒損失の認定
最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決(民集58巻9号2637頁)
本件は、興銀事件として知られるものであるが、貸倒損失の損金算入について借主に相当の資産があり、法的には回収の可能性があるにもかかわらず、損金の算入を認めた点で特異な判決である。
その理由について、判決は次のとおり判示している。「法人の各事業年度の所得の金額の計算において、金銭債権の貸倒損失を法人税法22条3項3号にいう『当該事業年度の損失の額』として当該事業年度の損金の額に算入するためには、当該金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解される。そして、その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならないが、そのことは、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的
環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。」そして、本件の場合は「興銀が本件債権について非母体金融機関に対して債権額に応じた損失の平等負担を主張することは、それが前記債権譲渡担保契約に係る被担保債権に含まれているかどうかを問わず、平成8年3月末までの間に社会通念上不可能となっており、当時のJHLの資産等の状況からすると、本件債権の全額が回収不能であることは客観的に明らかとなっていたというべきである。」として、損金算入を認めている。
すなわち、全額回収不能か否かは、最終的に社会通念により判断されたのである。
(2)相続税法7条のみなし贈与
相続税法7条は、「著しく低い価額で財産の譲渡を受けた場合においては、」譲受人は「当該財産の時価(省略)との差額に相当する金額」を贈与されたものとみなすと規定し、贈与税が課される旨を定めている。この場合、どのような価額が「著しく低い価額」に該当するかが問題となる。
東京地裁平成19年1月31日判決(TAINS税法データベースZ888-1240)
本件は、会社の代表取締役が会社の支配権を強化するために、譲渡制限株を額面の250%、しかし財産評価基本通達の評価額の5.7%ないし21.8%の価額で買い集めたことに対し、時価との差額を贈与として課税されたものである。これについて、判決は、「相続税7条の『著しく低い価額の対価』に該当するか否かは、社会通念に従って判断すべきところ」、本件各譲受価額は、本件各純資産価額の5・7%ないし21.8%にすぎないのであるから、「本件各譲受は、同条にいう『著しく低い価額で財産の譲受を受けた場合』にあたるというのが相当である。」とし、原告の課税処分取消請求を棄却している。社会通念に関して何の留保もないのであるが、時価との差額が80%から95%近くあることからその必要を認めなかったのであろう。
東京地裁平成19年8月23日判決(TAINS税法データベースZ888-1280)
本件は、親族間で土地を譲渡したが、その譲渡価額は相続税・贈与税の課税に用いられる路線価を基に、財産評価基本通達に従い算定した相続税評価額であった。相続税評価額は、現実には時価より相当低い場合があり、本件の場合、みなし贈与課税がされたものである。
これについて、判決は、「同条にいう『著しく低い価額』の対価とは、その対価に経済的合理性のないことが明らかな場合をいうものと解され、その判定は、個々の財産の譲渡ごとに、当該財産の種類、性質、その取引価額の決まり方、その取引の実情等を勘案して、社会通念に従い、時価と当該譲渡の対価との階差が著しいか否かによって行うべきである。」と判示している。そして、本件土地の相続税評価額が時価の80%の水準よりも低いことが明らかであるといえるような特別の事情は認められないから、「著しく低い価額」の対価には当たらないとして、課税処分を取り消した。20%程度の差は、社会通念では著しく低いとはいえないとするものである。
(3)事業の概念について
所得税においては、事業所得と雑所得のように、その所得区分により損益通算や青色申告の適用の可否が決定される。事業所得か否かは、事業から生ずる所得か否かによるので、事業の範囲を明確にすることが必要である。事業の定義は、所得税法の委任を受けた所得税法施行令に「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業」と定めている。すなわち事業自体の定義は定められていないので、事業か否かは社会通念によると解するのが一般である。
事業概念に関し判例は、古くから所得税法上の事業とは一般社会通念上事業と認められるものを総称するものとの立場をとっている(大阪高裁昭和26年11月20日 税資17号555頁)。最高裁は給与所得と事業所得との区分に関し、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、」と判示している。(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決 民集35巻3号672頁)ここでは社会通念の概念を用いてないが、この判決の後も下級審は雑所得との区分の関係で社会通念を判断基準としており、最高裁もそれを正当と是認している。
近時の判例に、次のものがある。
最高裁平成4年7月9日第一小法廷判決(税資192号24頁)
本件は金銭貸付による所得に関し、「金銭の貸付行為が所得税法上の事業に該当するか否かは、被告も主張するとおり、社会通念に照らして、その営利性、継続性及び独立性の有無によって判断すべきものと解するのが相当であり、具体的には、利息の収受の有無、人的及び物的設備の有無、規模、貸付宣伝広告の状況等諸般の事情を総合的に勘案して、右の点を判断すべきものと考えられる。」として雑所得と認定した一審判決(平成3年3月26日東京地裁 税資182号702頁)を正当と是認している。
3 通達上の「社会通念」
判例に現れた社会通念は、裁判所が用いた概念であるが、税務行政庁の通達においても「社会通念」の用語を使用している。本稿では国税庁長官通達の所得税基本通達(以下「所基通」という。)、法人税基本通達(以下「法基通」という。)、相続税基本通達(以下「相基通」という。)における社会通念の用例を、機能別に整理して挙げる。
なお、所基通、法基通、耐用年数の適用等に関する取扱い通達には、社会通念を勘案して通達を運用すべき旨の総括的定めがある。
(1) 事務管理上の指針
通達に定める例の中で、社会通念上相当と認められるものについては、課税しなくても差し支えないとするものがある。これは、税法上は課税されるものであるが、あえて追及しないとする税務行政庁の事務管理上の指針であると考える。通達の規定自体は一見租税法律主義の合法性の原則に反するようであるが、小額不追求のような効率に配慮した事務管理上の裁量に関するもので妥当であると考える。
ア 給与所得につき、使用者から支給される結婚、出産等の祝金品。(所基通28-5)、永年勤続の記念品等(所基通36-21)、非常勤役員等の出勤のための費用(所基通9-5)。
イ 非課税所得につき、葬祭料、香典又は災害等の見舞金(所基通9-23)
(2) 課税要件に関する解釈基準
社会通念の概念は、法の定める不確定な概念の解釈において用いられることが多いといえよう。用例を整理すると次のとおりである。
A 費用性の判断基準
費用・損失に該当するか否かの判断基準である。これらは税法に定める必要経費、費用、損失の用語の解釈の問題である。これらは会計の概念を基礎とするものであり、法概念と会計概念の交錯する点で判断が難しいといえよう。次のものである。
ア 海外渡航費の旅費の必要経費算入(所基通37-18)、海外渡航費の損金算入(法基通9-7-6)
イ 源泉徴収を要する賞金等に当たらないもの(所基通204-3)
ウ 退職金を支給しない場合で、退職給与引当金を取り崩さなくてもよい場合(所基通54-13)
エ 法人の行う社葬費用(法基通9-7-19)
オ 寄付金に該当しない子会社等を整理する場合の損失負担等について、「その損失負担をしなければ今後より大きな損失を蒙ることになることが社会通念上明らかであると認められるためやむを得ずその損失を負担するに至った等」の場合(法基通9-4-1)この通達は、上述の平成16年最高裁判決の見解に通じる。
B 価額に関する判断基準
株式の有利発行価額、みなし贈与の例外等がこれに当たる。
価額が相当であるか、低価であるか、著しく低い価額かを判断する基準は、法の定める時価である。時価は、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的交換価値であると解されている。しかし、この価額は自由市場を想定した仮定の価額であり、そのような価額が存在しているわけではない。確認できない時価を、解釈適用の段階で明確であるかのごとく適用する点に、無理が生じ、社会通念の用語を使用せざるを得なくなるものと考える。次のものである。
ア 株式の有利な発行価額につき、「発行法人の株式等の価額に比して社会通念上相当と認められる価額を下る価額をゆうものとする。」とし、注において「社会通念上相当と認められる価額を下る発行価額であるかどうかは、当該株式等の価額と当該新株等の発行価額との差額がおおむね10%相当額以上であるかどうかにより判定する。」と定める(所基通23~35共―7)。同様に、有利発行により取得した有価証券の取得価額につき(法基通2-3-7)
イ 財産を著しい低い価額で譲渡を受けた場合は贈与とみなされるが、譲受人が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合に、扶養義務者から債務の弁済に当てるためにされたものは贈与とならない。そして、資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合とは、「その者の債務の金額が積極財産の価額を超えるときのように社会通念上債務の支払不能(破産手続開始に原因となる程度に至らないものを含む。)と認められる場合をいうものとする。」と定める。(相基通7-4)
C 事業の判断基準
事業所得と雑所得の区分に関しては、一般的な通達の定めはないが、不動産所得における事業と非事業の区別について次の定めがある。
「建物の貸付けが不動産所得を生ずべき事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるが、」10室以上または5棟以上の貸付は事業として行われているものとする。(所基通26-9)
Dその他
税法の規定は、一定の法律関係を想定するものが多いが、法律関係で判断が困難である生活上の関係について、社会通念を用いる例である。
ア 生活費または教育費に充てるための贈与で通常必要と認められるものは、贈与税の非課税財産となっている。その通常必要と認められるものは、「被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいうものとする。」と定める。相基通21の3-6
イ 延納許可限度額の算定の要素となる生活のため通常必要とされる1月分の生活費(相基通38-2)
エ 物納不適財産につき(相基通42-23)
5 社会通念概念の検討
社会通念の国語辞典的意味は、社会一般で受け入れられている常識または見解というものである。法律は抽象的に言葉で記述されているので、それを現実の事実に適用するには人の判断すなわち裁量を要し、その判断は社会通念によるのが当然であろう。当然のことを改めて強調する意味は、法解釈または事実認定において、一義的に決定できない点があるからではないだろうか。一般に言われる不確定概念ではないが、費用・損失等の会計概念、時価、事業のような概念にも、容易に意義を確定できない面がある。
現在のところ、税務行政庁の解釈および事実認定における裁量が恣意的に行われているとは考えないが、そのような裁量の余地はできる限り少なくする必要がある。
その方向として、1つには、解釈理論の発展である。たとえば、興銀事件について、最高裁は貸倒の損金算入には全額回収不能であることを要すると解している。しかし、その解釈には疑問がある。そして、全額回収不能を要件としない場合は、社会通念の概念を不要としたかもしれない。貸倒の認定に限らず、会計上の概念の解釈には、公正な会計処理の基準への考慮がより必要と思われる。2は法令の整備である。事業概念については、所得税法が何らかの定義規定を設けるのが妥当と考える。価額に関しては、時価が現実に存在しないことから、常に評価が問題となる。現在財産評価基本通達において公的評価が行われているが、少なくとも土地に関しては、制度を整備し評価の精度を上げて課税面では相続税に限らずその価額をもって時価とみなすことにより、価額に関する多くの問題が解消されるのではないかと考える。3は通達による基準の明確化である。法令で基準を明確化できない場合、例えば不動産所得における5棟10室、株式の有利発行を価額差が10%以上とするように、通達において基準を明確化することが望まれる。国税庁は通達行政の非難を恐れず、基準の明確化に努めるべきである。
おわりに
本稿では社会通念の概念が、税務行政庁の権力基盤である裁量と関係するものであり、その裁量の範囲を限定するために基準の明確化が必要であることを指摘した。これは、税務行政が国民に親しまれ信頼されるためにも必要と考える。
反対に、社会通念の概念を肥大化させることは、実質課税への回帰の危険性があり、安易にその概念を使用すべきではないと考える。