法人税法22条2項の無償取引の解釈について
― 本条項は租税回避の否認規定か ―
久留米大学教授 図子善信
目次
はじめに
1 問題意識
2 22条2項の無償取引に関する各見解
3 キャピタルゲイン説(実体的利益存在説の再評価)
4 適正所得算出説の検討
5 主要判例についてのキャピタルゲイン説からの検討
6 一般的租税回避否認規定の必要
はじめに
法人税法22条2項が定める、「無償による資産の譲渡又は役務の提供」の取引に収益を認識し、それを益金の額に算入すべき旨の規定は、大変理解しにくい規定である。
筆者自身、この規定の意味を十分に理解できず、十分納得しないまま長く有力学説に従い講義してきたのが実情であった。
しかし、筆者の属する大学院の学生であった出口貴子氏が、この規定を研究テーマとしてとりあげたことから、その解釈を改めて考える機会があった。現在、この規定の解釈の有力学説は、適正所得算出説と呼ばれるものである。適正所得算出説は、22条2項の無償取引に関する規定を、有償取引を行った者との課税の公平の観点から、無償取引についても収益があることを擬制した創設的規定と解するものである。
出口氏の見解は、これに対し22条2項の規定は、無償取引であってもその資産にキャピタルゲインが生じている場合に、これを収益と認識すべき旨を定めた確認的規定と解するものである。
筆者は、出口氏のキャピタルゲイン説を正当と考えるものである。
適正所得算出説は、収益の存在しないところに収益を認識するものであり、無償取引、低額取引について適正価額との差額を収益と擬制するものである。この見解からは、容易に租税回避事例に本規定を適用することが可能となる。そして同族会社の行為計算の否認が問題とされるような事例の大半は、本規定の適用によって同様の結果が得られるものと考える。また、本規定の適用により、国内取引に移転価格税制と同様の結果をもたらすことも可能となる。
しかし、本規定を、そのような解釈を可能とする規定とするには疑問がある。
本稿では、キャピタルゲイン説が正しいと考える根拠を出口説に沿って紹介し、本規定が租税回避否認規定ではないこと、および適正所得算定説が成立しない理由を明らかにする。
同時に、本規定の導入当時の見解を紹介し、それが実質課税の見解に立つものであると考え、それが現在の学説の中では成立が困難であることを明らかにし、キャピタルゲイン説の正当性を裏付ける。また、主要判例の事案につきキャピタルゲイン説による検討を行い、多くの場合判決と同じ結果となることを例証する。
さらに、本規定を租税回避否認規定と解することは正当でないことから、租税回避否認のためには、新たな一般的租税回避否認規定を導入すべきことを主張するものである。
1 問題意識
法人税法22条は、法人税の課税標準である所得の金額を定める規定である。同条1項は所得の金額は当該事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額であると、所得の金額が差額であることを規定している。このことから、法人税法の定める所得概念は、控除されるべき益金の額と控除すべき損金の額の内容により定まることになる。そして、益金の額に算入すべき金額について、同条2項が定めている。2項の規定は、次のとおりである。
「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする。」
本規定は、無償による資産の譲渡又は役務の提供にかかる収益の額を、益金に算入すべき金額としているのであるが、無償で資産を譲渡する行為に時価相当額の収益を認識することは、企業会計では行われていない。出口氏は、「法人税法の所得概念に関する一考察」(注)において、「法人税法の所得概念を象徴する規定がまさに法22条2項の無償譲渡であるならば、その収益の認識とは、有償取引が行われたものとみなすことによるのか、取引時の時価相当の利益が移転したものとみなすことによるのか、譲渡を契機に保有利益が担税力を有する具体的現実的利益として発現することによるのか、その根拠を明確にする必要がある。」とする。本稿の問題意識もここにある。
注 出口貴子「法人税法の所得概念に関する一考察」久留米大学法学49号103頁
2 22条2項の無償取引に関する各見解
法22条2項の無償取引について収益を認識する規定の解釈については、多くの見解があるが、大別すれば実体的利益存在説、適正所得算出説、同一価値移転説にわかれるものと考える。以下、各説を概説する。
(1)
実体的利益存在説
昭和40年に法人税法が全文改正され、22条2項が新設されたが、それ以前から、無償による資産の譲渡については、収益を認識し総益金に算入することが認められていた。その根拠は、法改正以前の事案について改正後に判決された、相互タクシー事件最高裁判決(注1)の説くところが明快である。
「その移転の対象となった経済的利益は、いわば同社所有の増資会社株式について生じる新株プレミアムから構成されるものとみられ、その利益の移転は、同社所有の増資会社株式の値上り部分(同社の取得した第三者指名権も株式の増加部分と同視して妨げない。)の価値の社外流出を意味するものということができる。そこで、これら株式の値上りが被上告会社の右株式の取得価額(記帳価額)を上回わるものがあるならば、その部分は同社の未計上の資産であり、前述の行為により移転する経済的利益の全部または一部は、かかる未計上の資産から成ることが考えられる。そうであるとすれば、かかる未計上の資産の社外流出は、その流出の限度において隠れていた資産価値を表現することであるから、右社外流出にあたって、これに適正な価額を付して同社の資産に計上し、流出すべき資産の存在とその価値を確定することは、同社の資産の増減を明確に把握するため当然必要な措置であり、このような隠れていた資産価値の計上は、当該事業年度において資産を増加し、その増加資産額に相当する益金を顕現するものといわなければならない。そしてこのことは、社外流出の資産に対し代金の受入れその他資産の増加をきたすべき反対給付を伴うと否とにかかわらない。してみると、本件において被上告会社が前述の行為によってその重役等に移転した利益に同社の未計上の資産価値が含まれると認められる限り、当該事業年度においてそれに相当する益金の発生を肯定せざるをえないのであって、他面その重役等に対する利益授与による被上告会社の資産の減少が事業上の損金となしがたいものとすれば、右益金の発生が総益金増加の原因となることはいうまでもない。」
実体的利益存在説は、法人税法改正以前から行われていた帳簿価格と時価との差額である未計上の値上がり益(キャピタルゲイン)を、その利益が流出する際に益金として顕現させることを、22条2項が確認的に定めたと解するものである。
すなわち所得税法59条のみなし譲渡の規定と同様に、財産の値上益を各事業年度ではなくその経済的利益が社外に流出した時に収益と認識するとの見解である。
ただし、実体的利益存在説では、無利息貸付に見られるような無償による役務の提供に何故収益を認識できるかについて、明確な説明はされていなかった。
(2)適正所得算出説
適正所得算出説を唱えるのは、金子宏教授である。理論を総括して説くところは、次のとおりである。
「この規定は、資産の無償譲渡、役務の無償提供その他の無償取引にかかる収益も益金に算入される旨を定めている。したがって、資産の無償譲渡の場合にはその時価相当額(―括弧内参考判例省略―)が、また無利息融資の場合には通常の利息相当額(―括弧内参考判例省略―)が、益金に算入されることになる。収益とは、外部からの経済的価値の流入であり、無償取引の場合には経済的価値の流入がそもそも存在しないことにかんがみると、この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定と解すべきであろう(適正所得算出説)(―括弧内参考判例省略―)。通常の対価より低い対価で取引を行った場合にもこの規定が適用されるかどうかは、明文上明らかではないが、積極に解すべきである(―括弧内省略―)。」(注2)
金子教授が、実体的利益存在説に対して賛同しない理由は、同説では無償役務提供について合理的な説明が困難であることのほかに、所得概念についての深い考察によるものと考えられる。すなわち資産についてキャピタルゲインがあり、評価益が生じていたとしても、その段階では収益と認識することはできないとの考えである。所得とは実現した利得であり、所有資産につき発生したキャピタルゲインは、所得概念から除かれるとするものである。それでは、キャピタルゲインをどのような段階で所得と認識するかについては、次のように述べている。「実現の観念は、もともと、未実現の利得、キャピタル・ゲインについていえば所有資産の価値の増加益を課税の対象から除外するための理論として出てきたものであるが、その意義については二通りの理解の仕方がありうる。一つは、資産の譲渡そのものをもって実現と見る考え方であり、いま一つは、資産の譲渡に伴って対価が収受されることをもって実現とみる考え方である。しかし、仮に前の考え方をとっても、譲渡によってただちに益金が生ずるわけではなく、益金を認識するためには、いま一つのファクターが必要であると思われる。すなわち、益金という観念は、企業会計上の収益とぴったり一致するわけではなく、国庫補助金等もそれに含まれるという意味では、収益より広い観念であるが、しかし、それは収益に対応する観念であると考えてよい。とすると、益金が生ずるためには、前述のような評価益の計上が認められている場合は別として、譲渡資産の対価として金銭その他の経済的価値の流入(流出ではなく)が必要であると考えるべきではなかろうか。所得税法においても、所得は収入の形態においてとらえられており、無償譲渡や低額譲渡の場合には、法令の定めによって初めて時価相当額の収入があったものとみなされているのである(40条、59条)。」(注3)
前述のような評価益の計上が認められている場合とは、商法の時価以下主義の下で、法人が決算で評価益を計上した場合にのみ益金となると解されてきたとの記述を指している。
すなわち、金子教授は、キャピタルゲインの実現について、金銭等の経済的価値の流入を以って実現とみることから、経済的価値の流入が無い無償取引について収益を認識する本規定は、創設的規定と解するものである。これは本規定を、資産の所有が離れた場合にキャピタルゲインを認識する旨を定める、所得税法59条と同様に解するものと考える。所得税法59条を税法の定める所得概念を確認する規定と解するか、未実現の利得を所得と認識するための創設的規定と解するかは問題である。しかし、創設的規定と解する適正所得算出説も資産の無償譲渡に関しては、キャピタルゲインとしての未実現の利益が存在することを前提にするものであり、実体的利益存在説と基本的には変わらない。
しかし、適正所得算出説は、「この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した」と解すべきとし、キャピタルゲインの存否に関わらず、すべての無償取引について正常価格で行われたものと看做すものである。また、通常の対価より低い対価で取引を行った場合にもこの規定が適用されるとする。現に、低価取引については、最高裁の判決により適用が認められ、またその低価の程度については格別の限定が無いことと解されている(注4)。
そうであるとすると、キャピタルゲインの発生していない資産の譲渡、無償による工事、サービスの提供、施設の使用貸与等にも、全て正常価格での取引があったものとして収益を計上する必要が生じてくる。また、低額譲渡の場合にも本規定の適用があるとするならば、全ての取引について正常価格であるか否かの判定が必要となるであろう。
22条2項がそのような意味を有すると解することには無理があると考える。
ただし、適正所得算出説によると、実体的利益存在説では説明が困難であった無利息融資の利息を収益とすることの根拠を示すことが可能となる。
適正所得算出説の問題点については、後に検討する。
(3)同一価値移転説
同一価値移転説は、適正所得算出説の原型ともいえる二段階説または有償取引同視説に対する批判として主張されている。二段階説または有償取引同視説は、無償譲渡または無償役務の提供を、有償により譲渡または提供すると同時に、その受領した代金を相手側に贈与したものと看做す見解である。(注5)これに対し清永敬次教授は、「現実に有償譲渡の可能性がない場合、例えば相手方の支払い能力の欠如等特別の事情から、やむを得ず無償譲渡をするような場合は、有償譲渡があったものと同じように考えることは、その現実的基盤を欠くものである。もし同様に考え得るならば、有償取引同視説によって収益の可能性が正当化される場合に、ある限定が付されることになる。」(注6)と述べる。そして「同一価値移転説は、利益を受け取る側から問題をみるのであり、たとえ有償譲渡又は有償提供の可能性がない場合であっても、利益を受ける側にとって、例えば時価相当分又は利息相当分の利益を常に受けるわけであるから、それに見合う収益の発生を肯定することになるのであろう。」(注7)とする。
同一価値移転説は、収益を認識するについて、何らかの経済的利益の存在を根拠とする点において、適正所得算出説に対する異議を唱えていると考えられる。
同一価値移転説も無利息貸付について、収益を認識する根拠を示すものといえる。しかし、受け入れ側に経済的利益が生じたとしても、その経済的利益を流出させた側に、なぜ収益を認識すべきであるかについて根拠付けることはできていないと考える。
注1 最高裁昭和41年6月24日第二小法廷判決 民集20巻5号1146頁
注2 金子宏 「租税法第十版」 弘文堂 271頁
注3 金子宏 「所得課税の法と政策」 有斐閣 334頁
注4 最高裁平成7年12月19日第三小法廷 民集49巻10号3121頁
注5 吉牟田勲 「法人税法詳解」 中央経済社 50頁
注6 清永敬次 「無償取引と寄付金の認定―親子会社間の無利息融資高裁判決に関連してー」税経通信33巻3号昭和53年 4頁
注7 清永 前掲論文 5頁
3 キャピタルゲイン説(実体的利益存在説の再評価)
(1)キャピタルゲイン説の歴史的根拠
ここにキャピタルゲイン説として説明するのは、実体的利益存在説を再評価した出口氏の見解である。出口氏は、法人税法の所得概念が過去どのように理解されていたかを法人に対する所得課税が導入された明治32年まで遡って検討し、昭和40年の法人税法全文改正時に22条2項において無償取引に収益を認識する規定を導入せざるを得なかった理由を次のとおり指摘する。
「法人税法の沿革をたどることにより、静態論思考のもと時価評価による評価益課税を行っていたことがわかった。時代が下がるにつれ、企業会計は動態論へと進み、時価会計は後退していった。会計と税法の目指すところが異なるため、両者の間には次第に距離が生まれていった。しかし、税法は企業会計の決算報告をもとに課税所得計算を行うため、会計を尊重する立場にある。客観性を保とうとしながらも、損益法的思考を取り入れなければならなかった。
処分可能利益算定のため、当然、経営者の主観が介入する会計と、課税負担公平の維持が基本理念である税法との距離が最も乖離した時、法人税法22条2項が誕生したのではないであろうか。発生したキャピタル・ゲインの認識について、取得原価主義に基づく企業会計が消極的である時、企業会計と法人税が乖離したのである。全面的な時価会計の下では毎会計年度にキャピタルゲインが認識されるため、無償譲渡に収益性を認める規定は必要がなかった。現在、租税平等主義を実践する役割を法22条2項が果たしている。そして公平という趣旨の下法人税法の所得概念が形成されていったのであるから、無償譲渡により収益を認識しその収益に対して課税することは法人税法の当然の行為であり、創設期から行われていた歴史的事実から判断しても、法22条2項は確認的規定であることが証明される。」(注1)
そして、適正所得算出説および同一価値移転説に関し、「仮に法人税法22条2項の無償譲渡を創設的規定説や同一価値移転説で説明した場合、全ての無償譲渡を課税の対象とするおそれがある。この規定は、決してこのような解釈を予定して設けられたのではない。あくまでも担税力の発生を逃さず、課税の公平を実現するために設けられた規定であるから、キャピタル・ゲインが生じていない場合には課税要件が存在しないと考える。」(注2)としている。
(2)時価と簿価の乖離
キャピタルゲイン説は、22条2項の無償取引に収益を認識する意味は、キャピタルゲインを認識するためであると解するものである。これは簿価に反映されていない利益を、資産の譲渡のときに認識しようとするものである。現在の企業会計では、簿価1000万円、時価5000万円の資産を無償で譲渡した場合、土地の減として貸方1000万円、土地譲渡損として借方1000万円と計上されるに過ぎない。 すなわち4000万円のキャピタルゲインは認識されないのである。22条2項は、この4000万円のキャピタルゲインを認識すべきことを規定するものである。すなわち、土地の減として貸方1000万円、借方土地原価1000万円とし、譲渡収益として貸方5000万円、無償であることからこれが寄付であれば借り方寄付金5000万円となるのである。寄付金でなく、繰延資産、役員賞与、損金算入の広告宣伝費等が借方にくることもあり得るのである。
もし、キャピタルゲインが発生しておらず簿価と時価が同じである場合、すなわち簿価1000万円、時価1000万円の資産を無償譲渡した場合、企業会計では土地の貸方1000万円、借方に譲渡損1000万円となる。この場合、無償譲渡に収益を認識すると、土地の減として貸方1000万円、土地原価として借方1000万円とし、譲渡収益として貸方1000万円、無償であることからこれが寄付であれば借方寄付金1000万円となる。この場合、収益を認識する意味はないといえよう。企業会計上の譲渡損失1000万円を寄付金と認定すれば済むことである。
すなわち、キャピタルゲインが発生しておらず、簿価と時価が乖離していなければ、収益を認識する意味はないのである。
(3)無償役務の提供としての無利息貸付
無利息貸付については、法人税法全文改正以前から利息を収益として認定することが課税実務で行われていた(注3)。22条2項の無償役務の提供とは、具体的には無利息貸付を想定して規定されたものと考えられる。キャピタルゲインを実体的利益と考える実体的利益存在説では、金銭の貸付について収益を認識する根拠を示すことができなかった。
適正所得算出説、同一価値移転説が正当とされる理由は、無利息貸付について収益を認識するそれなりの根拠を示すからであろう。それでは、改めて実体的利益存在説を評価する出口氏は、この問題についてどのように考えるのであろうか。
「一方、無償による役務の提供についてはどのように説明すればよいのであろうか。無利息融資における利子を考えた場合、一般的・常識的には、金銭は時間の経過と共に利息が発生するものと考えられる。それは、経営努力の成果でもなく、また突発的に発生するものでもない。自然発生的に価値の増加が形成される。大きくとらえると、この利息もまたキャピタルゲインの一形態といえよう。金融資産である貸付金に対して生じるキャピタルゲインととらえることは許容されるのではないであろうか。よって、キャピタルゲインが認識されない他の役務の無償提供は、法人税法22条2項の対象外となる。」(注4)
出口氏は、無利息貸付についてはそれ以上の考察はしていないのであるが、それ以前に岡村忠生教授は、無利息貸付について詳細に考察している。
「無利息貸付によって、貸主である法人に実体的利益の発生があるかという問題について、どのように答えることができるだろうか。
この問題に対する最も明解な解答は、現在価値アプローチによるものであろう。すなわち、第一章第四節で述べたように、無利息貸付に係る債権債務をその貸付時における現在価値で評価し、無利息貸付を有利息貸付と金銭の贈与の併存する取引と構成する考え方である。
(1) はじめに、期間が一年間である無利息貸付について考えてみよう。たとえば、第一章第二節の設例TでABともに法人であるとし、ドルを円と読み換えて説明すると、第一年度の末において、AはBから百万円の現金と引き換えに現在価値で91万円の手形を取得し、そして、第二年度の末には、Aに対して91万円の元本の返済と、9万円の利息の支払がなされたと考えるのである。この結果、第一年度には、Aに対して9万円の贈与としての現金の贈与等としての支払が、また、Bにはその受領が認識され、第二年度には、Aには9万円の受取利息が収益として課税の対象とされ、また、Bは9万円の支払利息に対する控除を受けることになる。
無利息貸付を以上のように構成した場合、Aについては、ちょうど保有する資産が値上がりした場合と同様に、実体的利益(債権の保有利益)が発生しているといえる。そして、第二年度の末に Bから手形と引き換えに百万円の支払を受けることで、その利益は実現したといえる。現在価値アプローチによれば、実体的利益存在説の考え方に基づいた無利息貸付を行うことが理論的には可能なのである。」(注5)
岡村教授は、貸付金という金融資産に対して時の経過と共に発生する実体的利益を、割引現在価値の観点から論証するものである。(注6)これは、貸付金には時の経過と共に利息が生じるという、取引社会の確信を前提としているものである。この前提は、民法415条、419条、404条の債務不履行の際の法定利率、商法513条、514条の利息請求権と商事法定利率の定めにおいても、承認されているものと考えられる。
このように考えると、企業という商人の貸付について、無利息の約定をすることは、当然に発生する利息を受領しないという約定であり、法人税法は、企業会計上認識できないこのような利益も法人税法の所得概念に包含されることを定めたものと考える。
以上のように考えると、キャピタルゲイン説は、無利息貸付について収益を認識する根拠を示すものであり、無償役務の提供の意義も説明できたことになる。
(3) キャピタルゲイン説の正当性
以上により法22条2項の定める、「無償による資産の譲渡又は役務の提供」に係る当該事業年度の収益の額とは、無償であっても資産にキャピタルゲインが発生して簿価と時価が異なる場合には、そのキャピタルゲインを収益として、また、無利息貸付のように無償による役務提供によっても実体的な利益が発生している場合には、その利益を収益に計上すべきであることを確認的に定めていると解することができる。すなわち、無償資産の譲渡の場合も、無償役務の提供の場合もキャピタルゲイン説により解釈することができるのである。この場合、現に存在する利益を認識するものであり、存在しない利益を存在するものとして擬制するものではない。キャピタルゲインに対する課税および無利息貸付に対する課税は、昭和40年の全文改正により22条2項が制定される以前から行われていたものであり、このような会計上認識されない利益であっても、法人税法の定める所得概念には当然含まれるものと解されてきたのである。したがって、本規定は従来の法人税の所得概念を維持することを明らかにする規定であって、従来の法人税の所得概念を変更するものではない。
キャピタルゲイン説によれば、キャピタルゲインの発生を認識する必要のない棚卸資産については、原則として無償資産の譲渡による収益を認識する必要はなく、反対にキャピタルゲインが発生しているがそれが正当に顕在化されていない低額譲渡に対しては、本規定が適用されることになる。
また、無償譲渡または無償役務の提供の多くの場合、収益の反対勘定は寄付金となるであろうが、必ずしも寄付金とされる場合の反対勘定としてのみこの規定が機能すると限定する必要はないものと考える。収益の反対勘定が損金算入される費目である場合は、所得計算上収益を認識する意味がなく、その必要がないだけであり、寄付金以外にも資産科目、または役員賞与等の損金不算入費目である場合は、本規定が機能するのである。
なお、無償役務の提供については、現在無利息貸付以外にキャピタルゲインに類する利益を観念する取引は想定されない。課税実務においては、建物の無償貸付について使用料を認定し収益とする課税が行われているが、建物を無償で使用させることにより使用させる側に現実に何らかの利益が発生しているとは誰も考えない。有償使用させれば利益が生じるであろうという利益の可能性は、現実の利益とはいえない。したがって、建物の無償使用等は、存在する利益を収益とする法人税法22条2項の適用の対象とすべきではない。
注1 出口 前掲論文 162頁
注2 出口 前掲論文 161頁
注3 行政裁判所昭和10年6月25日宣告 行録46輯450頁 大阪高裁昭和39年9月24日判決
注4 出口 前掲論文 161頁
注5 岡村忠生 「無利息貸付課税に関する一考察(五)・完」 法学論叢122巻3号123頁
注6 貸付時に収益・贈与を認定するのではなく、事業年度等の期間終了時に収益を
認定すべきとする、高野亮一氏(久留米大学法学修士)の未公表の研究がある。
4 適正所得算出説の検討
3で述べたように22条2項は、キャピタルゲイン説により解釈することができる。そうであれば適正所得算出説は、正当な解釈ではないと考えられる。しかし、現在学界では適正所得算出説が有力であり、課税実務にも、判例にも影響を及ぼしつつあると考える。
本節では、適正所得算出説の波及、適正所得算出説を容認する背景、さらに適正所得算出説の問題点を指摘することによりキャピタルゲイン説の正当性の裏づけとする。
(1) 適正所得算出説の波及
金子教授は、22条2項を創設的規定と解するに当たり、「この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定と解すべきであろう」としている。すなわち、収益とは経済的価値の流入であるとし、経済的価値の流入のないキャピタルゲインを収益と認識するための創設的規定とするのである。キャピタルゲインを認識するのは、これを認識しない場合には課税の公平が損なわれるものであるから、課税の公平のための創設的規定とされる。前述したところであるが、この範囲では実体的利益存在説と適正所得算出説は実質的に異なるものではない。しかし、課税の公平のための収益を擬制する創設的規定との意義を一般化すれば、実体的利益の存否に関わらずあらゆる無償取引に本規定を適用することが可能となる。
すなわち、適正所得算出説は、租税回避を否認するための規定として位置づけることになるのである。金子教授自身、本規定を米国内国歳入法482条に類する規定と解し次のように述べる。
「適正所得算出説は、資産の無償譲渡を含む各種の無償取引を通じて収益を擬制すべ
きことの統一的な説明たりうると考える。22条2項は、アメリカ合衆国内国歳入法482条の
独立当事者間取引の原則を定める規定と多分に共通性を有することになる。」(注1)
増井良啓教授は、関連会社間の所得振り替えの問題を検討し、関連会社間の所得の振替えについて、22条2項と37条(寄付金の損金不算入)の規定のみでは、整合的な課税はできないと制度の不備を指摘する。事例に挙げた2つの判決を批判した後に、次のように述べる。
「それでは、何がこのような混乱をもたらしたのか、上の2判決についていえば、問題は、22条2項と37条の相互関係が十分に整理されていない点にある。そして、その遠因として、租税回避とみれば寄付金規定による「否認」、寄付金規定といえばそれに連動する22条2項の適用という画一的思考の存在をあげるとしても、いいすぎにはなるまい。しかし、このような判決をもたらした背景に制度上の不備があることを、忘れてはならない。再度強調する。22条2項および37条を中心とする現行規定は、会社間に移転した利益をそれとしてとらえることに成功していない。」(注2)
これは、関連会社間の取引に移転価格税制に近い運用の可能性を検討した結果、そのような取引につき整合的に課税するための制度が整っていないことを指摘したものと推測する。それは、適正所得算出説によるテストであったともいえよう。増井教授は結論として、会社間所得振替に関する従来の議論には、一般的に、3つの特徴があるとし、その1について「第二に、大上段に租税回避論を用いるのではなく、益金・損金の解釈によって結論を導く議論も見られないではなかった。しかし、22条2項は法人所得に関する一般規定であり、37条は寄付金一般についての規定である。会社間取引に着目した特別のルールというわけではない。」として、22条2項による解決を否定している。(注3)
藤井保憲教授は、22条2項の解釈について、「22条2項の無償取引の解釈が問題となる判決・裁決例は多い(別紙参照)。関連法人間取引に適用される場合と法人とその支配株主・役員との間の取引に適用される場合とがあり、それぞれを区別することなく適用されている。また、法人税法37条の寄付金の問題として訴訟が行われている事例で無償・低額譲渡に係るものは、原則として22条2項の問題を内包している。これらの判決・裁決事例や学説を通じて、以下にみるとおり22条2項の解釈が次第に深化し、統一化されてきている。」(注4)とする。そして「22条2項の「無償譲渡」の規定の趣旨については、「正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定である」(判決K-1)との解釈、すなわち規定の趣旨は時価取引原則に基づく適正所得算出であり、22条2項は創設的規定であるとする考え方(適正所得算出説)が定着している。」(注4)とする。
そして、藤井教授は、22条2項を国内取引の移転価格否認の根拠法と解する可能性を論じ、「22条2項が収益を擬制した創設的規定であり、その趣旨が適正所得算出であるとの解釈が定着することにより、22条2項を広く非正常取引に適用することが可能となっているということができる。」(注4)と述べる。
(2) 適正所得算出説容認の背景
適正所得算出説は、負担の公平のため、無償取引であっても、時価で譲渡されたものとして収益を認識するものである。適正所得算出説は、この規定を創設的規定とするのであるが、その点を異にしながら適正所得算出説と同様に、時価で譲渡されたものと認識すべきであるとの見解があった。これは、税務行政庁において税法の立案、執行に携わった者に広く受け入れられていた見解であり、現在の税務行政庁もこの見解を踏襲しているものと考える。この見解は適正所得算出説に親和するものであり、適正所得算出説が広く容認される背景をなしていると考える。
ア 泉美之松氏の見解
法人税法全文改正の際、大蔵省主税局長として改正作業を指揮してきた泉美之松氏は、昭和51年雑誌「税理」において行われた研究会において、北野弘久教授の質問に対して22条に関する見解を述べている(注5)。
北野 「たとえば法22条から租税回避行為を否認できるということまで一般的に出てくるんだということになりますと、法132条もいらない、132条も確認規定に過ぎないんだ、ということになります。およそ租税法律主義違反という問題は起こらないという議論に発展することになってきますと、これは大変なことになってきます。」
「22条について仮に桜井先生がおっしゃったような趣旨を拡大していきますと、これは税法の多くの規定はほとんどいらなくなることになってくる。そこで立法当時の意見としまして、無償による資産の譲渡をなぜ益金の中に含められるのか、ちょっと泉先生からうかがっておきたいのですが。」
泉 「無償による譲渡というのは、企業はホモエコノミクスなんだから、無償で譲渡したといっても、それは企業として本来ありうべからざることなんだから、租税回避行為につながる問題となりかねないので、無償による譲渡も益金に算入するんだ、そうしないと税法をくぐられてしまうことになるからですね。」
北野教授の質問は、相当の対価を収受している場合には権利金を受領していないときにも正常な取引とする旨を、政令で規定している点をとりあげ、それに対して桜井四郎氏(当時税務大学校研究部長)が、その政令は22条の解釈としての確認規定であると考えると述べたことを踏まえたものである。
泉氏の見解は、企業は正常価格で取引きが行われるべきであることを前提にしており、現在の適正所得算出説と結論において類似している。
イ 吉牟田勲教授の見解
昭和40年当時、大蔵省主税局税制第一課に在職していた吉牟田教授は、改正税法の解説において、次のように述べている。
「法人が他の者と取引を行う場合、すべて資産は時価によって取引されるものとして課税するというのが現在の法人税の原則的な考え方である。
例えば資産の贈与を受けた者については、当然その資産の時価に相当する所得があったものと認められている。資産の贈与を(無償の譲渡)を行った法人も、その資産の時価を認識してこれを贈与するものであって、この贈与は資産を有償で譲渡してその時価に相当する対価を金銭で受取り、直ちにこの金銭を贈与したことと何等変わるところがなく、この場合はその資産の譲渡により収益が生ずるわけであるから、これと全く同じように贈与した時にその時価に相当する収益が実現したと認められるので、これを益金とし課税することが妥当であると考えられるのである。」(注6)
吉牟田教授の見解は、二段階説または有償取引同視説と呼ばれるが、法人の取引はすべて時価によって取り引きされるとの考えが原則であるとする。すなわち、22条2項の存否にかかわらず、無償取引にも収益を認識するとするものであり、その意味で22条を確認的規定と解するものであろう。その点で金子教授の適正所得算出説と異なる。
ウ 四元俊明氏の見解
法人税法改正後、国税庁法人税課課長補佐として通達の制定作業に携わった四元俊明氏に、22条2項について当時どのように認識していたか照会し、その回答を得たので以下要旨を紹介する。ずいぶん昔のことについての不躾な照会に対し、懇切かつ的確な回答をいただいたことに深謝する次第である。
まず、法人税法は元々独自の課税標準規定を欠いている点で、租税法定主義の憲法下、各種税法の中で特異な存在である。22条がこの課税の標準の骨格を成すものであるが、収益費用等について大枠を示すのみで、その計算は挙げて公正妥当な会計処理の基準によらしめている。2〜4項は簡にして要を得た条文であるというのが素朴な感想であった。昭和40年以前は、収益、費用等の大枠さえ明文はなかったところへ新設されたこの規定は、法人課税の損益計算の取扱いにつき、明治以来試行錯誤を重ねて定着してきた原則を成文化したものというのが当時の認識である。
22条2項については、2項の取引は例示であるが、これを実体と技術の両面で法文を素直に理解すればよい。
第一に、背景として、法人課税は独立法人のarm’s length な取引を前提として、これを仕切る、換言すれば、平等当事者間の堂々の取引すなわち正常取引を前提として法人課税の計算を行うべしという論理が貫いている。
第二に、課税計算上、寄付金、交際費、過大報酬など損金算入を制限する項目も多く、課税の公平、中立を維持し、計算の明確化を期するためには、損益両面の二段階で総額計上を強制するのが合理的である。
なお、正常取引の認否は、社会通念に基づく総合判断を要するところで、これを楯に対価面で一物一価を形式的に振り回すべきでない。
以上のとおり、四元氏も法人課税は正常価格の取引を前提としており、これは明治以降試行錯誤を重ねて定着したものとする。
(3) 泉氏等の見解と適正所得算出説の相違
法人税法改正当時に表明された、泉氏に代表される見解は、法人は正常価格で取引を行うべきものであるとの考えを前提にするものである。そして、その考えは法人税法改正以前から認められていたものであり、それを22条2項で明文の規定としたとするものである。すなわち22条2項は、明治以降に形成された法人の所得概念を確認するものであり、確認規定と解するものであろう。その点で、適正所得算出説とは基本的に異なるのである。それでは、確認規定説は成立するだろうか。
ア 正常価格取引の根拠
(ア) 実質課税の原則
法人は正常価格(時価)により取引すべきものとする根拠は、何であろうか。泉氏は非正常取引を許せば租税回避につながるとする。
すなわち、法人は正常価格で取引すべきものとする根拠は、非正常取引は租税回避につながり、租税回避は否認できるとの見解である。税務行政庁は、租税回避がある場合には法律の規定がない場合でも、否認できるとする実質課税の原則をとってきた。泉氏に代表される正常価格取引の要請は、税務行政庁が採用する実質課税の原則に基づくものであるように思われる。
法律の根拠なく私法上正当に成立した法律関係を否認し、別の法律関係を認定して課税できるか否かについては、多くの議論があり税法上の基本的問題と考える。そして、法律上の根拠なく別の法律関係を認定して課税することについて、これを認めないのが学界における定説といえる(注7)。
また、今村隆教授は、法務省訟務局租税訟務課長であったときに、裁判実務について次のように述べている。
「租税回避行為の場合に、当事者が用いた法形式を租税法上は無視し、通常用いられる法形式に対応する課税要件が充足されたものとして取り扱うことを「租税回避行為の否認」といい、これには、「租税法上の実質主義による否認」と「個別否認規定による否認」がある。
前者は、経済的実質に即して課税要件事実を認定する方法のことであり、後者は、同族会社の行為計算否認規定などの明文規定に基づくものである。前者については、租税法律主義に反するとして、これを認めないのが通説であり、最近の裁判例の大勢である。殊に、最近の裁判実務においては、この租税法上の実質主義による否認に対する拒否反応が強く、『実質主義アレルギー(substance allergy)』とでも呼ぶべき現象が見受けられる。」(注8)
すなわち、現在は学説判例とも、実質課税の原則による否認には否定的であり、現在実質課税の原則を根拠に当然に非正常取引を否認できるとする見解は採用できない。
イ 所得概念としての正常取引
非正常取引を否認する根拠として実質課税の原則は採用できないとしても、法人の所得概念は正常取引を前提としているとの観念が確立されていれば、正しい所得概念に基づき非正常取引を否認することが可能となるであろう。しかし、そうであれば、法人税法改正以前から非正常取引に対する否認事例が多数あるはずである。現実には多数あったのかもしれないが、判例に表れる事例はキャピタルゲインの発生している資産の無償譲渡、低額譲渡、無利息貸付である。
そうであれば、非正常取引として問題としているのは、キャピタルゲインであるといえよう。もし、キャピタルゲインの生じていない資産を無償譲渡した場合は、その譲渡損失を寄付金と認定すればすみ、正常取引如何の問題を生じることはないからである。
法人税法改正以前に移転価格税制のような否認が行われていれば、所得概念としての正常取引の要請もありうるかもしれない。しかし、当時から同族会社の行為計算の否認規定が存在したことからも、キャピタルゲインが存在しない非正常取引について、一般的に否認が行われていたとは考えにくい。
ウ 結論
以上のとおり、確認的規定説に基づくと考えられる泉氏等の見解は、キャピタルゲインが生じているものを除き、成立しないものと考える。
(4) 創設的規定説の疑問
適正所得算出説と同じ結果を来たす泉氏等の見解は、少なくとも現在は支持できないものと考える。それでは金子教授の述べるように、法人税法改正時に非正常取引には収益を擬制するという規定が創設されたのであろうか。もし、これが非正常取引一般について否認する規定であり、従来認められていなかったことを22条2項により創設するものとすれば、法人税法の問題にとどまらない税法上の重要問題である。22条2項は、このような問題意識の下に創設されたか否かについて検討する。
ア法人税法改正時の当局の認識
法律は、成立した条文により解釈すべきもので、立案当局の見解は解釈にあたっての一材料にすぎない。そのような限定を付しながらも当時の立案側の見解をみると以下のとおりであり、22条2項を創設的規定とは意識していなかったことを推測させる。
(ア) 税制調査会答申
昭和40年の所得税法および法人税法の全文改正は、昭和38年12月に答申された政府税制調査会の「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」を基として立案作業が進められた。この答申においては、所得税および法人税の所得概念について、純資産増加説の考え方に立つとし、所得概念を構成するキャピタルゲインについて次のように述べている。「キャピタルゲインについては、資産を処分した者の経済力の増加に着目して、基本的にこれを課税所得とする現行税法の建前を維持するのが相当であるが、その実現の態様には種々のものがあるので、その実情に応ずる課税のあり方については、なお別途検討する。」すなわち、資産処分のあり方はともかく、キャピタルゲインに対する課税を行う現行税法の建前を維持するとしている。
また、同族会社の行為計算の否認規定について、その否認の対象を同族会社のした行為又は計算のみに限定する理由に乏しいと認められるので、租税回避行為のきょう正の規定は、一般的に規定することが適当であるとしている。
しかし、同族会社の行為計算の否認規定は存続し、ここに答申が求める一般的否認規定は導入されなかったと考えるべきであろう。
(イ) 国会における審議
昭和40年2月26日には、衆議院大蔵委員会において法人税法案の提案理由の説明が行われている。そこでの法人税法案の内容説明では、規定の整備合理化の内容として「課税標準及び税額の計算に関しましては、法人税法上の損益の計算の原則、割賦販売等の収益計上の時期、有価証券の譲渡減価の計算及び評価の方法並びに寄付金の意義等を明らかにするとともに、賞与引当金制度及び返品調整引当金制度等を新設する等所用の規定の整備をはかることとしております。」とされている。
昭和40年3月19日の参議院大蔵委員会でも法人税法案の提案理由説明が行われている。そこでは、「まず、課税標準及び税額の計算に関しましては、従来の考え方でございます総益金から総損金を控除するという税法上のいわゆる純資産増加説をもって所得を考えるという考え方は、従来どおりでございますが、これを収益、費用についてそれぞれ内容を規定いたしまして、さらに、収益と費用が対応して所得が計算される理由を明らかにする所得計算の基本規定を置いたわけでございます。」と説明している。
すなわち、法人税法案は、法人税法上の損益の計算の原則について、規定の整備合理化をしたこと、総益金から総損金を控除するのは従来どおりであるが、収益、費用の概念を用いて所得計算の基本規定としたことを述べるのである。旧法人税法9条1項は「内国法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による。」と収益と費用の概念を使用していなかった。また、総益金および総損金についても、これを定義する規定はなく、旧法人税基本通達(昭25直法1−100)において「51 益金とは、法令による別段の定めのあるものの外資本等取引以外の取引により純資産増加の原因となるべき一切の事実をいう。」とされ、「52 損金とは、法令により別段の定めのあるものの外資本等取引以外の取引において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいう。」と解されていた。22条2項は、会計理論としての静態論になじむ総益金、総損金の用語を廃し、動態論になじむ収益、費用を益金の額、損金の額に結びつけることにしものであろう。
また、衆議院、参議院の大蔵委員会において、22条2項の無償取引が直接議論されたことはなく、租税回避等があった場合の否認規定である趣旨の説明も、質問もされていない。
(ウ) 「改正税法のすべて」の解説
昭和40年の法人税法の全文改正の後に、大蔵省主税局執筆による「改正税法のすべて」が刊行されている。そこで当時主税局税制第一課課長補佐伊豫田敏雄氏は、22条2項について次のとおり述べている。
「ここに書かれていることは要するに、益金の額に算入すべき金額は資本等取引以外の取引に係る当該事業年度の収益の額とするということであって、資産の販売、有償または無償による資産の譲渡または役務の提供等はいずれも取引の例示であって、非常に重要な意味を持つというものではありません。ただ、受贈益および贈与によって生ずる譲渡益が課税の対象とされるものであることがこれらの例示によって表されている点には注意をようするものと考えられます。」(注9)
すなわち、贈与によって生じる譲渡益が収益に該当することを例示によって明らかにしているのである。そして、ここに書かれていることは、非常に重要な意味を有するものではないと断っているのは、従来の法人税法の所得概念を変更するものでは無いとの趣旨であろう。この規定が存在しない収益を擬制するものであるとすれば、このような説明はしなかったと考える。
イ 収益の擬制に関する疑問
岡村教授は、適正所得算出説と有償取引同視説を擬制された収益を課税の対象とする点で同じとしているのであるが、この擬制について次のように述べる。
「もともと、擬制という考え方は、租税回避の否認の場合にみられるものであった。そこにおいては、有効に成立している私法上の取引を、その選択された法形式が異常であり、そのため通常の法形式を選択した場合とはほぼ同一の経済的効果が達成されながら、通常の法形式を選択した場合には充足される課税要件の充足が回避されている場合に否認し、通常の法形式を擬制した上で、それに基づいて課税が行われる。租税回避の否認が税法上問題とされてきたのは、通常の法形式を選択した者との間の公平の維持ないし租税平等の観点からである。租税回避の否認は、擬制された法形式に基づく課税であるから、租税法律主義の原則から、法律上の根拠がなければこれを行うことはできないとされる。」(注10)
さらに、擬制による課税に対する基本的疑問を提起した後、次のとおり述べる。
「第二に、有償取引同視説によれば、22条2項は、擬制された取引に基づく課税を行うための根拠規定だということになる。しかし、解釈論として、22条2項の「無償による資産の譲渡又は役務の提供・・・・・に係る当該事業年度の収益」という極めて簡潔な文言が、擬制に基づく課税を根拠付けていると解することができるのであろうか。また、アメリカにおける内国歳入法典482条のような特別の規定をおくのではなく、法人税法における課税所得に関する基本規定である22条の中に、納税者が行った取引に基づかない、いわば例外的な課税方法である取引の擬制についての定めがあると解することは、極めて不自然なのではないだろうか。」(注11)
そして、岡村教授は、無利息貸付についても、擬制された利益ではなく、実体的な利益を課税の対象とすべきであることを主張し、そして「本稿が提案した現在価値アプローチは、無利息貸付に関して、22条2項から、このようなかつての租税回避論の影響を払拭しようとするものであり」(注12)と22条2項を租税回避否認規定と解することを否定している。
また、増井教授は、(2)で述べたとおり、22条2項は法人所得に関する一般規定であり、37条は寄付金一般についての規定であって、会社間取引に着目した特別のルールというわけではないとしている。
ウ 結論
岡村教授、増井教授の指摘は、立案当局の意見および立法の経緯からも納得できるものであり、22条2項を創設的規定と解することは無理と考える。そうであれば無償取引について、存在しない利益を収益と認識することはできない。これは、キャピタルゲイン説の正当性を裏付けるものである。
注1 金子宏 「所得課税の法と政策」 有斐閣 345頁
注2 増井良啓 「結合企業課税の理論」東京大学出版会 43頁
注3 増井 前掲書 232頁
注4 藤井保憲 「移転価格税制の国内取引への適用」 税大ジャーナル3号17頁
注5 北野弘久 「税法解釈の個別的研究」学陽書房 92頁
注6 吉牟田勲 「所得計算関係の改正」 昭和40年 税務広報13巻6号 140頁
注7 清永敬次 「租税回避の研究」 ミネルヴァ書房 371頁
注8 今村隆 「租税回避行為の否認と契約解釈」 税理42巻14号 207頁
注9 伊豫田敏雄 「法人税法の改正(一)」 改正税法のすべて 日本税務協会 102頁
注10 岡村 前掲論文(四) 法学論叢122巻2号 10頁
注11 岡村 前掲論文(四) 法学論叢122巻2号 13頁
注12 岡村 前掲論文(五) 法学論叢122巻3号 57頁
5 主要判例についてのキャピタルゲイン説からの検討
キャピタルゲイン説によると、最近の22条2項を適用した判例はどのように評価すべきであろうか。注目すべき判例を取り上げて簡単に検討する。
(1)オウブンシャホールディング事件
最高裁平成18年1月24日第三小法廷判決(判例時報1923号20頁)
事実の概要
本件は、上告人がオランダにおいて設立した100%出資のA社が、その発行済み株式総数の15倍の新株を上告人の関連会社であるB社に著しく有利な価額で発行したことに関して、税務署長が、上告人のA社株式の資産価値のうち上記新株発行によってB社に移転したものを、B社に対する寄付金と認定して、上告人の平成6年10月1日から同7年9月30日までの事業年度の法人税の増額更正および過少申告加算税を賦課決定したことから、上告人がその取消を求めた事案である。
税務署長は、法人税法132条(同族会社等の行為計算の否認)に基づき更正したのであるが、訴訟においては、処分の適法性の根拠を22条2項の適用としている。
判決
判決は次のとおり本件に22条2項の適用を認めた。
「上告人のA社株式に表章された同社の資産価値については、上告人が支配し、処分することができる利益として明確に認めることができるところ、上告人は、このような利益をB社との合意に基づいて同社に移転したというべきである。したがって、この資産価値の移転は、上告人の支配の及ばない外的要因によって生じたものではなく、上告人において意図しB社において了解したところが実現したものということができるから、法人税法22条2項にいう取引にあたるというべきである。そうすると、上記のとおり移転した資産価値を上告人の本件事業年度の益金の額に算入すべきものとした原審の判断は是認することができる。」
検討
株式の所有権が移転するのではなく、新株発行を承認することによる保有株式の資産価値減少が、取引による経済的価値の移転と解することができるか否かは問題であり、最高裁における主たる争点もここにあると考える。最高裁の判示のように、これを取引と考えるならば価値が移転するときに帳簿価額と時価との差額であるキャピタルゲインを認識すべきであるので、22条2項を適用することは正当である。時価と簿価との差額が圧縮記帳による結果であるとしても、それは課税が繰り延べられたのであって、移転のときにキャピタルゲインを認識しない理由とは成らない。
(2) 南西通商事件
最高裁平成7年12月19日第三小法廷判決(民集49巻10号3121頁)
事実の概要
金融業を営む原告会社は、その保有していた銀行の株式を原告会社の代表取締役に1株225円で譲渡した。被告税務署長は、昭和63年4月1日に譲渡した13万9025株について1株280円、平成元年3月31日に譲渡した1万株について1株430円と時価を認定し、時価との差額を22条2項に基づき収益として益金に算入した。
判決
判決は次のとおり低額譲渡に22条2項の適用を認めた。
「譲渡時における適正な価額より低い対価をもってする資産の低額譲渡は、法人税法22条2項にいう有償による資産の譲渡に当たることはいうまでもないが、この場合にも、当該資産には譲渡時における適正な価額に相当する経済的価値が認められるのであって、たまたま現実に収受した対価がそのうちの一部のみであるからといって適正な価額との差額部分の収益が認識され得ない者とすれば、前記のような取扱を受ける無償譲渡の場合との間の公平を欠くことになる。したがって、右規定の趣旨からして、この場合に益金の額に算入すべき収益の額には、当該資産の譲渡の対価の額のほか、これと右資産の譲渡時における適正な価額との差額も含まれると解するのが相当である。」
検討
株式の取得価額がほぼ1株225円であり、それが時価280円、430円と値上がりしているのであるが、その値上がり益はキャピタルゲインであり、収益として認識されるべき金額である。そうであると、それが正常に反映されていない低額譲渡には、その差額分を収益として認識すべきであり、その旨を示す判決は正当である。
増井教授は、本件の第一審判決が適正所得算出説を表明していたことを指摘したうえ、最高裁昭和41年6月24日判決の相互タクシー事件と本判決を通覧すると、「最高裁は、資産が社外に流出する時点において含み益を清算するという考え方をとっているとみることができよう。」とする。最高裁は、キャピタルゲイン説に近いとの認識であろう。
(3)清水惣事件
大阪高判昭和53年3月30日判決(高裁民集31巻1号63頁 判例時報925号51頁)
事実の概要
被控訴人会社は、子会社である訴外会社に期間3カ年に限り4000万円を無利息で融資する旨の契約を締結し、これに基づき融資を実行した。控訴人税務署長は、これに対し利息相当額を寄付金と認定し、寄付金損金不算入額について課税した。
判決
判決は、税務署の課税を適法と認めた。
本件は、法人税法改正以前の事案であるが、22条2項について「資産の無償譲渡、役務の無償提供は、実質的にみた場合、資産の有償譲渡、役務の有償提供によって得た代償を無償で給付したのと同じであるところから、担税力を示すものとみて、法22条2項はこれを収益発生事由としてきていしたものと考えられる。」としている。しかし、無利息融資については、次のように判示している。
「営利を目的とする法人にあっては、何らの合理的な経済目的も存しないのに、無償で右果実相当額の利益を他に移転するということは、通常ありえないことである。したがって、営利法人が金銭(元本)を無利息の約定で他に貸付けた場合には、借主からこれと対価的意義を有するものと認められる経済的利益の供与を受けているか、あるいは、他に当該営利法人がこれを受けることなく右果実相当額の利益を手離すことを首肯するに足りる何らかの合理的な経済目的その他の事情が存する場合でないかぎり、当該貸付がなされる場合にその当事者間で通常ありうべき利率による金銭相当額の経済的利益が借主に移転したものとして顕在化したといいうるのであり、右利率による金銭相当額の経済的利益が無償で借り主に提供されるものとしてこれが当該法人の収益として認識されることになるのである。」
検討
判決は同一価値移転説の立場をとるもののようである。3(3)で述べたように、貸金は時の経過とともに利息という利益を生じるものである。無利息貸付は、その意味で一定期間後に簿価と時価に階差を生じさせるものである。キャピタルゲインに類するこの差額を収益と認識することは、法人税法の所得概念に含まれるものであり、22条2項制定以前でも
認められる。キャピタルゲイン説によっても、本件の課税は正当と解される。
(4) 不動産無償貸与事件
東京地裁昭和57年6月19日判決(税務訴訟資料123号634頁)
事実の概要
不動産賃貸業を営む原告法人は、ビルの一室を訴外A社に賃貸していたが、賃料が滞納していたことから立退きを要求した。Aは賃貸借契約が期間の満了により終了することは認めたが、明け渡しに応じなかった。貸与していた部屋に新たな借り手が現れたので、A社の代表者Bに別の部屋を無償で提供し、明け渡しを得た。原告会社は、別の部屋の賃料、管理料および損害金を請求することなく、その意思もなかった。
税務署長は、Aに対しその使用部分に対応する賃料および管理料相当額の請求権を取得し、これが原告の資産を増加させたものであるから、右相当額を益金に算入すべきとして課税した。仮に無償で使用させていたとしても、22条2項の無償による役務の提供として益金に算入すべきであると主張した。
判決
判決は、22条2項の適用を認め、次のように判示した。
「前記認定のとおりBらに対し五階の一部を無償で使用することを許したものであり、無償による役務を供与したものであるから、右役務のもつ時価相当額がBらに移転し、これにより右役務のもつ経済的価値が実現されたものというべきである。そうであると、右役務の時価相当額すなわち賃料及び管理料相当額はこれを益金に算入し(法22条2項)、これに対応する額をBらに対する法37条による寄付金として計上すべきである。」
検討
判決は、同一価値移転説に基づくもののようであるが、資産を無償で使用させることにより何らかの利益が生じるとは考えられない。資産を無償使用させることについて、貸金の利息のように時の経過とともに利益が発生するとの取引社会の通念は無いであろう。資産の時価と簿価の差を観念できない本件について、22条2項を適用する余地はない。有償貸付の可能性があることは、現実に利益が存在することとは異なる。本件は、適正所得算出説または同一価値移転説により、存在しない収益を擬制する不合理が明らかとなる適切な例である。
なお、本件は控訴、上告されているが22条に関しては争われていない。
6 一般的租税回避否認規定の必要
22条2項は、キャピタルゲインが存在する場合に、それを認識する規定であることが明らかになった。したがって、キャピタルゲインと無関係な租税回避は、22条2項により否認することはできないことになる。
一方、租税回避については、現状をどのように認識すべきであろうか。中里実教授は、「財政が未曾有の危機的な状況に立ち至っているにもかかわらず、日本においては、課税逃れ商品の引き起こす様々な問題がますます深刻化しつつある。」(注1)と述べる。また、本庄資教授も、「国際取引におけるグループの内部取引の割合が必然的に高まる中で、世界規模で高い税負担の国から低い税負担の国への所得移転が通常の損益取引はもとより資本等取引の形態を偽装しておこなわれやすくなり、タックス・ヘイブン対策税制の裏をかいた所得の海外留保が行われやすくなる。留保所得は海外における再投資に向けられるか、引き続き留保されるか、本国に償還されることになるが、それぞれについてまた租税回避が考案される。」(注2)と厳しい認識を示す。
適正所得算出説が有力な学説となったのは、そのような状況があることも一つの理由と考える。
22条2項が、租税回避否認規定ではないとすれば、租税回避に対してどのような対策が考えられるであろうか。
(1) 同族会社等の行為計算の否認規定の問題
税務行政庁が租税回避行為を否認するためには、法律の根拠を要するとするのが通説である。法人税法における租税回避行為否認の根拠規定は、同族会社に対する132条(同族会社等の行為又は計算の否認)がある。132条の2(組織再編に係る行為又は計算の否認)、132条の3(連結法人に係る行為又は計算の否認)が新たに設けられたが、未だこの両規定の適用事例を知らないので、今後の研究課題であろう。
132条の歴史は古く、適用の事例も多い。本規定は、同族会社の租税回避行為の否認に大きな役割を果たしていると考える。しかし、通説が租税回避を否認するには法律の根拠を要すると解し、132条がその根拠規定であるとすることは、この規定が創設的規定であると解していることでもある。判例、通説、課税実務とも承認しているこの見解は、条文を仔細にみると重大な結果をもたらすものである。
132条は次のとおり規定している。
「税務署長は、次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算に関わらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。
一 内国法人である同族会社
(以下省略) 」
この規定を創設的規定であると解するならば、次のことが導かれるであろう。
@ 本規定は、同族会社等「次に掲げる法人」にかぎり適用できる。
A 法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとしても、同族会社等以外には本規定は適用されない。
B すなわち、同族会社等以外の法人は、法人税の負担を不当に減少させる結果となる行為又は計算をしても否認できない。
C Bは、本条の反対解釈として成立するものであるから、法人税法は明文の規定でこれを定めるものである。
以上によれば、現在の租税回避行為に対してこれを否認ための様々な論理が考案されているが、これらは成り立たないように思える。すなわち、これらの論理は、事業目的の論理を例にとると、事業目的が無く法人税を減少させる効果しかない法律構成を不当であるとして否認の根拠とするかのようである。しかし、日本の法人税法は同族会社でなければ法人税の負担を不当に減少することを認める旨定めているのである。そのような制度の下で、これらの租税回避行為否認の論理が成立する余地は少ないと考える。
かつては、法人税を不当に減少する行為は利益を減少することに繋がるので、同族会社等以外の企業はそのような非合理的な行動はしないとの判断があったのであろう。しかし、現在はグループ企業も増加し、国際的な取引も拡大していることから、かつての認識は通用しなくなっているものとおもわれる。
また、同族会社の行為計算の否認規定を温存した昭和40年当時は、実質課税の原則を認める見解が有力であり、132条の規定を確認的規定と解する余地があったのであろう。しかし、現在、そのような解釈の余地は無いものと考える。
(2) 一般的租税回避否認規定に関する議論
以上の状況を考えると、同族会社以外の法人に対しても適用できる、一般的租税回避否認規定を導入することが必要と考える。一般的租税回避否認規定に対する諸見解は以下のとおりである。
ア 昭和36年税制調査会答申と税法学会意見書
昭和37年の国税通則法制定の基となった昭和36年7月の税制調査会答申「国税通則法の制定に関する答申」には、実質課税に関し次のことが答申された。
「税法の解釈及び課税要件事実の判断については、各税法の目的に従い、租税負担の公平を図るよう、それらの経済的意義及び実質に即して行うものとするという趣旨の原則規定を設けるものとする。」(答申第二 一実質課税の原則)
つづいて、租税回避行為について「・・・上記の実質課税の原則の一環として、租税回避行為は課税上これを否認することができる旨の規定を国税通則法に設けるものとする。・・・」(答申第二 二租税回避行為)
実質課税の原則の答申に対し、日本税法学会は、昭和36年11月11日に内閣総理大臣に提出した「国税通則法制定に関する意見書」(注3)において反対している。実質課税の原則規定は、ドイツ租税通則法の経済的観測法の規定を導入するもので、恣意的課税につながり絶対設けてはならないというものであった。
一方、同答申の租税回避行為に対し、同意見書では次のように述べている。「(意見)租税回避に関する規定はこれを必要とするが、税務官庁が租税回避を理由として否認権を濫用しないように立法上防止策を講ずる必要がある。(理由)同族会社の行為計算の否認に関する従来の税務行政の実績に徴するも、租税回避を理由とする否認権は濫用されるおそれがある。したがって租税回避の成立要件を明確かつ制限的に規定する必要がある。納税義務者及び関係人の選択した形成形式または処置が異常であっても、それが節税以外の正当な事由に基づく場合、及び節税が顕著でない場合には、租税回避が成立しないことを明確に規定しておく必要がある。」
ドイツ租税通則法に定める法的形成可能性の濫用の禁止の規定の導入を求めるものである。経済的観測法が広範に適用される可能性があるのに対し、形成可能性の濫用禁止は、租税回避に限定的に適用されると解するものであろう。
イ 昭和38年税制調査会答申
4(3)で述べたように、昭和40年の法人税法全文改正の基となった、昭和38年12月税制調査会の「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」において、租税回避について言及している。同族会社の行為計算の否認規定について触れた上、租税回避行為につき次のように答申(第三5U)している。
「租税回避行為の否認規定は必要であるが、その否認の対象を同族会社のした行為又は計算のみに限定する理由に乏しいと認められる。
すなわち、同族会社であるかこれ以外の法人であるかを問わず、法律上の形式をかりて経済的実態と異なった取引を行い、これにより租税を回避する場合には、ともにこの経済的実態に合致するようきょう正して課税所得の計算を行うことが適当である。したがって、租税回避行為のきょう正の規定は、一般的に規定することが適当である。」
しかし、法人税法の改正では一般的規定を設けることはしていない。
ウ 一般的租税回避否認規定に関する学説
一般的租税回避否認規定の導入を積極的に主張する学説については、ほとんど未検討であるが、たまたま目にした見解を紹介すれば、次のとおりである。
岡村忠生教授は、平成17年の日本税法学会95回大会シンポジウムにおける基調論文「租税回避行為の規制について」において、次のように述べている。
「制定法による否認規定に関しては、アメリカでは、事案に即した判断と制定法による割り切りのどちらが望ましいかという判断になるが、日本では、コモンロー的な否認法理が形成されていないこと、同族会社の否認規定についても、アメリカのような判例法理の発展がないことが重要である。また、将来的にコモンロー的な個別事案に即した柔軟な対処ができるのか、またそれが望ましいかどうかも、議論する必要があろう。
この問題の一つの行き着く先は、おそらく、透明性や予見可能性を高めることが、租税回避の防止という目的にとって、あるいは納税者の権利保護にとって、好ましいのかどうかの議論であろう。コモンロー的なやり方は不透明であるが、だから直ちに納税者の権利保護が損なわれるという考え方は、短絡的であるように思われる。ただし、日本が租税法律主義の下にあることは、注意すべきであろう。」(注4)
日本は租税法律主義の下にあるので、コモンロー的な租税回避の判例法理の形成を期待することは難しい。したがって、透明性や予見可能性を高める租税回避否認規定の導入を検討すべきであるとの趣旨であると読み取るのは無理であろうか。岡村教授は、本論文の中でアメリカでも包括的否認規定を設ける法案が、今世紀に入って何度か提案されていると紹介している(注5)。
中里実教授は一般的否認規定について次のように述べる。
「したがって、重要なのは個別的否認規定が存在しない場合にどの範囲で否認が可能であるかという点であろう。換言すれば、個別的否認規定が存在しない場合には、課税逃れは常に許されるのであろうか。この点、形骸化した形式主義にこだわることは課税逃れを放置するのと同じことになってしまうから、個別的否認規定が存在しない場合にはいかなる課税逃れといえども許されると考えるわけにはいかないであろう。しかし、一般的否認規定を設けたからといって問題がすべて解決するわけではないことも又事実である。否認規定をつくる立法技術には限界があり、その点から見て、一般的な否認規定は、あってもなくとも同じである場合が少なくないのではなかろうか。つまり、一般的否認規定が存在したとしても、その解釈、適用をめぐる法的紛争が生ずるから、問題はやはり司法的な対応にゆだねられるはずである。」(注6)
以上のとおり、一般的否認規定の有効性に限度があることを指摘するが、個別的否認規定が存在しない場合にはいかなる課税逃れといえども許されると考えるわけにはいかないとは、一般的否認規定の導入を想定するものであろう。
以上のとおり、一般的否認規定の導入について必ずしも否定的でない有力な見解がある。また、租税回避行為については無制限に許されるべきではないとするのが、学界での一般的風潮と思われる。
(3) 結論
22条2項は租税回避の否認規定として適用できないとの解釈、132条の有する問題点を合わせ考えるなら、税務行政庁は、一般的租税回避否認規定の導入に真剣に取り組むべきであると考える。
具体的には国税通則法にドイツ租税通則法42条に類した規定を設けることが望ましいが、当面法人税法132条を改正し、同族会社に限定せずに法人税の納税義務者一般に同条を適用できることとするのも一方法と考える。現在、圧倒的多数である同族会社に対し、一般的否認規定が適用されているのであり、非同族会社にこの適用範囲を広げることが、租税法律主義の観点から問題となることは無いと考える。法人税の負担を不当に減少させることは許されないとの規定を導入することにより、はじめて不当性を問題とする租税回避行為否認の諸見解が意味を持つことになる。
132条の改正の際、その租税回避否認の論理に沿って、一定の適用除外事項を定めることは望ましいことかもしれない(注7)。
注1 中里実著 「タックスシェルター」 有斐閣 2頁
注2 本庄資著 「国際的租税回避―基礎研究―」 税務経理協会 1頁
注3 税法学 131号1頁
注4 岡村忠生 「租税回避行為の規制について」 税法学553号 215頁
注5 岡村 前掲論文 税法学553号 205頁
注6 中里 前掲書 183頁
注7 本庄教授は、一般的否認規定の制定に当たっての条件を次のように述べる。
課税庁は、「租税回避の実態を把握し類型化しないまま適用できる包括的否認規定をもって対抗する誘惑にかられるが、その場合には、税務執行当局に事実認定と租税回避行為否認についてあまりにも強力な権限を付与することになるおそれがある。税務執行が恣意的に陥らないようにするには、租税回避行為の類型化とそれぞれに適合する否認要件、否認基準を法令通達において明確化することが必要である。」(本庄 前掲書 1頁)