平成18年11月 ぎょうせい「税」61巻11号


効率的で的確な税務紛争処理制度のあり方

                   久留米大学教授 図子善信

 

はじめに

 地方税に関する紛争が、全国でどの程度の件数があるかについての統計は見当たらない。しかし、平成8年と平成16年に都道府県、政令指定都市および県庁所在市を対象に、総務省行政管理局が実施した行政不服審査法等の施行状況に関する調査結果によると、次のようである。地方税関係として表示されているものであるが、調査対象年度の平成6年度は合計12,150件の発生、平成14年度は合計1,641件の発生となっている。激減しているのは、固定資産税に関する集団的事案が減少したのであろうか。また、東京都の総務局法務部の事務概要によると、平成17年度の異議申立て件数20件、審査請求144件となっており、税務関係においては不動産取得税および固定資産税・都市計画税に係る事件が多数であるとしている。

各地方公共団体により状況は異なるものと思われるが、この数字からは地方税に関する争いが急増しているとは言えない。

 しかし、今後地方分権の推進により税源の移譲が進み、また、各地方公共団体の独自税創設により地方税による財政基盤の整備が進捗すると、税務行政の分野において争訟の増加が予想される。本稿では、そのような事態に備えて効率的で的確な税務紛争処理の制度を構築するに当たり、法理論上留意すべき事項を考えてみたい。

 

1 地方税における現行の争訟制度

  地方税法は、19条で「地方団体の徴収金に関する次の各号に掲げる処分についての不服申立は、本款その他この法律に特別に定めるものを除くほか、行政不服審査法(昭和37年法律第160号)の定めるところによる。」と定めている。この法律に特別に定めるものとしては、固定資産税について「固定資産税台帳に登録された価格に関する不服を審査決定するために、市町村長に、固定資産評価審査委員会を設置する。」と審査機関の設置と争訟の方式を定めている(地方税法423条以下)。

 したがって、地方税に関する処分についての不服申立については、固定資産税台帳価格の不服以外は、原則として行政不服審査法が適用される。

 訴訟についても、「第19条に規定する処分に関する訴訟については、本款その他この法律に特別の定めがあるものを除くほか、行政事件訴訟法(昭和37年法律第139号)その他の一般の行政事件訴訟に関する法律の定めるところによる。」としている(地方税法19条の11)。この法律の特別の定めとしては、「第19条に規定する処分の取消しの訴えは、当該処分についての意義申立て又は審査請求に対する決定または裁決を経た後でなければ、提起することができない。」と不服申立前置を定めている(地方税法19条の12)。

 したがって、地方税に関する処分につき不服のある者は、行政不服審査法に基づき処分庁に上級行政庁があるときは上級行政庁に審査請求を、処分庁に上級行政庁が無いときは処分庁に異議申立をすることとなる。

  すなわち、市町村長または知事の処分について不服のある者は、市町村長または知事に異議申立を、支庁の長または県税事務所、地方事務所等の長のした処分に不服のある者は、知事等に審査請求をすることができる。審査請求期間および異議申立期間は、いずれも処分のあったことを知った日の翌日から起算して60日以内である。不服申立の現状については、件数は前述のとおりであり、多くの場合2〜3ヶ月内と比較的迅速に処理されているようである。

  固定資産税台帳に登録された価格に不服のある者は、固定資産税台帳登録の公示の日から納税通知書の交付を受けた日から60日までの間に、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる(地方税法432条)。固定資産評価審査委員会の決定に不服があるときは、その取消の訴えを提起することができる(地方税法434条)。

 固定資産評価審査会の決定は、30日以内にしなければならないと定められているが(地方税法433条)、現実には30日以内で処理するのは困難であるようである。筆者の大学の院生であった中村小夜子氏の福岡県内の中堅市5市における調査では、平成6年から平成15年の間の申出件数116件のうち30日以内に処理されたものは無く、早いもので60日、そのほとんどが半年から2年、中には最終決定まで5年を費やした事案もあった。審査会の陣容から、30日以内に処理すべきとの規定には無理があるとしている。

なお、処理の内容は、容認1、一部容認20、棄却94、却下1であった。(注1)

 

2 国税における不服申立制度とその評価

 国税に関する不服申立制度は、国税通則法に定められており、地方税と同様に国税通則法その他国税に関する法律に別段の定めがないかぎり、行政不服審査法の定めるところによるとされている。しかし、国税通則法には行政不服審査法と異なる規定が設けられ、独自の不服申立制度が構築されている。一般的には、税務署長のした更正・決定等については税務署長に対して異議申立をすることができ、異議決定に不服があるときは国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる。国税不服審判所は、国税に関する法律に基づく処分についての審査請求に対する裁決を行う機関であり、組織的には国税庁の特別の機関とされている。国税に関してこのような特別の制度が構築されたのは、シャウプ勧告が「納税者は審査機関の不当または専断的措置からもっと良く保護されるべきである」として協議団の設置を提言し、昭和25年に協議団が設置されたことが契機である。それが昭和45年に発展的に改組され、現在の国税不服審判所が創設されたのである。協議団は税務署等の執行機関とは別に、第三者的な立場で公平に審理する機関として創設されたのであるが、自ら裁決権を有せず国税局長の下にあったこと、国税庁の通達に拘束されることから、より第三者的な機関として国税不服審判所が創設されたのである。国税不服審判所長は、国税庁長官が財務大臣の承認を受けて任命するが、裁決については独立の裁決権を有している。歴代の国税不服審判所長は裁判官から任用されており、所長人事の面でも第三者性が実現されている。また、国税庁長官の通達に拘束されるか否かについては、通達の法令解釈と異なる解釈または解釈の重要な先例となる解釈により裁決するときは、国税庁長官に申し出ることとされている。国税庁長官は申し出の意見を否定する場合には、民間有識者で構成される国税審議会の議決に基づかなければならない(国税通則法99条)。裁決も行政手続きであり行政の統一を確保するためにこの規定が設けられているが、国税不服審判所創設以来、国税審議会の議決に基づき申し出の意見を否定した事例はない。

国税不服審判所制度は、第三者的に公平な立場で審理する機関として有効に機能しているものと評価できる。しかし、審判官、副審判官等の職員は、一部の裁判官および検察官からの出向者を除き、大半が国税職員であり2年もしくは3年の在職後、執行部門に異動する人たちである。このような人事の状況から第三者的な立場に立って審理していることに疑問を持つ人も多い。しかし、その疑問は当たらないというのが筆者の感想である。筆者は、国税不服審判所に勤務した経験を有するのであるが、審判所職員の意識は次のようなものである。国税不服審判所は国税庁の機関であり、適正公平な課税により税務行政の信頼を確保するという国税庁の行政目的を共有している。そして、国民の信頼を損なう最大のものは違法な課税であり、違法な課税を許さない行政の最後の砦として審判所がある。すなわち、国税庁職員としての矜持と第三者性は矛盾しないのである。

国税に関する不服申立および訴訟の概要は、平成17年度で発生件数が異議申立4507、審査請求2963件、訴訟394件となっている。平成17年度の処理の概要は、一部または全部取消が異議申立で13,6%、審査請求で14.8%、訴訟9.3%となっている。

裁決に不服があり訴訟にいたった事案の90%以上が国側の勝訴となっていることは、公平な審理が行われている結果ともいえるであろう。

 

3 地方税の紛争処理のあり方

  国税について特別の争訟制度が制定されたのは、申告納税制度が導入された戦後の混乱期の状況に対応するものであった。昭和22年の申告納税制度の導入により、昭和23年には、納税者の70%が更正・決定を受け、昭和25年の不服審査事案の要処理件数は、13万7千件であり現在の約30倍の不服申立があった。現在、このような混乱期を遠い過去のものとし、比較的安定的に推移しているが、これは制度の不要を意味するものではない。税について特別の争訟手続を定めているのはわが国だけではなく、ドイツには財政裁判所の制度があり(注2)、アメリカには租税裁判所の制度がある(注3)。また、イギリスでは一般審判所および特別審判所の制度が、他の一般的救済手続と共に設けられている(注4)。

 税についてこのような特別の制度が必要とされるのは、次の理由による。租税債務は住民の何らかの行為により成立するものではなく、法律または条例の規定により強制的に成立するという極めて権力的性質の債務である。それが大量に反復して発生することから、納税者の救済に特別の仕組みが必要とされるのである。その意味で、現行の地方税法の規定は税の特質に配慮したものではなく、より納税者の利用しやすい効率的な制度が必要とされているといえよう。そして、そのような制度を構築する際には、以下のことを考慮すべきである。

(1)             国税不服審判所の活用について

  現在、国税に関する争訟については、国税不服審判所が設けられ税に関する紛争処理の組織として有効に機能している。その組織の現状は、本部と各国税局所在地に設けられた12の支部に約450人の専門的知識経験を有する職員が配置されている。一方、地方公共団体では、税務行政の事務量が限定されていることから、税の専門職員を養成することが難しい。そのため地方税の不服申立を審理する職員に、必ずしも税の専門家を確保できるとは限らない。そのため専門的な審理機関として実績のある国税不服審判所を、税一般に関する不服申立の審理機関とし、地方税の事案も合わせて審理することも考えられる。これは、審査請求と異議申立を一元化して審理することとなるので、行政不服審査制度を見直している総務省の委託研究(注5)において提言されている、審査請求と異議申立の二元主義の廃止の方向とも一致するものである。

 しかし、当然のことながらこれには次の問題がある。

 国税不服審判所は、国税庁の特別の機関である。地方公共団体が条例に基づき課税した処分の適否を国税庁が審理し裁決することは、結果的に国税庁が条例の適用について地方公共団体に優先する解釈・認定権を有することになり不合理である。国税不服審判所を国税庁の組織から分離し、内閣府の機関とすることもこの不合理を解消することにはならない。税務行政において市町村および都道府県の地方公共団体は国と対等であり、地方公共団体の処分を国の行政機関が審理することは許されない。したがって、国税不服審判所を改組して地方税の審理も行うためには、その組織を行政組織から分離し、最高裁判所の下級裁判所としての司法組織とする必要がある。米国の租税裁判所が、執行部内の独立審判機関であった租税裁判所から、司法機関としての租税裁判所に改組されたことも参考となるであろう。しかし、わが国で米国のような租税裁判所が憲法上許されるとしても、現在のところ現実的方策とはいえないと考える(注6)。

 なお、国税不服審判所の裁決に対して、原処分庁から訴えを提起することは許されない。裁決は行政部内の自主的見直しと位置づけられるからである。国税不服審判所の名称は発声が難しく、職員にも納税者にも不評である。不服の文字を除いたらどうかとの意見もあったが、原処分庁の訴えを認めないかぎり不服の文字を除くことはできないと考えられている。この点からも、現状で地方税を含めることは困難であろう。

(2)和解の許容について

 税の紛争について、話し合いによる和解は許されないと考えられている。税法は強行法規であり、課税要件が充足されているかぎり法に定める税額を徴収すべきであり、行政機関に税を減免(和解)する自由はなく、徴収しない自由もないと解されている。これは、租税法律主義の要求するところであり、合法性の原則として説かれるものである。東京都の銀行税条例訴訟について和解と報道されたが、法的には和解ではなく条例の改正によって合法性を確保しつつ税額を減少したものである。現実の税務行政において和解に類した措置がとられることがあることについて、金子宏教授は、「当事者の便宜や能率的な課税等のために、たとえば収入金額なり必要経費なりについて和解に類似する現象がみられないではないが、これは、法的に見る限りは、両当事者の合意に何らかの法的効果が結びついたというのではなく、納税義務者と租税行政庁との話し合いの結果が、租税行政庁による課税要件事実の認定に反映したものと理解すべきであろう。」とされる。(注7)

 この合法性の原則の理論的根拠は、租税債務は課税要件が充足されることにより成立し、同時に客観的な税額も決定されるとの論理に基づく。申告および課税処分は、この客観的な税額を認識通知する行為であり、納税者および課税庁に判断の余地がない単なる確認行為であるとの論理である。しかし、この論理には誤りがある(注8)。国税通則法15条も、納税義務が成立する場合には、法律の定める手続により税額が確定されるものとすると定め、税額の確定には納税申告または課税処分の人の行為を予定している。納税義務の成立とは、税額未確定の租税債務の発生である。私法上では、金額未確定の債務の金額を確定する行為は意思表示であり、同様に租税債務についても申告または課税処分は意思表示と解すべきである。すなわち税額を確定するには人の判断と選択および意思決定が必要であり、自動的に税額が決定されているわけではない。納税申告や課税処分に少しでも自由な意思が介在するとすれば、その限定された意思の範囲内で和解が許される場合があると考える。

 また、地方税においては、地方税法自体が各税について減免規定を設けている。例えば事業税に関しては、「道府県知事は、天災その他特別の事情がある場合において個人の行う事業に対する事業税の減免を必要と認める者、貧困により生活のために公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該道府県の条例に定めるところにより、個人の行う事業に対する事業税を減免することができる。」とされている(地方税法72条の63)。また、各地方公共団体の税条例には、公益上その他の事由に因り、知事が課税を不適当と認めたものに対しては県税を課さないことができる旨の一般的規定が設けられている場合があり、各税については地方税法に定めるのと同様の減免規定が設けられている。

 このことは、地方公共団体には一定の範囲で減免の裁量が許されているのであり、その裁量を認めるならば争訟になった事案について一定の譲歩をして和解する権限も認められるものと考える。国税については許されないであろう和解が、地方税に許されると法律構成されている理由は、地方公共団体においては立法府たる議会が行政府を身近で監視し、不当な減免を予防できるからと考える。

 米国の租税裁判所においても、調定により処理する事件数が判決による事件数よりはるかに多い。司法裁判所に改組された後の1972年の数字では、処理件数8507件、判決880件、却下954件にたいして、調定が6673件となっていた(注9)。ドイツの財政裁判所においても、法廷で裁判官が和解を勧めることが通常に行われているようである(注10)。

  紛争解決の手段として和解を内容とする調定を導入することは、政府がADR(裁判外紛争解決手続)の普及に努めていることとも整合的であり、これを地方税の紛争解決手段の一つとして位置づけることが望ましい。

(3) 税務訴訟のあり方について

 訴訟における納税者の救済の形式は、課税処分の取消訴訟による。不服申立に対する行政段階での決定、裁決に納得しない納税者は、原処分の取消を求めて訴えを提起することになる。これは行政事件訴訟法が定める「処分の取消の訴え」であり抗告訴訟の一形態である。抗告訴訟とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいうと規定され(行政事件訴訟法3条)、その審理の対象すなわち訴訟物は処分の違法性と解される。処分は行政機関が行うものであり、行政機関の行為の違法すなわち行政機関を構成する人の判断の違法が審理の対象と考えるべきであろう。このため行政事件訴訟法11条は、処分をした行政庁を抗告訴訟の被告と定めていたのである。しかし、この規定は、平成16年の司法制度改革の一環としての行政事件訴訟法の大幅改正において改正され、処分の取消の訴えの被告は、当該処分をした行政庁の所属する国または公共団体とされた。その理由は、被告を行政庁とすると処分行政庁の特定が困難な場合が多く、原告の訴訟の便宜のための改正と説かれている。

 しかし、行政庁の所属する国または公共団体は法人であり、権利義務の主体ではあるが処分の行為者ではない。処分の違法性を訴訟物とするならば、法人ではなく処分を行った機関である行政庁を被告とすることが論理的である。被告を権利主体である法人とするのであれば、法人と原告との権利主体間の実体的法律関係を訴訟の対象とすべきである。行政事件訴訟法の改正により、行政機関の行う手続の違法から、権利主体間の実体法律関係の違法が着目されることとなる。すなわち、この改正は、抗告訴訟から当事者訴訟への移行を促す改正であったと考えられるのである。

  さて、以上の理解の下に現在の税務訴訟を考えると、興味深いことに気づく。税務訴訟においては総額主義がとられており、仮に課税処分の原因とされたAの事実が誤りであり、処分に判断の誤りがあったとしても、後にBという別の課税の原因事実が発見された場合、課税されるべき総額が処分による税額を超えているときは、処分は取り消されない。すなわち税務訴訟では、実体法上の租税債務の金額が審理の対象となっているのであり、実体法上の違法をもって処分の違法としているのである。抗告訴訟は、行為者の違法処分を取り消すことにより、実体法上の権利義務の変更を形成するものと考えるが、税務訴訟ではこれが逆転している。

このように税務訴訟においては、既に当事者訴訟的な運用が行われているのである。ただ、このような運用が妥当であるか否かは疑問である。実体法上の債権債務を争うのであれば当事者訴訟とし、抗告訴訟の形態をとるのであれば総額主義ではなく争点主義をとるのが合理的と思えるのである。

行政事件訴訟法の改正は、実務的には原告の便宜に資するものとして問題なく運用されると思われるが、理論的には抗告訴訟の意義等について議論を惹起し、地方税も含む税務訴訟に何らかの影響を与えるのではないかと考える。

  

注1 中村氏は、調査の結果、納税者と課税庁の見解が大きく割れており、その差を埋める努力が必要であるとしている。そして、評価基準重視を改め、より弾力的に市町村が当該市町村の実情に合わせた基準を定めることがその方策の一つとなるとしている。

注2 南博方 「西独の租税争訟制度」 租税法研究2号13頁

注3 斉藤明 「合衆国租税裁判制度の歴史的沿革と最近の動向」 租税法研究2号

31頁

注4 宮谷俊胤 「イギリスの税務争訟制度について(1)〜(4)」 税法学545号227頁、547号101頁、548号93頁、550号85頁

注5 行政不服審査制度研究会 「行政不服審査制度研究報告書」 (財)行政管理研究センター平成18年3月  6頁

注6 租税裁判所の設立に関して、駒宮史博教授の「税務争訟制度の改革についての提言」(租税研究2006.4号77頁)、 一般的な行政審判庁構想について南博方教授の「行政上の紛争解決制度―行政審判庁構想の実現を目指してー」(山田二郎先生古希記念税法の課題と超克 信山社 673頁)の研究がある。

注7 金子宏 租税法第十版 弘文堂 84頁

注8 図子善信 租税法律関係論 成文堂 159頁

注9 斉藤明  前掲論文 租税法研究第2号 47頁

注10 三木義一 「ミュンスター財政裁判所を訪ねる」 税研80号 61頁

 

 



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