論文平成19年4月

財経詳報社「税務事例」 2007年4月号  39巻4号  

第三者の隠ぺい仮装と重加算税の賦課

 税理士が自己の利益を図るために隠ぺい仮装行為に基づく過少申告を行った場合、これをもって納税者の行為と同視することはできないとされた事例
(事例:最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決・民集60巻4号1611頁 原審東京高裁平成16年9月29日判決・60巻4号1710頁 一審東京地裁平成15年6月27日・60巻4号1657頁) 

                               久留米大学教授 図子善信

1事例

(1)   事実の概要

 X(大正9年生まれ、原告・被控訴人・被上告人)は、平成8年の居住用財産の譲渡に係る所得税の確定申告手続きを、夫のAを通してB税理士に委任した。B税理士は、Xが住所を練馬東税務署管内に移した旨の虚偽の通知をし、課税譲渡所得金額および納付すべき税額をいずれも0円とする確定申告書を提出し、納税資金として受領した550万円を取得した。

 B税理士は、平成9年10月に逮捕され、贈賄、所得税法違反等の罪により懲役刑の実刑判決を受けた。Xは、平成9年10月に東京国税局査察部による調査を受け、同年11月14日、雪谷税務署長に居住用資産の長期譲渡所得の課税の特例を適用した修正申告を提出した。雪谷税務署長は、平成10年2月3日に修正申告に係る税額について重加算税の賦課決定処分を行い、同月4日特例の適用を否認した更正処分と更正に係る増加税額について重加算税賦課決定処分を行った。

(2)   当事者の主張

原告の主張

本件確定申告はB税理士が原告と無関係に行ったものであり、Xには仮装・隠ぺいの故意はなく、また代理人の専任・監督にも過失がないから、国税通則法(以下「通則法」という。)68条(重加算税)は適用されるべきではない。

被告の主張

 納税者が自らの判断と責任において第三者を選任し、申告手続きを委任した以上、第三者が納税者に代わって行った申告行為は、納税者が行ったのと同様に扱われるものであるから、これに付随する重加算税の責任も、納税者が不適正な申告について認識していたか否かにかかわらず、当然負うべきものである。

(3)   裁判所の判断

一審判決(更正処分を維持 重加算税を全額取消)

理由 「受任者たる税理士の法律行為の効果が委任者である納税者自身に帰属することと、受任者の行った仮装隠ぺいという事実行為を委任者の行為と同視できるか否かということは、本来別個の事柄であり、また、隠ぺい又は仮装行為とは、納税者の故意による行為を想定したものであって、前述した重加算税の趣旨に鑑みれば、納税者の受任者に対する選任・監督行為の過失の有無という納税者の過失を捉えて、隠ぺいまたは仮装行為と同様の責任非難の根拠とするのは相当でない」から、被告税務署長の主張は失当といわざるを得ない。

二審判決 (更正処分自体を取消、修正申告に係る税額に対する重加算税の全額取消)

理由 重加算税につき一審判決を引用

最高裁判決(修正申告に係る税額に対する重加算税賦課処分取消のうち過少申告加算税相当分に関する部分を破棄し、その余の上告を棄却)

理由

ア 「この重加算税の制度は、納税者が過少申告をするにつき隠ぺい又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。」

イ 「納税者以外の者が隠ぺい仮装行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の賦課が許されないとすると、重加算税制度の趣旨及び目的を没却することになる。」

「他方、当該税理士の選任又は監督につき納税者に何らかの落ち度があるというだけで、当然に当該税理士による隠ぺい仮装行為を納税者本人の行為と同視することはできない。」

エ 被上告人には落度が認められ、通則法65条4項にいう「正当な理由」はなく、過少申告加算税相当分を取り消した原審の判断には、法令違反がある。

2 問題点

 通則法68条1項は、「第65条第1項(過少申告加算税)の規定に該当する場合(同条第5項の規定の適用がある場合を除く。)において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは」、当該納税者に対し、過少申告加算税に代え、重加算税を課すと定めている。

 本件事例での問題は、確定申告事務を受任した税理士が自己の利益を図るために虚偽の申告書を作成して過少申告を行った場合、納税者に通則法68条1項を適用できるか否かである。

 これを明らかにするためには、次の点を検討する必要がある。

(1)   虚偽の申告書を作成することが、隠ぺい仮装に該当するか。

(2)   過少申告について、故意を必要とするか。

(3)   第三者が隠ぺい仮装行為を行った場合、納税者が隠ぺい仮装行為を行ったと解することができるか。

(4)   重加算税制度の目的は何か。

3 検討

(1)虚偽の申告書作成と隠ぺい仮装 

通常、隠ぺい仮装の例として、二重帳簿の作成、領収書の偽造、架空契約書の作成、他人名義の使用等を想定する。これらは税務調査を受けても容易に発見できないような工作であり、調査により容易に発見できる申告書への虚偽記載は、計算の基礎となるべき事実の隠ぺい仮装に該当しないとの解釈もあり得る。

 しかし、最高裁平成6年11月22日判決(注1)は、申告書の虚偽記載について、次のとおり通則法68条の適用を認めた。

「前記会計帳簿から明らかに算出し得る所得金額の大部分を脱濾し、所得金額を殊更過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出したことは明らかである。したがって、本件各確定申告は、単なる過少申告にとどまるものではなく、国税通則法68条1項にいう税額等の計算の基礎となるべき所得の存在を一部隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出した場合に当たるというべきである。」

 これは、文理上の解釈として、申告書に虚偽の記載することを以って計算の基礎となるべき事実の隠ぺい仮装とし、その申告書の提出を隠ぺい仮装したところに基づき納税申告書を提出したときと解するのであろう。かろうじて成立する解釈と考える。すなわち、虚偽の申告書の作成は、隠ぺい仮装となり得る。

(2)過少申告について、故意を必要とするか。

 通則法68条は、納税者の過少申告に対する故意を要件としているか否かが問題となる。

 これについて、最高裁昭和62年5月8日判決(注2)(以下「昭和62年最判」という。)は、次のように判示している。

「国税通則法68条に規定する重加算税は、同法65条ないし67条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であって、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから(最高裁昭和43年(あ)第712号、同45年9月11日第二小法廷判決・刑集24巻10号1333頁参照)、同法68条第1項による重加算税を課しうるためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に対し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である。」

隠ぺい仮装の行為について、単なる誤記入とかソフトのミス等ではなく、事実と異なることについての認識(故意)を必要とするとの見解である。「隠ぺい」または「仮装」とは、その用語自体が意図的であるとの意味を含んでおり、当然の解釈と思われる。そして、過少申告自体を認識している必要はないとするものである。法人税実務においても、申告担当の経理部門に知らせることなく、営業部門で隠ぺい仮装が行われることは通常見られることであり、これに重加算税が賦課されている現状と整合する正当な解釈である。すなわち、過少申告に故意は必要としない。

(3) 第三者が隠ぺい仮装行為を行った場合、納税者が隠ぺい仮装行為を行ったと解することができるか。

ア 通則法68条の「納税者」とは、通則法2条5号に定義されている「国税を納める義務がある者」および「源泉徴収による国税を徴収して国に納付しなければならない者」を指している。すなわち、納税者とは租税債務者たる権利主体を意味し、法人であれば法人自体が納税者である。したがって、法人税の場合は、隠ぺい仮装の行為をする者は、常に納税者とは人格の異なる第三者であり、法人の機関としての代表者であったり、雇用関係にある従業員であったりする。所得税の場合、納税者は自然人であり、納税者自身も行為できるが、第三者との関係は法人と同様である。

 そして、第三者の隠ぺい仮装を納税者の行為とすることができる場合とは、第三者の行為が、納税者の行為と認められる場合であろう。例えば、会社の従業員が自己の横領を隠ぺいするため、会社の帳簿書類を隠ぺい仮装した場合、会計監査、行政上の調査においては、会社の行為として措置されるであろう。自然人の場合であっても、家族や従業員につき同様と考える。

イ 委任の場合、委任に関する民法の諸規定は、委任当事者間に特別な信頼関係を認めるものとされ(注3)、「受託者は報酬の有無を問わず委託者の身代わりとして行為する。」(注4)との見解もある。そして委任の理論によれば、受任者が委任の範囲を逸脱した場合、受任者の行為は原則として無効であるが、表見代理等により有効とされた場合、委任者に生じた損害は、受任者に対する責任追及にとどめられる。委任理論からも、納税申告が有効である限り、その行為の効果は委任者に及ぶのであり、第三者の行為を納税者の行為と解することと整合する。

 本件事例の一審判決は、法律行為と事実行為を区別しているが、委任の対象は事実行為も含むのであり、正当ではないと考える。

ウ 税理士は、独立した公正な立場で行為することを使命とするが(税理士法1条)、納税者との関係においては、代理または代行をする者として位置づけられている(同法2条1項1号)。したがって、受任者が税理士であっても、税理士の行為を納税者の行為と同視することができる。むしろ、税理士は、本来の業務を依頼されたのであり、当然に本人の行為と同視できるとの経験則が存すると思われる。

(4)重加算税制度の目的は何か。

 金子宏教授は、加算税制度の目的を申告納税制度および徴収納付制度の定着の促進とする(注5)。昭和62年最判と同様に加算税を、行政上の措置とする見解であろう。

 一方、佐藤英明教授、品川芳宣教授は、重加算税制度を制裁の制度と捉えている(注6)。他にも多くの論者が重加算税制度を制裁の制度と解している。

 確かに、金銭の納付義務を課されることは苦痛であり、それを社会的に罰として受け取る向きもある。しかし、多額の金銭の納付義務を課されても罰ではなく、正に倫理的に中立であり、むしろ名誉とする場合もある。税がそれであり、加算税は、重加算税も含めて全て税として制度化されている。税であるから、課税要件の充足により納税義務が成立する。重加算税は、法定申告期限の経過のときに何らの行為または処分を要せず自動的に成立する(通則法15条2項13号)。賦課処分は、その税額を確定するに過ぎない。そして、課税要件は明確でなければならず、そのため通則法68条は、隠ぺい仮装された客観的事実の存在を課税要件と定め、それ以上の主観的要件を定めていない。

 重加算税は、法益侵害に対する制裁ではないので、納税者の責任の存否は無関係である。故に、納税者の帰責事由を問うための、第三者選任の注意義務、意思の連絡、利益同一集団等の観念は不必要である。

4 結論

 本件事例に3で検討した事項の結論を当てはめると、以下のようになる。

(1)   本件確定申告書には、所得を隠ぺいするために虚偽の記載があり、通則法68条1項の要件を充足する。

(2)   Xに過少申告の故意は認められないが、過少申告について納税者の故意は要件とされていないので、68条1項の要件を充足する。

(3)    本件確定申告は、納税者の申告と認定されている。第一審において、本件確定申告は無効であるとの主張がされていたが、原告の主張としては、この主張が最も正当である。もし、税理士の行為が著しく委任の範囲を逸脱していたとすれば、その行為が無効となる可能性はある。この点については、納税者と第三書との関係を考察する必要がある。しかし、本件事案では、申告自体を委任しているのであるから、これを納税者の申告として有効と認めたことは正当である。そうであれば、税理士の行った隠ぺい仮装は納税者が行ったものとなり、通則法68条の要件を充足する。

(4)   重加算税制度の目的は何か。

 (1)および(3)から、本件事案の重加算税賦課処分に違法はなく、それを否定した本件事案の各審判決は正当でない。

 以上の各審判決と本稿の結論の相違は、重加算税制度の目的に関する理解の相違に基づくものである。しかし、法社会学的分析はともかく、現行実定法の解釈として、加算税制度を制裁制度として捉えることは、無理があると考える。

 なお、本件事例の税理士に関する同様の事件が別に2件最高裁で争われており、その結論は、いずれも加算税制度を制裁の制度と解していると思われる(注7)。同税理士に関する最高裁の3判決は、納税者が国税局に勤務した税理士による極めて悪質な犯罪の被害者であることから、被害者の救済に偏っているように思われ、その論理を一般化できるか疑問である。また、これら最高裁の3判決は、いずれも昭和62年最判に触れておらず、昭和62年最判を変更するものではないと考える。課税当局の税務執行も、これらの判決により変化があるとは考えにくい。

 

注1 最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決・民集48巻7号1379頁

注2 最高裁昭和62年5月8日判決・税資158号592頁

注3 「新版注釈民法(16)債権(7)」有斐閣 206頁

注4 三宅政男「契約法(各論)下巻」現代法律学全集 青林書院 939頁

注5 金子宏 租税法 第十一版 弘文堂626頁

注6 佐藤英明「脱税と制裁―租税制裁法の構造と機能―」 弘文堂10頁

品川芳宣「付帯税の事例研究第三版」 財形詳報社301頁
注7 平成17年1月17日最高裁第二小法廷判決(税資250号8847)(意思の連絡の有無の審理のため差し戻し)
   平成18年4月25日最高裁第三小法廷判決(民集60巻4号1728頁)
  本判決は通則法65条4項の過少申告加算税を課さない「正当な理由」があるとして、過少申告加算税の賦課も違法としている。過少申告加算税を課さない場合は、重加算税も賦課できないと解せられるので、本件事例のような納税者を救済するためには、「正当な理由」の存否を判断することが正道と考える。



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