簿価が額面を下回る債権によるDESと債務消滅益の存否

文献種別      判決/東京地方裁判所
判決年月日     平成21年4月28日
事件番号      平成19年(行ウ)第758号
事件名       法人税更正処分取消請求事件
裁判結果      棄却
参照法令 法人税法2条12号の14・16号・17号、法人税法22条2項・5項、
     62条の4、法人税法施行令123条の5 民法520条

掲載誌       判例集未登載 
                      (LEX/DB文献番号25451567)

《事実の概要》

1 株式会社であるX(原告)とP社は、平成15年5月期において、Xが普通株式80万株を発行し、P社が、同社が保有する原告に対する額面4億3040万円の貸付債権(D銀行よりの購入価額1億6,200万円)を現物出資することにより、この新株を引き受けることを合意した。Xは、Xに移転した4億3,040万円の債権およびこれに対応する債務が消滅し、80万株の新株が発行されたとして、平成15年3月3日付けで、長期借入金勘定を4億3,040万円減少させるとともに資本金勘定を4億円、資本準備金勘定を3,040万円増加させる処理を行った。
  また、Xは平成16年5月期において、Q社に対し自己の株式を譲渡し、同社からXに対する貸付金債権およびその未収利息債権(以下、併せて「本件利息債権」という)を譲り受けたことに伴い、本件利息債権およびこれに対応する債務3億2,470万円が混同により消滅したとして、平成16年4月30日付けで、長期未払金勘定3億2,470万円の減額および自己株式勘定3億2,470万円の減額をした。

2 以上の事実に基づく平成15年5月期および平成16年5月期の法人税確定申告に対して、処分行政庁は、平成15年5月期について、関連会社からの債権の現物出資および同社への新株発行による同社に対する債務の株式への転化(DES)につき混同による債務消滅益の計上漏れがあるとして、また、平成16年5月期について、本件利息債権を対価とするQ社への自己株式の譲渡につき混同による債務消滅益の計上漏れがある等として、更正処分および加算税の賦課決定処分を行った。

3 Xはこれらの更正処分および賦課決定処分の取消しを求めて、不服審査手続きを経て訴えを提起したものである。

《判決の要旨》
1 株式会社の債務(株式会社に対する債権)を株式に転換するDES(Debt Equity Swap)は、わが国の会社法制上、これを直接実現する制度は認められていない。わが国の法制度の下において、DESは、@会社債権者の債務者会社に対する債権の現物出資、A混同による債権債務の消滅、B債務者会社の新株発行および会社債権者の新株の引受けという各段階の過程を経る必要があり、それぞれの段階において、各制度を規律する関係法令の規制を受けることとなる。Xは、本件DESが一の取引行為であり、全体として法人税法22条5項の資本等取引に該当する旨主張する。しかしながら、株式会社の債務を株式に直接転換する制度が無い以上、本件DESは上記の複数の各段階の過程によって構成される複合的な行為であるから、これをもって一つの取引とみることはできない。また、上記@の現物出資および同Bの新株発行の過程においては、資本等の金額の増減があるので、これらは資本等取引に当たると認められるものの、上記Aの混同の過程においては、資本等の金額の増減は発生しないので、資本等取引に該当するとは認められないから、@ないしBの異なる過程を併せて全体を資本等取引に該当するものということはできない。
 また、XとP社の関係は本件増資の前後を通じて同一人の完全支配関係が継続する関係にあったと認められるので、本件現物出資は、法人税法2条12号の14イ所定の適格現物出資に該当するものというべきである。そして、同条17号トによれば、本件現物出資により増加した資本積立金額は、適格現物出資により移転を受けた資産の現物出資法人P社の当該移転直前の帳簿価額1億6,200万円から本件現物出資により増加した原告の資本の金額4億円を減算した金額であるマイナス2億3800万円となるから、本件現物出資は、資本の金額を4億円増加させ、資本積立金額を2億3,800万円減額させる取引であり、その差額である1億6,200万円の資本等の金額の増加をもたらした資本等取引となる。
 本件現物出資は適格現物出資であるので、法人税法62条の4第1項により、本件貸付債権を直前の帳簿価額により譲渡したものとして、事業年度の所得の金額を計算することとなるから、混同により消滅した本件貸付債務の券面額とその取得価額(直前の帳簿価額)1億6,200万円との差額につき、債務消滅益が発生したものと認められる。

2 自己株式の譲渡については、法人税法2条17号ロによれば、譲渡対価の額から当該自己の株式の当該譲渡直前の帳簿価額を減算した金額が資本積立金となる。本件自己株式譲渡の対価である本件利息債権の時価は1億1,202万2,256円と認められ、自己株式の譲渡直前の帳簿価額は3億2,470万円であるから、譲渡対価の額1億1,202万2,256円からこれを減算した金額マイナス2億1,267万7,744円が資本積立金となるので、本件自己株式の譲渡は資本等取引に該当する。そして、本件自己株式の取得の結果、Xが取得した本件利息債権と本件利息債務(3億2,470万円)は混同により消滅したが、これは本件自己株式の譲渡によって消滅したのではなく、混同によって消滅したものであり、混同は、資本等の金額の増減を発生させるものではないから、資本等取引に該当するとは認められない。したがって、Xは、損益取引に該当する混同によって3億2,470万円の債務の返済を免れ、この金額に相当する経済的利益を得たことになるので、本件利息債権の取得価額1億1,202万2,256円を控除した残額2億1,267万7,744円につき、債務消滅益が発生したと認めるのが相当である。

《判例の解説》
一 問題点
 本判決は、簿価が額面を下回る債権によるDESについての見解を示した初めての判決と思われ、注目される。そして、DESを現行会社法制上認められた制度ではなく、現行法の下では債権の現物出資として法律構成すべきとするが、その解釈は正当と考える。
 本判決は、DESを現物出資と構成する場合、@会社債権者の債務者会社に対する債権の現物出資、A混同による債権債務の消滅、B債務者会社の新株発行および会社債権者の新株の引受けという各段階の過程を経るとする。そして、@とBは資本等取引であるが、Aは資本等取引に該当しないので、混同により生じた債務消滅益を益金の額に算入すべきであるとする。
 しかし、混同によって債務消滅益が発生するとの本判決の解釈には疑問がある。
 
二 混同と債務消滅益
 混同とは、改正前民法520条の「債権及ヒ債務カ同一人ニ帰属シタルトキハ其債権ハ消滅ス但其債権カ第三者ノ権利ノ目的タルトキハ此限ニ在ラス」との規定により、債権と債務が同一人に帰属して、債権が消滅することである。債権が消滅することにより債務も消滅するのである。債権の一部が同一人に帰属した場合、同一人に帰属した一部の債権が消滅し、債務もそれに対応する一部が消滅するにすぎない。
 本件の場合、債権の現物出資による混同により消滅した債務は4億3,040万円であるから、4億3,040万円の債権が原告に帰属していたこととなる。そうであれば、混同により資産と負債が同額で消滅したのであり、そこに収益を認識する余地はあり得ない。したがって、混同により債務消滅益が発生するとの解釈は誤りであるといえる。
 自己株式の譲渡により取得した債権との混同についても、同様のことが言える。混同によって消滅した本件利息債務に対応する債権はすでに原告に帰属しているのであり、同額の資産と負債が消滅する取引に収益を認識する余地はない1)。混同により債務消滅益が生じるとする文献もあるが2)、疑問である。
三 債権取得の原因取引
 本件の場合、消滅した債務額と同額の債権は、どのような原因によりXに帰属したのであろうか。収益を認識する余地は、その取得の原因取引にあると思われる。例えば、4億3,040万円の債権を売買により対価1億6,200万円で取得したとすれば、その差額を収益と認識することになる。
 しかし、本件においては4億3,040万円の債権は現物出資の履行として給付されたものである。本判決も認定するように、この現物出資が資本等取引であることは明らかである。売買の場合であれば収益と認識される資産の増加は、現物出資による資本の増加と認識されるべきである。そうであると、法人税法22条2項の規定により、これを益金の額に算入することはできない3)。
 自己株式の売却により取得した債権も、自己株式の対価として移転したものである。本判決も認めるように、自己株式の譲渡は資本等取引に該当するので、この取引においても収益を認識して益金の額に算入することはできないと考える。

四 経理処理
 本件現物出資においてX社は、資本金を4億円増加させているが、これは4億円余の価値を有する債権を受け入れることを前提とするものである。また、X社は資本金勘定の増額と借入金勘定の減を直接対応させているが、現物出資として構成するなら債権の受け入れの処理を経由すべきものと考える。そして、本件現物出資が適格現物出資であるので、債権の取得価額はP社の簿価となり、1億6,200万円の債権の増と資本準備金のマイナスの合計を資本金勘定の増に対応させるべきであろう4)。適格現物出資の受け入れ価額は、本来出資会社の課税繰延べのための法律による擬制価額であり、本件では資本準備金のマイナスという変則的処理を生じさせる。
 混同が生じる場合には、借入金勘定の減と債権および資本準備金勘定のマイナスの減を対応させるべきと考える5)。債権の取得価額と債権額面の差は、資本準備金勘定のマイナスとして表現され、混同により資本準備金勘定のマイナスが解消されるものと考える。
 資本金の増加額をいくらにするかについては、商法(現会社法)の許す範囲での被出資法人の判断により決められるべきであり、出資される債権の額面の範囲内であれば資本充実の原則に反しないものと考える6)。適格現物出資でないDESの場合は、額面額をもって債権の受入れ価額とすることができると考える7)。
 債権の受け入れ価額が、増加する資本金より低額である場合は、常に資本準備金勘定にマイナスが計上されることになる。
 本件自己株式の譲渡についても、債権1億1,202万円と資本準備金2億1,267万7,744円のマイナスの増の合計額と自己株式の帳簿価額の減が対応し、混同により債権およびマイナス資本準備金の減を長期未払金勘定3億2,470万円の減と対応させるべきと考える。

五 現物出資法人の課税関係
 本件の現物出資および自己株式の譲渡において、P社およびQ社の課税関係はどのように考えるべきであろうか。すなわち、P社は、4億3,040万円の債権を1億6,200万円で、Q社は3億2,470万円の債権を1億1,202万円で譲渡したこととなる。この差額を寄付金とする考え方もあり得る8)。しかし、この債権の譲渡価額は時価相当と認められ、対価と時価が相当である限り寄付金の問題は生じないと考える。
 また、法人税基本通達2−3−14は、現物出資により取得した株式の取得価額を、取得した株式の時価とする旨定める。取得した株式は、譲渡した債権の対価であるから、結局取得した株式の取得価額は、譲渡した債権の時価に相当することとなる。相当でない場合、譲渡損益が生じる。この通達は、現物出資をした会社が取得する株式の取得価額に関して定めるものであり、現物出資を受けた会社の受け入れ価額に関する前記四の理解と矛盾するところはない。

六 DESの効用
 DESの対象となる債権は、現実には不良債権化している場合が多く、その債権の時価は額面より低いのが通常である。しかし、債務者にとっては、額面相当の純資産の増加をもたらす価値を有するものである9)。帳簿上の価額と法律上の価額の差額、または市場における価値と自社にとっての価値の差を、現物出資という資本取引により回復するのが、わが国におけるDESである。債権者にとっては価値の低下した債権を株式化することにより株主としての長期的利益を追求し、一方債務者には額面分の価値を十分活用させることにより経営の改善を期待するものであり、そのような経済活動は合理的なものと考える10)。債務免除をした場合の寄付金課税の回避であるというような、現物出資の法律関係を無視する一面的な捉え方をすべきではない11)。
 
1)平成18年の法人税法の改正に関して、「平成18年版 改正税法のすべて」(大蔵財務協会 2006年 287頁)は、法人税法59条(会社更生等による債務免除益があった場合の欠損金の損金算入)の改正によって、DESによる債務消滅益相当額の繰越欠損金の損金算入が認められることとなったと解説する。しかし、DESを現物出資と構成する限り、損益取引により債務消滅益が発生することはない。法文も債務免除益に「消滅した債務に係る利益の額が生ずるときを含む。」と定めるのであり、これをDESによる債務消滅益と解すべきでない。
2) 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース編 「資本取引」(中央経済社、20
08年)124頁、品川芳宣「税法における資本と負債の区分」租税法研究 第32号84頁、佐藤信祐 「グループ内再編の税務」(中央経済社、2009年)130頁、新日本有限責任監査法人・新日本アーンストアンドヤング税理士法人監修「不良債権償却必携」(銀行研修社、2009年)267頁、 佐々木浩・松汐利悟「21年版改正税法のすべて」(大蔵財務協会、2009年)211頁。
3) 金子宏教授は、自己株式の取得もDESも資本取引に該当するとされる(「租税法第14版」弘文堂2009年262頁)が、本判決に関しては、DESを全体として資本取引だと考えれば課税の対象とならず、資本取引と損益取引の混合取引とすれば課税の対象になるとする(「法人税における資本等取引と損益取引―「混合取引の法理」の提案」−租税研究 第723号13頁)。
4) この処理は、現行の法人税法施行令8条1項に反するものではない。結果的に資本金等の額の純増は、給付を受けた資産の価額となっているのである。また、非適格現物出資の場合、債権の額面による受け入れも、同条に反するものではないと解する。
5) 金融商品に関する会計基準11は、金融資産又は金融負債の一部がその消滅の認識要件を満たした場合には、帳簿価額と対価の差額を損益として処理する旨定める。しかし、この考え方は、DESに関しては、債権者側(出資者側)の会計処理に関するもので、債務者側の会計処理にかかわらず適用されることに留意すべきとされている(平成14年10月9日企業会計基準委員会実務対応報告第6号2(1))。
6) 会社法207条9項5号が、弁済期が到来している自社に対する債権の現物出資について、負債の帳簿価額を超えない場合は、検査役による価額の検査を不要としているのは、負債の帳簿価額の債権を給付財産として許容しているものと解される。
7) 針塚遵「東京地裁商事部における現物出資等検査役選任事件の現状」商事法務1590号8頁、「デット・エクイティ・スワップ再論」商事法務1632号18頁、弥永真生 「「資本」の会計」(中央経済社、2003年)34頁、 明石一秀・弥永真生「企業法学」(商事法務研究会、2000年)107頁、神田秀樹「債務の株式化(デット・エクイティ・スワップ)」ジュリスト1219号33頁、村田英幸「現物出資等の財産価格証明の理論と実務」(花伝社、2007年)128頁。
8) 福井地判平13・1・17(訟月48巻6号1560頁、税資250号順号8815)、名高判平14・5・15(税資252号順号9121)
9) 神田 前掲注5)論文33頁、針塚・前掲注7)商事1890号論文8頁、弥永 前掲注5)書29頁。
10) 品川芳宣 「役員報酬と仮装経理の有無とDES等における債務免除益等の存否」 T&Aマスター No.321 36頁。
11) 平成21年の法人税法施行令の改正において、24条の2第1項の「債務免除」が「債務免除等」に改正され、債務免除等とは債務の免除又は債権の債務者に対する現物出資をいうこととされた。これは、資産の評価益を計上する要件としての、民事再生法の規定による再生計画認可決定があったことに準ずる事実として、債務免除者と同様の立場にある現物出資者を含めることとした改正であり、一般的に債務免除とDESを同様に扱うものと解することはできない。

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