固定資産の実地調査の法的位置づけと課題
〜地方税法408条の解釈を中心として〜

                       久留米大学 図子善信
目次

はじめに
1 課税標準の決定
2 実地調査の法的位置づけ
3 実地調査を欠く価格決定の効力
4 納税者の救済
5 結論

はじめに
 現在、市町村による過大徴収と見込まれる固定資産税につき、納税者から過大分の返還を求められる事例が実務レベルで散見されている。その際の納税者側の言い分に「地方税法408条に基づく固定資産の実地調査がなされていない。したがって、本課税価格は適切でない。」というものがある。この地方税法(以下、「法」という。)408条をめぐっては、行政実例はこれを訓示規定としているが、訓示規定であることを否定する判決もあり、学説も明確でなく、難しい問題を孕んでいることが窺える。
 本稿では、法408条の実地調査の法的位置づけについて考察するとともに、実地調査の実情等を踏まえながら、納税者にどのように説明すべきかについても触れることとする。
 なお、本稿では、土地に対する固定資産税を例に説明する。
 
1 課税標準の決定
(1)課税標準
 土地に対して課す固定資産税の課税標準は、当該土地の価格で土地課税台帳若しくは土地補充課税台帳(以下、併せて「台帳」という。)に登録されたものである(法349条)。台帳に登録するのは当該土地の価格であり、価格とは適正な時価をいうが(法341条5号)、現実には評価により具体的な金額を決定する必要がある。この評価に基づき価格を決定するのは市町村長であり、その際、総務大臣が定めて告示した固定資産評価基準によって評価する必要がある(法403条1項)。
 土地に対する課税標準は、基準年度は基準年度の台帳に登録された金額であるが、2年度、3年度の課税標準は地目の変更その他特別の事情(浸水・陥没等)の無い限り、基準年度の課税標準がその年度の課税標準となる(法349条2項)。すなわち、基準年度に土地全筆について固定資産評価基準により評価替えを行い、課税標準を決定し、原則として2年度、3年度にも適用する。
(2)固定資産評価基準の評価方法
 固定資産評価基準(昭和38年自治省告示158号)は、土地の評価について地目別に評価方法を定めており、宅地については次のとおりである。
 宅地の評価は各筆の宅地に評点数を付設し、評点1点当たりの価額に評点数を乗じて価額を求める。評点の付設は「市街地宅地評価法」および「その他の宅地評価法」による。「市街地宅地評価法」では、商業地区、住宅地区、工業地区、観光地区等に区分し、各地区について状況が相当に相違する地域ごとに主要な街路に沿接する宅地から標準宅地を選定する。標準宅地について、売買実例価額から評定する適正な時価を求め、これに基づき沿接する街路に路線価を付設する。これに比準してその他の街路に路線価を付設する。路線価を基礎として「画地計算法」(奥行き等各土地の状況による修正方法)を適用して、各筆の宅地の評点(通常1点1円である。)を付設する。
 なお、固定資産評価基準には、各筆の土地についての実地調査に関する記述はない。

2 実地調査の法的位置づけ
(1)法408条の問題点
 法408条は、「市町村長は、固定資産評価員又は固定資産評価補助員に当該市町村所在の固定資産の状況を毎年少なくとも1回実地に調査させなければならない。」と定める。固定資産評価員とは市町村長の価格決定を補助するために設置されるもので(法404条)、通常1名である。当該市町村の幹部職員が就任する例が多い。固定資産評価補助員は固定資産評価員を補助するもので(法405条)、通常、当該市町村の固定資産税の職務に携わる全職員が選任される。
 中堅都市で数十万筆、百万都市で70万筆を超える土地を、限定された人員で毎年全て実地調査することを法408条は要求しているのか疑問である。
(2)実地調査の目的
 法409条は、「前条の規定による実地調査に基づいて当該市町村に所在する土地又家屋の評価をする場合においては」、基準年度は基準年度の価格で評価しなければならないとしている。この規定を以って「固定資産税については、原則として、市町村に設置される固定資産税評価員の実地調査の結果に基づいて評価が行われ(法408、409)。その評価の結果に基づいて毎年3月31日までに市町村長が価格を決定するものとされている(法410)。」(注1)と解するのが一般である。しかし、そうであると実地調査に基づく評価と固定資産評価基準に基づく評価との関連はどのように解すべきであろうか。
 同条は、2年度、3年度に実地調査をした場合、基準年度の土地について法349条2項ただし書の適用を受ける土地、すなわち地目の変更その他特別の事情のため、基準年度の価格によることが不適当な土地についてのみ評価の修正を認めている。
 2年度、3年度についての規定および法409条の文理が、実地調査による「評価をする場合」と限定的に規定していることから、基準年度の土地についても、全筆を調査するのではなく、前年度の地目等と異なる場合に、変更後の現状につき基準年度の価格で評価することを定めるものと考える。
 そうであると法408条の実地調査は、法349条2項ただし書の適用を要するか否かの確認を目的とする調査と解される。この解釈は、法409条4項(評価調書の作成と市町村長への提出)、法410条(市町村長の3月31日までの価格決定)、法411条(台帳への登録)の規定と矛盾しない。
(3)固定資産評価基準および実務の現状との整合
 法408条の実地調査の目的についての以上の解釈は、固定資産評価基準の評価方法と整合するものであり、実務の現状もこれに沿ったものとなっている。実務においては、基準年度の標準宅地等の評価は、主として不動産鑑定士等に委託して鑑定評価を行い、固定資産評価員または固定資産評価補助員が実地調査して鑑定評価することはほとんどない。一方、地目の変更等については、登記所からの通知(法382条)、不動産取得税の資料、農地の転用の資料等に基づき、固定資産評価補助員が実地調査をしている場合が多い。もちろん、地目の変更等の有無を確認するための一定地域を決めての全筆調査、一般的な概観調査を行う市町村もあるが、全筆の土地について詳細な実地調査をしている市町村は、ほとんど無いと思われる。
(4)実地調査の内容
 法408条の実地調査の目的が、地目の変更等評価の修正を行う必要の有無の調査であるとすれば、その調査の内容は主として全筆の土地についての概観調査を指していると解すべきである。さらに、固定資産評価補助員が実施している個別の土地につき行う実地調査は、評価の修正のための調査であり、評価調書が作成されていることから、法408条の実地調査に含まれるものと解される。

3 実地調査を欠く価格決定の効力
 法408条については、この規定が訓示規定であるのか、または実地調査を欠く価格決定は無効となる効力規定であるのかが問題とされてきた。
(1) 行政実例
 行政実例では、昭和28年の自治庁市町村税課長の回答(昭28・9・15自税市第228号)がある。法408条を訓示規定と解して差し支えないかとの問に対し、次のように答えている。「仮令個々の土地、家屋または償却資産を実地に調査しなかった場合においても決定価格にして適正なる限り当該価格の決定を直ちに無効または取消し得べきものとする理由は何ら存在しない。右の理由から同条同項は単に行政庁に対する訓示規定と解すべきであり、その違反が直ちに価格決定の無効原因となるとは考えられない。」 
 このように、行政の実務では訓示規定であるとの解釈が定着しているといえる。
(2) 判例
 法408条が訓示規定であるか効力規定であるかについて、昭和30年11月24日宇都宮地裁判決(行集6巻2号2805頁)および平成19年7月27日佐賀地裁判決(行集33巻6号1172頁)は、訓示規定と解している。しかし、昭和57年6月4日千葉地裁判決(行集33巻6号1172頁)は、「法408条の規定は単なる訓示規定と解することはできない。市長が本来遵守しなければならない強行規定である」とする。しかし、「本件評価自体実質的に違法といえないこと等を勘案すれば、法408条に定める正式な調査を欠いたからといって、本件評価自体が違法として取り消さるべき事由があるというわけではない」として、結局、効力規定であるとは解していない。平成6年6月28日山口地裁判決(判例地方自治137号28頁)は、「この規定を単なる訓示規定と解するのは相当でない」としつつ、「本件固定資産評価自体が実体法上違法とはいえないこと等を勘案すれば、地方税法408条に定める的式の実地調査を欠いたからといって、本件固定資産評価自体が違法として取り消されるべき事由があるというわけではない」と効力規定であることを否定している。
 結局、判例は実地調査を欠いた価格決定も無効では無いとする。
(3) 実地調査の目的からの解釈
 行政実例および判例が、法408条の目的をどのように解しているかは明確ではないが、全ての固定資産について実地調査を行うことを原則とすると解している可能性がある。しかし、既に述べたように、法408条の実地調査の目的は、地目の変更その他特別の事情による評価の修正の必要があるかを確認するための調査である。同条は、少なくとも毎年1回の実地の調査を義務付けているが、調査の後に特別の事情が発生することもあるので、1回で十分に確認できるわけではない。その意味では、効力規定と解することはできず訓示規定であると解される。また、実務で行っている評価の修正のための調査を実地調査に含むとすれば、法408条に違反する市町村は存在しないと考える。
 以上のとおり、実地調査によらない固定資産評価基準による価格決定は法の定める原則的な方法であり、それが違法となることはあり得ない。

4 納税者の救済
 例えば、地目は畑であるが現況が牧場である場合に、地目変更の登記を怠っていたことから実地調査の対象とならず、従来通り畑としての価格が台帳に登録されていたとき、納税者はどのように救済されるであろうか。
(1)土地価格等縦覧帳簿の縦覧
 固定資産税は賦課課税方式をとっていることから、価格決定は一方的に市町村長が行う。このため、価格決定に誤りがある場合の納税者の救済のために、土地価格縦覧帳簿の縦覧の制度が設けられている。これは、市町村長が、土地課税台帳に登録した土地について、所在、番地、地目、地積、当該年度の価格を記載した土地価格等縦覧帳簿を作成し、毎年4月1日から一定期間縦覧に供する制度である。
 納税者は縦覧により所有土地の価格を確認することができ、登録された価格に不服がある場合は、一定期間内に固定資産評価審査委員会に審査の申し出をすることができる(法432条1項)。価格に誤りがあった場合は、同委員会の決定により市町村長が価格を修正する(法435条)。そして、賦課についての不服申し立てにおいては、価格についての不服を不服の理由とすることができない(法432条3項)。
(2)他の救済方法の成否
 固定資産評価審査委員会に対する審査の申し出を行わなかった場合、他に救済の道はあるであろうか。市町村長は法定納期限の翌日から5年間減額の賦課決定をすることができる。この期間内であれば、地目の変更等について課税標準を修正して減額の賦課決定を行うことが可能である。しかし、その期間を経過している場合は、税法上の救済の方法は無いといえる。税法上の救済手続きが無い場合、他の救済の方法はあるであろうか。
 これについて、筆者は、既に「税」誌において論じているのであるが(注2)、消極に考える。すなわち、不当利得には該当せず、国家賠償請求も成立せず、行政上の措置としての還付不能額の返還要領等による返還は、租税法律主義の観点から問題があると考える。

5 結論
 結論として次のことが言え、これにつき納税者の理解を求めるべきである。
(1)法408条の実地調査は、評価の修正を必要とする固定資産の把握を目的とする調査であり、部分的、概観的調査で足りる。
(2)実地調査を行うことなく価格を決定することは、法の定める原則的方法であり違法ではない。行政実例および判例も結論において同じである。
(3)評価の修正を必要とする地目の変更や特別の事情がある場合には、納税義務者にも登記の変更義務、台帳の縦覧、課税当局への任意の届け等、適正な課税に協力する義務がある。これらは納税義務者の納税義務に含まれている。
(4)課税標準の決定は市町村長の法律行為であり、裁判所は法律行為により確定した価格と異なる価額を課税標準と認定することはできない。したがって、不当利得、国家賠償を認定することもできない。

注1 固定資産税務研究会編 「平成21年度版要説固定資産税」ぎょうせい 227頁、 同旨 自治省税務局固定資産税課編「固定資産税逐条解説」地方財務協会 昭和61年 397頁
注2 図子善信 「税務上の過失とその救済措置をめぐる問題」税58巻10号4頁、「地方税における税務上の過誤とその責任問題」税64巻5号4頁

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