平成21年5月 ぎょうせい 「税」 64巻5号
地方税における税務上の過誤と責任問題の検討
久留米大学教授 図子善信
はじめに
今から約20年前、固定資産税の誤課税に対する過誤納金の返還をめぐって、大きい問題が発生した(注1)。課税庁が誤った課税をした場合、その誤課税が5年以上前の場合には、更正の除籍期間の経過または還付請求権の消滅時効により、法的に過誤納金返還の方法が無いからである。このため多くの地方公共団体は、行政上の措置として還付不能額の返還等要領を制定し、これに基づき返還している。租税法律主義の観点からは、問題があるといえよう。
一方、誤課税について国家賠償法の適用を認め、過誤納金に係る損害賠償を認める判決が現れた。国家賠償においては、公務員の故意または過失が要件とされている。そして国または公共団体は、公務員に故意または重過失があった場合、その公務員に損害額の求償を求めることが出来る。税務職員としては、誤課税による責任追及を懸念せざるを得ない。
近年、市民税、軽自動車税等、固定資産税以外にも地方税の誤課税が伝えられており、税務上の過誤と責任問題は、地方税務において明確にされるべき問題と考える。
本稿では、誤課税に係る法律関係を再確認するとともに、税務職員の責任問題に直結する国家賠償法の適用について、普通徴収に係る地方税を前提に考察する。
1 過誤納税額の返還の法律関係
(1) 賦課決定が無効でない場合
普通徴収に係る地方税の賦課決定に誤りがあるが無効でない場合、課税庁がこれを是正するためには、減額の賦課決定により税額を減額し、納付があった場合は減額分を還付する措置を取る必要がある。しかし、更正には除斥期間の定めがあり、法定納期限の翌日から5年を経過すると行うことができない(地方税法17条の5)。賦課決定に誤りがあり、課税庁もこれに気付かず5年を経過すると、税額の誤りを是正する方法がなく、したがって過誤納金分を還付することができない。
この場合、賦課決定に誤りがあるとしても減額の賦課決定がされていない以上、賦課決定された税額が法律上有効な租税債務金額であることに留意すべきである。
(2) 賦課決定が無効の場合
賦課決定に重大かつ明白な瑕疵があり無効の場合、賦課決定は最初から存在しないと同様であるので、その賦課決定により納付した税額は、誤納金として還付されることとなる。しかし、過誤納金の還付請求権について、地方税法は、「その請求をすることができる日から5年を経過したときは、時効により消滅する。」と定めている(地方税法18条の3第1項)。そして、請求できる日とは、無効の賦課処分に基づき納付した場合は、納付のあった日と解されている(注2)。
賦課決定が無効の場合、税額の減額更正を要しないが、納付から5年を経過した場合は、消滅時効により請求権は消滅し、やはり還付はできないこととなる。
過誤納金の還付請求権の消滅時効は、私法上の消滅時効と異なり、援用を要せず、時効の利益を放棄することもできない(地方税法18条の3第2項)。
この場合、請求権は法律上では絶対的に消滅していることに留意するべきである。
(3)還付不能金返還等要領による返還の問題点
東京都を初め、多くの公共団体で「固定資産税及び都市計画税に係る還付不能額の返還等要領」を行政上の措置として定めている。その目的は「税務行政に対する納税者の信頼を確保し、円滑な税務行政の推進に資することを目的とする。」と定めている例が多い。支出の根拠を、地方自治法232条の2に基づく寄附金として支出すると定めるものもある。多くは固定資産税及び都市計画税に限定しているが、それ以外の税を含む例もある。
固定資産税のように賦課決定により税額が確定される税については、誤課税の責任は主として課税庁にあり、長期間にわたり誤課税が継続していることもある。その場合、5年以前の過誤納金が還付されないことについて、納税者が不満を持つことは理解できる。しかし、除斥期間の制度および消滅時効の制度は法律の定める制度であり、制度の合理的目的を有するものである。現在各公共団体で定めている返還等要領は、「過誤納金相当額であって、地方税法第17条の5第3項に規定する賦課決定の期間制限又は同法第18条の3第1項に規定する還付金の消滅時効の適用により還付できないもの及びこれに係る納付済みの延滞金」を還付不能額とし、その返還をする旨定めている(注3)。これは、各規定の潜脱とも考えられ、また、過誤納金相当額とは、行政庁が税法上の権限外で認定するものであり、租税法律主義の観点からも問題があるといえよう。
2 国家賠償請求の可否
(1)国家賠償請求と取消訴訟
国家賠償法1条は、「国または公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と定める。もし誤課税に基づく過誤納金について国家賠償が認められるとすれば、国家賠償請求権の時効が損害及び加害者を知った時から3年、不法行為のときから20年とされていることから、5年経過後に誤課税を知った納税者の救済も可能となる。しかし、課税処分のように直接金銭上の権利義務にかかる処分については、国家賠償を認めると出訴期間の制限、不服申立前置の意義を失わせることになるので、国家賠償法の適用に否定的な見解が一般である(注4)。現に、税額自体を損害と認めた判例は従来見られなかったのである。
しかし、平成4年の八潮市事案についての浦和地裁判決は、過誤納金分を損害と認め、その後も同様の判例が見られるようになった。
(2)平成4年浦和地裁判決(注5)
八潮市の固定資産税の誤課税に関する浦和地裁判決は、住宅用地について固定資産税の住宅用地の減税特例を適用しなかった賦課処分について、過払税額の賠償を認めたものである。本判決は、上訴されることなく確定している。
判決の要旨は次のとおりである。
ア 「右固定資産税の賦課決定を当然に無効と解することは出来ない。」
イ 「被告の市長が右申告をしなかった原告らを含む納税義務者に対して、ほかに調査のための何らの手段を講ずることもなく、減税特例を適用しないで固定資産税の賦課決定をしたのは甚だ軽率というほかなく、市長が右固定資産税の賦課決定をしたことには過失があり、これが租税法規に違反してされた点で違法性を有するものであることは多言を要しない。」(八潮市は、条例により住宅用地所有者の申告を定めていた。)
ウ 取消訴訟との関係について、「これは専ら租税の賦課処分の効力を争うものであるのに対して、租税の賦課処分が違法であることを理由とする国家賠償請求は租税の賦課処分の効力を問うのとは別に、違法な租税の賦課処分によって被った損害の回復を図ろうとするものであって、両者はその制度の趣旨・目的を異にし、租税の賦課処分に関することだからといって、その要件を具備する限り国家賠償請求が許されないと解すべき理由はない。」とする。
エ 「原告らは、被告の市長がした固定資産税の賦課決定により法定の納税義務の限度を超えた納税をし、その超過部分に相当する損害を被った」
本判決は、処分を有効としつつ損害賠償を認める点で疑問がある。
(3)公定力を否定する判決
平成4年の浦和地裁判決以後も、過誤納金分を損害として国家賠償を認める判決がある。平成6年の広島地裁判決(注6)およびその控訴審である広島高裁判決(注7)、平成17の神戸地裁判決(注8)およびその控訴審である大阪高裁判決(注9)である。
広島地裁判決は、国家賠償法に基づく請求と過剰徴収の課税処分の取消訴訟の関係について、「国家賠償法に基づく請求は、行政処分の法的効力を問題とするものではないから、行政処分の公定力に抵触するものではなく、さらに、取消訴訟とは右のように目的、要件を異にする訴訟であるから、取消訴訟の出訴期間を潜脱するものであるということはでき」ないとしている。控訴審である広島高裁判決も一審の理由を引用するとともに、この後に「(最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決・民集第15巻4号860頁)」を追加している。
神戸地裁判決および大阪高裁判決も同旨の見解であり、広島高裁が示した最高裁判決を引用する(広島高裁判決は確定し、大阪高裁判決については、上告不受理とされている。)。
以上の各判決は、課税処分の無効を前提とせず、公定力を有する課税処分の効力を認めつつ国家賠償を認容している。その根拠として最高裁昭和36年4月21日第二小法廷判決(以下「昭和36年最判」という。)を引用するのであるが、昭和36年最判が、公定力を否定する根拠となるか否かについては検証を要する。
(4)昭和36年最判
昭和36年最判は、自作農創設特別措置法に基づき買収計画を樹立・公告した後に、これを取り消す旨の決議・公告をしたことにつき、買収計画の不法行為による国家賠償を求める確認保全の目的のために、無効確認の訴えを提起した事案に係るものである。一審、控訴審ともに訴えの利益が無いとの判決であり、これを上告したのが本件である。その判示は、次のとおりである。
「行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては、あらかじめ右行政処分につき取消又は無効確認の判決を得なければならないものではないから、本訴が被上告人委員会の不法行為による国家賠償を求める目的に出たものであるということだけでは、本件買収計画の取消後においても、なおその無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するということの理由とするに足りない。」
この判決の意味するところは、国家賠償請求訴訟を提起する前提として、取消訴訟または無効確認訴訟により処分の効力を否定しておく必要は無いというものである(注10)。国家賠償法の要件から、取消訴訟を前置する必要が無いことは明らかである。しかし、それを以って、この判決が、国家賠償請求訴訟において公定力を排除したと解するには無理があると考える。
(5)課税処分の公定力
公定力とは、行政処分がたとえ違法であっても、権限ある行政庁または裁判所が取り消さない限り、相手方はもちろん他の行政庁、裁判所その他第三者もその効力を承認しなければならないという効力であり、課税処分にはこの効力が認められている。
昭和36年最判は、例えば誤課税により損害を受けたとする場合、処分の取消を経ず国家賠償請求訴訟を提起することを認めるものである。しかし、課税処分が取り消されていない場合は、公定力によりその裁判所は処分に係る税額が誤りであることを認定できない。結果的に棄却される結果となるのである。もし、訴訟中に課税庁が処分を取り消した場合または処分が無効と認定された場合は、公定力は無いので損害賠償が認められることとなる。この場合、処分が取り消された場合は、過誤納金が還付されるであろうが、これを争った弁護士費用、精神的損害の慰謝料、信用失墜損害等の損害が認められる可能性があるのである(注11)。また、課税処分以外の行政処分については、公定力を有する処分の効力を維持しつつ損害賠償を認める可能性もあるであろう。
課税処分である賦課決定は、税額の確定すなわち金額未確定で成立した租税債務の金額を決定するものである(注12)。課税処分の公定力とは、この決定された金額について、処分が取り消されない限り他の裁判所が否定することができないことを意味する。別の税額を認定して損害額を算定することは公定力の否定であり、国家賠償請求訴訟で処分の効力を争ったことになるのである。国家賠償請求訴訟は民事訴訟の一環であり(注13)、民事訴訟および行政訴訟で一般的に承認されている公定力が、国家賠償請求訴訟においてのみ否定されるとする合理的説明は各判決で示されていない。
ただし、課税処分が無効の場合は、処分の公定力は認められないので裁判所が正当税額を認定して損害賠償額を算定することが出来る。
3 課税処分に係る国家賠償法上の責任
(1)無効の賦課処分
賦課処分が無効の場合は、誤納金について損害賠償が認められる可能性がある(注14)。処分が無効の場合とは、賦課決定に重大かつ明白な瑕疵がある場合であると解されている。課税処分について国家賠償請求が認められるか否かは、重大かつ明白な瑕疵の存否による。課税処分が無効とされた事例に、次のようなものがある。
ア 昭和30年仙台地裁判決(注15)
相続財産を財団法人に寄付したが、登記名義が被相続人であったこともあり、被相続人を納税義務者とする固定資産税徴税令書が原告に送達された。被相続人は賦課期日前に死亡しているので、死亡者を納税義務者とする固定資産税賦課処分は違法であり、その瑕疵は重大であるから当然無効の処分とされた。
イ 昭和40年名古屋地裁判決(注16)
特定遺贈された財産を、登記簿上の名義変更がなかったことから、3名の共同相続財産と誤認して行なわれた固定資産税賦課処分を違法とし、その瑕疵は重大且つ明白であるとして無効の処分とされた。
ウ 昭和48年最高裁判決(注17)
原告の関係者が、自己の不動産を無断で原告に所有権の移転登記をし、さらにこれを第三者に転売した事例について、原告に譲渡所得を認定して課税した処分につき、被課税者に課税処分の不利益を甘受させることが著しく不当と認められる例外的な場合であるとして、明白を認定せず無効とされた。
重大かつ明白な瑕疵が無効の判断基準とされているが、ア、ウのように課税処分については明白を要しないとする見解もある(注18)。無効か否かは国家賠償の可否に直結するものであり、その判断基準は重要であるが、必ずしも明確あるとはいえない。過誤の態様により、比較的広く無効と判断される可能性もある。
(2)故意・過失の認定
国家賠償法1条1項は、国家賠償請求の要件として、公務員の故意または過失と違法性を定めている。違法性については、税額を過大に認定したとしても、それが直ちに国家賠償法1条1項の違法という評価を受けるものではなく、課税要件事実を認定、判断する上において「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正したと認め得るような事情がある場合に限り」違法の評価を受けると解されている(注19)。賦課決定を違法とすると、その賦課決定を行った税務職員に故意・過失があったか否かが問題となる。しかし、前掲浦和地裁判決は、行政官庁である市長に過失があったと認定している。前掲大阪高裁判決は、過失について「住宅用地の特例の適用の可否は、控訴人が有する住民票、土地課税台帳等の資料及び実地調査等から認定することが可能であり、」住宅用地の特例を適用しなかった控訴人職員に少なくとも過失があったと認定している。しかし、いずれも課税要件を認定した公務員を特定しておらず、個別の税務職員の故意・過失を問題としていないようである。課税要件事実の認定に関しては、担当職員の故意・過失が問題とされず、過失の客観化が図られている(注20)。
(3)公務員に対する求償
国家賠償法1条2項は、「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」と定める。国家賠償法は、公務員の公権力の行使に当たっての故意・過失を免責し、国または公共団体が代位して損害賠償に応じるものである。しかし、公務員に故意または重過失があった場合は、公務員に求償できる。国家賠償法1条2項の故意または重大な過失は、1項の故意または過失と異なり個別の公務員の主観を問題とするものである(注21)。
以上のとおり、課税処分に重大かつ明白な瑕疵があり、処分に公定力が認められず、納付税額の返還が不可能となった場合、国家賠償が認められる可能性がある。国家賠償が認められる場合で、税務職員個人に故意または重過失があったときは、税務職員にも求償が及ぶ可能性がある。しかし、地方税務において判例等で明らかになった事案の多くは、個人の不注意というより事務運営上の問題から発生したものであるといえよう。また事務処理上通常発生する入力ミス等が、重過失とされることも考えられない。
今後、発生する事例に公務員への求償を要する事例がないとはいえないが、一般的な地方税務の問題として、税務職員への求償の問題が発生する可能性は少ないと考える。
おわりに
課税における過誤が公務員個人の責任問題を発生させるとすれば、厳正であるべき税務行政の執行に支障をきたす虞がある。国家賠償法は厳正な行政を確保するため公務員個人の責任を免責し、不法行為法による責任追及から公務員を保護している。現在広く行われている返還不能額を行政上の措置として返還することは、国家賠償法によらない賠償とも考えられ、税務職員の責任問題を惹起しかねない。財政状況が厳しい中でもあり、法的に根拠のない返還は速やかに廃止し、法律上の救済に委ねるべきであると考える。
また、地方税には国税と異なる環境があるのであり、除斥期間、時効期間が実情に合わないのであれば、法律の改正を行うべきである(注22)。税の世界では法の規定どおりに執行することが公平であり、それが正義であることを想起すべきである。
注1 「税」47巻7号19頁 特集「固定資産税明細添付とそれに伴う誤課税問題への取り組み」
注2 最高裁昭和52年3月31日第一小法廷判決 訟務月報23巻4号802頁
注3 「東京都固定資産税及び都市計画税に係る還付不能額の返還等要領」(主税局長通知 9主資固第80号平成9年8月29日)
注4 塩野宏「行政法U第四版行政救済法」280頁 岩崎政明「課税処分の違法を理由とする国家賠償請求の可能性と範囲」金子宏編「所得課税の研究」有斐閣486頁 碓井光明「地方税における課税誤りとその法的救済策」前掲「税」特集23頁
注5 浦和地裁平成4年2月24日判例時報1429号105頁
注6 広島地裁判決平成6年2月17日 判例地方自治128号23頁
注7 広島高裁判決平成8年3月13日 判例地方自治156号48頁
注8 神戸地裁判決平成17年11月16日 判例地方自治285号61頁
注9 大阪高裁判決平成18年3月24日 判例地方自治285号56頁
注10 遠藤博也「国家補償法(上巻)」青林書院新社217頁
注11 最高裁平成16年12月17日第二小法廷判決 集民215号975頁
(訴訟中に処分が取り消され、弁護士費用が損害と認められた事例である。)
注12 図子善信「租税法律関係論―税法の構造―」成文堂200頁
注13 金子宏「租税法第13版」弘文堂768頁
注14 碓井前掲論文23頁
注15 仙台地裁判決昭和30年11月16日 行裁例集6巻12号2798頁
注16 名古屋地裁判決昭和40年3月1日 行裁例集16巻3号365頁
注17 最高裁昭和48年4月26日第一小法廷判決 民集27巻3号629頁
注18 地方税法総則研究会編「地方税法総則入門」ぎょうせい413頁 塩野宏「租税判例百選第三版」有斐閣157頁
注19 最高裁平成5年3月11日判決 民集47巻4号2863頁
注20 岩崎政明教授は「訴訟の実際においては、課税処分に当たった税務職員の主観はあまり問題とされていないと見てよいであろう。」とされる。岩崎前掲論文468頁
注21 遠藤博也 前掲書231頁
注22 図子善信「税務上の過失とその救済措置をめぐる諸問題」「税」58巻
10号15頁
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