第35回以前


第35回研究会
                        平成24年11月19日
         久留米税法楽修会第35回研究会

1 はじめに
 図子より最近TKCのウェブ上の新判例解説Watchにアップした、職務発明についての特許を受ける権利の相当の対価が雑所得か譲渡所得かを争点とする判例の説明をした。権利の譲渡は昭和58年であり、裁判上の和解により金額が決定したのが、平成18年であった。通達によると譲渡時に一時に支払ったものは譲渡所得、譲渡後に支払ったものは雑所得とされ、申告も雑所得でされたが、後に更正の請求で長期譲渡所得を主張したものである。
 通達の定めに雑所得とあるが、これは性格が不明である支払についての定めで、権利の対価であることが明らかなものは譲渡所得と解するべきであろう。判決は、譲渡所得とは譲渡時に一時に対価を支払ったものに限るとするが、無理があると考える。なお、譲渡所得ではあるが、短期譲渡所得になるので、雑所得との差は特別控除額の50万円となる。

2 検討裁決 
  利息制限法の制限超過利率による利息収入
      (平成23年12月1日裁決 全部取消し・一部取消しほか
  裁決事例集85 事例5) 
  報告者 郡嶋隆司

 制限超過利息については、不法な所得も所得であるとの根拠判例として、租税判例百選の第一版から第五版まで欠かさず掲載されている、最高裁昭和46年11月9日判決がある。
 この判決は、当時の利息制限法1条2項に任意に支払った時は返還を請求できないとの規定があった(平成18年2項削除)。また、超過部分は元本に充当されるとの最高裁判決があったが、元本が無くなった場合の返還については明らかでなかった。近年、多重債務者の問題等もあり、制限超過利息については多くの最高裁判例が出されており、昭和46年の最高裁の見解が国税の執行で維持されているか否か興味深いものがあった。
 裁決の争点は、必ずしもこの問題が中心ではなく、明確な判断が示されたわけでもないが、利息の計算において基本的に従来と同様に解されているようである。
 裁決文は、次のとおりである。
「現実に利息、遅延損害金が収受された場合には、確かに、利息制限法による制限利率を超過する利息、遅延損害金の支払がされても、当該制限超過部分は、民法491条(元本、利息及び費用を支払うべき場合の充当)により残存元本に充当されるものではあるが、課税の対象となるべき所得を構成するか否かは、必ずしも、その法律的性質によって決せられるものではなく、当事者間において約定の利息、遅延損害金として授受され、貸主において当該制限超過部分が元本に充当されてものとして処理されることなく、依然として従前どおりの元本がが残存するものとして取り扱っている以上、制限超過部分をも含めて、現実に収受された利息、遅延損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となるものと解すべきである。
 次に、利息、遅延損害金が未収の場合には、その履行期が到来すれば、現実にはなお未収の状態にあるとしても、所得税法第36条第1項に規定する「収入すべき金額」に当たるものとして、課税の対象となるべき所得を構成するものと解せられるが、それは、特段の事情のない限り、収入実現の可能性が高度であると認められるからである。一方で、利息制限法による制限利率を超過する利息、遅延損害金は、その基礎となる約定自体が無効であって、約定の履行期の到来によっても、法律上、利息、遅延損害金は生じることはなく、貸主としては、借主がこれを支払うことを事実上期待し得るに止まるのであって、収入実現の蓋然性があるものとはいえず、制限利率を超過する利息、遅延損害金は、たとえ約定の履行期が到来しても、未収である限り、所得税法第36条第1項に規定する「収入すべき金額」に該当しないものと解すべきである。したがって、利息、遅延損害金が未収の場合には、利息制限法による制限利率の限度においてその約定の履行期が到来する年分の収益として計上し、当該制限利率を超過する部分については、現実に受領しない限り、収益計上をすることはできないものである。」
 以上の部分は、昭和46年最高裁判決と同じであり、従来からの解釈を変更していない。利息制限法1条2項が削除され、過払金の返還が当然とされる現在でも、収受された場合は課税することとしている。
 なお、次の点については、かつての取扱いを変更したのではないかと思われる。
「なお、利息、遅延損害金が未収の場合において、それ以前に利息制限法による制限利率を超過する利息、遅延損害金の支払がされているときは、現実に元本に充当していたか否かに関わらず充当されてものとして、その残額(残元本)についてのみ利息、遅延損害金が生じるのであって、当該元本を基準にした制限利率の限度において収益計上をすることとなる。」
 これは、収受された部分の制限利率超過分の取扱いと矛盾するのではないであろうか。
 本案件を詳細に検討するには、近年の最高裁の幾つかの判決を精査する必要があることが分かった。今後、検討をすべき問題と考える。


3 第36回研究会について
  平成24年12月17日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 貸宅地の評価
    (平成23年11月17日裁決 棄却 裁決事例集85 事例17) 





第34回研究会
                        平成24年10月15日
         久留米税法楽修会第34回研究会

1 はじめに
 図子より、先週の土曜日13日に、日本税法学会九州地区研究会が鹿児島市で開催され、その機会に来年の日本税法学会の会場を視察したことを報告した。 来年の全国大会は鹿児島市で開催されるが、その会場に鹿児島県医師会館が予定されている。ロビーは少し手狭な感じもあるが、会場ホールは270名収容の机と椅子がゆったり配置された良いホールである。東京、京都、名古屋と異なり多くの会員には遠隔地なので、出席者の減少が予測される。大会を盛り上げるためにも、地元からの参加が期待されるので、楽修会メンバーも参加をお願いしたい。開催日は、平成25年6月8日(土曜日)、9日(日曜日)である。
 「税」誌10月号に掲載された拙稿「国家賠償請求訴訟を考える」を紹介した。自分でも代表的論考になると考えている。

2 検討裁決 
請求人が負担すべき給与を関連会社が負担したとは認められないことから、請求人に受増益が生じていないとした事例
    (裁決事例集84 事例11 全部取消し・一部取消し) 
  報告者 宮崎吉昭
 事案の内容は、同族会社である請求人の取締役R,S,Tに対して、同族関係の会社H(Rに100万円褒賞金),K(Tに100万円永年勤続賞金),L(Sに対し100万円永年勤続賞金、50万円褒賞金)が支払った金員を、取締役3名は各社における勤務実態はないので、請求人が支払うべき給与を同族関係の会社が支払ったものとして、収益を認定したものである。
 裁決は、H社の支払については、RがHに何等の役務提供をしていないことは推認できるが、これを請求人の取締役の地位にあることを理由に支払われたものとまで言うことができないとし、原処分をこの部分で取消した。
 一方、K,Lの支払については、各役員が何らかの役務を提供しており、これは請求人の業務の一環としてされたものであり、請求人の永年勤続表彰に関して支払われていること等総合的にみると、請求人が支払うべき給与を子会社が支払ったものと認めた。

 本件について、理論的な問題は無く、事実認定が中心の問題であるが、このような事例で課税処分が取り消されることは珍しく、その原因は何にあるかに興味が持たれた。しかし、同族関係の会社が同族関係の他社役員に金員を支払い、それが職務に関係なく個人的に支払われたと認定する点は、分かりずらい判断である。

 報告者も微妙な判断では無いかとの見解であり、また、何らの役務を提供しない場合、常に取締役の地位に基づく支払と判断されず、役員の所属会社の収益に認定されないのかとの意見、従来からそのように判断されていたか疑問との意見があった。
 事実認定の問題ではあるが、疑問視する意見が多かったと思う。


3 第35回研究会について
  平成24年11月19日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 利息制限法の制限超過利率による利息収入
      (平成23年12月1日裁決 全部取消し・一部取消しほか裁決事例集85 事例5) 




第33回研究会
                        平成24年9月10日
         久留米税法楽修会第33回研究会
1 はじめに
 図子より、現在執筆中である「税」誌10月号掲載予定の誤課税に対する国家賠償請求訴訟に関する最高裁判決の原稿について、大変面白い問題であうので読んでほしい旨、また、来月はそれについて説明する旨伝えた。

2 検討裁決
 合理的な推計方法の選択
      (裁決事例集83 事例13 一部取消し・全部取消し) 
  報告者 古川弘樹
報告概要
 本件の争点は、多岐にわたり@帳簿書類の不提示が青色申告の取消事由となるか、A本件調査手続に違法性があったか、B水系の必要性、合理性があったか、C平成20年の課税仕入れの税額控除の可否、D隠ぺい仮装の有無、E本件差押え処分の違法性等である。
 審判所は、このうち推計の合理性について課税処分を否定し一部取消しを行った。
 審査請求人は、スナックを営業する個人事業主で、一時は4店舗を営んでいた。平成20年9月16日に原処分庁調査担当者が請求人の自宅および事業所において、事業に係る帳簿書類の提出を求めたところ、帳簿の記載はしていないとして帳簿を提示しなかった。その後の接触においても帳簿を検査することができなかったので、推計課税により課税処分を行った。その推計の方法は、水道光熱費が各店舗ごとに0,5倍以上、2倍以下である青色申告の同業者を類似同業者として、類似同業者の水道光熱費の総収入金額に占める割合の平均値から請求人の各店舗の総収入金額を推計して、さらに類似同業者の所得率の平均値を乗じて所得を算定するものであった。
 審判所は、この方法を否定し、各店舗ごとではなく4店舗合計の水道光熱費についてその0,5倍以上2倍以下の類似同業者を選定して推計すべきとして、その類似同業者を選定して所得額を算定している。その理由は、同じ町の同一丁内でスナックという同一の事業を営んでいることから、請求人の事業全体を事業規模の判断要素とすべきとするものである。

 以上について、報告者は推計課税のあいまいさについて疑念を払えないとした。その他、次のような意見があった。他に推計の方法がないとしているが、通常行われる種類の仕入れの把握、店舗面積、椅子の数等が把握できなかったか。スナックの水道光熱費が変動費用といえるか。店舗ごとの比較がより正確ではないか。

 また、調査の方法について、通則法改正により今後の調査にどのような影響があるか、議論があった。今回の改正は、従来実務上行われていたことを法定したのであるが、法定したことによる影響があるのではないか。例えば、法に基づく事前通知に対しては、納税者の内部的な事情で変更を要求しにくいのではないか、書類の領置も法律の根拠に基づくと断れなくなるのではないか、修正申告の慫慂も拒否出来にくくなるのではないかとの見方もあった。

3 第34回研究会について
  平成24年10月15日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 請求人が負担すべき給与を関連会社が負担したとは認められないことから、請求人に受増益が生じていないとした事例
      (裁決事例集84 事例11 全部取消し・一部取消し) 



第32回研究会
                        平成24年7月23日
         久留米税法楽修会第32回研究会
1 はじめに
 図子より、本日の朝日新聞のイギリスの付加価値税0税率の適用区分の困難さに関する記事を紹介する。どちらかといえば、複数税率に消極的見解の記事であるが、具体的な問題を記事に取り上げるようになったことは前進と考える。税制は、実効性が重要であり、長い実績を有するEUの制度に倣うべきと考える。財務省も税理士会も消費税の複数税率に反対であるが、EUの取引の区分方法をもっと研究する必要がある。

2 検討裁決
  重加算税(認めなかった事例) 
  (裁決事例集82 事例3 一部取消し)
  報告者 出口貴子
報告概要
 本件は、請求人(会社)が、借受金勘定から売上勘定へ振り替え処理をしなかった行為は、l国税通則法68条の重加算税の課税要件である、事実を隠ぺいし、又は仮装したものであり、過少申告の確定的意図があると判断して、原処分庁が法人税および消費税に係る重加算税を賦課したことについて、その賦課処分の取り消しを求める事案である。
 請求人は、スーパーやデパートの店頭を借りて、売子に商品の販売を行わせる事業を行っている。請求人の仕入れに係る商品の他、売子が仕入れて販売するものもあり、売子の調達するものについてはロイヤルティ(帳合料)を徴している。経理処理は、収入金を全て仮受金勘定に計上し、費用の計上等に応じて売上に振り替える方式であったが、事業年度経過とともに借受金が増加しつつあった。税務調査の結果、売上の計上漏れがあったため7期について修正申告を提出させ、これに関する法人税、消費税に重加算税を賦課したものである。
 請求人は、借受金勘定の処理が誤っていたとしても、次の理由で隠ぺい又は仮装には当たらないと主張した。
1 請求人の代表者Bは、会計・税務の素人であり、複雑多岐な取引全体の関係書類の精査照合が必要である借受金の累増の解明は無理である。
2 この経理方式は、当初より税理士の指導により採用した方式であり、当初税理士の事務職員であり現税理士の事務職員であるEはこの方式を承知していたはずである。誤った経理判断は、Eの安易な判断によるもので、請求人は虚偽記載をしていない。
3 税務調査において、請求人は取引先台帳を調査官に躊躇なく提出している。

 裁決は、次のとおり。請求人、現税理士、Eは、帳簿書類を十分検討し、意思疎通を十分図り、借受金勘定の増加要因を解明し、適正な経理処理をすべきであった。しかし、請求人は不正な経理処理をしたまま放置してきた、と非難されても、それが請求人の積極的な意思を持ったことによる行為とまでは認められない。すなわち外部からうかがい得る、故意の隠ぺい又は仮装行為、過少申告の確定的意図を示す特段の行為があったとはいえない。以上により、過少申告加算税を超える部分を取り消した。
 報告者の本裁決に対する評釈
 重加算税の課税要件は事実の隠ぺい(二重帳簿の作成、売上除外、架空仕入れや各経費の計上、棚卸資産の除外)、事実の仮装(取引上の他人名義の使用、虚偽答弁等)である。重加算税は、違反者に課せられる行政上の制裁措置であって、故意に納税義務違反を犯した事に対する制裁ではない。重加算税の賦課に際し、税務署長の判断基準をより外形的、客観的ならしめようとする趣旨であり、罰則の要件である「偽りその他不正の行為」とは異なることを明確にしている。
 本裁決は、隠ぺい仮装を認定しなかったが、妥当であろう。
 意見として次のようなものがあった。
 このような事例で、収入を仮受金勘定に計上することは考えられない。売上を仮受金勘定に計上し、期末に残高があれば仮装にならないか。
 過少申告に故意は必要としないが、隠ぺい仮装にはその言葉の意味から故意が必要と解されている。この場合の故意は刑法の責任要素としての故意ではなく、意図してという意味であろう。裁決では、隠ぺい仮装の定義では意図してと表現しているが、判断では故意を問題としている。
 原処分庁は、仮受金計上の動機を解明して理由づけるべきではなかったか。それがないので、原処分庁の理由としては弱い。
 別の問題として、隠ぺい仮装がなかった場合、偽り不正の行為も無かったと考えられるが、更正の除斥期間を経過した事業年度の本税や加算税の効力はどのようになるだろうか。修正申告には提出の期間制限は定められていないので、本税は有効か。(平成23年6月6日裁決は所得税の3年以上経過した修正申告について「不申告金額につき「偽りその他不正の行為」をしたとは認定することができないから、修正申告書の提出は、「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」にあたる。」としている。)
 徴収権の消滅時効との関係もあり、検討を要する問題である。本件について、どのように処理されたのか知りたいところである。
 重加算税については、納税者の責任を問題とすべきではないと考える。報告者の見解のとおり、隠ぺい、仮装の事実が存在すれば、法定申告期限を経過すれば自動的に重加算税の納税義務は成立するのである。裁決は仮受金計上を仮装と認定しなかったのであるが、民主党政権下で厳しい措置に対する判断の認定が緩やかになって来ているのではないだろうか。




3 第33回研究会について
  平成24年9月10日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 合理的な推計方法の選択
      (裁決事例集83 事例13 全部取消し) 









第31回研究会
                        平成24年6月18日
         久留米税法楽修会第31回研究会

1 はじめに
 図子より、6月9日、10日に日本税法学会60周年記念大会が立命館大学の朱雀校舎で開催され、有意義な報告が行われたことを報告した。
 その後、図子の後任に着任した関本大樹教授から自己紹介と、研究状況の説明が行われた。
 関本教授の研究は、デリバティブに関する金融工学を駆使した最先端のものである。今後の大学院の研究と指導は、関本教授と図子客員教授の二人により行うので、久留米大学の税法指導体制はより充実したものとなったと考える。

2 検討判決
 贈与税の非課税財産(配偶者のために負担した介護付有料老人ホームの入居金) 
 (裁決事例集80(平成22年10月〜12月分) 事例11 全部取消し)
 報告者 徳永幸一
 夫が妻の介護付有料老人ホームの入居金を支払ったが、入居金の一部は5年以内に解約等により入居が解消した場合は、残期間に応じて返還されることとなったいた。妻が入居を継続している間に夫(被相続人)が死亡したが、その時点での残期間によると返還金は5百万円余と計算される。原処分庁は、この入居金の期間経過による償却残額(返還金となる未償却残高)を夫の債権として相続財産に含めて更正処分を行った。
 請求人は、夫による入居金の支払は、配偶者に対する生活保持義務を履行したもので、贈与でなく、配偶者は生活保持義務の履行効果として、生涯に渡り老人ホーム入居を継続し、かつ、介護等のサービスを受けることになったにすぎないと主張した。
 審判所の判断
 夫は妻に入居金の返済を求めないというのが合理的意思であると認められるから、入居時に贈与があったと認めるのが相当である。(原処分庁の夫が債権を有するとの法律構成を排除するとともに、請求人の贈与でないとの主張も排除)
 相続税法21条の3第1項2号は、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」の価額は贈与税の課税価格に算入しない旨規定している。
 「通常必要と認められるもの」とは、被扶養者の需要と扶養者の資力その他一切の事情を勘案して社会通念上適当と認められる範囲の財産をいうものと解するのが相当である。
 本件妻は要介護状態にあり、入居のためには一時に支払う必要があったこと、妻は無資力であったこと、介護を伴う生活費の負担に代えるものとして相当であること、本件老人ホームは介護生活を行うための必要最小限度のものであること、から、入居金は生活費に充てるために通常必要と認められるものと解するのが相当であるとして、原処分を取り消した。
 なお、本裁決は請求人の主張に答えて、次の説示をしている。
 所得税法9条1項14号(現行15号)は、「扶養義務を履行するために供された金品」を非課税と定めている。この範囲を超えるものは贈与税の課税対象となる。そのうち、「通常必要と認められるもの」が贈与税の非課税財産となる。扶養義務を履行するための金品とは、民法の定める扶養料(衣食住に必要な経費のほか、医療費、教育費、最小限度の文化費、娯楽費、交際費など)と同様に考えられるところ、「住」の範囲には住宅の賃借料が含まれるとしても、入居時に一括して支払われる本件入居金を、通常の住宅の賃借料等の支払と同視して、「扶養義務を履行するために給付される金品」に該当すると認めることはできない。

 以上の判断に対して、報告者から法人ホームの施設利用権の取得のための金員を贈与とした処分を認めた、平成23年6月10日裁決が紹介された。ただ、この事案は介護付でないこと、金員が多額であること等から、社会通念上「日常生活に必要な住の費用とは認められないから21条の3第1項第2号の生活費に該当しないとされたものであるとされた。

 本裁決を不当とする意見はなかった。
 税務署の認定を疑問とする意見もあったが、同時に仮に夫でなく妻が死亡したとしたら、返還金債権が発生したであろう。債権と捉えることが必ずしも見当違いではない。(現実にはその時点では返還の事由が発生していないので、停止条件付債務と考えるべきかもしれない。)また、老人ホーム側の経理処理も関係する可能性がある。
 しかし、入居時に贈与があったと見ることが正当であろう。
 長期にわたる入居費用を生活費と見ることができるか。本件入居金を扶養義務を履行するために給付される金品該当しないとした判断とどのように異なるか、疑問の点もある。本件は一時払いが必須であることから入学金と同視できるのではないかとの見解が妥当といえようか。贈与税は暦年課税であるので、基本的には1年単位で考えるべきとの意見もあった。本裁決では介護が重視されたように思われる。
 以上のように、本件のような入居費用等の扱いは明確ではなく、本裁決も審判所の英断によるものといえよう。税法学会でも、遠藤税理士の介護費用についての注目すべき報告があったが、今後介護に関する法令・通達の整備が必要であろう。


    





3 第32回研究会について
  平成24年7月23日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 重加算税(認めなかった事例) 
  (裁決事例集82(平成23年1月〜3月分) 事例3 一部取消し)







第30回研究会

                        平成24年4月16日
         久留米税法楽修会第30回研究会

1 はじめに
 久留米税法楽修会研究会が30回を迎えたこと、新学期が開始し図子が久留米大学大学院客員教授の肩書で活動すること、税法慨論九訂版が出来たので配布することを述べた。
2 検討判決
 税法と遡及立法(損益通算廃止の遡及適用と憲法84条)
       最高裁平成23年9月22日第一小法廷判決
 報告者 図子善信
 レジュメを掲げる。

税法と遡及立法(租税判例研究)
  平成23年9月22日最高裁第一小法廷判決 平成21年(行ツ)第73号
                              図 子 善 信
1 税法改正の概要
2 本件事案の内容
3 各審判決
4 判決の検討
5 憲法84条と遡及立法

1 税法改正の概要
 平成16年の税法改正により、租税特別措置法(以下「措置法」という。)が改正され、同年4月1日に施行された。しかし、措置法31条の改正については、改正法附則27条によって平成16年1月1日から適用する旨定められた。
 措置法31条は長期譲渡所得の課税の特例を定める規定である。
(1)改正前の措置法31条
 措置法31条1項は、長期譲渡所得の特別控除額(100万円)を控除した課税長期譲渡所得金額に対し、4,000万円まで20%の所得税を課すことを定めている
 同条5項2号は、「所得税法第69条から87条までの規定については、これらの規定中『総所得金額』とあるのは、『総所得金額、長期譲渡所得の金額』とする。」と定めている。
控除する。」と定めている。措置法31条5項2号の規定により、長期譲渡所得の金額は、損益通算の対象と考えられ、長期譲渡所得に損失が生じる場合には、他の各種所得の金額から控除できると解されてきた。
(2)措置法31条の改正
  1項は、改正前に認められていた長期譲渡所得の特別控除額100万円を廃止し、長期譲渡所得の金額を課税長期譲渡所得の金額とし、これに対する税率を改正前より5%引き下げた15%と定めている。さらに「この場合において、長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、同法その他所得税に関する法令の規定の適用については、当該損失の金額は生じなかったものとみなす。」との規定が追加された。
 また、3項2号について、「所得税法第69条の規定の適用については、同条第1項中「譲渡所得の金額」とあるのは「譲渡所得の金額(租税特別措置法第31条第1項(長期譲渡所得の課税の特例)に規定する譲渡による所得がないものとして計算した金額とする。)」と、「各種所得の金額」とあるのは「各種所得の金額(長期譲渡所得の金額を除く。)」とする。」と改正された。
(3)改正法の適用時期
 改正法(平成16年3月31日法律第14号)の附則1条は、「この法律は、平成16年4月1日から施行する。」と定めるが、附則27条は次のように規定している。
 「新租税特別措置法第31条の規定は、個人が平成16年1月1日以後に行う同条第1項に規定する土地等又は建物等の譲渡について適用し、個人が同日前に行った旧租税特別措置法第31条第1項に規定する土地等又は建物等の譲渡については、なお従前の例による。」

2 本件事案の内容
(1)事実の概要
ア 原告は、平成5年4月4日、本件土地を4,300万円で買い受け、これを平成16年1月30日、1,750万円で譲渡し同年3月1日に買受人に引き渡した。その結果、2,500万円余の譲渡損失が生じた。
イ 原告は、平成17年9月15日、給与所得、雑所得および株式等に係る譲渡所得を平成16年分の所得と記載した同年分の所得税の確定申告書を処分行政庁に提出した。
ウ 原告は、平成17年11月16日、本件譲渡損失の金額は他の所得と損益通算すべきであるとして、これに基づき税額計算した結果、還付されるべき税金136万9400円が存在するとして、更正の請求書を提出したが、処分行政庁は、原告に対し平成18年2月17日付けで、更正すべき理由がない旨の通知処分をした。
エ 原告は、本件通知処分を不服として異議申し立て、審査請求を経て本訴を提起したものである。
(2)本件事案の争点
 本件事案の争点は、本件土地の譲渡の時期が平成16年1月1日以降3月31日までの間であることから、法律施行前の事実に対して改正後の措置法31条を適用することが、租税法律主義を定める憲法84条に違反するか否かである。
 原告の主張は、次のとおりである。
 憲法84条が定める租税法律主義は、納税者の法的安定を図り、将来の予測可能性を与えることを目的としているから、本件のような期間税である所得税についても、年度途中で年度の初めに遡って適用される租税改正立法については、年度開始前に納税者が一般的にしかも十分予測できる場合に限って許され、そうでない限り、納税者の信頼を裏切る遡及立法として、憲法84条に違反する。

3 各審判決
(1) 千葉地裁平成20年5月16日判決
 〇 租税法規について安易に遡及立法を認めることは、租税に関する一般国民の予測可能性を奪い、法的安定性をも害することになることから特段の合理性が認められない限り、原則として許されるべきではなく、このことを憲法84条は保障しているものと解される。
 〇 所得税の納税義務が成立する以前に行われた本件譲渡についても改正措置法を適用する旨を定めた本件改正附則は、厳密にいえば、遡及立法には該当しない。
 〇 本件のように厳密には遡及立法といえないような場合は、立法裁量の逸脱・濫用の有無を総合的見地から判断する中で、当該立法によって被る納税者の不利益をも斟酌するのが相当というべきである。大島訴訟における違憲審査基準を思わせる緩やかな基準を採用し、本件については、本件改正法附則の内容が立法目的に照らして著しく不合理であるということはできないとして、請求を棄却している。
(2)東京高裁平成20年12月4日判決
 本判決は、一審判決の理由を引用するとともに、次の補充の判断を示している。
 〇 遡及立法は、納税義務が成立した時点では存在しなかった法規を遡って適用して、過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し、あるいは、既に成立した納税義務の内容を納税者に不利益に変更する立法であり、法律の根拠なくして租税を賦課することと同視し得ることから、租税法律主義に反するものとされる。
〇 しかし、遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)によって納税者に不利益を与える場合には、憲法84条の趣旨からして、その暦年当初への遡及適用について合理的な理由があることが必要であると解するのが相当である。
 以上の見解の下に、本件では、暦年当初への遡及適用を行うものとしたことに立法府の合理的裁量の範囲を超えることはないとして、控訴を棄却している。
(3) 本最判
ア 租税法規上の地位
 まず納税義務成立前の事実に対する遡及適用について、納税者の立場を次のように判示する。
「所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると、改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することが、これにより、所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。」
イ 租税法律主義
 そして、租税法律主義について、次のように判示する。
「憲法84条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが、これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当である(最高裁平成12年(行ツ)第62号、同年(行ヒ)第66号同18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁)。そして、法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性については、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであるところ(最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)、上記(1)のような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても、これと同様に解すべきものである。」
 「租税法規の変更及び適用も、最終的には国民の財産上の利害に帰着するものであって、その合理性は上記の諸事情を総合的に勘案して判断されるべき点において、財産権の内容の事後の法律による変更の場合と同様というべきだからである。」
 憲法84条の趣旨を法的安定とし、法的安定の趣旨からの憲法適合性について、財産権の侵害が許される場合の基準を挙げ、法律上の地位の変更についても、財産権の事後の法律による変更と同様に解すべきとする。
ウ 租税法規上の地位の強さ
 納税者の租税法規上の地位については、次のように評価している。
「納税者の納税義務それ自体ではなく、特定の譲渡に係る損失により暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位にとどまるものである。」
「納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に生ずるか否かは、当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであって、当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯びるものといわざるを得ない。」
「変更の対象となるのは上記のような性格を有する地位にとどまるところ、」
 すなわち、租税法規上の地位は、財産権そのものと比べて、保護の程度は弱いと解している。
エ 結論
 以上のような見解の下、本件においては具体的な公益上の要請に基づくものであり、「納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって、本件改正附則が、憲法84条の趣旨に反するものということはできない。」として、上告を棄却した。

4 判決の検討
(1) 一審判決
 租税法律主義の機能として、予測可能性と法的安定性が併せてあげられるが、遡及立法を禁止する根拠としては、予測可能性を害するためと考えることが通常であろう。本判決においても、「一般国民の予測可能性を奪い、法的安定性をも害する」として、予測可能性を主としている。しかし、期間税の場合に期間当初に遡って適用することは、厳密には遡及立法ではないが、租税法律主義の法的安定性や予測可能性の維持を図る必要があるとする。
 本件事案と同様に改正法附則27条の違憲を争う事件について、最初の判決といえる福岡地裁平成20年1月29日判決(注5)は、「遡及適用とは、新たに制定された法規を施行前の時点に遡って過去の行為に適用することをいうと解すべきである。」として、本件改正法附則27条を遡及立法と判断して判決している。福岡地裁は、遡及適用の必要性・合理性を検討の上、本改正法附則27条を違憲と判断した。その控訴審において福岡高裁(注6)は、遡及立法について同様の判断をしているが、期間税の場合は納税者に与える不利益の程度は少ないとして合憲とし、原判決を取り消している。いずれも改正法附則27条を遡及立法であるとする点で、論理的であると考える。
(2) 二審判決
 二審判決は、一審判決を是とし、その理由を引用するのであるが、予測可能性からの根拠づけが無意味であることから、補充の判断を示している。
 〇 遡及立法は、既に成立した納税義務の内容を納税者に不利益に変更する立法である。
 すなわち、二審判決は、遡及立法禁止の根拠を、法的安定性に求めている。
  しかし、本件で遡及立法でもないのに、合憲性を検討する理由が不明である。
(3)本最判
 〇 所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである。
 〇 憲法84条は、課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むと解するのが適当である。
 〇 財産権の内容を変更することの憲法適合性については、最高裁昭和53年7月12日大法廷判決(以下、「53年最判」という。)を参照し、53年最判の「財産権の性質、その内容を変更する程度、及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきである。」をそのまま採用した。
 本件事案は、租税法規の遡及立法の可否を問う事案であったが、最高裁は遡及立法を問題とせず、財産権の侵害の問題として判決した。
(4) 本最判の意義
 本判決は、次の点で意義がある。
@ 憲法84条が、予測可能性を保障するものではないことを明らかにしている。これは、憲法84条が遡及立法を禁止していないことを意味する。
A 期間税について、法律施行前の納税者の立場を、租税法規上の地位として財産権に類似した法的意味を与えた。この侵害は財産権の侵害と同様であるが、財産権よりは保護の程度は弱いとする。
B 租税法規上の地位を侵害する立法の憲法適合性の基準は、憲法29条の基準と同じか、やや緩やかであることを明らかにした。
本最判の疑問点は次のとおりである。
 〇遡及立法の解釈に疑問がある。
 〇財産権の不可侵は憲法29条で保障されている。
  
5 憲法84条と遡及立法に関する考察
(1) 憲法84条と法的安定性
 田中次郎教授は、課税要件等の法定を定める憲法84条について、財産権の保障と経済生活の法的安定を並立して述べており、そこでの経済生活の法的安定とは経済活動に予測可能性を与えることとする。
 田中教授のいう法的安定とは、法律で定めることにより安定的に将来が予測できることを意味している。
(2)憲法84条と予測可能性
 金子宏教授の予測可能性についての見解は、いかなる経済的事実や行為からいかなる租税債務が発生するかが、あらかじめ法律の規定の中で明確にされていることが好ましいのである。
 しかし、予測可能性を保障するとの意味は必ずしも明らかではない。それが予測を裏切らないことであるとすると、新しい税は全て予測を裏切ることになるであろう。
(3)罪刑法定主義との関係
 罪刑法定主義は、「法律により、事前に犯罪として定められた行為についてのみ、犯罪の成立を肯定することができるという考え方」である。これは憲法上の原理となっている。刑罰は、法により禁止された行為を行ったことに対する、故意又は過失の責任に対応して科されるものである。責任とは、法律で禁止されている行為を行った禁止義務違反に対するものと考える。すなわち、行為を禁止する法律がなければ禁止義務違反はありえないので、禁止行為たる犯罪は成立しないのであり、犯罪がないかぎり刑罰はありえないのである。すなわち、刑法の遡及立法の禁止は、法理論上の必然である。

    
 以上のレジュメに基づく報告について、以下の意見があった。
 本改正が行われた時の税理士会の対応について、自民党税調による急な問題提起であったため、税理士会は強く反対したが、改正が実施されてしまった。はたして、この改正により土地取引の活発化、地価低下の歯止めの効果があったのか検証すべきである。
 損益通算を利用した租税回避的行為があったかもしれないが、それを防止するのに急で全体的取引を踏まえたものではなかったのではないか。そもそも現実に損失が生じ他の所得を毀損しているのなら、総合所得税の所得概念として損益通算を認めないことは疑問である。
 法理論上は遡及立法も可能としても、実務者としては予測可能性を重視せざるを得ず、遡及立法は避けるべきである。この改正も、条文を分けて損益通算の規定を4月1日以降適用とすることは出来たのではないか。

3 第31回研究会について
  平成24年6月18日 月曜日 午後3時〜5時
  場所 久留米大学御井学舎 学生会館 第2ミーティングルーム
  検討裁決 贈与税の非課税財産(配偶者のために負担した介護付有料老人ホームの入居金) 
  (裁決事例集80(平成22年10月〜12月分) 事例11 全部取消し)




久留米税法楽修会に戻る。

トップページに戻る。